考えるリニア着工 大月からの報告(上):朝夕刊:中日新聞しずおか:中日新聞(CHUNICHI Web)
山梨には調査報道出来るメディアがないので、つねに情報が他県から。
サンニチとかいうミニコミ誌があるが、利権やらスポンサーに寄り添っていて
弱者には寄り添わない様である。
雨畑ダムの違法行為で富士川が濁り、サクラエビが不良になっている疑惑も、静岡新聞等の
調査報道で公になった。
以下記事
枯れた生活用水
かつて山梨リニア実験線のトンネル工事で水枯れが発生した山あいに位置する朝日小沢地区=山梨県大月市猿橋町で
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阪神大震災から三週間後の一九九五年二月七日、JR東海・山梨リニア実験線工事事務所(山梨県都留市)の一室。中に入れず玄関で警備員ともみ合う報道陣の怒号が響く中、隣接する大月市猿橋町朝日小沢地区の住民数十人が、JR職員とにらみ合いを続けていた。
「トンネル工事の影響で生活用水が枯れた」「そんなはずはない」−。意を決しての協議は、しばらく平行線をたどった。
山梨リニア実験線の先行区間として九一年から掘削が始まり、九四年六月に九鬼(くき)山(都留、大月市)を貫通した九鬼トンネル。主水源としていた沢「追乗(おいのり)川」の下をトンネルが貫通したことで徐々に水量が減り、生活用水に困るようになっていたのが、標高約四百五十メートルの山あいに位置する朝日小沢地区の住民だった。
地区の十六戸でつくる中島組水道組合は、JRと市が事前に結んでいた水枯れに対する覚書に基づいて実験線工事事務所に対応を要請。しかし、JRは「水は減っていない」の一点張りで、取り合おうとはしなかった。
元々この地区では、高台に十八トンのタンクを設けて水をため、その水圧を利用して各家庭に水を配っていた。しかし、水量が減ると水圧が弱くなり上部の家から順に水が出ない状態に。水需要が集中する朝晩にはたびたび断水し、トイレや洗い物ができない家庭が出るなどして節水が呼び掛けられた。区長の男性(68)は「風呂に入れない家もあったようで水が止まるたびに騒ぎになっていた」と振り返る。
組合員はJRへ電話で何度も窮状を訴えたが取り合ってもらえず。「ここでネズミの会議をしていてもらちが明かない。マスコミ全社を引き連れて家族総出で事務所に押し掛けるべ」。住民らは手分けして新聞やテレビ各社に取材を依頼。この日、ついに直接協議の場が実現した。
「別に言いがかりを付けて金が欲しいんじゃない。現実に水がねえだ」と訴える住民に対し、JRは「沢に水量計を付けて定期的に確認している。沢枯れはありえない」と反論。話し合いで結論は出ず、ついにJR関係者が現場を確認することになった。
申し入れから数時間後。気温一桁台で残雪が残る朝日小沢地区の追乗川に、JRの工事事務所員や県リニアモーターカー推進局(現リニア交通局)、大月市の担当者が相次いで到着した。「これを見てみろ」−。住民が指した先には、川底の泥が乾いて白く固まった無音の沢が広がっていた。
◇ ◇
リニア中央新幹線の南アルプストンネル(静岡市葵区)工事に、静岡県は同意していない。根底には「大井川の河川流量は減少せず、仮に水枯れが生じた場合は適切に対応する」とするJR東海に対し、強い不信感がある。その背景の一端を、山梨リニア実験線のトンネル工事で辛酸をなめた大月から報告する。
中:
◆度重なる水不足
トンネル工事の影響で一度枯渇した追乗川を前に「水が戻ったとはいえかつての流量とは程遠い」と嘆く志村久さん=山梨県大月市猿橋町朝日小沢地区で
「あれま本当だ。こりゃすごいこん(こと)だ」−。一九九五年二月七日、山梨リニア実験線のトンネル工事で水枯れが発生した山梨県大月市猿橋町の朝日小沢地区。水不足を訴える住民の主張を疑いつつ、現場へ確認に訪れたJR東海・山梨リニア実験線工事事務所(同県都留市)の関係者は、枯れた沢を前にポカンと口を開けたまま驚きを口にした。
枯れた追乗(おいのり)川は、三メートルほどの沢幅があり渇水期でも枯れることはなく、イワナやヤマメが生息する水量豊富な沢だった。しかし、沢上流部の下をリニア実験線のトンネルが貫通すると、徐々に水量が減少。上水道が整備されておらず、沢水を唯一の生活水源としていた朝日小沢地区では、生活に大きな支障が出ていた。
