おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2009年05月

ごもっとも

勉強しすぎるとマイナス評価される国 - Joe's Labo
城さんのブログです。
まったくもってごもっとも。
年功序列がそれほど厳しくないアカデミックだとは思うのですが、老齢者が基準を決めて自分たちを有利にしているのは間違いありません。もちろん30代で教授になったりする人もありますし、それはそれで素晴らしいのですが。
独法化したあとの大学の問題は、教員が任期制で事務方は終身雇用ということでしょうか。
そのため、なんでこんな人?というのが良く見られる光景です。
研究者などは任期制の中で使い捨ての部品になりつつあるようです。

勉強が出来る人から学問が出来る人へのシフトが本当は必要なんです。
養老先生的には頭が良い人でなくて、頭が丈夫な人。

あるところにはあるんですね

甲府の民家7300万盗難 
ふと我が家にいくらの現金があるか考えてみた。7千円くらいはあるかな?子供の方が現金を持っているのかな?
でも7万円はないな。
本は沢山あるが持っていくには重いし、そんなに価値がある本はないだろう。
価値があるのは未来を生きるであろう、子供達くらいである。
おやじは、すでに人生50年を生きてしまったので、野垂れ死にするだけである。
そんなことを考えると、両親が少なくとも金持ちでなかったことに感謝する。あえて言えば貧乏だったからこそ、それなりの努力をしたのだろう。そして、最近になって、冷たい金と温かい金の意味が分かってきた。
医師で作家の南木さんは、お金で幸福は買えないが、お金で不幸は避けられると、書いていた様に記憶している。
ある意味では正しいと思うが、違う文脈もありうるだろう。
田舎の爺婆は、給付金だの1000円高速乗り放題などには無関心でどうでもよいのである、だから良い顔をして、穏やかなのであろう。
ふと、大西監督(水になった村)の本の中の爺婆の優しい顔が頭の中に浮かんだ。
間違いなく顔にその人の心あるいは魂が表現されるのである。
それは決して化粧の様な人工的な美ではない。

ふとそんなことを考えてみた。

VCT in Africa

HIV自発的検査とカウンセリング(VCT)の検査の場面

感染者の多い地域だと躊躇なく無料の検査所に足を運ぶのですが
ここでは感染率1.9%(15歳ー49歳)と他国と比べると非常に
低い。
そんな訳で、日本と同様になかなか若者が検査に来ないし、来たがらない。
そして差別もある。

いかに多くの人に検査を受けてもらえる状況を作るのかも、行政サイドの
大きな課題である。

ちなみに検査結果は15分ほどで分かる。vctvct2vct3

あふりかでそろばん

これもテレビねた。
中国の組織が後援してましたね。

最近の中国のアフリカ進出はテレビでも新聞でも凄すぎるというレベルです。
これも資源外交の一面なのと、人口の分散なのかな。。。
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大酋長の謁見式

4月26日 アサンテヘネの就任10周年記念
クマシのスタジアムに沢山の酋長(KING)、大統領、前大統領ローリングス
スペインの前首相、オバサンジャ前ナイジェリア大統領等々、いるはいるは。
権威であり権力でもある。
詳しいことは知らないが、金山の権利を持ち、さらに人民の尊敬をうける。

そんなテレビを見ていた。
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直線的な時間と循環する時間

2009-05-06 - アンカテ
無教養な自分は阿部謹也氏(故人)を知らなかったのだが、調べてみると網野善彦さんと非常に懇意だったと記されていた。
内山節さんの言うところの、直線的時間と循環する時間の意味合いとは若干違うのであるが、脳化した都会の姿はまさに直線的な時間であり、そこには蓄積が伴わない。方や共同体としての村は「おかわりないですか?」の挨拶に象徴されるような季節の回帰性と同様な時間が流れている。
そして生老病死もその時間の循環性の中に含まれるので、死んだら山に帰り、そこから子孫たちを見守り、また形を変えて里に戻ってくる。その状況を継続させるのは自然がもたらす恵みを利用しての農業であり漁業であり、また狩猟でもあるのだろう。
ふと、このブログを読ませていただいて考えた。

ブラザーサンシスタームーン パラマウント映画 1973

DVD 1500円

1975年頃にみたのだろうか?映画館で観た記憶があります。そして人生の中で最も感動した3本の映画の1本でもあります。そして30年を経て再度見ることができました。
やはり素晴らしい映画だと思います。宗教映画なのでしょう。しかし、そこに映し出される自然は宗教の枠を超え、自然に生かされる人間たちを映しています。13世紀イタリア、フランチェスコ教会の創立者の半生を描きだしているわけですが、おそらく富や権威にまみれて、神がすべての人のためではなくなった時代への警告なのかもしれません。それはローマ法王謁見の場面でも明らかでしょう。そしていみじくも法王が自らの神への衷心を誓った若かりし頃をフランチェスコに見出します。さらに、ひばりに神の声を聞いてもよいのだと。
街の心優しき少女クララがレプラ患者(邦訳では皮膚病とサブタイトル)にパンを与えるシーンは、どこか宮本常一の「忘れられた日本人」に出てくる土佐寺川夜話を思いださせます。さらに善根宿という差別なきアジールのような場所。そして宮崎監督のもののけ姫の物語に出てくる蹈鞴場でのレプラ患者のシーンを。
宗教の本質あるいは自然の中でのヒトの本質とは人種も国境も何も関係なく普遍であるのではないのでしょうか。


