「夢の原子炉」もんじゅの次は ナトリウム漏れ事故から30年 でも国は「核燃料サイクル」をあきらめずに:東京新聞デジタル


嘘で固められたもんじゅ(文殊)いまだに蠢く原子力ムラのムラビト達

以下記事

夢の原子炉」と呼ばれた高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)のナトリウム漏れ事故から、8日で30年。消費した以上の核燃料を生む核燃料サイクルの研究開発の中核とされたが、事故により頓挫した。事故では、事実を隠蔽(いんぺい)するような体質も厳しく指弾された。国はもんじゅの後継炉の開発をあきらめないが、想定通りに進むかは分からない。一方、敷地内で構想されている別の試験研究炉の見通しも立たない。(飯村健太、平田志苑)
◆まさかの「ビデオ隠し」に「何を信じていいのか」

30年前の1995年にナトリウム漏れ事故が起きたもんじゅ。現在は廃炉作業が進められている=2日、福井県敦賀市で(飯村健太撮影)
 もんじゅの当時の運営主体の動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は、事故で公開したビデオからナトリウムが漏れた場所などの映像を削除していたことが明らかとなり、批判された。
 事故当時、県原子力安全対策課職員だった来馬克美さん(77)は映像を見た際の「漏れた箇所が映っていない違和感」から、3日後の未明の立ち入り調査で現場を確認。事故の重要部分の「ビデオ隠し」が発覚した。
 動燃の職員だった大内裕子さん(58)は、記者会見場の設営などに追われた。「どう編集したかも報道で知った。住民を不安にさせてはいけないと考えたのでは」と、現場が錯綜(さくそう)状態だった当時を振り返る。
 地元ケーブルテレビの記者だった大内さんの夫の清隆さん(66)は、事故後に当時の動燃理事長が、敦賀市長に伝えた言葉が忘れられない。「何を信じていいのか分からなくなりました」。清隆さんは、カメラ越しに「理事長が不信感を持つ組織ってなんやねん」とあきれたという。
◆それでも地元経済界からは期待する声が
 もんじゅは事故によりほとんど稼働できないまま、廃炉が決まった。もんじゅに加え日本原子力発電敦賀原発など原子炉計4基が立地する敦賀市では、東京電力福島第1原発事故以降、全ての炉が稼働できない。
 それでも地元経済界からは、研究を基にした企業進出などを期待する声が大きい。敦賀市の米沢光治市長は「安全を大前提に、教訓を生かしてほしい」と話す。
 廃炉ビジネスにも注目が集まる。今年8月、廃炉作業中の原発から出た放射能レベルが極めて低い「クリアランス金属」を再利用する「福井県原子力リサイクルビジネス準備株式会社」が設立。来馬さんが社長を務める。
 一方、敦賀市で反原発活動を続ける山本雅彦さん(68)は研究炉について「詳細な計画が示せない時点で、もんじゅのように大金を費やして終わるのではないか」と冷ややかな視線を送る。
   ◇   ◇
◆1兆円つぎこんだ「夢の原子炉」稼働はわずか250日
 事故は1995年12月8日、配管内の温度計の設計ミスが原因で、冷却材の液体ナトリウムが漏れて火災が起きた。負傷者はなかったが、床の鉄板が熱で変形するなどした。もんじゅは建設や維持に1兆円以上の税金がつぎ込まれたが、トラブルや事故が相次ぎ、運転は初臨界から22年間でわずか250日だった。2016年に廃炉が決まり、作業完了は2047年度が目標だ。
 もんじゅの敷地内では、発電用原子炉の100分の1程度の出力の試験研究炉建設の動きがあり、動燃を引き継いだ日本原子力研究開発機構(原子力機構)が設計の主体となっている。
 研究炉は、核分裂で生じた中性子を照射して物質の構造を解析し、半導体や医薬品などの製造・開発などに役立てることを目的とする。だが、直下に推定活断層が存在する可能性が指摘され、昨年、建設予定地の公表などが延期された。
【関連記事】原発マネーで建てた豪華な温泉施設 赤字続きで地元は身を切るハメに… 身の丈に合わないハコモノの末路
【関連記事】「原子力に代わる産業はない」原発城下町の未来は…期待は越前ガニ、北陸新幹線 敦賀原発2号機、再稼働不可能に