社説(2月2日)リニアの未来 デジタルとも対峙する|あなたの静岡新聞



社説(2月2日)リニアの未来 デジタルとも対峙する

2022.2.2

 JR東海がリニア中央新幹線南アルプストンネル工事の対策に取り組む中、鉄道を取り巻く環境はコロナ禍で様変わりしてきた。
 世界は間もなく、インターネット上で仮想世界と現実世界がつながる巨大空間「メタバース」に足を踏み入れる。そこに居るかのごとく会話し、遊び、仕事をすることができる。リニアは構想段階で「航空機との競争力強化」をうたった。だが、移動のための鉄道技術は、いまや移動の負担を減らすデジタル技術と対峙[たいじ]することになった。
 岸田文雄政権は看板政策「デジタル田園都市国家構想」で、デジタル技術の革新(DX)で地方の活性化を狙う。大都市への人とモノの集積とは対極にある。道路や軌道が必要ない「空飛ぶ車」も現実味を帯びてきた。リニアがつなぐ東京、名古屋、大阪の巨大都市圏構想は、その機能を再点検する必要があろう。
 JR東日本の深沢祐二社長はDXを踏まえ「コロナ収束後も、鉄道需要が完全に戻ることはない」と明言した。

 コロナ感染が落ち着いていたこの年末年始、ふるさとでいとおしい人と会う喜びを多くの人が実感した。日常を離れ、大自然や歴史を満喫する観光は疲れた体を癒やす。鉄道が人々の移動や、人と人の対面に果たす役割は大きい。ただ、その機能はローカルから全国規模まで陸海空のネットワークの中で存在意義を最大化し、デジタル技術とも共存していくしかない。
 リニアのトンネル工事に伴う大井川の水問題を巡り、県は「工事は認めることのできる状況ではない」との認識をJR東海と国土交通省に書面で伝えた。国交省専門家会議の中間報告に対する県の見解案に流域10市町と11の利水団体の意見を盛り込んだ。
 とりまとめの過程で生活用水を地下水に依存する吉田町は、工事の影響が「45年後でないと結果が出ないのなら同意は難しい」とした。大井川の水とリニアの問題は、専門家の知見を集め、そうした超長期の時間軸を考慮すべき問題で、地域社会の未来像への見識も問われる。
 川勝平太知事は記者会見で「強引に進めるのか、損切りか、二者択一を突き付けられた」と述べた。南アルプスの地下を長大トンネルで貫けば、大井川の「命の水」の恩恵を受ける流域の環境保全に未来永劫[えいごう]責任を負うことになる。JR東海と国交省はその事実に真摯[しんし]に向き合う覚悟があるかを問いたい。
 報告は県有識者会議専門部会で精査し、議論は生物多様性維持に移る。ユネスコ・エコパーク(生物圏保存地域)に指定された国立公園内で地下水位が低下するという。環境影響評価(アセスメント)が建設ありきの手続きとなり、機能不全に陥っていないかを国は検証すべきだ。

 リニア問題への対応で、県や流域市町、地域住民は南アルプスの自然に改めて思いを致すことになった。
 南アルプスは3千メートル級の峰が連なり「日本の屋根」と称される。静岡、山梨、長野の県境が交わり、リニアはその直下を走る。静岡県域に降る雨は大井川を下り、山梨側の雨は早川を経て富士川へ、長野側の雨は三峰川などを経て天竜川に集まる。身延山地を源流に持つ安倍川を加えれば、本県の平野部を潤す大河の流れは南アルプスの恩恵を抜きに語れない。
 提出した書面で、県は工事中のトンネル湧水の全量戻しの方法や残土処理などの議論が不十分だとした。JR東海の金子慎社長が「着工は流域の理解と協力を得ることが前提」とする意向表明が根拠だとくぎを刺した。
 リニアの構想は、新幹線の乗客が増え続け、近い将来に輸送力が限界に達するとの分析が前提だ。ただ、その新幹線の需要予測も再検討が必要だろう。JR東海の成長戦略を支えるリニアの未来はいまだ、見通せない。

そして記者座談会


そして