鳥取で得たものが現在の自分を作っていることに間違いない。
大学には行き、とりあえず留年もせず、寮で仲間とマージャンやら宴会やら、一緒にテレビを見たり語らっていたように思う。
まだパソコンもネットも携帯も無い時代であった。硬貨を握り締めて遠距離電話をしていた時代。
高校時代に乗っていたバイクで京都で一泊して鳥取まで走り、その後また250cc、650ccと乗り続けた。車も免許を取り中古車を何台か乗り、最後にバイクを下取りに出し、恩人に保証人になってもらい、サバンナRX−7を購入した。当時の寮生でもそんな車に乗っている奴はいなかった。結局この車は確か某県の研究所に行くまで乗り、二男が生まれるということで手放したと記憶している。
そんな大学生活で学業は何一つ身につかず、ひたすら夜や土日はバイトであった。学生の中には合ハイ(ハイキング)と称して出かける奴もいたが、結局一度もそんなチャンスは無く、合コンなどは一度友人が住む東京に泊めて貰った時に参加したくらいであった。もちろん大学院で上京してからは結構参加しましたが(笑)
バイトは水商売は全部したと思う。喫茶店、スナック、バー、クラブと。
あとは世論調査だの、テレビ局の手伝いだの、ホテルで忘年会の準備だの、だから一時は月給20万の時があったように記憶している。
働く目的があった。青春の夢のための。
殆どは車のローンやガソリンに消えたと思うが、何か形にせねばと、世界動物文学全集も買ったように思う。(未だに一冊も読んでないような。。。)今思うと、エコノミックアニマルである。
そして最も今の自分に役に立っているのは、人を見る目だろうか。
飲み屋さんのカウンター中から人を見る、ホステスさんやママの人を見る目や生き方を、金を貰って勉強出来るわけである。
仕事が終わればママや恩人が他の店に連れて行ってくれて、今度はカウンターの外から中の人を見る。
客がいかに権力者であろうが、金があろうが、出来るママやマスターは人を見抜く。話し方や金の使い方で分かるのだろう。だから、今は銀座で小さな店をしているママが、あの人は偉くなる(権力的にでなく人間的に)と言った若手の官僚などは、殆どその通りになっている。
そしてそんな人間関係が長く続くのである。時に電話一本で物事が解決したりする。面白いものである。
恩人には人生とは何かを夜の鳥取の街で教えていただき、飲み屋さんのママやマスターには人の見方やあしらい方を習った。
そんなおかげで新婚旅行の沖縄の帰り、鳥取の夜の街チームが宴を開いてくれた。そしてニューオータニのスイートをプレゼントしてくれた。(前泊者は確か皇族だとか言っていた)。結婚式の時はサミットで東京のニューオータニが取れないとの事でママが帝国ホテルの部屋をプレゼントしてくれた。
なんかがむしゃらに駆け抜けた18−23才だったかな。
そうそう飲み屋の常識
飲む人は「飲ませていただく」
お店は「飲んでいただく」
このマナーが大切です。良い店は確かにそうですよね。
酒乱はいけません、酒に飲まれては。
綺麗な酒も、悲しい酒もありますが。
#女性の見極め方も分かったはずですが、なかなかご縁が無いのは精進が足りないせいでしょうか。。。。同期で寮友でもあった松ちゃんはモテていたのに。。。。
大学には行き、とりあえず留年もせず、寮で仲間とマージャンやら宴会やら、一緒にテレビを見たり語らっていたように思う。
まだパソコンもネットも携帯も無い時代であった。硬貨を握り締めて遠距離電話をしていた時代。
高校時代に乗っていたバイクで京都で一泊して鳥取まで走り、その後また250cc、650ccと乗り続けた。車も免許を取り中古車を何台か乗り、最後にバイクを下取りに出し、恩人に保証人になってもらい、サバンナRX−7を購入した。当時の寮生でもそんな車に乗っている奴はいなかった。結局この車は確か某県の研究所に行くまで乗り、二男が生まれるということで手放したと記憶している。
そんな大学生活で学業は何一つ身につかず、ひたすら夜や土日はバイトであった。学生の中には合ハイ(ハイキング)と称して出かける奴もいたが、結局一度もそんなチャンスは無く、合コンなどは一度友人が住む東京に泊めて貰った時に参加したくらいであった。もちろん大学院で上京してからは結構参加しましたが(笑)
バイトは水商売は全部したと思う。喫茶店、スナック、バー、クラブと。
あとは世論調査だの、テレビ局の手伝いだの、ホテルで忘年会の準備だの、だから一時は月給20万の時があったように記憶している。
働く目的があった。青春の夢のための。
殆どは車のローンやガソリンに消えたと思うが、何か形にせねばと、世界動物文学全集も買ったように思う。(未だに一冊も読んでないような。。。)今思うと、エコノミックアニマルである。
そして最も今の自分に役に立っているのは、人を見る目だろうか。
飲み屋さんのカウンター中から人を見る、ホステスさんやママの人を見る目や生き方を、金を貰って勉強出来るわけである。
仕事が終わればママや恩人が他の店に連れて行ってくれて、今度はカウンターの外から中の人を見る。
客がいかに権力者であろうが、金があろうが、出来るママやマスターは人を見抜く。話し方や金の使い方で分かるのだろう。だから、今は銀座で小さな店をしているママが、あの人は偉くなる(権力的にでなく人間的に)と言った若手の官僚などは、殆どその通りになっている。
そしてそんな人間関係が長く続くのである。時に電話一本で物事が解決したりする。面白いものである。
恩人には人生とは何かを夜の鳥取の街で教えていただき、飲み屋さんのママやマスターには人の見方やあしらい方を習った。
そんなおかげで新婚旅行の沖縄の帰り、鳥取の夜の街チームが宴を開いてくれた。そしてニューオータニのスイートをプレゼントしてくれた。(前泊者は確か皇族だとか言っていた)。結婚式の時はサミットで東京のニューオータニが取れないとの事でママが帝国ホテルの部屋をプレゼントしてくれた。
なんかがむしゃらに駆け抜けた18−23才だったかな。
そうそう飲み屋の常識
飲む人は「飲ませていただく」
お店は「飲んでいただく」
このマナーが大切です。良い店は確かにそうですよね。
酒乱はいけません、酒に飲まれては。
綺麗な酒も、悲しい酒もありますが。
#女性の見極め方も分かったはずですが、なかなかご縁が無いのは精進が足りないせいでしょうか。。。。同期で寮友でもあった松ちゃんはモテていたのに。。。。