朝日新聞デジタル:リニア、険しき道 南アルプス貫通・活断層横断・消費電力

良くまとまってます。


以下記事

東京―名古屋間を約40分で結ぶリニア中央新幹線は、前例のない巨大プロジェクトだ。深さが40メートルを超える地下の掘削や超伝導など最新技術も使われるだけに、不安も残る。リニアに死角はないのだろうか。▼1面参照

 ■弱い地層、残土処理は 南アルプス貫通25キロトンネル

 「東京五輪までに名古屋まででも、乗れるようになればいい」

 2020年の東京五輪開催が決まった翌日の9日。経団連の米倉弘昌会長は、27年のリニアの開業時期の前倒しに強い期待を示した。念頭にあるのは、64年の東京五輪にあわせて造られた東海道新幹線だ。

 だが、JR東海の山田佳臣社長はつれなかった。「どうみても2ケタの年数はかかる。鉄腕アトムが一緒に掘ってくれれば別かもしれないが……」

 開業の前倒しが難しいのは、リニアは全長286キロのうち86%が地下を通るため。地上からの深さは最大で40メートルを超し、建設期間は約10年かかる。

 中でも、最難関と目されるのが、南アルプスを貫通する約25キロのトンネル。この地域の地層は「メランジュ」と呼ばれるタイプで崩れやすく、水が出やすい。

 JR東海もこうした事実を把握。当初は、南アルプスを迂回(うかい)するルートも検討していた。しかし、09年、「より直線的で時間短縮が見込める」として現ルートに方針を転換した。

 長野県在住で、60年以上、南アルプスを踏破してきた地質学者松島信幸さん(82)はこうしたJRの姿勢に「自然に対する思い上がりにほかならない。無謀な計画だ」と憤る。

 「日本のトンネル掘削技術は進歩している」と語っていた山田社長だが、18日の記者会見では「技術面については工事を始めてみなくてはわからない」と語るなど、弱気も見せた。

 南アルプスでの工事が難航すれば、開業の時期が延びるのは避けられない。東京―名古屋間で5兆4千億円、大阪までつながれば9兆円と国の年間公共事業費に匹敵する巨額の建設費が、さらにふくらむ恐れもある。

 工事で生じると見込まれる残土の扱いも難題だ。南アルプスのトンネル工事だけで、長野五輪の工事で生じた量の約4倍の950万立方メートルと予想されている。

 長野県環境保全研究所の富樫均主任研究員(環境地質学)は「県内に処理できるスペースはない。安全に環境負荷なく処理できるのか。トンネル工事は地上に影響しないというのは大きな間違いだ」と指摘する。地元では、オオタカの生息環境が損なわれないかといった懸念も広がっている。

 ■災害時の避難に課題 86%が地下、活断層横断も

 リニアは、東海道新幹線が南海トラフ地震などで不通になった時の「バイパス」の役割もある。

 では、リニアは地震でも大丈夫なのか。

 JR東海は「リニアは地震に強い」と強調する。電磁力で浮かび上がって走るほか側壁もあるため、脱線の恐れがないからだ。たとえ停電しても、しばらくは浮上走行を維持。複数のバックアップブレーキで減速して、停車する。そもそもルートの86%を占めるトンネルは「地上よりも地震の揺れは小さい」と説明する。

 問題は深い地下で被災し、停車した場合だ。

 リニアは指令室で運行管理するため、運転士が乗っていない。乗客は車掌らの誘導で、約5キロごとに設けられ、階段やエレベーターのある非常口から地上に脱出することになる。

 しかし、16両編成の場合、リニアの乗客は最大1千人。お年寄りや子どもが多ければ、避難は困難を極める。たとえ地上に脱出できても、そこが標高の高い山の中だったら、どうするのかという課題もある。

 山梨、長野、岐阜にかかるリニアのルートは、複数の活断層を横切る。このため、JR東海は活断層では強度のあるコンクリートを使ったり、岩盤にボルトを打ち込んだりするなど、耐震性を強化する方針だ。「できるだけ距離が短い地点を横断するようルートも設定する」ともいう。だが「断層が動いた場合、短い距離で通過すれば安全というわけではない」(地元研究者)との声も出ている。

 (奈良部健、山田雄一、山田雄介)

 ■消費電力、新幹線の3倍

 リニアのピーク時の消費電力は1本あたり約3・5万キロワットと、東海道新幹線の約3倍にもなる。

 リニアの最高時速は505キロで、東海道新幹線の約1・7倍。車体が強い空気抵抗を受けて高速で走れば、それだけ大量のエネルギーが必要になるからだ。

 「新幹線でエコ出張」をうたうなど、JR東海はかねて、運行に使う電力の節約を意識し、「環境に優しい企業」というイメージを広げてきた。最新型の東海道新幹線の電力消費量も技術革新で初代の半分まで減らした。山田社長はリニアも「長年の技術開発の中でより電力の少ないように成長していくだろう」と期待を寄せる。

 ただ、現在、国内のすべての原子力発電所が停止中だ。このままの状態が続けば、電力不足は慢性的となる可能性もある。そうしたなかで、電力を使うリニアを走らせることは、これまでの「エコ路線」に逆行しかねない。これに対し、山田社長は「このまま電力のない状態で(日本が)衰退していくとは思っていない」と語り、原発再稼働に期待感を示した。