asahi.com(朝日新聞社):ローマ法王が訪英 公式訪問は16世紀以来初 - 国際
コーランを焼くという宗教者が居たりする現在です。神が存在しても良いのですが、同じ出自の神の元でもいさかいが起こる。もちろん仏教も同じでしょう。
結局は脳が作り出すわけですよね。
今や奇跡を起こして見せる人はある種の新興宗教くらいしかない様なので、逆に先鋭化することが想定されてたりしてますね。
個人的には八百万の神々という文脈が好きなので、木にも石にも神が宿っていて良いんです。なので一神教化する社会には危機感を覚えます(この辺は養老先生も良く書かれます)。
多元で多様である事を自然の中に認識していれば、神が何人いようと関係ないのだと思うのです。もちろん信じる事で救われる事に異議を唱えることなどしませんしね。
神を信じる前に他者との関係性の中でしか生きる事の出来ない人間という存在を信じるべきだと思うのであります。
係わりも持つのが関係ですから、もし係わりを持たないというのであれば、それは争わないという文脈の中に閉じ込めていればいさかいは起きないように思うわけです。(無視するっていうテクストとはちょっと違うのですが)
しかし…難しいところでしょうね。