「トランプ氏は真実を語った」 エマニュエル・トッド氏:朝日新聞デジタル
待っていたトッド先生のコメントが出ましたね。
歴史を検証するために、全文引用しておきます。未来に読み返すために。
■仏人類学者・歴史学者、エマニュエル・トッド氏
今年夏、米国に滞在しました。そして10月初め、日本での講演で「トランプ氏とクリントン氏の勝率は半々だ」と言いました。彼の当選を予言したというより、可能性を指摘したわけです。
歴史家として見るなら、起きたのは当然のことです。ここ15年間、米国人の生活水準が下がり、白人の45歳から54歳の層の死亡率が上がりました。で、白人は有権者の4分の3です。
自由貿易と移民が、世界中の働き手を競争に放り込み、不平等と停滞をもたらした、と人々は理解し、その二つを問題にする候補を選んだ。有権者は理にかなったふるまいをしたのです。
奇妙なのはみんなが驚いていること。本当の疑問は「上流階級やメディア、大学人には、なぜ現実が見えていなかったのか」です。
選挙戦では、候補個人について多くのうその応酬がありました。しかし、社会について語る場面では、真実を口にしていたのはトランプ氏の方でした。
彼は「米国はうまくいっていない」と言いました。ほんとうのことです。「米国はもはや世界から尊敬されていない」とも言いました。彼は同盟国がもうついてこなくなっている事実を見ています。そこでも真実を語ったのです。
クリントン氏は、仏週刊紙シャルリー・エブドでのテロ後に「私はシャルリー」と言っていた人たちを思い出させます。自分の社会はすばらしくて、並外れた価値観を持っていると言っていた人たちです。それは現実から完全に遊離した信仰告白にすぎないのです。
トランプ氏選出で米国と世界は現実に立ち戻ったのです。幻想に浸っているより、現実に戻った方が諸問題の対処は容易です。
興味深いのは、トランプ氏が共和党で、経済的な事実認識で優位に立ったということです。共和党は本来は金持ちの党。レーガン氏やブッシュ親子が大統領の時代、白人大衆層が共和党を支持するのは、理屈に合わないことでした。
当時、選挙公約で中絶や銃規制の問題を前面に出したり、福祉のカネは黒人にわたっていると示唆して反黒人のメッセージを潜り込ませたりしていました。で、大衆層の票で勝つと、今度は完全に金持ち優遇の政策をとる。ふつうの人をだましてきたのです。
しかし、トランプ氏が候補になることで、最優先事項が人種や宗教の問題ではなく、経済闘争になったのです。議会共和党が、トランプ氏を制御するのではと言われます。でも、自由貿易がこの選挙で中心的なテーマになったことは、みんな知っています。議員たちも反自由貿易の空気を考慮せざるを得ないでしょう。
米国ではレーガン時代から不平等が急速に拡大しました。人々はもうたくさんだと感じた。人類学的には、アングロサクソンの人たちは不平等に寛容ですが、経済や階級、利益の対立が力を持った。
米国政治の世界は、マルクス主義モデルに戻ったと言えるかもしれません。トランプ氏がマルクス主義者だと言うのではありませんよ。経済的な対立が前面に出てきているということです。
トランプ氏が劣勢をひっくり返して支持を広げたのは、ラストベルト(さびついた地帯)諸州です。破壊された古い製造業の地元です。彼を選んだのは虐待されたプロレタリアともいえるわけです。マルクスが生きていたら、結果に満足したかもしれません。
民主主義という言葉は今日、いささか奇妙です。それにこだわる人はポピュリズムを非難します。でも、その人たちの方が、実は寡頭制の代表者ではないでしょうか。大衆層が自分たちの声を聞かせようとして、ある候補を押し上げる。それをポピュリズムと言ってすませるわけにはいきません。人々の不安や意思の表明をポピュリズムというのはもうやめましょう。(聞き手 編集委員・大野博人)
◇
〈エマニュエル・トッド〉 51年生まれ。人類学者、歴史学者。人口や家族構造の分析によってソ連の崩壊などを予見。近著に「グローバリズム以後」。10月に朝日地球会議で講演した。