安倍晋三前政権の路線を踏襲した菅義偉政権が退陣する。両政権下の約9年間、官邸主導の政治が強化されたことにより、日本の統治機構や政策決定プロセスは大きく変貌した。両政権が日本に残したものとは――。元経済産業省官僚で「官邸の暴走」などの著書で知られる評論家、古賀茂明さんに聞いた。【聞き手・三上剛輝/経済部】

受け継がれた四つの「負の遺産」

 ――「安倍・菅時代」をどう総括しますか。

 ◆一言で言うと、民主主義を危機に陥れました。負のレガシー(政治的遺産)をたくさん残し、プラスのものはほとんどない。その結果、国民の政治に対する信頼が大きく失われました。また、「分断」という表現がよく使われますが、格差が広がるなど、社会全体への信頼も損なわれました。

 ――「負のレガシー」とは具体的に何でしょうか。

 ◆主に「官僚支配」「地に落ちた倫理観」「マスコミ支配」、そして「戦争のできる体制づくり」の四つです。これが安倍前政権の本質で、菅政権も受け継ぎました。

 まず「官僚支配」ですが、首相官邸が各省庁の幹部人事権を乱用し、政治と官僚の関係を大きくゆがめてしまいました。菅首相は就任直前に「反対する官僚は異動してもらう」とまで宣言し、安倍政権時よりギアが一段上がりました。


 官僚が国民のために必要な政策を自由な発想で作り、政治が実行するのが本来の姿です。しかし、安倍・菅両政権下では官僚が異動の恐怖におびえ、政権、特に首相の利益を最大化するような方策を考えるという「そんたく」が横行しました。その極めつきが、官僚による公文書の改ざんです。
権力者のために働く官僚

 ――古賀さんはかつて、官邸主導型の政治を提唱していました。現状をどう見ていますか。

 ◆想定外の事態が起きたと考えています。私は2008年、内閣官房に設置された国家公務員制度改革推進本部事務局の審議官に就き、政治主導の行政運営を巡る法律に関連する条文も書きました。

 当時、首相が頻繁に交代するなど政権が不安定で、人事の主導権は官邸ではなく官僚が握っていました。各省庁は所管の業界団体ともつながりが深く、官僚を敵に回すと政治家は(集票母体の)業界団体まで敵に回し、選挙で落ちるかもしれない。結果、政治家は官僚の言いなりでした。

 そこで、政治主導の行政運営が必要だという機運が高まり、09年には「脱官僚」をキャッチフレーズにした旧民主党政権も誕生しました。

 民主主義の原則論として、選挙で選ばれた政治家が、国のために働く国家公務員の人事権を握ることは決して間違っているわけではありません。政府が国民のためを考えて政策を実行している場合、言うことを聞かない官僚を更迭してもいいでしょう。


 ただ、これは政治家が国民のために働くことが前提です。安倍・菅両政権では人気取りや自民党の党利党略が目立ちました。そうなると、官僚は国民のためではなく、権力者のために働かされることになる。こういった事態に歯止めをかけるような仕組みを作らなければいけないと思います。
やりたい放題の政治家

 ――他の負のレガシーはどういったことですか。

 ◆「地に落ちた倫理観」は、官僚支配に通じる部分です。政治家は本来、不正を疑われたり利己的だと思われたりする行動を慎む責任があります。「李下(りか)に冠を正さず」が基本姿勢のはずですが、「森友・加計学園」を巡る問題や「桜を見る会」の疑惑などで明らかなように、今や「疑われても逮捕されなければ問題ない」という論理がまかり通っています。権力の行使について謙抑的にという姿勢もなくなり、やりたい放題になってしまっています。


 「マスコミ支配」は安倍前政権がすごく巧みで、当時の安倍首相が各テレビ局や新聞社のトップ、菅官房長官が有識者やコメンテーターらとそれぞれ恒常的に会い、今井尚哉(たかや)・首相秘書官が現場の記者に圧力をかけていました。その結果、政権の批判をしにくい雰囲気が生まれたと思います。

