図書館本

竹内氏の知のレベルは高いし博学だと思う。だが、原発震災後のブログなどの発言を見ていると??となる。
たとえば、2011年5月、「ここのところ、気分やイデオロギーで「すぐに原発止(と)めて、自然エネルギーにしろ」と喚いている、無責任な連中に腹が立っている。
そんなにすぐできると信じているのなら、まず、自分ちでやってみろよ。今すぐ、電力会社からの電線を切って、自分ちの太陽光発電と風力発電で生活してみろよ。それも、江戸時代に戻っていいとか、言い訳しないで、ちゃんと、現代人の生活を送ってみろ。
それができないのが今のテクノロジーの実情なのだ」とか

「サイエンス作家にイデオロギー的な前提は存在しない。金で買われることもない。あるのは、ただ、科学技術への希望と信頼だけなのだ。そこんとこ、ヨロシク」とか

本書は科学史という文脈で過去の偉人(哲学者)や天才の功績を要約して、人類と科学の係りを綴っているのだろう。

そして、フランスが80%が原子力という国になったのは、フランス革命以降の啓もう主義の考え方でやってきたからではないか。啓蒙主義の終着点が原子力重視という国策ではないか。と書く。また日本の科学は根っこの無い(哲学がない)技術として導入された歴史に問題点があると指摘する(この点は同意)。

さらに若干の反省?を込めて、私自身、幼子を抱えており(このことが重要なんだと思う)、原子力事故による放射能汚染の問題は他人事ではありません。原発事故の前、私は乏しいエネルギー資源しかない日本において、経済だけでなく、安全保障上の問題も含めて考えれば、原子力政策に大きな誤りはないと考えていました。しかし、原子核物理学の専門知識を持っていながら、実は、福島第一原発が導入された歴史的経緯や、技術上の脆弱性などについて、あまりに自分が無知であることにショックを覚えました。(だったら原発震災以後、直ぐに勉強すればよかったですよね)

鼎談の中で、福一のプラントはアメリカ直輸入でブラックボックスだっと書かれています。そして湯川秀樹は独自に研究を進めるべきだと主張していたと。そして、竹内氏はその直輸入が今回の事故にもつながっているわけですねと答えている。(この程度の理解なんですか?地質学も科学ですよね? あるいは津波も科学ですよね)

そして結局最後は

「今、日本版のラダイト運動を起こし、代替案なしに反原発を叫ぶだけでは、日本の未来がないであろうことも、イギリスの過去をみれば分かるでしょう。科学革命も産業革命も、私たちの想像をはるかに超えたスピードと大きさで訪れます。そして人類は後戻りできない生き物です」と書きます。

科学史を勉強されているのなら、今回も登場するアインシュタインのラッセル・アインシュタイン宣言で戦争放棄を訴えてはいるが科学・技術の進歩についてはまったく言及していないことは知っているだろう。
そしてその後のパグウオッシュ会議は核廃絶でなくて軍縮がメインのテーマになってしまったことを。
まさに、科学者の社会的責任が問われているのではないでしょうか?開発した技術を使うのもまた人間であるいじょう、その暴走を防ぐのも科学者の役割ではないでしょうか?(そこだけ政治に任せるんですか?)

ましてや、人間が制御不可能な原発震災を科学者は何の反省もなく他力本願で良いはずがないと思うのです。

がっかりな一冊でした。ちなみに8割はずれるという根拠は示されていません。だからこそ科学者と言われる人が作った「安全神話」もはずれるのでしょうね。


科学予測は8割はずれる
科学予測は8割はずれる