<リニア浮上へ>(2) 南アルプス貫通:一面:中日新聞(CHUNICHI Web)
<リニア浮上へ>(2) 南アルプス貫通
籾糠山で掘ったトンネルの壁に打ち込んだ管から猛烈な勢いで噴き出す地下水=中日本高速道路提供
JR東海は南アルプスの地中にリニア中央新幹線を通す。地表からトンネルまでは国内最深の千四百メートル、長さも四番目の二十五キロ。難工事が予想される中、「建設可能」と判断した材料の一つに最深千メートル、全長十キロの東海北陸自動車道・飛騨トンネルの存在がある。
飛騨トンネルは岐阜県飛騨市と白川村にまたがる籾糠(もみぬか)山(一、七四四メートル)を貫く。大量の地下水や軟弱な地質というトンネル工事にとって厳しい環境は南アルプスと共通するとみられるからだ。
だが飛騨トンネルが成功例と言っても、実のところは苦労に苦労を重ねたうえでのやっとの貫通だった。二〇〇五年十月の崩落の様子が撮影されたビデオが現場の過酷さを伝える。
掘削面がひび割れ、かすかに水がにじむ。ゴゴゴ…。不気味な音とともに泥水があふれ始め、作業員らが現場を離れようとした瞬間、大量の土砂が流れ込んだ。けが人はいなかったが、土砂は掘削面から十数メートル後方まで埋め尽くした。
「最初は掘りやすい山と考えられていた」と現場責任者で、二十年以上もトンネル工事に携わった寺田光太郎(66)。実際は最大毎分七十トンの水が出るなど寺田のキャリアで最も難しい工事となった。
予想外の難工事になったのは、地下深くの地質調査が難しいからだ。籾糠山でもボーリング調査や地表に発破を仕掛けて内部を探る弾性波探査をした。しかし「地質調査は地下五百メートルが限界」と寺田は明かす。
南アのリニアトンネルの調査は一九七四年に開始。JR東海は二〇〇八年までに長野、静岡、山梨にまたがる南アの二十八カ所でボーリング、五十一区域で弾性波探査をした。調査結果報告書は南アを「地下水位が高く、脆弱(ぜいじゃく)。大量の湧水が発生する恐れがある」と指摘した。
今も調査は続くが、最も深い長野、静岡県境でのボーリング、弾性波探査はできない。それでも、JR東海は「文献なども踏まえ、地質は把握している。適切な工法を選択すれば建設できる」と自信を持つ。
その見解に疑問を抱く専門家もいる。南アの地質を六十年以上研究する長野県高森町の地質学者松島信幸(83)は地殻変動でできた南アを「岩石が入り組み、日本の山で最も複雑な地質。ボーリングで深部の土を採取しないと状況は分からない」と警鐘を鳴らす。
寺田は「掘りながら的確に地質を捉え、戦略を立てれば掘れる」とみる。だが、その言葉通りだったとしても、二七年の開業に間に合うのか。難工事による飛騨トンネル建設の遅れで、愛知万博開幕(〇五年三月)を目指した東海北陸自動車道の全線開通は大幅にずれ込んだ。
実に遅れは、三年四カ月にもなる。
(敬称略)