箕浦先生のブログで「音」がクオリアであるのか質問してみた。
茂木健一郎さんは、確か電車に乗っているときの走行音を聞いてクオリアを認知したと記憶している。箕浦先生はおそらくメインに「自然」が作り出す音を研究のテーマにしているように思う(間違っていたらすいません)。
そんな専門家に無謀にも質問してみた。
丁寧なコメントをいただき、なるほどという点が多々。
お礼の意味で下記をコメントさせていただいた。
箕浦先生
丁寧なご説明ありがとうございます。
先生のご指摘のように、自分もサイエンスに捉われない「音」の議論は非常に重要な点だと思います。茂木さんや養老さんが良く言う「心脳問題(物質である脳がが心を作り出すこと)」がまさに「音」にも関係するように思えてなりません。
クラシック音楽が未だ人々に愛され、琴や三味線の音色が日本人の心(精神?)を打ちます。都会の雑踏もある人には心地よい響きであり、またある人では不快でもあります。
「個」が感じる「音」、集団が感じる「音」、そして歴史の中で育まれてきた作り出された音、自然の音。
「音」が「個」と「集団」をどのように結びつけたり、あるいは距離を持たせるのか興味あるところです。それは自然界の音と人が作り出す音を考える事で少しは理解できるのでしょうか。
山村の方の自然の音の捉え方と都市部の方の自然の音の捉え方にも興味があります。
さらに、ある種の軍歌などのように、集団形成を促すような心理的影響を及ぼすような「音」の危険性も感じます。(この場合はサウンドスケープではないかもしれませんが)
門外漢のためうまく書けているとは思いませんが、「音」の重要性は先生のサウンドスケープ論で再認識した次第です。
ちなみに「心脳問題」は茂木さん的には100ノーベル(ノーベル賞100個分)といつもおっしゃってます。(講演のMP3等で)まったく同感です(笑)
茂木健一郎さんは、確か電車に乗っているときの走行音を聞いてクオリアを認知したと記憶している。箕浦先生はおそらくメインに「自然」が作り出す音を研究のテーマにしているように思う(間違っていたらすいません)。
そんな専門家に無謀にも質問してみた。
丁寧なコメントをいただき、なるほどという点が多々。
お礼の意味で下記をコメントさせていただいた。
箕浦先生
丁寧なご説明ありがとうございます。
先生のご指摘のように、自分もサイエンスに捉われない「音」の議論は非常に重要な点だと思います。茂木さんや養老さんが良く言う「心脳問題(物質である脳がが心を作り出すこと)」がまさに「音」にも関係するように思えてなりません。
クラシック音楽が未だ人々に愛され、琴や三味線の音色が日本人の心(精神?)を打ちます。都会の雑踏もある人には心地よい響きであり、またある人では不快でもあります。
「個」が感じる「音」、集団が感じる「音」、そして歴史の中で育まれてきた作り出された音、自然の音。
「音」が「個」と「集団」をどのように結びつけたり、あるいは距離を持たせるのか興味あるところです。それは自然界の音と人が作り出す音を考える事で少しは理解できるのでしょうか。
山村の方の自然の音の捉え方と都市部の方の自然の音の捉え方にも興味があります。
さらに、ある種の軍歌などのように、集団形成を促すような心理的影響を及ぼすような「音」の危険性も感じます。(この場合はサウンドスケープではないかもしれませんが)
門外漢のためうまく書けているとは思いませんが、「音」の重要性は先生のサウンドスケープ論で再認識した次第です。
ちなみに「心脳問題」は茂木さん的には100ノーベル(ノーベル賞100個分)といつもおっしゃってます。(講演のMP3等で)まったく同感です(笑)
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