おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2026年09月

禁じられる物語 〜アメリカ 愛国教育をめぐる攻防〜 | BSスペシャル | NHK

禁じられる物語 〜アメリカ 愛国教育をめぐる攻防〜 | BSスペシャル | NHK



NHK BS 録画視聴 再放送あり 地上波でも流して欲しい。
テキサスの話ではあるけど、ここまで歴史修正し、多様性を否定し、差別と分断を進めるアメリカの教育行政には驚きました。禁書(BOOK BAN)が思想や宗教、歴史にまで及ぶことがMAGAの本質なのかもしれませんね。アメリカ250年の歴史で繁栄は多様性と自由、他民族共生で成しえて来たと思ったのですが。何か、今の日本の一部を見ている様でもありましたが。




NNNドキュメント'26「アイヌ ネノアン アイヌ〜人が人であるために〜」(制作:札幌テレビ / 2026年9月13日放送)


NNNドキュメント'26「アイヌ ネノアン アイヌ〜人が人であるために〜」(制作:札幌テレビ / 2026年9月13日放送)

録画視聴

民族ヘイト、遺骨返還に関してのドキュメンタリー
どうしても歴史や文化を修正したい連中がいる。
なんのために?
自己満足?


アカデミアがやっと正式に謝罪したり、遺骨を返還している。
番組の中で、知っている方が頭を下げていたが、彼は全くアイヌに関する研究も
遺骨に関しても関わりも無い、ただ、現時点で学部を代表しているというだけであり
過去の先人研究者の過ちに対して謝罪しているに過ぎない。

学問のためという盾で何でもやっていいと思っていたのだろうか?
2代位前?の東大人類の教授は山極さん(京大)との対談共著の中で、間違っていたと
語っていた。それならば、なぜ、その時に謝罪し、遺骨返還しなかったのか?
京大の人類にもアイヌの遺骨があると書いていた研究者もいる。


植民地や奴隷貿易で得た宝物や民俗文化財を未だに展示している多くの博物館も
少しづつではあるが返還を始ているという。

人間は本当に進化した存在なのでしょうか?

日本の人類学』の概要 著者: 山極壽一(京都大学)、尾本恵市(東京大学名誉教授・分子人類学)
AI要約 アイヌ部分
1. 過去の強引な遺骨収集に対する反省明治期から昭和期にかけて、日本の形質人類学(骨の形を研究する分野)や解剖学の研究者が、研究目的でアイヌの墓地などから大量の遺骨を収集した歴史があります。これについて書中では、当時の研究倫理の欠如や、アイヌの人々の感情を無視した強引な手法(盗掘と批判されるものを含む)に対する人類学者側からの反省と総括の必要性が議論されています。
2. 「研究対象」として見てしまったことへの葛藤尾本氏は、自身が若き日に北海道で血液などのサンプルを採取させてもらった経験(生体調査)も振り返りつつ、人類学という学問がかつて先住民族を「客体(単なる研究対象)」として扱ってしまった歪みについて指摘しています。遺骨問題はまさにその象徴であり、当事者であるアイヌの人々への敬意や倫理的な手続きが決定的に不足していたことが語られます。
3. これからの人類学の倫理第5章や終章の「これからの人類学」といったパートを中心に、過去の過ち(遺骨問題など)をどう乗り越え、これからの時代に「当事者とともにある学問」として人類学をどう再構築していくべきかという未来への課題が提示されています。


日本の人類学 (ちくま新書)
尾本恵市
筑摩書房
2017-11-24

北海道釣行

最近は6月が多かったのですが、マイレッジでフライトが取れず、9月になりました。

10−12日の2泊3日。釣りは半日と1日 まあ、これくらいがちょうど良いのかな。
10日午後と11日午前は同じ川の違う場所。まずまず爆釣。
されど、ニジマスばかりが増えていて、オショロコマは1匹だけ。
ニジマス、アメマス、オショロコマが6:3:1って感じ。

釣りー温泉ー酒と肴ー一部観光のサイクルでした。車中泊でお金もかからず。
レンタカーも今回も無料アップグレードでハイブリッド車で燃費も良く
500�劼曚描�って19Lだけ。

