おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

2008年02月

ジジイはニコニコしていなければならないのである。

養老訓(養老孟司 新潮社 2007)を読んだのだが、なるほど思ったのは、「ニコニコ」している爺が少なくなった事だ。不機嫌なオヤジやジジイが多いのである。
だから、そんな奴になりたいと思わない、良く老いるという考えがなくなり、アンチエイジングなどとはやしたてるのであろう(池田晶子もそう書いていたように思う)。

大西暢夫が撮る爺婆がキラキラしているのは、実はニコニコしているからなのだ。別に金持ちであるわけでもなく、旨いものばかり食べているわけでもない。その「にこにこ」はおそらく都会と言う文脈では生成しにくいのだろう。不機嫌では自然の中では生きて行けないのである。
自然に生かされていると言う自覚と、自然には逆らえないのだから、どうせなら笑って生きている方が楽しいという感覚。

金儲けは無教養でも出来る、金を使うのには教養がいる。
なるほどである。

そして最終的には体力なのである。

素晴らしいですね

フクロウ:繁殖、助けたい 野鳥観察ガイドの斎藤さん、巣箱設置5年目に /山梨 - 毎日jp(毎日新聞)
鳥の名前も知らないし、木の名前もしらないバカオヤジとしてはただただ尊敬である。ただ可愛いだけの愛護は問題だが、まずは可愛い動物から自然になじむ事は重要だろう。ふとこんな記事に触れると、資格だけの獣医である自分が情けなくなる。もう一度臨床からやり直そうかと。そうして野生の友たちと一緒に暮らしたいものである。

これが、みず烏賊である

ひたすら甘くて旨いのである。

長崎の味

長崎大学と長崎国際大学をはしごして色々と話を伺う。

その後、元ダラスの男さんと佐世保の街へ。
雑魚屋というお店でお魚をいただく。

ま〜旨いのなんの。
東京では何万円も出さないと食べられないのでしょう。
特にみず烏賊は最高でございました。

しまアジも食べ終わるまでピクピクと動いていました。

その後はもつ鍋屋に移動して、青春を熱く語ったのでありました。いかあじ





いわしうに

お疲れ様なのでR

2男の受験も終わり(後期があるらしいが)
センター利用で WのS,CのH,
一般でKのK,WのSK と昨年の雪辱は晴らしたようである。
後は国立の結果待ち。

自分は何もして無いのと文系は分からないので、ただただ「すげーじゃん」と言うくらいである。Kボーイで遊べるじゃんと言ったら白い目で見られたが。。。地方大学出身者としては羨ましいのである(笑)

いずれにしても自分の将来は自分で作るのだから、自由奔放に好きな事をやればよいのである。
重要な事は考える事である(バカなオヤジは最近この重要性に気づいたのであるが)

あとは娘がなんとかなれば、森に還る日も近づくのである。

取りあえず穏やかな春は人生の一回性の中でまた今年も来るようである。

佐世保で有名らしい

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今日日の薬学部

b2513a00.jpgお洒落のだ

長崎は今日も雨だった

b1504637.jpgハウステンボスが近くです。

高砂ホルモンなのである

2fa94cf1.JPG西武秩父といえば、これ(笑)

毎年一度は食べないといけません。

たれも宜しい。

満足でございました。

これ

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まずは熱燗

秩父は寒い ホルモンの前にまず一杯

総会

本日は荒川水系渓流保存会の総会である。
西武秩父までお出かけ。

秩父イワナを守ろうという、熱い男達が居る。
そんな活動に参加せていただき、勉強中である。

いずれ故郷の在来魚達のために活動したいものである。

いま、会いにゆきます 市川拓司 小学館 2003

「そのときは彼によろしく」がそれなりに良かったので古本を買ってみた。

市川さんの小説はご自身とご家族の文脈から流れて来ているそうだ。私小説がファンタジーに昇華しているのかもしれない。
文章が若干荒い様にも思うのだが、知らず知らずに読者の自分が絡め取られていく。多くの少年少女(60年生まれ前後)が体感したモノを織り込んだ展開だからだろうか。そう、携帯電話もポケベルも無かった青春時代。
こんな文章に接すると、もうたまらないですね。

この喪失の予感が恋する気持ちと重なって、胸の中はもう「切なさ」とか「愛しさ」とか、そんな名前がついた化学物質で溢れかえっていた。中略。きっと人間は、何どでも同じ相手と恋に落ちるものなのだろう。そして、そのたびにニキビとやたらと感じやすい心を抱えた10代の子供に戻ってしまうのだ。

