知人の同時通訳の方からご教示いただいた1冊

変容 伊藤整 岩波文庫 文庫初版1983

伊藤整(1905−1969)
初出は1967−翌年にかけて雑誌「世界」に連載されたもの。68年に単行本化
読んだものは2008年の8刷。
簡単に言えば、60歳を前にした男の女性遍歴の独白と人生論。それが400ページを超える本書の中に詰め込まれている。何が正しい、何が悪いという基準は本書には必要ないのであろう。男の我ままや狡さも見え隠れするようにおもう。
恋愛に決まった形は必要であるはずがないのであるから。

主人公より先輩の画家が言う「老人の世界は、一つ一つのことが新しい発見であり、体験なのでして、たとえば私が永年描き慣れて来た人間の女性の美しさというものも、ここに来ると違ってみえるのです」
主人公が別のところで「私もやがて六十になる。残り少ない生の期間を、生きている事の証明である感覚に訴えるものを追いもとめることを許してもらおうと思う」
また「性は、それ自体が善とか悪のけじめをなす一線だとは、今の私には感じられない。男と女が同じ方向に傾いた心を持つとき、二人は性をきっかけに結びつくのだ。性は人間の接近のきっかの一つでしかないと今の私には思われる。老齢が近づき、性の力が衰退してゆくとき、残り少ない発動の力を、さらに正と邪によって区別し、抑圧し、圧殺することへの本能的な嫌悪が私の中に生きている」
そして最後の女性になるであろう彼女に向かって吐露する「共通の過去を持ち、何でも話し合い、何でもすることができて、しかも、いつでも他人でいられる男と女って、まれにしかあるものでない。これからさき僕は、ときどき淋しくなると君に逢いたくなるにちがいない。どうぞお願だから、そういうとき僕にやさしくしてください」


変容 (岩波文庫)
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