ブラザー・サン シスター・ムーン [DVD]
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ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け 池田晶子 新潮文庫 2002

初出は1996「悪妻に訊け、帰ってきたソクラテス」(新潮社)94年から95年、新潮45への連載。
ソクラテスの妻、クサンチッペを対話相手にして時節の話題や中心に「実名」で斬りまくっていく感じだろうか。「ソフィーの世界」「柄谷行人」「西部邁」「立花隆」等など。ちなみにソクラテス(池田某)は養老孟司には一目置いている。それはこんな文章で現れる。立花隆の「臨死体験」をクサンチッペに対して「はやりの本なんか買うもんじゃないって」そして続ける「いつも言っているじゃないか。人間の考えそうなことなんざ、大体もうとうに考えられちまっているのだよ。人が死ぬのは今に始まったことじゃないからね。読むんなら古典を読みなさい。僕は是非プラトンを勧めるね。そうじゃなければ養老孟司だ」
クサンチッペ「ああ、唯脳論」ソクラテス「いや、実はあれは無脳論でもあるのだ」
前作「帰ってきたソクラテス」では実名でなく職名等で話が進んだか今回の作品では先に書いたように実名である。そしてあとがきで、その実名の方からの反論その他を頂戴したことがないと記す。そして編集者が「スッパリ切るなら血は出ないのですよ」と。
時代を経てもその新鮮さが衰えない池田晶子(2007没)は必ずや古典になっていくのだろう。それは、はやりでなく、本質だけを見つめ続けているから。


ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け (新潮文庫)
ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け (新潮文庫)
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記者さんも分かってらっしゃる

間伐量上乗せ 「机上の空論」 
記事が本当だとするとあまりにおそまつですね。ままこの県だけではないのでしょうが。
お上に言われてハイハイと言って、それをまた地元に押しつける。
21世紀なんでしょうか?中世なんでしょうか。
でも、地元の人もお金だけを考えない方がよいのではと思います。
あるいは、木材価格以上の価値を森に見出すために何をしたらよいのか考えるべきなんじゃないのかな。
なんて机上の空論を妄想しているわけです。

帰ってきたソクラテス 池田晶子 新潮文庫 2002


1994新潮社 新潮45に掲載された文章をまとめたもの。文庫での遺言3部作は文庫化にあたり改稿とある。
ソクラテスと種々な業種?の人々を登場させ、ソクラテス(池田某)がことばで切り刻んでいくと言った感じだろうか。本質あるは本質に近い事の強さがこれでもかと言わんばかりに展開する。世の中のあたりまえが、実は当り前ではないことを見事に証明している。
池田さんにとっては、連載は初めてであり、かなり力が入っているのだろう。形而上によって形而下を語るというスタイルを、独自のものとして立てることが出来たとあとがきで記している。本書では職種の代表としての登場人物(議員、プランナー、フェミニスト、サラリーマン、脳死臨調委員等々)と対峙するが、その後の作品では実名で書かれるようになる。愉快である。



帰ってきたソクラテス (新潮文庫)
帰ってきたソクラテス (新潮文庫)
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自然からの答え 串田孫一編 筑摩書房 1990

自然からの答え 串田孫一編 筑摩書房 1990

収録作品は1954年から1990年にわたる。
矢内原伊作、CWニコル、柳宗民、伊谷純一郎、中谷宇吉郎、内田清之助/末広恭雄、尾崎一雄、草野心平、吉田秀和、竹西寛子、立松和平、志村ふくみ、倉嶋厚。
すでに故人になられている方も多い。
串田さんが、自然からの答え(まえがき)の中に書く言葉がこの本を世に出す理由のすべての様に思う。「私としての願いを書かせて戴くとすれば、結局は私達一人一人が自然との対話の出来るような心を持つことである。詩や童話の中では、人間が動物や植物に語り掛け、流れる雲に呼びかけるが、その気持ちでいい。そしてこの対話は無言であるがために自由である。ただ動植物も雲の水も、呼び掛けや語り掛けに対して答えてくれないからと言って、その返答を勝手に創ってしまうことは慎まなければならない。ということは、辛抱強く待ち、またこの対話を習慣とするようになれば、問う者には必ず答えてくれる。それは特別の技術を必要とするものではない。そして自然の中にあって、人間が今愚かであるか賢いかは人間が決めることではないが、賢い存在でありたいという願いは抱いていたい。時には愚かになるという賢さをも含めて」
ニコルさんは屋久杉の無残な状況(営林局等による伐採や山小屋の無法行為)を綴り最後に書く「どうか、日本よ、わかってほしい。過去を理解し、未来に希望を抱いてはくれまいか。屋久島とその神の木々をきたるべき新しい時代における宝石に残しておこうではないか!どうか、お願だ!」


