おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

平和

国家、国籍、人種などなど ラクビー

ラクビーワールドカップ
日本の勝利で決勝ラウンド進出

いいですね。

国籍も国境も人種も何も関係ないスポーツ。

日本チームもまさに、多国籍、多文化、多人種(あまり好きな言葉ではないが)。

いつまでもたっても人種や国籍ヘイトを繰り返すバカな連中がいるが
そいつらはラクビーの日本チームは当然応援もしないんだろうな。

エチオピアの首相がノーベル平和賞を受賞
まさに、平和外交。

これまた、どこかの国の何も外交成果を出さない(拉致、領土、経済)首相との違い。


大きな自然災害がまた起きました。

体力あるものはボランティアでお手伝い、お金があるモノは義援金等でサポート
政治家はただ、現地視察している場合じゃないだろうと思う。
利益誘導だけの政権が税金使って何をするか、しっかりと監視しなければいけないね。


そんな3連休でした。

なぜ必敗の戦争を始めたのか 半藤一利編 文春新書 2014

図書館本

副題:陸軍エリート将校反省会議
初出は「偕行」昭和52年-53年の座談会

第3章までを流し読みしたメモ

陸軍と海軍の確執?
政治と軍隊の関係性、天皇の存在
外交と諜報活動
地図すらない状況
松岡洋右外相
3国同盟
資源無き国家の行く末
米英可分 山本五十六の奇策(真珠湾攻撃)

中国(蒋介石)
仏印(ベトナム、カンボジア、ラオス)
ドイツ
英国
オランダ
米国etc

1931 満州事変
1937 支那事変
1939 ノモンハン事件
1940 日独伊三国同盟
1941 ドイツソ連侵攻、南部仏印進駐 日ソ中立条約 
   東條英機内閣、 陸軍マレー半島上陸、海軍 真珠湾攻撃




目次
第1章 三国同盟―積極的ではなかった陸軍
第2章 北部仏印進駐―海軍とのかけひき
第3章 南部仏印進駐―アメリカの反応を見誤る
第4章 独ソ開戦―「北進」か「南進」か
第5章 御前会議―まだ開戦に慎重だった陸軍
第6章 東条内閣の成立―開戦への決意
第7章 対米開戦―いかにして戦争を終わらせようとしたのか


満鉄全史 加藤聖文 講談社学術文庫 2019

図書館本

初出は2006年 非常に面白いというか学校で習わない近現代史

第2章終わりまでの備忘録

第1章 国策会社満鉄の誕生
第2章 「国策」をめぐる相克

第3章 使命の終わりと新たな「国策」
終章 国策会社満鉄と戦後日本

1907年4月営業開始
南満州の権益確保 外資の排除か同調か
関東都督府 民政部が関東庁へ、軍事部門が関東軍へ 原内閣
登場人物
松岡洋右
張作霖 張学良
石原莞爾
石橋湛山

外交と軍事のせめぎ合い、植民地主義(資源の無い日本)





令和を生きる 半藤一利x池上彰 幻冬舎新書 2019

図書館本

半藤さん(1930-)と池上さん(1950-)の対談

半藤さんは以前、歴史に学ぶのでなく、歴史を学ぶべきだと指摘した。
昭和史を専門家と言われるまでになった編集者でもあり、歴史家でもあるのだろう。
昭和、平成そして令和となった現在。
いかに歴史を学び、そこから戦争のなかった平成を令和にも続けるのか?

