色川大吉さん死去、96歳 歴史学者「ある昭和史」:時事ドットコム
「五日市憲法草案」の発見も凄いのですが、網野善彦さんの先輩としてもしっかりと評価されていたのが印象的です。そして山梨の埋もれていた人材への言及も
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歴史学者で東京経済大名誉教授の色川大吉(いろかわ・だいきち)さんが7日午前2時43分、老衰のため死去した。96歳だった。千葉県出身。遺志により葬儀は営まない。
東京大を卒業後、中学校教師などを経て、東京経済大教授に。東京・多摩の地元歴史家らと「多摩史研究会」を結成するなど、徹底したフィールドワークで地域史や民衆思想史を掘り起こし、1968年には、明治時代に民間有志によって作られた「五日市憲法草案」の発見につながった。
日本近代史や文化史、思想史などが専門で、「明治精神史」「近代国家の出発」など著書多数。毎日出版文化賞を受賞した「ある昭和史―自分史の試み」は、市民が個人史を書き起こす「自分史ブーム」を巻き起こした。
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当時の読書メモ
再掲
宮沢賢治・保坂嘉内関連と網野善彦関連を読みたくて。
色川さん(1925-)
宮沢賢治・保坂嘉内(ともに1896生まれ)
網野善彦(1928-1994)
備忘録メモ
宮沢の時代、ポスト近代という思想はなかった。資本主義的近代や国民国家を超えた向こうに、もっと豊かな、もっと人間らしい時代がくるんだという現実的な理想図が描けなかった。
宮沢:超越的なものへの指向、国際主義思想。
山梨の埋もれた作家、林清継(1906-1994、琴平出身、ダムで移転) 笛吹川ダム(東電)の反対運動を小説に
色川さんと三笠宮の天皇制論議
「百姓は決して農民ではない」(網野)の仕事を支えた元小学館編集部の山崎晶春編集長
網野は中世史家であり、網野史観が他にも適用できるとは自分自身でも思っていたのでは。裁断史観
「刷り込まれる」(網野が近代史で使った不愉快な翻訳語と指摘)
肥大した網野幻想は一度砕かれた方が良い(たぶん好意的に)
目次
近代の光と闇(歴史家の見た宮沢賢治の光と闇
甲斐の人・保阪嘉内と林清継 ほか)
多摩という創造の場(近代多摩の民衆史
半世紀ぶりに完結した『北村透谷』 ほか)
憲法について三題(五日市憲法草案の発見―その歴史的意義
江井秀雄の千葉卓三郎論 ほか)
敗戦と青春(江成常夫『鬼哭の島』をめぐって
五七年目の再会 ほか)
六人の歴史学者(吉沢和夫と日本民話の会
服部之総とノーマン―『クリオの顔』 ほか)
謹んでご冥福をお祈りいたします。