水枯れ現場を視察したことでJRも態度を急変。実験線工事事務所の松浦政良係長はその場で「工事との因果関係を調査しつつ住民の意に沿う措置を取りたい」と表明した。給水車の派遣に加えて代替水源として新たな井戸を掘ることを約束。三日後には工事に着手し、その翌日には応急対応を完了した。
「JRも『この問題は今後の工事に響くからあまり騒がないでほしい』と言って四つも井戸を掘ってくれた。その時は誰もがこれで安心だと思った」。当時、地元住民でつくる中島組水道組合の副組合長としてJRと交渉に当たった志村久さん(84)はそう振り返る。
しかし、数年もたたずに異変が生じた。JRが設置した井戸の揚水ポンプが不調を来し、再び断水が発生。時を同じくして国内経済は低金利時代に突入し、JRから「この補償金の金利で月々の揚水ポンプの電気代をまかなってほしい」と渡された預金も目減りを始めていた。このままではあと十数年後には資金が底をつく。住民は再び危機的状況に追い込まれていた。
中島組水道組合は、再びJRに対応を求めることも検討したが「周囲からお金が欲しくて騒いでいると思われたくないし、もうJRには関わりたくない」と、自分たちで対応することを決意。残りの補償金で上流部に新たな井戸を掘り、今日に続く水源を確保した。
度重なる生活用水不足にさいなまれた朝日小沢地区ではその後、追乗川の水量が徐々に回復。地下水の流れは解明されていないが、独自に設置した井戸も順調に稼働し、今では平穏を取り戻している。
志村さんは思う。「国の発展のためにはリニアは必要だと思う。でも水がなければ発展の前に人は死んでしまう。JRの言うことは信じられん。私たちはただ水があればいいんだ」
下:
◆無視された覚書
報道陣に公開されたリニア中央新幹線の実験車両=2013年6月、山梨県都留市の山梨リニア実験センターで
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「工事に起因して減渇水の影響が認められた場合は速やかに対処する」。一九九四年に山梨県大月市猿橋町の朝日小沢地区で発生したリニア実験線のトンネル工事による水枯れ。大月市は有事を想定してJR東海と事前に覚書を交わしていた。しかし、水枯れを訴えた地元住民のSOSは当初、無視された。
JRの担当者は、対応が遅れた理由は大月市の水枯れが実験線工事で初の減渇水事象で、調査・分析に時間を要した可能性があると釈明する。
大月以外にもJRが水枯れを認めなかった事例はないのか。JRによると、記録が残る二〇〇八年以降、実験線の延伸区間で補償した水枯れは三十四件。うち三十三件は新たな井戸の設置やポンプアップで対応し、残る山梨県上野原市の事例も協議中という。
実験線を除く山梨・長野工区では水枯れの対応例はないというが、工事の影響が地下水に及ぶまでには相当の歳月を要することもある。
静岡県や大井川流域市町が南アルプストンネル(静岡市葵区)工事で懸念するのは、中下流域の水枯れ。JRは「静岡県側の調査資料でも触れられているように、中下流域の地下水は大井川の表流水由来。山梨県のトンネル工事現場付近で発生した水枯れと同列視はできない」と強調する。上流部には監視カメラを設置して水量を常時計測し、仮に中下流域で水枯れが発生してもJR側で因果関係を立証して適切に対応するとしている。
しかし、川勝平太知事の不信感はぬぐえない。「地下水に影響は出ない」とするJRの主張に対し、「あり得ない。暴論」と一刀両断。三日の会見では公共工事の基準で補償期間が三十年に限られている点にも触れ、「何百年続いてきた生活が全部奪われるということになったとき、そうした補償は補償と言えるのか」とあらためてリニア計画の再考を促した。
「私たちのように悔しい思いをしないためにも補償についてJRと事前にしっかり話し合ってほしい」−。九月下旬、掛川市倉真地区の住民が県庁を訪れ、難波喬司副知事に訴えた。倉真地区では二十年ほど前、新東名高速道路のトンネル工事で水枯れが発生したが、日本道路公団(当時)と交わしていた覚書の内容が曖昧だったため、現在も十分な補償がされていないという。
「適切に対応すると言うが具体的にどうするのか」。トンネル工事を巡る県側とJRの協議で、県側から幾度となく挙がった指摘だ。大月や掛川の二の舞いにならないために今できることは何か。両地区の住民とも事前の徹底した話し合いの重要性を助言するが、十月以降、県とJRの協議は途絶えたままだ。
(五十幡将之が担当しました)