LINEで低空飛行の目撃情報を共有 男児が泣き叫ぶ動画撮った女性 | 毎日新聞




「あの谷(から)来るよ……。来た。これ低いんじゃない。うわー!」。女性の叫び声とともに、尾根の間からジェット戦闘機が姿を現し、耳をつんざく爆音をとどろかせながら数秒で目の前を飛び去ってゆく。音に驚いた男児が泣き叫ぶ場面で動画は終わる――。

 この動画は、米軍機が低空飛行する訓練経路「オレンジルート」の直下に位置する高知県香美市物部町の山あいの民家で、2014年12月に撮影された。動画投稿サイト「ユーチューブ」にアップされ、これまで約630万回再生されている。


 米軍機の低空飛行訓練はかつて、遭遇したことがない人にとっては想像しにくいものだったが、この「衝撃的」な動画がきっかけとなり、今ではユーチューブなどに多くの動画が投稿されている。それを可能にしたのは、国内で約9700万人が利用する無料通信アプリ「LINE(ライン)」の登場だった。
高知県の大豊町から本山町へ向けて米軍の輸送機オスプレイが低空飛行したなど、住民らはどこで、何が、どちらへ飛んだといった情報を具体的に書き込む=2024年12月13日午前11時54分、植松晃一撮影(画像の一部を加工しています)

 この動画を撮影した50代の女性は、オレンジルート直下にある自宅上空に頻繁に米軍機が飛来し、爆音などに悩まされていた。いつ、どちらの方向から飛んでくるのかが分からないことが、一層不安をかき立てていた。

 そんな時、ルート下の住民の一部が米軍機の飛行情報を電話で共有し合っていることを知った。「私も電話連絡が欲しい」――。米軍機の飛行ルートは分かっており、他の場所で目撃情報があれば、あと何分くらいで上空に来るか予想がつく。だが、音速で飛ぶ米軍機なら1分間で十数キロ以上進むので、1対1の通信手段の電話だと、到底間に合わない。

 そこで思いついたのが、スマートフォンに入れていたアプリ・ラインの活用だった。

 女性はライングループを作り、米軍機の低空飛行に関心を持つ人たちにメンバーになってもらった。低空飛行を目撃したり、飛行音を聞いたりしたメンバーがラインに投稿すると、グループ全体へ瞬時に伝わる。メンバーの一部は、スマートフォンの動画モードを起動させたり、カメラに望遠レンズを付けたりして、飛んでくる方向に構えるようになり、鮮明な動画や写真が記録されるようになった。現在は、和歌山県や徳島県などルート下の約40人がグループに参加しているという。

 オレンジルートは愛媛、高知、徳島各県から紀伊水道を挟んだ和歌山県へ延びている。10年以上、米軍機による低空飛行を記録している徳島県牟岐町の藤元雅文町議によると、和歌山県のメンバーが西へ向かう米軍機の情報を投稿すると、5分程度で徳島県南部に到達するため、撮影などを試みやすいという。
動画投稿サイト・ユーチューブに投稿された米軍機とみられる低空飛行訓練の動画を視聴できるQRコード。この動画は繰り返し再生され、低空飛行の実態が広く知られるきっかけとなった。



 現在、ユーチューブなどで「低空飛行」「米軍機」といったキーワードを検索すると、米軍機の低空飛行を捉えた動画が次々と表れる。女性は「米軍機が低空飛行すると、赤ちゃんは泣き叫び、飼い犬もパニックになるほど。(ルート外の人も)動画を見れば、爆音などそのひどさを実感するだろう」と話す。

 女性はその後、低空飛行の無い場所に移り住んだ。米軍機が飛来しない日常を「ああ、平和だ」と日々感じるという。「米軍機の低空飛行訓練については、みんなで空を見たり記録したりすることが大切。中国地方など(オレンジルート以外の)米軍の飛行ルートがある他の地域でも、こういうグループができることを願っている」【植松晃一】

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 米軍機が低空飛行訓練を繰り返し、墜落事故も起こったオレンジルート。低空飛行が地域住民の暮らしに与える影響や、日米の安保協力のあり方などを考える。