今日よりも明日が素晴らしいのは、一日分きみの次の手紙に近づけるからだ。そんなふうに感じて過ごしていたのものだから、これはかなり応えた。(主人公が自らの病気を隠して別れた後の独白かな)

久々に通勤電車の中で途中から読むのを止めました。

ふと思ったのは、市川さんの2作とも小世界の自然は出てくるのですが、それ以上の自然が出て来ない、言い換えれば都市小説なのかなと。

いま、会いにゆきます

生きるために食う

池田晶子さんの1周忌

彼女の動いている姿を見た事もない。
彼女がどのようにしゃべるのか、聞いた事もない。

されど、彼女の本からは、数え切れないくらいの「考えること」の
大切さを教わった。本質を常に考える事。

到底彼女の思索の深さには到達できないだろう。でも考えていこうと思う。

人生は長さではない事は分かる、しかし46歳は早いだろう。

今頃の宇宙のどの辺を旅しているだろう。

薔薇のない花屋

月9ドラマだそうです。
まだ見たことはありませんが、主題歌が山下達郎、メロディーラインは山下ワールドのまま、歌詞も山下ワールドそのもの。
でも心に響くんだな、おやじの。

水になった村 大西 暢夫 情報センター出版局 2008

大西さんが1998年に出された「僕の村の宝物―ダムに沈む徳山村 山村生活記」にその後の徳山村での出来事を追記している。
ご存知に様に既に徳山村は湖になってしまった。そしてその歴史は神山監督の「ふるさと」大西監督の「水になった村」で映像としても記録されている。あまりにも切ないそして考えさせる歴史である。
そしてこの本にも爺婆達の凄く良い表情と凄く切なく悲しい姿がモノクロで埋め込まれている。
大西さんの写真は「山里にダムがくる」で初めて見て、多くのムラになんて良い爺婆の顔があるんだろうと思っていた。その後、増山たづ子さんの写真集なども見せていただいたが、徳山村の爺婆の表情もまた素晴らしい。心が顔に表れるのだ。

ムラを壊していく我々は一体それ以上のモノを得られるというだろうか。

水になった村の映画は現在各地で自主上映を含めて見る事が出来ます。
是非本書と併せてご覧になってみてください。

4月には山梨の某所でもおそらく見ていただけると思います。

水になった村―ダムに沈む村に生き続けたジジババたちの物語
山里にダムがくる
おばあちゃんは木になった (シリーズ・自然いのちひと)

自画自賛 燻製

先月26−27日の管理釣り場で確保したニジマス。

クレージーソルトを単にまぶして魚干し網で屋外に数日放置
1週間後位に一度めの燻製、その後スモーカーの中に放置
また1週間後位に燻製、放置
そしてもう一度燻製

燻製ー寒干の繰り返しになったのがよかったのか。
その後は玄関の新聞紙の上に放置

電子レンジの少し暖めたり、軽く炙ると皮が簡単に剥げる。

ビールには最高でございました。

クレージーソルトより普通の塩の方が品が良い味になりそうである。
来年はそうしてみよう。

燻製身

欲望する脳 茂木健一郎 集英社新書 2007

図書館本

集英社のPR誌「青春と読書」への24回にわたる連載の加筆、修正した茂木さんのエッセイと捉えるべきかな。特に本書のタイトルから想定される欲望という文脈だけで語られてはいない。
茂木さんの「知」のポケットの多さと、そのポケットの大きさには何時も驚かされるが、今回は連載を単にまとめたために、文章の連続性は無いので小市民的には理解がし難い。
欲望と言う生物一般の性状は果たして何処からくるのか?誰もが脳と言う物質に起因すると考えるであろうし、その神秘を科学的に知りたいと思う。しかしあまりにも多くの障壁がそこには立ちはだかっているように見える。ここに心脳問題の難しさがあるのだろう。はたしてドーパミンだけで脳の報酬系を絡め取って良いのかどうか。素人には分からない事だらけである。以前、茂木さんが書かれた「感動する脳」ほどの違和感はないのだが、何が茂木さんを最近の矢継ぎ早な書籍出版に駆り立てるのだろうか?
そこに「欲望する脳」の本質があるように思えてならない。

欲望する脳 (集英社新書 418G) (集英社新書 418G)

