論点:リニア新幹線の行方 | 毎日新聞
2021年8月27日記事
川島令三氏の著作は読んだ事があるが、まあJR東海の広報という感じです。
都合の悪い話は書かないですね。
JR東海が整備するリニア中央新幹線(東京・品川―名古屋間)を巡り、走行ルートの一部がある静岡県の川勝平太知事が着工を拒み続け、今年6月の知事選でも大差で4選を果たしたことで、2027年の開業が危ぶまれている。長期化するコロナ禍で遠距離移動が減り、必要性を疑問視する声も出てきた。
命の水脈、交換利かぬ 川勝平太・静岡県知事
6月の静岡県知事選で、現職の私は、自民党推薦の候補に圧勝した。有権者の最大の関心はリニア中央新幹線であった。私はリニアそのものに反対していない。リニアがサービスを開始すれば、東海道新幹線のひかりとこだまの本数が増える見込みで、静岡県に有利である。私は公約に「リニアから命の水と南アルプスの自然を守ること」を掲げ、トンネル工事で南アルプス国立公園の特別保護地区等の地下水位が300メートル以上も下がるというJR東海の報告に対して、ユネスコエコパークの南アルプスの生物群の命を奪う工事は許容できない、と力説した。
一方、自民候補は選挙戦に入ると、公開の場で「リニアのルート変更と工事中止」を繰り返し発言し、リニア推進派とみていた有権者を驚かせた。私と自民候補の両候補とも、南アルプストンネル工事に対し、JR東海に厳しく物申したのである。
投票率は50%を超え、両候補の獲得票数は160万弱。この数字が示しているのは、南アルプストンネル工事に厳しい目を向けているのは、両候補に投票した静岡県民全員だ、ということである。
これまで私は、東海道新幹線が静岡空港の直下を走っていることから、空港新駅の調査・準備を進めてきた。だが、空港はレストランもトイレもすべて大井川の水を使っている。水不足になれば、空港は干上がる。JR東海の環境影響評価準備書に「南アルプストンネル工事で毎秒2トンの水が失われる」とある。空港を維持するためにも、大井川の水の減少を伴う工事は認められない。空港新駅の建設は南アルプストンネル工事の交換条件ではありえない。
大井川の水は、空港を含む流域62万人の水道水、工業用水、農業用水であり、大井川とその地下水脈は生活・生業の基盤である。
地元の声を受けてJR東海社長は「トンネル工事に伴う湧水(ゆうすい)は全量を戻す」と約束した。
知事選において、自民候補は大敗した。二枚舌を使っていると疑われたからであろう。自民党はこれまでの衆参の両選挙で「リニアの早期実現」を公約に掲げている。副国土交通相や、リニア推進の党の特別委員会の事務局を務め、党の推薦、前党総裁の応援ビデオメッセージまでもらった人物が、知事選に出るや、「ルート変更・工事中止」を主張。これは自民党の公約にもとる。
ところが、応援に入った自民党衆院議員はいずれも候補者の主張をとがめなかった。加えて、大井川流域を地盤とする自民党衆院議員も、来る衆院選を前に、自民党推薦の知事選候補者と同趣旨の発言を地元で喧伝(けんでん)している。
だが「ルート変更」と「工事中止」が自民党総裁・党本部から発せられたという話は聞かない。当選するために地元受けする言辞を弄(ろう)する者は、政策に責任をもつ自民党の名折れである。
知事選を通じ、県民は自民党が「ルート変更」「工事中止」を容認したと受け止めている。党総裁は、それを選挙公約にするなり明確に説明すべきであろう。(寄稿)
リニア中央新幹線が開通する意義の一つは、日本の技術力を世界中に示すことにある。リニアは磁石の力で車両を約10センチ浮かせ、時速500キロで走行する。安定的な高速走行を実現するために浮上走行という方法が考えられたが、その際に必要な強力な磁石の力を得るために超電導という新しい技術が使われている。超電導は特定の金属を極度の低温に冷却することで電気抵抗がゼロになる現象で、日本固有の技術だ。他の産業への波及効果も期待できる。
高速性もメリットだ。東京・品川―新大阪間を最速67分で結べば、飛行機の乗客はほとんどリニアに移行するだろう。今までの経験則では、所要時間が2時間を切れば、鉄道が乗客を独占する。新幹線ができて羽田―名古屋間、羽田―仙台間の航空需要は減少した。将来的には西日本、九州まで延伸するのがいいと思う。時速500キロで走行するのだから、大阪までの営業距離(438キロ)ではもったいない。1000キロまで距離を延ばせば、移動時間短縮などメリットはもっと大きくなる。
乗客が分散してリニアと東海道新幹線が共倒れするという指摘があるが、そうは思わない。私は東海道新幹線で最も速いタイプの「のぞみ」1編成あたりの定員約1300人より、リニアの定員は少なくなるとみている。東海道新幹線の輸送を完全には代替できないだろう。リニアが通らない新横浜駅と京都駅の乗客にとっても今の新幹線は必要で共存できると思う。乗客が一定程度、リニアに流れることで、のぞみのダイヤに余裕が生まれ、スピードアップによる時間短縮も期待できる。
新型コロナウイルスのまん延で長距離移動が減るという意見もあるが、私は違うと思っている。コロナが一時的に落ち着いた昨秋は列車に乗る人が増えた。コロナ前よりは少し減るだろうが、ある程度は乗客が戻ると考えている。リニアも一定の需要はあるだろう。
