戦前と同じ「戦う国になった」 沖縄在住の映画監督・三上智恵さん | 毎日新聞
防衛省の前身となる防衛庁と自衛隊が1954年に発足してから1日で70年を迎えました。政府が2014年に憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を限定的に認めると閣議で決めてから10年の節目でもあります。日本の安全保障や自衛隊を取り巻く環境はどう変わっていくのか? 今、持つべき視点とは? 有識者の皆さんと考えます。
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戦前と同じ「戦う国になった」 沖縄在住の映画監督・三上智恵さん
沖縄在住の映画監督、三上智恵さん
――日米両政府は台湾周辺や東・南シナ海で活動を活発化させる中国を念頭に、沖縄・南西諸島の防衛力を強化しています。映画監督として最新作の「戦雲(いくさふむ)」(3月公開)は、自衛隊の配備が急速に進んで変貌していく島々を、8年間にわたって取材し続けた記録ですね。
◆「宮古島と石垣島、与那国島に、自衛隊が入って来る。しかも攻撃力を持つミサイル部隊も来る」と聞き、「いよいよ来たか」と。すぐに現地へ向かいました。米国の対中国戦略のために自衛隊や沖縄が使われることを、「日本国民、何よりも沖縄の人たちが許さない。大きな反対運動が起きるぞ」と予想していました。実際には、まったく外れてしまいましたが。
与那国空港の自衛隊機の前でたたずむ与那国馬=映画「戦雲」のワンシーンから、c2024『戦雲』製作委員会
――太平洋戦争末期の沖縄戦で旧日本軍が住民を守らなかった歴史もあり、72年に沖縄が本土に復帰した頃には、自衛隊員の住民登録や成人式への参加を拒むなど反発が強かったと聞きます。自衛隊に対する沖縄県民の意識は変わってきたのでしょうか。
◆地震などの災害救援活動で国民の自衛隊に対するイメージが変わりましたよね、それは沖縄県民も同じです。特に離島では(沖縄本島に)救急患者を搬送したくても、民間のドクターヘリコプターでは航続距離が足りない。そうした場合に自衛隊のヘリが緊急搬送をしてくれています。いまだ数多く残る不発弾の処理でも、自衛隊のお世話になっている。沖縄県民には、こうした活動に感謝する気持ちもいっぱいありますよ。沖縄出身の自衛隊員もたくさんいるので、沖縄で自衛隊を毛嫌いする人はものすごく少なくなりました。
結局、在日米軍基地問題に対してなら、沖縄県民はみんなで集まって拳を振り上げる。けれども、自衛隊に対する反対になると、集まりにくい。大手メディアの報道にも似たようなところがありますよね。
南西諸島で自衛隊の配備に反対している人たちはたくさんいますが、自衛隊そのものというより、自分たちが住んでいる島にミサイルが置かれること、軍事作戦に使われることに反対しているのです。
防衛力の強化について日本政府は「安全保障上の抑止力のため」と説明します。でも、それが崩れて戦争になったら、真っ先に標的にされるのが南西諸島にある自衛隊のミサイル部隊やレーダー基地です。住民が自衛隊の配備に反対するのは「自分たちの島が戦場になってしまう」という危機感にほかなりません。
与那国島の伝統行事・ハーリーに参加する住民=映画「戦雲」のワンシーンから、c2024『戦雲』製作委員会
――「戦雲」は、自衛隊が弾薬庫を建設したり、弾薬を搬入したりすることに反対する住民の姿とともに、カジキ漁やヤギの世話、伝統の祭りといった沖縄県民の日常を丹念に追っています。そうしたシーンには、住民として伝統行事に参加する自衛隊員と、その家族も映っていましたね。
◆「戦場になるかもしれないから」という恐怖があっても、人間は下を向いて人生を終えるわけにはいきません。自分の命を輝かせたいし、住んでいる島や家族を愛したい。一方で、「戦争で何もかも根こそぎ奪われるのではと、不安を抱える地域が日本の中にもある」という事実を伝えたかったのです。
命が軽んじられているのは、自衛隊員も同じでしょう。今の作戦ではミサイルを抱えたまま最後まで戦い、逃げ出すことはできない。彼らにも家族がいて、島の人たちと理解し合い、一緒に生きていこうとしています。自分の安全のために、こうした人たちの人生を奪う権利は誰にもないはずです。島で暮らす自衛隊員とその家族の姿は多くのことを訴えています。
――22年に閣議決定された安全保障関連3文書では、敵対する相手のミサイル発射拠点をたたく反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有が明記されました。
◆03年に小泉内閣が(日本が武力攻撃を受けた場合の手続きなどを定める)有事法制関連3法を整備しました。その頃から、今の流れが始まっていたと考えています。その後も、集団的自衛権の行使を可能とする安保関連法や、特定秘密保護法などが相次いで整備されました。最近では(安全保障上重要な施設周辺や国境離島を対象とする)重要土地利用規制法が成立し、ありとあらゆる法律で、日本は戦前と同じ「戦う国」になってしまいました。
安保関連3文書には、中国を名指しするだけでなく、「現状変更する国に対しては同盟国・同志国とともに主たる責任を持って対処する」という文言があります。今までの自衛隊は日米安全保障条約の中で米国の軍事行動をサポートしてきたものの、敵の基地を攻撃することは考えられなかった。私が幼い頃には、自衛隊は「軍隊ではありません」「自衛のためだけに動きます」「外国にも行きません」「敵の国も攻撃しません」と教わりました。それが根こそぎ変わってしまったと感じています。
しかも自衛隊は、弾薬庫を全国に130棟整備する方針を示している。有事の際に使う空港や港湾は福岡県や北海道からも選ばれ、戦争になったら本土が攻撃対象になるかもしれません。それなのに防衛省の戦略地図を見ると、九州より南の地域しか描かれていない。私は「印象操作」だと思います。
――南西諸島だけの問題ではないと。
◆そうです。この数年の間に南西諸島で起きていることは、軍事化が進み、住民は有事の際に島を追われるという話です。沖縄以外の人たちは大丈夫だと思いますか?
もし自分が住んでいる地域に弾薬庫を作られれば、戦場になってしまう。それを理解してもらうには、南西諸島で起きていることを映像にまとめて見せることが、最も説得力があると思いました。
「軍隊がいない方が平和になる」と言うと、右寄りの人は「お花畑」だと言います。私に言わせると、「自衛隊が守ってくれる」という人のほうが「お花畑」です。日本の軍隊は国民を守らなかった、それはなぜか。今の日米が想定する戦略は本当に国民を守るのか。歴史にも、現在の国防にも切り込まない限り、説得力はありませんよね。
――自衛隊の「望ましい姿」とは何でしょうか。
◆災害救助などで国民は自衛隊を必要としています。災害救助のプロとして生まれ変わり、武器を持たずに、鍛えた体と正義感を国民のために役立ててほしい。妄想と言われるかもしれませんね。でも、民主主義社会なら可能でしょう。【聞き手・斎藤良太】
みかみ・ちえ
1987年、毎日放送(大阪市)にアナウンサー職で入社。95年に沖縄県へ移住し、琉球朝日放送のキャスターを務めながら在日米軍基地問題を取材。2013年に「標的の村」で映画監督デビューし、14年からフリーに。著書多数。