渾身 川上健一 小学館 2007

図書館本 大分予約で待ちました。

川上ワールドである。
「雨鱒の川」での純愛、「翼をいつまでも」の初恋、「四月になれば彼女は」での青春、そして「ビトウィン」での家族愛と共同体。
今回は隠岐で行われる20年毎の相撲が題材なのだが、読み始めて感じたのは、宮本常一の「忘れられた日本人」でした。自らが島で生まれ育ち、やがて民俗学者として離島振興に力を注ぎました。そして離島に根付く民俗に対する熱い想いとそこに生きる人々の思想、作法への尊敬。
そんな事を考えながらムラの作法の中で人間が生きるという事をキラキラと描き出している。
あえて、相撲の取り組み場面を寄り詳細に多くのページを割いているところに川上健一氏のムラへの想い入れが感じられる。そしてそれは「ビトウィン」を書くにあたっての山梨のムラがヒントになっているのだろうか。
通勤電車では読まない方がよろしいかと思います。

渾身

この感性

4de2678d.jpg神楽坂のとある店のトイレ 作法と思想ですかね。

展覧会の絵

まったく芸術とかの文脈には縁遠い。
されど絵を見たり、音楽を聴くのは好きである。

子供は好きな事をすればよい、勝手にすればよい。
おいらの両親も何も言わなかった、言ったけど忘れているだけかも
しれないが(笑)
自由を得るためには義務を果たさなければならないが、どうもその事は
教育し損ねたらしい。まあ、元気で人に迷惑をかけなければ良い。

好きな事に没頭するのは良い事であろう。

それにしても娘の絵は上手いと思うが、小学2年生の絵がなんでこんなに上手いのか、、、おいらの字や絵は間違いなく幼稚園以下なのである。。。

入り口み





小学

ネット未来地図 佐々木俊尚 文春新書 2007

図書館本

IT関連いわゆるWeb2.0に関する20の論点を考察している。
それなりにインターネット利用者として普通の知識があると思っていたら、大間違いであった。グーグルやアマゾン、Youtube等は知ってはいたが、Twitterだのマジックミドルだの知らない事も沢山ありました。オープンソースと言う文脈でリスペクト(尊敬)を基調としていく分野、いかに先進性と斬新性でビジネスにしていくかといった分野が混沌としながら大きな波として押し寄せてきていることは理解できます。
しかしながらITによって全てがデータベース化され、個人や集団あるいは国家の将来予測までが確率論やアルゴリズムで左右されうる恐怖を感じます。鈴木謙介氏のカーニヴァル化する社会 やウェブ社会の思想―〈遍在する私〉をどう生きるか、等を読んだ時と同じ感想です。そこには梅田望夫氏の書かれるIT未来像とはかなり異なる様に思います。
小市民はWeb2.0の大波を上手くサーフ出来ないとしても、さらわれないようにしないといけないと強く感じた一冊である。

ネット未来地図 ポスト・グーグル時代 20の論点 (文春新書 595)

ドコモのCMになりましたね



「ここにいるよ」のアンサーソングです。
昔は携帯は無かった。
無い事がよかったのかも。

考える時間が今よりはあったのだろうか。

そのときは彼によろしく 市川拓司 小学館 2004

dd895e33.jpg図書館本

既に映画化されDVD化もされているとの事。DVDを見た知人が泣けた(感動した)との事で原作を読む。
1962年生まれの市川さんの感性は年齢も近い事から非常に身近に感じられる。大きなゴミ捨て場、小学校や中学校での帰宅時のみちくさ、少ないながらも存在する小川や池、そして其処に棲む植物や動物達。
14歳の多感な少年少女の交友、30歳での再会そして。。。
全ての人が通り過ぎる時代、初恋、恋愛、失恋、別離、今は瞬時に過去となり時に忘れ去られる。しかし、忘れようとしても忘れる事のない時代は確実に存在する。二人の男の子と一人の女の子を中心にした世界がキラキラとそして切なく今を過去にしていった。しかし15年後の未来は確実にその過去から創り出される。友情や恋愛だけでなく、親子愛、特に父子愛の描写も物語を大きく彩っている。こんな描写にオヤジは弱いのである。