静岡工区の工事を巡る静岡県とJR東海の対立は解消するめどが立っていない。リニアが開通すれば、のぞみの運行本数は減り、静岡県内に停車するひかりの本数が増えるだろう。静岡県にとってメリットはあるはずだが、川勝平太知事はトンネルの掘削工事で大井川の流量が減る懸念を示し、着工を認めていない。県内にリニア停車駅が造られない事情もあるのかもしれないが、JR東海が工事の影響について丁寧に説明しなかったことも一因ではないだろうか。
リニア整備は北海道新幹線や東北新幹線と違って国の事業でないことが一番の泣きどころだ。仮に掘削工事で大井川の流量が減っても、国の事業なら予算を付けて補償できるが、民間企業のJR東海では十分な補償ができるのか確証はない。静岡県とJR東海の議論が平行線のまま、他の工区で工事が終わって静岡工区だけが残るとなると、「まだ開通しないのか」という世論は静岡県への圧力になりうる。JR東海は、世論がリニア開通に傾くのを待っているのではないか。【聞き手・岩崎邦宏】
コロナ、人口減…需要に疑問 荻原博子・経済ジャーナリスト
新型コロナウイルスの感染拡大によってビジネスマンの出張は減り、リモートワークが普及してきている。東海道新幹線はお盆の時期などを除けば、ほとんどの期間は座席がガラガラの状態だ。こうした状況はこの先も何年か続くとみられる。さらに国内の人口が減少している中で、巨額な費用を投じてリニア中央新幹線を整備して採算が合うのだろうか。そもそもリニアは必要なのだろうか。
まず、リニア整備は一民間企業であるJR東海の事業にもかかわらず、安倍晋三前首相が成長戦略に据え、いつの間にか「国家プロジェクト」として政治利用されるようになってしまった。政府は低金利で資金を貸し出す財政投融資で3兆円を投入しているが、そんな融資は民間の金融機関ではあり得ない。これを国会での真摯(しんし)な議論を経ずに決めたことがおかしい。現在、コロナ禍であえぐ他の民間企業からは「だったら、うちだって将来性があるんだから、お金を貸してくれよ」という声が聞こえてきそうだ。リニア整備は目的がものすごく曖昧で、国民の賛同を十分得ていない事業であるということだ。
さらにおかしいのは、JR東海が選挙で選ばれた静岡県の川勝平太知事にたてついていることだ。リニアが開通しても、県内に停車駅が造られずに通過してしまうだけの静岡県にとって、メリットは何もない。一方、トンネル掘削工事で南アルプスの豊かな自然が破壊され、県民の生活用水となっている大井川の流量が減る危惧がある状況で、川勝知事が工事を認可するわけがない。知事は県民のために存在するわけで、県民が不利益を被るようなことは絶対にやらせないという点で筋は通っている。
6月の静岡県知事選では、川勝知事に元副国土交通相が挑んだ。国交省はリニア整備の工事着工の認可を出しており、副国交相が職を辞してまで立候補してきたということは、国交省が乗り出してきたと受け止めた有権者もいただろう。投開票の結果、川勝知事が約33万票差をつけて当選したが、この差は大きい。静岡県民はそれだけリニア整備に怒っているということではないか。政府やJR東海は知事選で示された民意を受け止めなければならない。
JR東海はリニア開通による経済の活性化を主張している。輸送量が増え、東京・品川―名古屋間を最速40分で移動できれば、それなりの経済効果はあると思う。しかし、コロナのまん延で状況は刻々と変わっている。人材派遣大手のパソナグループが東京の本社機能の一部を兵庫県・淡路島に移転させるなど、企業が地方に分散する動きが出てきている。そうした中で大都市間の長距離移動の需要がこれからもそんなに多くあるのだろうか。観光旅行での移動はまた話が違うが、ビジネスでの移動は確実に減ると思う。こうした状況で、なぜ静岡県民の民意を曲げてまでリニアを通さなくてはならないのか、JR東海は説明を十分に尽くす必要がある。【聞き手・岩崎邦宏】
静岡工区不許可
リニア中央新幹線は安倍前政権が2016年、3兆円の財政投融資を決め、45年予定の大阪延伸が最大8年前倒しされた。着工が遅れているのは南アルプストンネル(全長25キロ)の静岡工区(8.9キロ)。川勝平太知事は大井川下流の水量が減るとして工事を許可せず、6月の知事選は一騎打ちだった自民推薦の元副国土交通相を破った。獲得票は川勝氏が約96万票、元副国交相は約62万票だった。
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■人物略歴
川勝平太(かわかつ・へいた)氏
1948年生まれ。早稲田大、同大学院を経て英オックスフォード大で博士号取得。早大教授、国際日本文化研究センター教授などを経て現職。主著は「文明の海洋史観」。
■人物略歴
川島令三(かわしま・りょうぞう)氏
1950年生まれ。東海大卒。鉄道関係の書籍を発行する「電気車研究会」勤務を経て独立。「日本vs.ヨーロッパ『新幹線』戦争」などの著書がある。
■人物略歴
荻原博子(おぎわら・ひろこ)氏
1954年生まれ。明治大卒。経済事務所勤務を経て82年に独立。生活者目線の経済解説に定評がある。近著に「私たちはなぜこんなに貧しくなったのか」(文芸春秋)など。