リニア駅周辺の道路整備に「反対運動」なぜこうなった? 相模原市が示した賛同しにくい「開通メリット」:東京新聞デジタル
リニア中央新幹線の神奈川県駅(仮称)の建設が進む相模原市緑区の橋本駅周辺で、開業効果を生かすためのまちづくりが進んでいる。車移動の利便性を高めるため市道「大西大通り線」の整備を目指しているが、実現には住宅や事業所など約100棟の立ち退きが必要。反対運動が続いている。今ある市民の生活をないがしろにしてまで、リニアのある未来を追求すべきなのか。(中川紘希)
◆住宅地に約920mの市道、事業費は174億円
「町が良くなるなら納得できる。でも犠牲になるという感情しかない」
12日に市緑区合同庁舎であった住民と市との対話集会。地権者の男性が声を上げた。他の参加者からも事業の必要性を疑問視する意見が相次いだ。
集会で大西大通り線の整備事業を批判する住民ら=相模原市緑区合同庁舎で
大西大通り線は、住宅地に延長約920メートルの市道を整備する計画で、事業費は174億円。市は内部で方針を固めた後、2022年6月の住民説明会で報告した。突然立ち退きを求められることとなった地権者は困惑。反対団体を発足し署名活動などに取り組んだ。
だが市は大通り線整備に向けた手続きを進め、2023年3月に都市計画決定。現在は戸別訪問で事業への理解を求めたり測量をしたりしている。5割超が同意しているという。県の事業認可を受けた上で2030年に工事開始を予定する。
◆「40秒だけのために住民を移転させるのか」
市はリニアからの降車客流入などの開業効果を見越して駅周辺のまちづくりを進めていて、大通り線整備もその一環。駅と首都圏中央連絡自動車道(圏央道)相模原インターチェンジとのアクセス機能を高め「多くの人や企業を呼び込み、更なる交流を創出する」ことを掲げている。
集会でもアクセス機能の向上が議論の的になった。
市側は、大通り線を整備すると市道大西線など既存道路の拡幅と比べて、走行時間が約40秒短縮できると試算。その場合、事業費は13億円、立ち退きは53棟増えるという。参加者の男性は「びっくりした。40秒だけのために住民を移転させるのか」と問題視した。
◆いつできるともわからないリニア駅…「絶対にどきません」
事業の前提であるはずのリニア開業の時期が未定だ。「急ぐ理由がない。今計画を見直すべきだ」と迫る住民に対して、佐藤直樹市リニアまちづくり課長は「JR東海に開業見込みを早く出してほしい。ただまちづくりも時間がかかるので今種まきをしたい」と理解を求めた。
「絶対にどきません」と宣言したのは有賀三郎さん(92)。周囲にも高齢者が多く住んでいるといい「うちも小さい家だが庭も柿の木もある。どうしてくれるのか。近所に家を造ってくれるならいいけど、それもできないでしょう」と批判した。立ち退きでは土地や建物の価値に応じた補償金が支払われるが、市は不動産情報を提供するだけで移転先を用意することはない。有賀さんは「理想や未来の話ばかりするけど、今住んでいる人の気持ちになってほしい」。
住民の批判がやまなかったが、高木理史市リニア駅周辺まちづくり担当部長は「計画をぜひ進めさせてほしいという思いは変わらない」と譲らなかった。平行線のまま集会は終わった。
◆「なぜ住む場所を捨てないといけないのか」
「こちら特報部」は16日、大西大通り線の整備予定地を歩いた。
家々には「大西大通り新設は困ります!測量はお断りします」と記したステッカーが掲示されていた。複数枚並べて張っている家もあり、市への怒りがにじんでいた。真新しい住宅もあった。
大西大通り線の整備に反対する住民が立てた看板=相模原市緑区西橋本で
取材に応じてくれた1人暮らしの女性(70)は「いつ追い出されるか分からず精神的に苦しい。家の掃除をしているとき、『きれいにしても無駄かな』と思うことがある」と明かす。庭の床は一部が汚れてウッドデッキも破損したが、直せずにいる。
大通り線とリニアの地下トンネルは広範囲にわたりルートが重なり、女性は両方の地権者だ。道路より先に、リニア工事のための地下の使用権「区分地上権」の契約を求められ、悩んだ末に「住めなくなるわけじゃない」と2022年3月に受け入れた。その3カ月後に道路整備で立ち退く必要があると判明。「うそでしょ。住めると思って契約したのに」と戸惑った。
駅と圏央道のアクセス機能向上をうたう市に「よその人の利便性のために、なぜ住む場所を捨てないといけないのか」と話す。「役所に『老人は必要ない』と言われているみたい」
◆「大勢の住民を立ち退かせるだけの効果は示されていない」
バネの製造会社「斉藤スプリング製作所」では、工場二つのうちの一つと斉藤国男代表(82)の自宅が立ち退き対象。斉藤代表は「工場が止まれば生産できなくなりお客さんも困る。せがれの時代まで商売を続けられるだろうか」と懸念した。
住宅地を通る大西大通り線の整備予定地=相模原市緑区西橋本で
道路行政について研究・提言する「道路住民運動全国連絡会」(東京)の橋本良仁前事務局長は「公共事業は住民との合意形成が大切だ。説明会を開催するだけでは合意は得られない」と市に苦言を呈した。
大通り線に関して「大勢の住民を立ち退かせるだけの効果は示されていない」と指摘。「トンネル工事の際、地上に建物があれば振動や地盤沈下など悪影響を与える可能性がある。そのため住民を排除しておいて工事を円滑に進めたいのでは」と疑った。
法政大の五十嵐敬喜名誉教授(都市政策)は「リニアが開業しなければ立ち退き損。住民の反発は当然だ」と話す。今後予定される静岡県の南アルプストンネル工事などは難工事になると予想した上で「道路整備による立ち退きを求める前に、JR東海に開業時期の見通しを示すように求めることが先だ」と指摘した。
◆「公共性も乏しく裁判でも違法とみなされる可能性がある」
住民側は大通り線が事前に相談なく方針が固められたことなどから違法性を疑っているのに対し、市は「弁護士に確認し、違法性がないと考えられる」としている。
相模原市役所(資料写真)
だが、国土交通省の「構想段階における道路計画策定プロセスガイドライン」には「計画検討着手では広く住民らに認知に努める必要がある」「合理的な案を原則として複数設定する」とある。五十嵐氏はこの点に触れ「多くの住民を立ち退かせて40秒短縮などの効果では、公共性も乏しく裁判でも違法とみなされる可能性がある」と話した。
リニア問題に詳しいジャーナリストの樫田秀樹氏は「市は謝罪の姿勢もなく市民の怒りを買っている。事業の膠着(こうちゃく)が5年、10年と続くのでは」と見通した。
市はリニア開業を好機と捉え、まちづくりやロボットなどの産業振興政策の推進に躍起になっている。だが樫田氏はリニアの停車本数も不確定だとして「降車客数や経済効果を過大に見積もっており、市の計画は絵に描いた餅だ」と批判した。
前出の橋本氏も「住んでいる人の暮らしを第一に考えるべきだ」と強調した上で「本当に必要な道路であるならば白紙に戻して住民と話し合い計画を練り直してはどうか」と提案した。
◆デスクメモ
リニア工事は地盤沈下など各地で問題が起き、新たな開業時期は見通せない。「絵に描いた餅」のために追い出されようとしている住民の怒りや不安は察して余りある。市は移転先の不動産情報を提供するだけで移転先の用意はしない。アパートや工場などはどうするのだろうか。(義)

