新幹線ができて「不便」になる日本の鉄道の謎 原武史さん | 毎日新聞




リニアにも懐疑的な原さんです。
良記事

以下記事
東京や関西の通勤電車と新幹線以外、鉄道のない日本になるのか――。国土交通省の有識者検討会が7月、ローカル線に関する提言をまとめました。政府主導で自治体などの協議会を設置し、鉄道存続かバスなどへの切り替えかなどを検討するよう求めています。JR各社も赤字路線の区間別収支を発表するなど、ローカル線への向かい風は強まるばかり。本当にこれでいいの? 鉄道の歴史に詳しい政治思想史研究者、原武史放送大教授に聞きました。【聞き手・鈴木英生】
函館本線で楽しむ、啄木が見た風景

 先日、JR北海道の函館本線、長万部−札幌間に乗車した。北海道新幹線の延伸に伴い2030年度で廃止されると事実上決まった同線長万部−小樽間(140・2キロ)が、今どうなっているかを確かめるためだ。

 乗って驚いた。1両編成のディーゼルカーは席が埋まり、立っている客もいたからだ。
国鉄(当時)函館線を走る、日本最大の旅客用蒸気機関車C62型の三重連を先頭にした急行ニセコ。函館線は、かつて東海道線の特急つばめやはとで東京と大阪を結んだC62型の、最後の晴れ舞台となった=1971年7月撮影


 同線は1905年に全通した北海道最古の主要幹線で、長万部―小樽間は当時のままの非電化単線だ。架線柱がなく複線でもないから、両側の線路際までシラカバやエゾマツの林が迫り、森林浴をしながら乗る格好になる。かつて乗った石川啄木や小林多喜二、詩人の左川ちかが記した北の大地の自然が車窓に広がる。自動車では、道路沿いが開発されてしまって、こんな体験はできない。

 車内には鉄道マニアのほか、一般の観光客や地域住民も乗っていたが、車両は座席が少なく、車窓の風景を見やすいよう設計されているわけでもなかった。長万部からは1日に4本しか列車がない。

 少子高齢化がもっと進めば、ゆったり時間をかけて車窓の風景を楽しめる鉄道の魅力はますます増すに違いない。

 水際対策が緩和されて入国制限が撤廃されれば、割安感からコロナ禍の前より外国人観光客が増える可能性がある。円安が持続すれば、海外旅行から国内旅行に切り替える客も増える。ローカル線を生かす好機になるのではないか。車両や本数を増やしたり、魅力のある車両を走らせたりすれば、まだまだ乗客を見込めると思った。
欧州では温暖化対策で再評価

 ところが、である。管見の限り、JR北海道は同線の良さをアピールしたことすらない。そもそも、新幹線開業に伴って在来線を第三セクター化したり、特急を廃止したりして新幹線に乗らないと移動しづらくなるのが当たり前とされる国は、日本くらいではなかろうか。韓国や台湾、中国などでは、新幹線が開業しても並行在来線に特急や急行を従来通り走らせ続ける。客は、運賃や速さなど自分の優先順位に合わせて乗る。
ドイツ・ベルリンなどとチェコのプラハを結ぶ在来線国際特急列車の食堂車。ビールと料理、車窓の眺めを味わえる。日本の特急が失って久しい光景だ=2022年8月18日、鈴木英生撮影
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ドイツ・ベルリンなどとチェコのプラハを結ぶ在来線国際特急列車の食堂車。ビールと料理、車窓の眺めを味わえる。日本の特急が失って久しい光景だ=2022年8月18日、鈴木英生撮影

 欧州では、鉄道が環境に優しい乗り物として再評価され、飛行機ではなく国際長距離列車で移動する人が増えていると聞く。ローカル線は、学校や病院同様の地域インフラとして、採算を度外視して公的に支援される例も多いという。こうした事例が日本は少ないし、その機運を作り出す気概を鉄道会社にあまり感じない。

 ローカル線は、バスやバス高速輸送システム(BRT)に転換した方が、停車場所や本数が増えて地元住民にとって便利な面もある。ただし、地域外の客がわざわざ乗りに来ることは確実に減る。地域外から乗り入れることもできた鉄道とは違い、乗り換えの手間が増えるうえに、所要時間もかかる。外国人も含めて地方路線に魅力を感じる人はいても、バスやBRTにそこまでの魅力はあるだろうか。結局、人口がさらに減ればバスも廃止される。現に北海道などではそうなっている。とどのつまり、バスやBRTは、地域のさらなる縮小を前提とした内向きの選択肢である。
阪急創業者の志を受け継ぐ地方鉄道の現場

 かつて、阪急の創業者、小林一三は「乗る人がいなくて赤字になるなら、乗る客を作り出せばよい」と唱えたが、同様の発想は今もある。例えばJR只見線は、2011年の豪雨で只見−会津川口間が不通になった。地元写真家の星賢孝さんが同線の魅力をSNSで発信して台湾や香港などアジア各地で人気を博した結果、「日本一ロマンチックな鉄道」と呼ばれるようになり、コロナ禍までは第一只見川橋梁(きょうりょう)の最寄り駅から臨時バスが出るほどインバウンドでにぎわった。住民も、見慣れた鉄道と地域の魅力を再発見した。地元福島の市町村と県が一丸となってJR東日本を説得した結果、自治体が施設と土地を保有し、JRが運行する「上下分離方式」で10月に全面復旧する運びとなった。


 東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた三陸鉄道も、望月正彦社長(当時)が被災直後に復旧を決断した。この決断が沿線住民を大きく勇気づけた。三陸鉄道は被災を逆手にとったアイデアで定期券以外の客を集め、旅行会社のパックツアーの客が乗る区間ではわざわざ車両を増結させた。同じく被災したJR山田線の宮古−釜石駅間の移管も引き受け、いまでは日本最長の第三セクター鉄道へと発展している。
鉄道を廃止して、JRは何の会社になりたいのか?

 それに引き換え、JRグループの幹部は何をしているのだろう。新しい客を作り出すための努力もせず、今現在の路線ごとの採算だけを重視した末には、大都市圏の通勤路線と新幹線しか残らないのではないか。テレワークが進めば、それすらも先細りする。JRは、いったい何の会社になりたいのか。

 鉄道には、経済効率に還元されない公共性や象徴性がある。日本はモータリゼーションが欧米よりも遅れた分、この象徴性が特に強い。駅がなくなると、当該地域は地図上で認識されにくくなる。地方自治体にとって新幹線とその駅の誘致が悲願になるのも、鉄道が持つ象徴性の表れだろう。

 一度失ってしまった鉄道は、容易に戻らない。英国では、廃止された鉄道を有志が保存し、SLなどの観光列車を走らせている例もある。廃止される函館本線の長万部―小樽間も、クラウドファンディングを募って新会社を設立できないものだろうか。
はら・たけし

 1962年生まれ。東京大大学院博士課程中退。日経新聞記者、明治学院大教授などを経て現職。専門は日本政治思想史。著書に「『民都』大阪対『帝都』東京―思想としての関西私鉄」「レッドアローとスターハウス」「『線』の思考」「歴史のダイヤグラム」「最終列車」など。






震災と鉄道 原武史 朝日新書 2011年10月 読書メモ


震災と鉄道 (朝日新書)
原 武史
朝日新聞出版
2012-08-01