自然からの答え (こころの本)
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音楽がイデオロギーになりえる

訃報:忌野清志郎さん58歳=ロック歌手 がん治療続け - 毎日jp(毎日新聞)
音楽や芸術は国境などを超えて人々に訴えかけることを、彼の数々の作品で感じました。ジョンレノンのイマジンもそうでした。
早すぎた死などとは言いません。
ただ、彼のような歌手、いや芸術家が沢山現れることを心より期待しています。
合掌

本当にシカやサルだけの責任か??

ライチョウ:激減の危機 シカなど餌場荒らし 南アルプス - 毎日jp(毎日新聞)
安直な答えを出したがるのがメディアなのかもしれないが、ここに登場する研究者とやらもそうではないのかな?
本来、シカやサルが出現しなかった場所までその行動範囲を広げる理由が餌の確保だとしたら、それは餌を供給するであろう森を考えるべきであり、ハンターによる駆除だとか以前の問題である。
人工林を作りまくり、木材価格が下がったからと言って放置しているのは誰なのか?
基本的にはお上の指導でだまされた人々であろう。
なんでもかんでも動物のせいにする、人間の愚かさを感じてならない。

ヘミングウエイ釣文学全集{上巻・鱒}谷阿休訳 朔風社 1993(新装版)

1982年初版
アーネスト ヘミングウエイ(1899−1961)
ヘミングウエイを良く知らない自分も跋文(あとがき)を読んで彼のプロフィールに初めて接しました。
ヨーロッパの鱒釣り(1923)、鱒の紳士的な釣り方(1920)、最高の虹鱒釣り(1920)などはまさにヘミングウエイが20代の釣りである。ある種、ギラギラした釣りの中に悟りを開いた釣り師の様な姿も見える。
また、クラークス・フォークス渓谷、ワイオミング(1939)などは中年を迎えた彼の自然への愛しみを感じる。 
第2部は釣りにまつわる文章を集めているとの事で、ニックアダムズを主人公とする、自叙伝的な物語となっている。
二十ポンドの鱒との激闘の中で、ゴルフと釣りの違いについて彼は書く、ゴルフについて語るとき、人は自己を語っているのだ。だが釣りは違う。他人の釣りの話も面白い。釣りというのは個人を超えた何物かなのだから。
自然、釣り、キャンプの描写などは、読んでいて目の前に360度情景が浮かぶのである。
いずれにしても、また読み返したい本である。
そして釣りそれが人生なのか人生それが釣りなのか?
そんなことを妄想しながら、釣りの出来ない日に読まれてはいかがだろうか.


ヘミングウェイ釣文学全集(上巻)?鱒
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労働者の日だそうです

5月1日はメイデイだそうで、祝日です。
そうすると3連休ですが、インフルエンザの問題もあり、出勤するかもしれませんね。

どうしてメキシコの死亡者の詳細が明らかにならないの?
病理学的検索は済んでいるんでしょうに。混合感染とかは?

いずれにしても早期診断、早期治療でしょう。
もちろん衛生教育という最も大切な公衆衛生学的なアプローチも忘れてはいけないですね。

そうそう、養老先生は確か日本人の寿命を延ばした一番の原因は水道の完備だとどこかで書かれていて、東京市(昔の)の知事が進めた上水道政策が大きな貢献をしたと。

綺麗な水、綺麗な空気、綺麗な土地、そこが桃源郷なのでしょう。

やっぱり林野庁なんかいらねんじゃね?

研修テストで氏名は「国有林」 - 速報:@niftyニュース
もし事実であれば、ここでも税金の無駄使い。民間で林業をしっかり経営している方に権限移譲した方がよいって。木材の価格が下がったからいかんとか、温暖化で森の整備だの、言っていることがおかしいですよ。

地道な努力でしょ。

新型インフル:ほとんど軽症…投薬せずに回復 感染研推定 - 毎日jp(毎日新聞)
ほらね。落ち着いて解析すれば、おのずと分かってくるんですよ。ただ騒ぐだけではダメなんですてっば。
逆に強毒株であっても、落ち着いて行動することが基本なんですから。WHOは何を考えているかと言えば、先進国での対応ではなくて、いかに開発途上国での感染爆発を防ぐかであり、それが結局、先進国の防御にもなるんですよ。だから国際医療研究協力とか、国際協調が必要なわけ、変な研究者が本だけ沢山書いて恐怖を煽っているような国は駄目ですね。

What can we do to support the people who are suffering from infectious diseases?
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