皇室:天皇陛下「退位」意向 識者の見方 - 毎日新聞


近代日本に譲位の発想 東大教授(日本近代史)・加藤陽子さん

 天皇、皇后両陛下は、多数の新聞を毎日読み比べるなどし、国民世論の動向に配慮し、国民の総意をそんたくされた上で、国民統合の象徴として行動されてきた。戦後70年を迎えた昨年の終戦記念日に先の大戦への「深い反省」の意を表されたのもそのような文脈で理解できる。

 今回の「生前退位」の意向についても、国事行為など天皇の役割を果たすにあたって、主権の存する国民の側が期待する天皇像とは何かを慎重に考えられ、決断されたのではないか。

 生前退位の決断には驚きやさまざまな議論が起こるかもしれない。現在の日本国憲法では摂政を置くことはできても、生前退位、すなわち譲位についての規定はない。ただ、国会で議決された法律である皇室典範を一部改正することにより、天皇の譲位は可能だと思われる。明治時代の大日本帝国憲法や皇室典範の立案段階においては、摂政の規定とともに、生前退位(譲位)について認める方向での議論もあった。最終的には摂政の規定だけが残されたが、近代日本の歴史的な考え方として、譲位の発想がなかったわけではない点は今後の議論の参考になるはずだ。

 天皇、皇后両陛下は、これまで高齢にもかかわらず一心に公務に取り組まれてきた。お疲れ様でしたと申し上げたい。

慰霊の旅、一つの区切り ノンフィクション作家・保阪正康さん

 天皇陛下は近年、第二次世界大戦の激戦地で、多くの日本人が亡くなったフィリピンやペリリュー(パラオ共和国)を慰霊のために訪れられた。追悼が終わったわけではないが、一つの区切りと考えられたのだと思う。

 また、お元気だがご高齢ということもあり、これからいつまで多くの公務、天皇としての責務を果たしていけるのか、と考えられた上での判断だろう。最晩年まで皇位にあり、病床のままなくなられた先帝(昭和天皇)の姿も参考にされたはずだ。

 現在の皇室典範には生前譲位の手続きが定められていない。どのように進めるのか、公務をどのように皇太子殿下と分担されるのか、引き継がれるのかなど、国民の間での合意形成や政治、行政上の手続きには時間がかかる。ご自身がお元気なうちに譲位の意思を明らかにすることで、そうした議論が進んでいくことを期待されたのではないか。

 日本は第二次世界大戦で、310万人もの人々が亡くなった。陛下は長く、美智子さまとともに、大戦の犠牲者の追悼と慰霊を繰り返し、戦後の慰霊を紡いでこられた。皇太子殿下にも、こうした方向性は受け継がれるはずだ。

 一方で、そうした平和希求の潮目が変わるかのようにみえる今日、あえて近代では異例の生前譲位の意向を示されることの意味を、私たちは考える必要がある。

日本人、みな考えよう 作家・半藤一利さん

 お元気で公務を続けられると思っていたので驚いた。勝手な推量だが、今年フィリピンを訪問された様子を拝見し、天皇陛下は本気になって戦後の日本のために自分のできる範囲で仕事をきちっとおやりになり、「やるべきことは全部成し遂げた」と思われたのではないか。

 陛下はこれまでいろんなお言葉で「憲法を守る」ということを言っている。戦後、憲法を守ってしっかりとした平和な国家をつくるために全力をかけ、自分のできる範囲の仕事は全部するんだと思っている方だ。憲法1条と9条をしっかりとつなげ、それを自分の仕事として実践された、日本でもたった一人の方。そう考えれば、陛下はよくおやりになった。

 私は陛下より3歳年上だ。体調は外から見て分からなくても、自分では分かる。陛下自身の中に「これ以上の無理はできない」という思いがあって意向を固められたのでは。

 象徴天皇であり、政治的発言は許されない。この問題は憲法や皇室典範に関わる、主権者である国民の問題だ。だから「みなさん、考えてください」というメッセージだと思う。皇室典範に生前退位の規定はないが、国民が納得し「天皇の健康上の理由によって退位することができる」と1行加えればいいのではないか。参院選が終わった直後の国家の変わり目の時の話だ。日本人がみんなして考えなくてはいけない。

70年、深い議論ないまま 放送大学教授(日本政治思想史)・原武史さん


 今の皇室典範では生前退位は認められておらず、正直かなり驚いた。ただ、明治時代になるまでは半数が生前に皇位を譲っており、歴史的にはおかしい話ではない。長いスパンで天皇制のことを考え、出した結論なのだと思う。

 背景として考えられるのは、自らの健康問題もさることながら、次の代がどうなるか、気になっていたのではないか。

 一歩下がった立場で、皇室のこれからを確かめておきたいという気持ちがあったと推測する。

 生前退位となれば、皇室典範の改正が不可欠だ。複雑な手続きが必要とは思わないが、元号をどうするのかという問題が出てくる。また、天皇の発案によって改正がなされた場合、法学者らから「天皇の政治介入ではないか」と批判の声が上がる可能性もある。

 江戸時代、天皇の存在はさほど大きくはなかった。一方で、今の天皇制は、天皇を神格化した明治以降の要素を受け継いでいるように思える。皇室は国民にとってまだまだ恐れ多い存在で、ともすればイデオロギー的な論争になりがちだ。象徴としての天皇が果たすべき役割とは何か、深い議論がなされないまま戦後70年が経過した。生前退位を打ち出すことで、冷静な国民的議論がわき起こることを望んでいるようにも感じる。





是非ご一読を。