今回は、旭川空港近くの上野ファームや就実の丘に初めて伺いました。
そして三浦綾子記念文学館がある森が素敵でした。

2026-09-10_09-12-30_6812026-09-10_11-56-01_2972026-09-10_14-05-09_5622026-09-10_17-50-57_2732026-09-10_17-59-50_8812026-09-11_09-59-00_7352026-09-11_10-42-14_1092026-09-11_10-42-28_2212026-09-11_13-12-25_1882026-09-11_13-55-24_6312026-09-11_18-37-06_3302026-09-11_18-56-00_6022026-09-11_19-04-52_0092026-09-11_19-23-01_2202026-09-11_19-29-57_1032026-09-12_05-48-38_1152026-09-12_05-49-14_0992026-09-12_09-32-59_7082026-09-12_10-13-26_1082026-09-12_10-16-10_5992026-09-12_10-20-47_6692026-09-12_10-24-39_3402026-09-12_10-36-28_3192026-09-12_10-49-05_0872026-09-12_11-25-43_0722026-09-12_12-26-09_672

Prime Video: 残念ながら明日も出勤です!2026

Prime Video: 残念ながら明日も出勤です!


さすがのスタジオドラゴン制作

受ける要素が全て入っています。
大人の恋の物語。喜怒哀楽てんこ盛り。

都会と郊外(田舎)
親子関係
友人関係 嫉妬、憎しみ、同情
社内政治と不正 善と悪
雪、桜、雨、
同時進行する複数の恋愛

ラストに向かう映像のなかで、鎌倉高校前の様な海と坂道のシーンも印象的でした。






陸軍 VS.海軍 | 映像の世紀バタフライエフェクト | NHK

陸軍 VS.海軍 | 映像の世紀バタフライエフェクト | NHK




録画視聴 私は無教養でした。ここまで、統制が取れずに戦争していたとは。。。。英霊だの軍神と言われた若者たち、あの世でこれ見たらどう思う?VTRの中にもありましたが、戦後、陸海軍の連中の意見が全くかみ合わないで罵りあうという。あまりに愚か。
結局、昭和には解消していたと言われる薩長の海軍、陸軍の人事区別が続いていたとような感じ。そして国会などは全く無視されていたのですよ。
半藤一利さんなどは、こういう事実を一つ一つ丁寧にインタビューで明らかにしていったんでしょうね。

戦死より、餓死、病死、自死、自国軍による殺害の死者の方が多い事はしっかり義務教育で教えて欲しいよ。
当然、高市さんら好戦派の政治家は知っていますよね?





戦争というもの (PHP文庫)
半藤 一利
PHP研究所
2025-07-04







薬害エイズ 

裁判Plus 司法のリアル:小4の息子に「5年の命」の宣告 エイズと闘った母が破った沈黙 | 毎日新聞




HIV/AIDSに調査・研究で関わって40年ほど。関係者(医療関係者、行政、製薬、教育、司法)は決して忘れてはいけない。


1996年3月29日。非加熱血液製剤でエイズウイルス(HIV)感染した患者らが国と製薬会社に賠償を求めた薬害エイズ訴訟は、山場を迎えていた。

 東京訴訟は午前中に和解が成立。大阪訴訟もこれに続く予定だった。

 ところが協議は土壇場で決裂しかける。

 原告患者の男性1人が納得できず、大阪地裁の202号法廷を飛び出した。

 「和解確認書に『謝罪』の文字がない」。それが理由だった。

 法廷には被告・国を代表して菅直人厚相(当時)が駆け付けていた。菅厚相は「会わせてください」と男性を追いかけた。


 「人間らしく生きていきたいんです」と語る男性に、菅厚相が「自信をもって生きていけるよう約束します」と応じ、説得に当たったと当時の新聞記事は伝えている。


 戦後最大級の薬害はこの日、裁判上の決着をみた。

 国と製薬会社が謝罪して再発防止を確約し、原告患者側に和解金を支払う――というのが主な内容だった。

 「本音は一人一人の状況に照らして解決を求めたい。そうすると、裁判が長引く」。法廷の傍聴席にいた杉山千波さん(73)も苦渋の選択で和解を受け入れた原告の一人だった。
親にも隠した病名

 杉山さんの長男、信一さんは血友病の患者だった。血を固めるたんぱく質「凝固因子」が不足し、血が止まりにくくなる先天性の病気。1歳10カ月の時に診断された。

 「今は良い薬があるのですよ。死ぬ病気ではありません」。医師から示されたのが70年代後半に米国から輸入され始めた非加熱血液製剤だった。

 他人の血液から凝固因子を採取して濃縮させた画期的な治療薬とされ、日本で広く使われていた。信一さんも週3回、投与を受けることになった。


 88年12月、小学4年生になっていた信一さんの体に異変が起きた。下血と発熱が続き、杉山さんは医師に相談した。

 「長くてあと5年の命です」

 信一さんはエイズを発症していた。血友病の治療に使っていた非加熱血液製剤にHIVが混入していたためだった。

 医師は2年前の検査で信一さんがHIVに感染していたことを把握していながら、その事実をひた隠しにしていた。理由を問うと「死の宣告だからです」と言われた。

 「良い薬で治る」との言葉に救われ、「5年の命」と突き付けられた。どちらも同じ病院からの説明で、裏切られた思いがした。杉山さんはこの時の感情を今も言い表すことができないでいる。
「死の病」広がったデマと偏見

