まだ1合目? 「まるで宇宙戦艦」超電導リニアの現在地 | 毎日新聞




以下記事
「新聞か雑誌にリニアモーターカーができるかもって書いてあったんです。冗談いうなと。レールの上を電車が浮いて飛ぶって、飛ぶならレールいらないでしょう」――。

 落語家の立川志の輔さんが、独演会でこんな「マクラ」を披露したことがある。開業すれば時速500キロで品川―名古屋間を最速40分で結ぶ「リニア中央新幹線」の話だった。志の輔さんは2002年、山梨県にあるJR東海の実験線で「超電導リニア」に試乗し、「感動とともにショックを受け」て、自身の落語に取り入れていた。10月中旬、私(記者)もメディア向けの体験乗車に参加した。


 同県の笛吹市から上野原市にまたがる実験線は、総延長42・8キロ。営業線と同じくらい厳しい勾配や大きなカーブがあり、開業に向けた走行テストが行われている。乗り場がある同社の山梨実験センター(都留市)に到着後、白地に青いラインが入った巨大な先頭車両を見学して、「こんな鉄の塊が宙に浮きながら走るのか」と不思議な思いがした。

 実際に乗ってみて、超電導リニアの規格外の速さに驚かされた。滑るように動き出して、ぐんぐん速度を上げ、時速150キロ前後で浮上走行に移行。車輪が完全に地面から離れると、レールとの摩擦音が消えたが、浮いている感覚はなかった。
飛ぶように流れる景色

 3分とたたずに時速500キロに到達した。小さく揺れはしたが、その場で立ってもバランスを崩すことはなかった。車内のモニターには、前方視認用カメラの映像が映し出されていた。景色が飛ぶように後ろへ流れていく様子は、まるで人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のワープシーンを見ているようだった。

 原動力は「超電導磁石」だ。「超電導」は、ある金属を一定の温度以下にした際に電気抵抗がゼロになる現象。超電導状態の金属で作ったコイルに電気を流すと、半永久的に電流が流れて、強力な電磁石になる。超電導リニアは、車両側面にこの電磁石が取り付けられている。一方、レールの役割を果たすU字形の「ガイドウェイ」の側壁には、複数のコイルを連続して並べている。ここに電流を流してN極とS極を電気的に切り替え、車両を引きつけたり押し出したりして前に進める。


 また、レールと車輪の摩擦力で進む従来の鉄道は、加速しすぎると車輪がスリップ(空転)してしまうため、出せる速度には限界があった。しかし、超電導リニアは磁力で車両を地面から約10センチ浮かせて走行することで、この問題を解決。鉄道とは一線を画する高速走行を実現した。
実感した高い技術力

 JR東海によると、旧国鉄時代の1962年からこれらの技術開発が始まり、97年に山梨実験センターで時速500キロを達成した。超電導リニアは、同社が世界に先駆けて作り上げた最速の次世代陸上輸送システムとなった。ドイツの技術を導入して02年に開業した中国・上海のリニアも電磁石を利用しているが、超電導ではなく、営業運転時の最高時速は約430キロにとどまっている。今回の体験乗車で、日本の技術力の高さを改めて感じることができた。

 超電導リニアがもたらすのは、経済の活性化だけではない。南海トラフ巨大地震の被害想定エリアを走る東海道新幹線は、3大都市を結ぶ「日本の大動脈」だ。それが地震でストップすれば、生じる損害ははかり知れない。東海道新幹線とリニア中央新幹線の「複線化」は、大規模災害に対する備えでもあるのだ。
出口のない袋小路

 だが、工事が静岡県外の沿線各地で着々と進む一方で、静岡工区を巡る問題は出口のない袋小路に入ってしまったと言わざるをえない。南アルプスの環境への影響や、工事で発生する土砂の置き場に懸念があるとして、静岡県は反対の姿勢をとり続けている。


 静岡工区の着工にめどがつかないため、当初予定された27年の開業は大幅にずれ込む見通しだ。川勝平太知事は10月10日の記者会見で、「1合目よりは少し進んだかな」と現状を山登りにたとえた。真意はさておき、発言を額面どおりに受け取れば「登頂」など、夢のまた夢ということになる。

 かつて「技術立国」と呼ばれた日本は、スマートフォンの開発に乗り遅れ、グーグルやアマゾンのようなビッグテックの育成に失敗し、低迷のさなかにある。だが、志の輔さんが「テレポート(瞬間移動)と一緒だ。すごいものが着々とできている」とたたえた最先端の技術は、この国にただよい続ける閉塞(へいそく)感を打破するきっかけになるかもしれない。取材を通じて、そう感じた。【最上和喜】