墓から持ち去られた遺骨が沖縄に帰る日は 東大に31体、京大に106体…埋葬願う市民団体への返還拒む大学側:東京新聞デジタル




人類学という学問の名を借りた犯罪ですよね。

以下記事

 東京大は、明治期以降に収集されたとみられる沖縄県由来の遺骨について、少なくとも31体を保管していると公表した。
 旧帝国大の研究者らが沖縄から持ち出した遺骨を巡っては、京都大も先月、少なくとも106体の保管を明らかにしたが、「元の地に返還したい」と求める市民団体との協議を拒んでいる。団体は「東大にも遺骨の移管・返還を強く求めていく」としている。(安藤恭子)
◆遺骨の返還や移管には触れていない東大の報告書
 東大が12日に公表した報告書によると、31体の遺骨は沖縄本島の中城村や那覇市、今帰仁村のほか、石垣島や与那国島で収集された。収集地や詳しい由来が分からないものもある。東大は、関東大震災や戦争で失われた記録も少なくないとして「大変遺憾」とした。
 最も多い18体の保管がわかった中城村の遺骨は、人類学者の鳥居龍蔵が旧東京帝国大(現・東大)助手だった1904(明治37)年に古墓群から収集したとみられる。報告書では鳥居が訪れた墓の特定は困難としている。
 石垣島の3体は、青森県出身の探検家・笹森儀助が1893(明治26)年、専門家に鑑定してもらおうと墓から持ち出したという。笹森の著書によれば地元巡査は「祟(たた)りがある」と忠告したが、警察から「一時拝借する許可」を得た。「いずれにしても東大が預かったまま返却していなかった」という。
 今帰仁村の遺骨は「琉球運天(松村)」と記載がある頭骨1体。運天は地名、松村は旧帝大助教授だった松村瞭とみられるという。報告書では沖縄県由来の遺骨の返還や移管の手続きには触れていない。
◆「盗んだ側が、返す人を審査するのは不当だ」
 沖縄県由来の遺骨を巡っては、京大が11月7日、昭和初期に採集された少なくとも106体を保管していると公表し、返還・移管のためのガイドラインを示した。
 これを受け、訴訟などを通じ京大に琉球遺骨の返還を求めてきた子孫らでつくる市民団体「ニライ・カナイぬ会」が移管を要請したが、京大からは今月、移管先として想定するのは地方公共団体と同列の「独立行政法人等」の公共的団体であるなどとして、協議を拒まれたという。

京大や東大が保管を明らかにした沖縄県由来の遺骨について集会で報告する松島泰勝・龍谷大教授=東京都内で
 同会共同代表の松島泰勝・龍谷大教授は13日、東京都内の学習会で、日本政府が「先住民族」と認めるアイヌ民族の遺骨と異なり、京大も東大も琉球民族の遺骨を「人骨」と呼んで「研究資料=モノ」としか扱っていないと批判した。
 「ご先祖だけでなく、今を生きる琉球民族への侮辱、差別であることを京大は分かっていない」と述べた。東大に対しても同会への遺骨移管などを求めていくとした。
 東大関係者らでつくる「東京大学遺骨返還プロジェクト」のさいとう・まのさん(29)は、アイヌ民族の遺骨返還運動と重ね合わせ「骨を盗んだ大学側が、返す人を審査するというのは不当だ」と訴えた。
 太田好信・九州大名誉教授(文化人類学)は、同会との協議に応じない京大について「『墓からの持ち去り』という過去の非倫理的で暴力的な行為を反省することなく、むしろ継続保管を可能にする論理を立てている。ガイドラインの公表もパフォーマンスに過ぎない」と批判する。
◆「人類学は植民地主義を正当化するため」正す姿勢を
 日本が琉球王国を廃して沖縄県を設置した琉球処分以降、植民地主義は周縁地域の人びとを分類し、人種化、序列化した。
 太田氏は「人類学はそれを正当化するための知であった。研究目的で奪われモノ扱いされた遺骨は非人間化され、その遺骨を返還しない研究者も非人間的だ」と指摘し、大学には、遺骨を持ち出した過去の不正義を正す姿勢が求められるとする。
 「遺骨を人間に戻し、お墓に帰したいと願う同会との間で、問題の解消に向け協議するのが最初の一歩だ。『誰が持ち出したのか』という責任追及ではなく、『どうして起きたのか』を問い、その理由にともに向き合うことだ」と促した。