 「戦争のできる体制づくり」は、集団的自衛権の行使を一部容認し、自衛隊の役割を拡大した安全保障関連法の成立などですね。麻生太郎副総理兼財務相が、中国が台湾に侵攻した場合、限定的な集団的自衛権を行使することもあり得るとの認識を示していますが、以前では考えられないことです。
日本の経済・財政は「ゆでガエル」

 ――経済政策はどうでしょうか。

 ◆日本経済は取り返しがつかないくらい凋落(ちょうらく)してしまいました。そもそも、バブル崩壊後の自民党政権は‘本を借金大国にした⊂子高齢化を放置して社会保障の基盤を崩したF本を成長できない国にしたじ業にこだわって東京電力福島第1原発事故の原因を作り、再生可能エネルギーの成長をつぶした――という「四つの大罪」を犯したと考えています。旧民主党から政権を奪還した時、安倍前政権はこれらの過ちを反省し、新しいシナリオを用意すべきでしたが、安倍・菅両政権下で何も改善されませんでした。


 「三本の矢」と称した異次元金融緩和や大規模な財政出動は、当初は緊急時を脱するまでの時限的措置だったはずなのに、恒常的に続けてしまっています。その間に、もう一つの矢である成長戦略を軌道に乗せることが一番大事でしたが、全く絵も描けず答えも出ませんでした。

 結果、借金はむしろ増え続け、1990年代から02年まで世界ランキングでトップ10に入っていた1人当たりの名目国内総生産(GDP)は、20年には23位まで落ちています。デジタルトランスフォーメーション(DX、デジタルを活用した業務改革)や再生可能エネルギーなどの重要分野でことごとく世界から出遅れており、現在の日本は(金融緩和、財政出動というぬるま湯につかった)「ゆでガエル」のような状態です。
新型コロナウイルス対策の給付金支給手続きに訪れた人で混雑する役所。国や自治体のデジタル化の遅れが響いた=大阪市で2020年5月8日、小出洋平撮影
新型コロナウイルス対策の給付金支給手続きに訪れた人で混雑する役所。国や自治体のデジタル化の遅れが響いた=大阪市で2020年5月8日、小出洋平撮影
選挙では勝つ

 ――成果はないのでしょうか。

 ◆良く見えたのは、円安と株価、不動産価格の上昇でしょうか。円安は輸出産業を中心に名目の利益を下支えし、不動産と株価の上昇で土地や金融資産を保有している層は恩恵を受けました。別の政権でもできたことだと思いますが、インバウンド(訪日外国人客)は地方を潤すという観点からもよかったと思います。新型コロナウイルス禍で効果は剥落してしまいましたが。

 菅政権も、携帯電話料金引き下げやデジタル庁発足などで成果を出したようにも見えます。ただ、全体としては経済の構造を転換するようなインパクトを与えたものはなく、一時的な人気取りで終わっている印象です。

 今まで述べてきたようなさまざまな問題点はありますが、こんな政治を長年続けてきたのに選挙では勝つということが実は最大の問題かもしれません。「批判は承知しているが、選挙では国民が支持しているじゃないか」と言われると、ぐうの音も出ません(笑い)。
安倍・菅時代の政治と決別を

 ――次のリーダーに問われるものは何でしょうか。

 ◆四つの負のレガシーとどう向き合い解決に導くか、です。まずはしっかり反省と検証を行い、国民が納得できるように自分の口で語ることが望まれます。今のように「説明はしました」で終わらせてはいけません。


 言い換えれば、安倍・菅時代の政治ときちんと決別できるかどうかです。「本当に国民のことを考えてくれている」と伝われば、信頼も少しずつ取り戻せます。

 経済では、日本の産業の将来を占う意味でも、世界から周回遅れとなっているエネルギー産業をどう立て直すかが大切でしょう。エネルギー分野の改革は産業全体に波及するからです。ただの掛け声ではなく、改革に伴う反発や痛みがあっても新しい道に引っ張っていくだけのシナリオを示し、実行に移せる指導者を望みます。