風知草:そんなに急いでいいのか=山田孝男 - 毎日新聞


以下記事
ちなみに、記事では来年着工と決まっていると書かれていますが、これは違いますね。
まだ着工決定ではありません。

風知草:そんなに急いでいいのか=山田孝男

毎日新聞 2013年12月23日 東京朝刊

 橋山禮治郎(れいじろう)・千葉商科大大学院客員教授(73)=公共政策論=に言わせれば、リニア中央新幹線は「国家百年の愚策」である。

 そもそも需要がない。人口減少の時代、座席稼働率60%前後の東海道新幹線と競合する。他方、建設費が莫大(ばくだい)(9兆円超)で、どだい採算が合わない。

 しかも、電力を食い過ぎる。従来の新幹線の3倍から5倍といわれている。それに自然環境への負荷が過大。在来鉄道網との相互乗り入れ・連結ができず、不調和。ルートの大半が地下40メートル以深で、万一の時、乗客救出が困難……。

 論客の警告にもかかわらず、この計画は来年着工と決まっている。先々週の税制改正大綱で用地取得が無税になった。この決定は正しいか。リニア新幹線は本当に必要か。よくよく考えての選択か。今から問い直しても遅くはない。

 リニア中央新幹線は東京と名古屋を40分、東京と大阪を67分で結ぶ。最高時速505キロ。2027年に東京−名古屋を先行開業、45年に東京−大阪で全線開業という計画である。

 半世紀前、開業まもない東海道新幹線に乗った谷川俊太郎の、《急ぐ》という題の詩を思い出す。

     ◇

 こんなに急いでいいのだろうか/田植えする人々の上を/時速200キロで通りすぎ/私には彼らの手が見えない/心を思いやる暇がない/(だから手にも心にも形容詞はつかない)

 この速度は速すぎて間が抜けている/苦しみも怒りも不公平も絶望も/すべては流れてゆく風景

 こんなに急いでいいのだろうか/私の体は速達小包/私の心は消印された切手/しかもなお間に合わない/急いでも急いでも間に合わない……

     ◇

 時速200キロでは人間の手が見えなかった。時速500キロなら人間の輪郭さえ見えまい。そんなに急いでいいのだろうか。問い直さずにはいられない。

 橋山は日本開発銀行(現在の日本政策投資銀行)の調査部長だった。慶大経済学部を出て開銀に入り、公共プロジェクトの調査・評価一筋。パリに本部があるOECD(経済協力開発機構)や米国の研究機関に出向し、内外の公共開発計画を研究してきた。

 開銀理事だったエコノミスト、下村治(1910〜89)に師事。結婚式の媒酌人が下村だった。下村は池田勇人内閣の高度成長政策の理論的支柱。石油危機後はゼロ成長論に転じ、世間をアッと言わせた。

 橋山は「必要か、リニア新幹線」(2011年、岩波書店刊)を著し、月刊誌に「リニア新幹線は再考せよ」を寄稿した(世界=本年12月号)。その執念は下村を思い出させる。「カネに振り回されるな。経済の目的は国民生活の安定にある。根本を見失うな」と説いた晩年の下村を。

 今秋、米国で講演した安倍晋三首相は「日本のリニア新幹線ならニューヨークとワシントンを60分弱で結ぶ」と売り込んだ。

 リニア新幹線は1980年代、バブル絶頂期の自民党政権下で芽生え、バブル崩壊で忘れられた。2007年、経済再生コールの中で蘇生。JR東海主体の建設計画を追認、決定したのは民主党政権である。震災直後の11年5月。報道は薄く、国民的議論にさらされることはなかった。

 原発震災を経て地震列島の緊張が増す中、大地を切り裂く巨大開発は時代錯誤だ。今の新幹線の技術でも時速400キロは射程内という。500キロは幸福の指標ではない。(敬称略)=次回は1月6日に掲載します