図書館本

がっかり本。
相変わらず同じ戦略で天野礼子氏は林野庁擁護を声高々に叫ぶ。
以前の本(「緑の時代」をつくる)もそうだが、有名人を著者に加えて短い文章を書かせる。そして自論だけを都合よく展開していく。
「あまご便り」を書いた天野礼子は何処へいってしまったんだろう?
本書に登場する養老孟司さんも立松和平さんも、これまで書かれている事を単に反復しているに過ぎない。養老さんは「手入れの思想」や「霞ヶ関参勤交代制導入」等だし、立松さんは平等院の木の話や足尾の古事の森の話。
そして最終的に共著者の山田嘉夫氏(林野庁)が作ったという新生産システムを持ち上げて林野庁の借金1兆円を税金(国民負担)で帳消しにしようと。これも前著(“林業再生”最後の挑戦―「新生産システム」で未来を拓く)と同じ。
別に林野庁の役人が全て悪いとは言わないが、あまりに都合の良い視点、すなわち木材=金が基本にある。そして地球温暖化にひっかける。
一番問題なのは森林保護とか管理と言いながら実はそれは林業と言う言葉に全て置き換えられるトリックなのである。
そして現場の森林組合があたかも元凶な様な天野氏の上から目線は一体なんなんであろう。天然林皆伐して植林を推し進めたのは誰か?
大規模林道を推し進めたのは誰か?
さらに天野氏が書く。
人工林は、植えて、育てて伐っては使い、植えていく。それを繰り返していくことで、持続可能な産業として成り立っていく。むやみに伐ってはいけないのは天然林であって、人工林は絶えず伐って育てることで価値が生まれるのです。と
稲作や畑作なら理解出来る、100年を超える毎年収穫と栽培繰り返す知識と歴史があるのだから、果たして林業にそれだけの技術や歴史の蓄積があるのか?聞くところによれば一部の民有林で何代か続く植林と木材の収穫があるが、国有林や他の民有林でそんな事例でもあるのか?また野菜等の連作による収穫量の減少と同じ事が植林事業でも起こらないと言いきれるのだろうか?
山田氏はさらに、北海道の木材の安さを北海道に来て初めて知ったと吐露する。p84 九州にいると北海道の木材の値段を林野庁の方も分からないようだ。さらに天野は北海道民の勉強と努力が足りないと指摘する。p85
まだまだ憤りを感じる文章満載である。書いていてバカらしくなったのでこの辺でやめておこう。

21世紀を森林の時代に
21世紀を森林の時代に