asahi.com(朝日新聞社):認知症患者への人工的栄養補給、医師4割「中止の経験」 - アピタル(医療・健康)
多くのご老人は「ポックリ」逝きたいと考えている。
それは自分自身が苦しまない事、そして家族に迷惑を掛けたくないという気持ちの表れかもしれない。
誰かが書いていたが、人間は赤ん坊で生まれて赤ん坊で死んでいく。と。
認知症という現象を「赤ん坊」とあらわすのだろう。
個人的には違和感があるのだけれど、考え方としては「自然」という流れでは正しいとも思う。
ただ、意思表示出来ない個体として人間を生かす事が何を意味するのか?これがまさに死生観の問題なのだろう。
脳死を人の死に定義すること。
安楽死を法律として認める国があること。
再生医療あるいは万能細胞という名の長寿指向
臓器移植という経済に絡む医療行為
増え続ける医療費という社会福祉政策
人は何歳まで生きれば満足するのだろうか?
ふとそんな事を考えずにはいられない記事でもある。
もう子供は大きくなったし、生命保険も止めて、
人に迷惑を掛けないで人生の表舞台を去っていく準備を
することが必要なんだろうと思うのである。