農林中金に巨額赤字 運用失敗だけでない、構造的な課題 | 毎日新聞






記事の中で登場する山下さんは著作の中でJAの多くの問題は指摘してきた。
マネーゲームで稼ごうとする農林中金と、農家に資金貸し出しで借金地獄にする農協の構図。
果たして、日本の農業のためにJAは存在するのだろうか?



以下記事

農林中央金庫(農林中金)が資金の運用に失敗し、2025年3月期の最終(当期)赤字が1兆5000億円規模に拡大する見込みとなった。なぜ赤字が大きく膨らむことになったのか。問題の背景には、農林中金に出資する農業協同組合(JA)の課題も見え隠れする。
今年度の配当はゼロ

 農林中金は6月21日に東京都内で総代会を開催し、奥和登理事長は巨額の赤字見通しについて「心配や迷惑をかけている」と謝罪した。奥理事長の報酬を4月から3割削減し、出資者への今年度の配当はなしと決まった。

農林中金の運用資産の内訳

 農林中金は1923年に設立された農林水産業の発展を支える金融機関だ。JAや森林組合、漁協などから集めた預金を基に、債券などに投資。運用益をJAなどに配当として還元してきた。各地域のJAや都道府県単位の信用農業協同組合連合会(信連)も独自に預金や運用をしており、中央組織の農林中金を含め「JAバンク」と総称される。

 JAバンクの預金量は約109兆円と巨額だ。個人の預金シェアはメガバンクを上回り、ゆうちょ銀行、信用金庫に次いで全国3位を占める。農林中金の運用残高は56兆円(3月時点)に上り、運用先の42%は主に海外の国債だ。次いで40%は海外の社債などが占める。農林中金の預金者には「奨励金」として上乗せ金利を払っており、積極的な外国債券への投資によって、配当と合わせ毎年約3000億円を還元してきた。
2022年から23年にかけて大幅な利上げを続けた米連邦準備制度理事会のパウエル議長=新潟市中央区で23年5月11日(代表撮影)
米利上げで損失膨らむ

 ところが、米国の利上げで外債投資戦略は大きくつまずいた。米連邦準備制度理事会(FRB)が22年以降に急速な利上げを進めたため、農林中金が保有する米国債などの価格が下落。2兆円余りの含み損(3月時点)を抱え込んだ。5月時点では最終赤字は5000億円超と見込んでいたが、米国の利下げ開始が遅れ、金利は高止まりしたまま。価格回復が見通しにくくなり、6月に米欧の国債を10兆円ほど売却して損失を確定させる方針を決めたことで、赤字は1兆5000億円規模に膨らむ見通しとなった。

 農林中金は財務改善に向けて1兆2000億円規模の増資を検討し、JAなどと協議している。坂本哲志農相は記者会見で「財務の健全性は確保されている。資本調達の額が(1兆2000億円規模から)増加することはないと聞いており、農家への影響は想定していない」と説明する。

 ただ、農林中金の業績悪化はJAの経営を大きく揺さぶっている。無配などの影響で、JAしまね(松江市)の24年度決算は、営業利益に相当する事業利益が前年度の7億1300万円から8000万円に、最終利益にあたる当期余剰金も13億7200万円から2億2800万円に大幅に減る見通しだ。JAしまねは「支店の統廃合などの改革を実施しており、(農家への)影響は今のところはコントロールできる状態だ」として、農林中金の増資に応じて約73億円を出資することを決めた。
赤字続けば組合員に影響

 一方、赤字が続けばJAなどの運営に悪影響が広がる恐れもある。全国に約500あるJAは、組合員らから集めた出資金などを基に農林中金に出資しており、配当は600億円規模になる。それが途絶えれば、農家の生活に支障が出かねない。奥理事長は5月の会見で「収益で貢献できなければ、農協が効率的に動けるようにコンサルティング業務など非収益の部分でサポートしたい」と述べるのが精いっぱいだった。京都府森林組合連合会の担当者は「赤字が何年も続けば組合員に影響が出るだろう。早く元通りになってほしい」と話す。

 日米の金利差が拡大し、外債投資のために資金を円からドルに交換する費用が膨らんだことも巨額損失の要因だ。ドルの預金も受け入れるメガバンクなどとは異なり、農林中金の資産は基本的に円建てだ。23年度の外貨調達費用は2兆3819億円。前年度と比べ1兆3357億円も増加した。

 外債の運用規模が大きくなったのは、超低金利の時代が長く続いたことが大きい。金利の低い日本国債では利益を得にくいため、外債投資を増やしていった。運用残高に占める債券の割合は、23年3月時点の26・6兆円から24年3月時点では31・3兆円に増加した。
JAあぐりタウンげんきの郷の農産物売り場には、知多半島産の新鮮な野菜や果物が並ぶ=愛知県大府市で2024年3月27日、町田結子撮影
「資産の分散化を」

 農林水産省の関係者は「お金を預かっている以上、リスク資産の株式はあまり持っていない」と説明するが、外債が増えるほど金利変動の影響を受けやすくなり、リスクが低いとは言えない状況だ。ある銀行幹部は「収益が安定するように(運用方針を)変えた方がよい」と指摘。東洋大の野崎浩成教授(金融論)は「資産構成の多角化や分散化を進めるべきだ」と主張する。

 金利が大きく上昇した段階で売却を決めたことについて、農林中金は「金利が高止まりする厳しい環境の中、収益力を確保して25年度に黒字にするため」と説明。保有外債の一部を収益性の高い資産に入れ替える方針だ。野崎氏は「金利の上昇局面でメガバンクや地銀は(外債の)残高を圧縮してきたが、農林中金は更に積み増した。きちんと判断した結果なのか疑問だ」と指摘する。
運用益頼みのJA

 巨額資金の安定運用は容易ではなく、貸し出しをもっと増やせないのか。農林中金の貸出残高は16・9兆円(3月時点)で、運用額に比べ少ない。ただ、肝心の農業者の本業が振るわない。農水省によると、JA全体の収益は農業などの経済事業が約1400億円の赤字(22年度)で、黒字は北海道など一部のJAにとどまる。農林中金の貸し出しは伸び悩み、運用で収益を確保しているのが実態だ。
赤字転落の見通しや増資について記者会見で説明する農林中央金庫の奥和登理事長=東京都千代田区で2024年5月22日、福富智撮影

 JAバンクの預金約109兆円には、農家が土地を売って得たお金や農業以外の収入などが含まれ、住宅ローンなどにも使われている。農業生産額は年間約9兆円しかなく、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「預金も運用も農業以外のもので肥大化している。農業協同組合の原点に戻るべきだ」と主張する。

 JAに加入する人は全国で約1000万人。そのうち6割超は農業以外の仕事をする准組合員が占める。農林中金の運用課題が露呈したことで、農業とはかけ離れた金融事業に依存するJAのあり方も問われそうだ。【福富智】





「亡国農政」の終焉 (ベスト新書 257)
山下 一仁
ベストセラーズ
2009-11-07