ミネラルウオーターの町から消えた川 相次ぐ水枯れの原因は? | 毎日新聞



リニアの大深度地下や岐阜のトンネル工事と同じ状況

以下記事

ミネラルウオーターが生産されるほど良質な水に恵まれる北海道のある地域で、一本の川の水が枯れた。川から水を引いていた畜産農家は十分な水を確保できず、飼育する牛を減らさざるを得なくなるなど影響が出ているが、同様の異変は近隣自治体でも報告されている。何が起きているのか。

 8月20日、記者は北海道南部の黒松内町を横断する朱太川の2次支川「神社の沢川」を訪れた。雨が降り続いていたにもかかわらず、数カ月前に豊かな雪解け水が流れていた川に水はほとんどなかった。
 神社の沢川では近くの畜産農家1戸が牛の飲み水用に水を引いていた。農家を営む70代の夫婦によると、2023年夏ごろに水量が急激に減少。営農と生活用に引いていた水道水でしのいでいたが、飲み水の不足で牛が餌を食べなくなった。


 以前は繁殖農家から牛約90頭を受け入れて育てていたが、十分な水が確保できなくなった昨夏以降は約60頭まで減らした。牛舎は2棟あり、水道水を流す先を頻繁に切り替えなければならないため、休みも取れなくなったという。「ここに来て40年ちょっとだが、川が枯れるなんて初めて」と妻(74)は驚く。
リニア工事のニュースを見て

 夫婦二人は当初、猛暑の影響で水量が減ったと考えていた。だが今春、リニア中央新幹線の工事により岐阜県内で井戸などの水位が低下したというニュースを見て、ある工事の影響ではないかと考え始めた。

 神社の沢川の真下では、新青森―新函館北斗が開業している北海道新幹線の札幌延伸に向け、内浦トンネル(全長15キロ)の工事が行われている。役場に窮状を訴えようとしていた矢先、新幹線工事の事業主体である鉄道建設・運輸施設整備支援機構から水枯れを報告された。

 内浦トンネルの静狩工区の工事のため、機構が定期的に行っている調査によると、雪解けシーズンの今年4月の時点で神社の沢川の流量は毎分5・6立方メートルあった。だが、翌5月には0・2立方メートルと激減し、6月13日に流れが完全になくなったことが確認された。


 神社の沢川が枯れた一方、トンネル工事の現場では湧水(ゆうすい)が多く起きている。隣の東川工区では毎分約15立方メートルが湧き出ており、その影響で工事は難航。7月の1カ月間で掘削できたのは全長5000メートルの1%に満たない47メートルにとどまった。静狩工区でも毎分6・3立方メートルの湧水が起こっている。

 機構は水枯れにトンネル工事が関連している可能性があるとして調査を始めた。一方、静狩工区の掘削は続けており、「現時点で工事への影響の有無は分からない」としている。

 農家に対しては、水道の配管を増設する工事を実施。経営への影響が出ているが、補償などの話し合いはまだ始まっていない。
2023年夏ごろから水量が減少した牛の水飲み場。現在は水道水を使っている=北海道黒松内町大成で

 妻は「牛にとっても水は命」と話し、夫(75)も「これだけ金をかけている新幹線の工事は今更止められない。想定外のことは起きるだろうから、鉄道・運輸機構にはその都度しっかりと対応してもらいたい」と求める。
他の沿線地域でも

 北限のブナ林が広がる黒松内町は地下水が豊富で、地元企業「黒松内銘水」がミネラルウオーターを販売している。

 同社によると、太古に海底だった地層を通してたまった地下水はカルシウムやミネラルに富む。採水地でもある工場はトンネル工事現場から数キロ離れており、同社は「特に影響はないと考えている。モニタリングをちゃんとやって情報は隠さないでほしい」とする。

 ただ、工事の影響とみられる水位低下は、他の地域でも起きている。


 黒松内町の北西約30キロにあるニセコ町は8月27日、町内を流れる「都築川」の流量が毎分0・5立方メートルに減少していることを鉄道・運輸機構から報告された。川から水を引いている農家に影響が出て、機構が別の場所から水を引くポンプを設置したという。

 機構は5年以上前の19年5月に事態を把握しており、「工事期間中の減水がわずかなため、原因の特定には長期的に計測する必要がある」として現在も工事との因果関係を調べている。

 ニセコ町の担当者は「何か起きたなら速やかに連絡してほしかった」と指摘。機構の調査結果を受けて対応を検討するとしており、「水枯れという最悪の事態ではないと考えているが、これで落ち着くのかどうか」と気をもんでいる。【片野裕之】