 医療の進歩により、HIVに感染しても今では1日1回の錠剤服用で日常生活を送れるようになっている。

 しかし、信一さんが発症した当時、エイズは「死の病」と恐れられていた。


 87年には神戸市で日本初の女性患者が死亡。日常生活では感染しないのに「接触すると感染する」「蚊が媒介する」「コップの回し飲みは危険」といったデマが広がり、「エイズパニック」と呼ばれる社会的混乱のまっただ中にあった。

 杉山さんも社会にあった差別・偏見をひしひしと感じた。信一さんの受け入れ先の病院はなかなか見つからず、入院できてもトイレは個室内で済ませ、食べ残しも患者側で片付けるように指示された。

 信一さんには姉と妹がいた。感染の事実を明かせば姉妹が学校に行けなくなるかもしれない。

 だからHIV感染の事実は夫婦2人の胸にしまった。「絶対に知られてはいけない。隠し通さなければならない」。その一心だった。
名前代わりの原告番号

 信一さんは侵された病を血友病だと信じて闘った。中学にも進学した。

 しかし、熱や貧血がやむことはなく、やがて脳けいれんを起こして寝たきり状態になり、体重は10キロ台まで落ちた。

 「希望は捨てていません。どうかよろしくお願いします」と主治医に伝えたかったが、「末期の症状です」と告げられ、口にすることができなかった。

 発病から3年後の92年5月、信一さんは息を引き取った。13歳だった。

 生前の信一さんは病気に苦しんだことに愚痴の一つも言わなかったという。「つらさを全て受け入れて頑張ったと思います」。杉山さんは、そんな息子のことを誇りに思っている。
和解案を受諾し、床に手をついて謝罪するミドリ十字の役員=大阪市中央区今橋のミドリ十字本社で

 日本では、若年層を中心に1600人以上の血友病患者がHIVに感染したとされる。

 信一さんの死後、杉山さんは国と製薬会社の責任を問う薬害エイズ訴訟に加わった。

 原告の多くは家族のHIV感染が露呈する事態におびえながら訴訟を闘った。杉山さんもその一人。「原告番号57番」が名前代わりだった。
悲劇繰り返さぬために

 和解が成立して今年で30年となる。大阪訴訟の原告遺族らは、初の手記「その扉の向こうに」を出版した。

 遺族らは大切な家族を亡くした後も、理不尽な差別と偏見に苦しみ、沈黙を強いられてきた。

 杉山さんも「被害者なのに、加害者のように扱われる」という思いがずっと胸の中にあった。

 二度と悲劇を繰り返さないためには、何があったのかを後世に伝えていかなければならないのではないか。そう考えるようになった。
薬害エイズで長男信一さんを亡くした杉山千波さん。訴訟和解から30年を機に出版された手記に思いをつづった=大阪市北区で2026年6月11日午後3時31分、林みづき撮影
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 「原告番号57番」ではなく、信一さんの母として、実名で手記を寄せた。

 過酷な闘病生活を送っていた信一さんが、母の日に病院の売店でカーネーションを買ってプレゼントしてくれたこと、「今日は熱がないね」と喜びあったこと、亡くなる直前に「妹が喜ぶから」と道端に咲いていたタンポポを摘んでほしいと頼まれたこと――。言葉が見つからず、書き切れなかったことも多くあったが、杉山さんは「振り返れば発病から3年、息子と過ごした日々が、宝の思い出に変わっている」とつづった。

 30年前、和解が成立した大阪地裁の202号法廷で、訴訟を担当した裁判長は「和解で全てが解決したわけでなく、出発点だ」と遺族らに語り掛けていた。

 杉山さんは「薬害被害に遭ったことは隠すことではないのに、隠さざるを得なかった時期もあった。『大切な家族を亡くした遺族なんです』と言える、病名を淡々と口にできる、そんな社会になってほしい」と語る。
薬害エイズの大阪訴訟の遺族らでつくる「たんぽぽの会」が、国や製薬会社と和解して30年を機に出版した手記「その扉の向こうに」=大阪市北区で2026年6月10日午前10時21分、林みづき撮影


 手記の問い合わせは図書出版木星舎(092・833・7140)まで。【林みづき】

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