阿部夏丸さん、川上健一さん、梨木香歩さん、湯本 香樹実さんと共通する温かみがあるけど、市川さん独特の世界も良いですね。

通勤電車では絶対読まない事をお薦めする。
布団の中で号泣である。
そのときは彼によろしく

今日の焚き火

e273dc6d.jpg本日の行動
読書
娘の絵の展覧会 上野 焚き火

炎を眺め 考える。
答えは在るのだろうか?と考える。
熾火が暖かい。

小学生に英語など必要ないのである

小学生に英語を必修させる必要があるのか? (内田樹の研究室)
内田さんの書かれる通りである。藤原正彦氏しかり、養老先生しかりである。まずは国語をみっちり仕込んで、次は歴史なり倫理ではないだろうか?内田さん的にはおそらく武道であろう。海外に行くと(日本国内でも)、英語は流暢だかまったくおかしな日本人がいる。それも特に帰国子女と言う訳でもなく、語学は出来るという奴。養老さん的には、こういう輩を「頭が丈夫でない」奴と言うのだろう。佐藤優的には自国の歴史の薀蓄も語れないアホな日本人だろう。
母国語も十分出来ず母国の歴史を知らない輩が外国語を覚える必然性などないのである。小学生に英語を必須とするなだ大間違い。文科省の役人は本当にこれが国際化に繋がると思っているのだろうか?まあ犯罪の国際化には貢献するだろうが。

トヨタの闇 渡邉正裕 ビジネス社 2007

図書館本

副題でも分かるように、今や世界一の自動車メーカーでの問題点を指摘している。過労死あるいは精神的疾病に陥る社員や低賃金を余儀なくされる下請け会社社員等、さらには海外のトヨタ工場の実体。
組織が大きくなればなるほど、種々の問題が出てくるのはある意味あたりまえかもしれない。しかし、三菱ふそうの問題でも取り上げられたが、企業が広告費というある種の権力を使いメディアに見えない圧力をかけているのは事実であろう。それはスポンサーが無いと成り立たない新聞でも雑誌でも同様である。今回の書籍はMyNewsJapanというパブリックジャーナリズムであったから書けた記事であり、書籍化されたのかもしれない。養老孟司氏がNHKは公正、中立と言うが、記者やカメラマンが完全に客観的であるはずなどありえないと指摘したように、我々は常にメディアから流される記事や情報に対して本質を見極める態度を取り続けないと真実を見誤るのだろう。

トヨタの闇

野鳥 あおじ

かなり古くなったお米を庭に少しづつ播いている。

カラスが来ると小鳥が来ないのですが
今日は「あおじ」という鳥が来ていた。
望遠のデジカメがないので双眼鏡で観察。

すずめの様ですが、ちと違う。
こんな鳥です。

中国の環境問題 今何が起きているか 井村秀文 同人選書 2007

本が好きプロジェクトからの献本

現在は名古屋大学の教授である井村さんが、これまでの種々な職場での中国との係わりの中で見てきた中国の環境問題を非常に冷静にかつ慎重に論じているとまず感じた。
巨大な国土、14億とも言われる人口、急激な経済発展、そこには既に国家と言う枠を越えた、すなわち国境なき環境問題があると指摘する。そして一つ一つデータを示し、また100回近く訪中した経験を基にデータの解釈をし考察していく。
経済発展を担うのは資源であり、石炭や天然ガスはおおむね自給出来るが、石油に関しては現在の対アフリカ外交を見ても明らかなように急激な需要に答えるためにアフリカの原油権益を確保しつつある。発電のための石炭使用や自動車の増加による窒素酸化物等による大気汚染や酸性雨、工場等からの有害物質による水質汚染はすでに中国国内の問題にとどまらず、日本を含む近隣諸国にもその影響が及んでいる。また森林伐採や耕地拡大による砂漠化から起こるとされる黄砂問題、さらには水不足。
日本における70年代の公害問題がまさに今、中国で起こっているようである。もちろん中国政府が手をこまねいている訳でもない事が本書ではわかる。トップダウン方式で法整備や指導体制を作っているようだ。また円借款による環境対策と本邦との友好的共同事業等もある。しかしながら、経済発展と環境問題の優先順位を考えれば当然経済優先である現状がうかがえる。さらには食糧問題も絡み、農村部と都市部との経済格差の拡大は内政上の大きな問題でもある。
すでに中国の環境問題は国境に関係なく、間違いなく日本への影響もある。日本のこれまでの成功と失敗の経験を中国にいかに的確に示していけるかが東アジア圏発展の大きな鍵になると考えさせられた一冊である。


中国の環境問題 今なにが起きているのか
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書評/ルポルタージュ

道路や橋は人を幸せにするか?

asahi.com:JR東海、南アルプスのボーリング開始へ-マイタウン山梨
飽くなき欲望が人間の折込済みな性状であるならば、その欲望は思想や哲学でコントロール出来ないのだろう。何処までも快適に便利にそして早く。昔の交通標語にありましたよね。「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く?」 交通手段の発達が過疎を生んだという事は今や非常識なのかな?
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