「JR東海、今こそ原点に」 リニア工事で湧き出た発想の問題点 | 毎日新聞




JR東海が進めるリニア中央新幹線のトンネル掘削工事で、岐阜県瑞浪市の井戸やため池の水位低下が発覚した問題は、環境保全や水資源に関して「地域との合意をどう形成すべきか」という課題を改めて突きつけた。今回の問題はなぜ起きたのか。国土交通省リニア中央新幹線静岡工区モニタリング会議の委員を務める元大同大教授の大東憲二氏(67)=環境地盤工学=は、前時代的な発想で工事を進めてきたJR東海の姿勢を厳しく批判し「環境基本法の原点に立ち返れ」と説く。【真貝恒平】

{ <主な内容>}

 ・いまだに残る「事後対応」
 ・「浅井戸への影響ない」と予測
 ・JR東海「まとめた上で報告しようと…」
 ・トップ、現場に変化の兆し

いまだに残る「事後対応」

 大東氏はまず、今回の問題を考える上でのポイントとして1967(昭和42)年に制定された公害対策基本法を挙げる。そして「瑞浪市の問題は、JR東海に公害対策基本法時代の発想がいまだに残っている印象がある」と続けた。


 どういうことなのか。同法は戦後の高度経済成長期に社会問題化した公害に対応するために制定されたが、大東氏は「この法律は『起きたことにどう対応するか』という『事後対応』に重きが置かれていた」といい、今回のJR東海の対応はまさに事後対応の典型だったとみる。
岐阜県瑞浪市大湫町のため池。ため池は数日前に降った雨がたまっているが、水位が低下した影響で底にはひび割れができていた=2024年5月21日午後4時4分、真貝恒平撮影

 大東氏によると、高度成長期以降、開発に伴うオゾン層の破壊が世界規模で発生するなど「環境悪化を未然に防ぐにはどうすべきか」という「事前対応」が重要視されるようになる。そして、公害対策基本法を抜本的に見直して生まれたのが93年施行の環境基本法だった。

 環境基本法には、開発が環境にどのような影響を及ぼすかについて、事業者自らが調査・予測・評価し、地方自治体や住民などの意見を聞いて十分な環境保全対策を講じる環境影響評価(環境アセスメント)が盛り込まれた。
「浅井戸への影響ない」と予測
枯れたことがない井戸の底からは、あるはずの水が消えていた=岐阜県瑞浪市で2024年5月21日午後3時39分、真貝恒平撮影

 こうしたポイントを押さえた上で、今回のJR東海の対応をみてみる。

 瑞浪市大湫(おおくて)地区では2月、JR東海が進める「中央新幹線日吉トンネル」の掘削工事に伴い、個人用の井戸やため池など計14カ所の水位低下が発覚した。

 だが、同社は問題発覚後もトンネル工事を進めた。5月にこの問題がマスコミに大きく報じられると、情報が十分に届いていなかった岐阜県や地域住民から批判の声が相次ぎ、同社は工事の即時中断を余儀なくされた。

 同社は2016年10月、岐阜県と瑞浪市に対し、約70ページにも及ぶ「中央新幹線日吉トンネル新設(南垣外工区)工事における環境保全について」(22年4月、23年12月に更新)という計画書を提出していた。工事中に実施する環境保全措置などの具体的な計画をまとめたものだが、ボーリング調査などで事前に地質構造を把握し、地下水の状況について定期的に調査すると明記していた。

 大東氏は、この計画書の中に「深さ100メートル以上の場所でのトンネル工事なので深さ約10メートルの浅井戸には影響を及ぼさない」とする記述があることを踏まえ「JR東海は『水位の変化はない』と思い込んでいたのだろう」と指摘。だが、実際は想定よりも花こう岩の亀裂が多く、トンネル湧水(ゆうすい)の影響が地表付近の井戸やため池へ伝わるのが早かったため、今回の事態につながったとみられる。
JR東海「まとめた上で報告しようと…」

 環境アセスメントの制度では、事業者が作成した評価書などに対し、都道府県知事と政令指定都市市長が意見を述べることができる。このため、岐阜県では24人の専門家で構成される環境影響評価審査会を設置している。だが、2月の水位低下発覚後、岐阜県への連絡は5月まで遅れた。大東氏は「まずは環境影響評価審査会が設置されている岐阜県に報告すべきだった」と指摘。これに対し、JR東海の担当者は「事象の概要をとりまとめた上で報告しようと考えていた」と釈明する。

 情報の遅れは、枯れた井戸に刻まれたひび割れのように、JR東海と地域の間に亀裂を生んだ。大東氏は、環境アセスメントの大原則に今こそ立ち返ることが重要だと強調。「環境に配慮した工事をどう進めるか、みんなでアイデアを出し合おう、というのが本来の環境アセスの意義。ただ設定された基準をクリアすることではない」と話す。

 大東氏によると、環境アセスの柱の一つに「情報交流」という概念があるという。これは、さまざまな段階で事業者が適切に情報を公開し、さまざまな人々が情報を提供して相互にやりとりするというものだ。事業者は地域住民らに難しいことをどうわかりやすく伝えるか工夫が求められるといい、大東氏は「リニア静岡工区では人が住んでいない場所でのトンネル工事だが、環境保全が地域住民の大きな関心事になっているので、同じことが言える」と指摘する。
定例記者会見で報道陣の質問に答えるJR東海の丹羽俊介社長=名古屋市中村区で2024年6月25日午後3時14分、真貝恒平撮影
トップ、現場に変化の兆し
住民説明会の内容を説明する加藤覚・JR東海中央新幹線岐阜西工事事務所長(右)ら=岐阜県瑞浪市で2024年6月10日午後9時36分、真貝恒平撮影

 JR東海の丹羽俊介社長は今回の問題が発覚後、「双方向のコミュニケーションを大切にしながら真摯(しんし)に取り組む」と繰り返し発言した。JR東海は瑞浪市大湫町のコミュニティーセンターで工事の進捗(しんちょく)、湧水を止める薬液注入の状況などを毎日掲示。6月10日の住民説明会後、報道陣に対し担当者は「技術的なところは一定の理解を得られたと考えているが、コミュニケーションが不足していることを改めて感じた」と反省の弁を述べた。

 一連の問題を注視し続ける大東氏は「現場、トップの意識は変わり始めている。今回の問題を教訓に、JR東海は地域と一緒に環境保全を第一に考え、地域の理解を得ながら工事を進めることが大切だ」と話す。
環境影響評価(環境アセスメント)

 事業者が大規模な開発事業を実施する際、環境に悪影響を及ぼさないかどうか、あらかじめ調べる制度。対象は道路、ダム、発電所など13事業。調査するだけでなく、その分析結果を住民に公開した上で議論を重ね、事業計画に反映させる点で重要である一方、あくまでも主体が事業者であることから「影響が少ない結論に導かれやすい」「公表されたデータが住民には理解しにくい」など、制度の空洞化や情報伝達の問題を指摘する声もある。
大東憲二(だいとう・けんじ)氏

 1957年、島根県生まれ。80年、名古屋大工学部土木工学科卒業。同大大学院工学研究科博士課程、同大助手を経て、96年に大同工業大(現大同大)助教授、2002年に同大教授。24年、大東地盤環境研究所(名古屋市)の所長。愛知県地盤環境研究会の会長などを務める。