備忘録メモ

細川政権は近衛と同じだからダメ、その通りになった。
福島原発事故と戦時中の報道規制(鳥取大地震、東南海地震、三河地震)
天皇と災害慰問の時代
寄り添うという言葉を消した安倍首相
原子力の平和利用のウソ 広告代理店から柏崎原発視察の誘い(文藝春秋編集長時代に何べんも、池上さんも)
広告で黙らせる電力会社 福島原発事故の時に発売された日経ビジネス(有名俳優を使う 日経ビジネス2011年3月14日号)
原発輸出はことごとく失敗(安倍政権)
日本 バスに乗りこくれるな的な失敗 3国同盟、クエート侵攻(日本の金は米軍へ)
半藤さん 平成30年8月15日 秋篠宮家の悠仁さん(小6)に昭和史を講義 その後秋篠宮へ講義
(日本の国防の難しさ、海岸線の長さ
言葉の言い換え、大本営時代と同じ 移民ー外国人労働者 戦闘ー武力衝突 単純労働ー特定技能
官僚が政治家に忖度しはじめた時代 内閣府人事
帝国陸海軍  〜〜のはずがない、〜〜するはずがない 神話 
赤字国債、プレミアム商品券 公明党対策
労働者派遣法 竹中平蔵 派遣する側会社の会長
軍部独走 昭和天皇が摂政になったころから始まった 天皇への軍人教育
生前退位と政府の軋轢
昭和天皇の核武装発言


国連気候行動サミット〜小泉環境大臣の発言、16歳のグレタさんの訴えが投げかけた波紋、その本質とは

【音声配信】特集「国連気候行動サミット〜小泉環境大臣の発言、16歳のグレタさんの訴えが投げかけた波紋、その本質とは」井田徹治×斎藤幸平×荻上チキ▼2019年9月25日放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」平日22時〜)


グレタさんの発言(国連、およびそれ以前も)を茶化すアカデミアの人までいる現状を憂いております。

彼女は単に科学に基づいたデータが示す未来を「今の大人が勝手に我々に残すな」と至極全うな
事として発言しているだけです。

NIMBYとしての日本の一部の有名人(だから頭が丈夫だとは限らない事が今回良く分かりましたよね)

SDGsはすべてが達成されて、やっとサステイナブルなんですよ。

今のまま、消費が美徳で、無限の経済発展を(金融工学なんか、もろに無限という枠組みが存在しないと成り立たない)仮定して進んだら、地球は破滅することは科学で明らかになりつつあるわけです。

まあ、グレタさんの発言や行動をバカにするおバカさんは、決してセッション22なんか聞かないんだろうけどね(笑)

僕は、井田徹治さんや荻上さんのスタンスに同意しますよ。

そして小泉環境大臣が世界で笑いモノになっていることもね。







ちなみに、京大総長でもある山極さんらの緊急アピールはこちら
日本学術会議会長談話「「地球温暖化」への取組に関する緊急メッセージ」を公表しました。(令和元年9月19日)http://www.scj.go.jp/
令和元年9月19日に日本学術会議会長談話「「地球温暖化」への取組に関する緊急メッセージ」を公表し、近藤智洋 環境省地球環境局長に手交しました
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-d4.pdf    pdfで読めます。

要約

国民の皆さま私たちが享受してきた近代文明は、今、大きな分かれ道に立っています。現状の道を進めば、2040年前後には地球温暖化が産業革命以前に比べて「1.5°C」を超え、気象・水災害がさらに増加し、生態系の損失が進み、私たちの生活、健康や安全が脅かされます。これを避けるには、世界のCO2排出量を今すぐ減らしはじめ、今世紀半ばまでに実質ゼロにする道に大きく舵を切る必要があります。しかし、私たちには、ただ「我慢や負担」をするのではなく、エネルギー、交通、都市、農業などの経済と社会のシステムを変えることで、豊かになりながらこれを実現する道が、まだ残されています。世界でそのための取組は始まっていますが、わが国を含め世界の現状はスピードが遅すぎます。少しでも多くの皆さんが、生産、消費、投資、分配といった経済行為における選択を通じて、そして積極的な発言と行動を通じて、変化を加速してくださることを切に願います。我々科学者も国民の皆さまと強く協働していく覚悟です。

緊急メッセージ
1人類生存の危機をもたらしうる「地球温暖化」は確実に進行しています
2「地球温暖化」抑制のための国際・国内の連携強化を迅速に進めねばなりません
3「地球温暖化」抑制には人類の生存基盤としての大気保全と水・エネルギー・食料の統合的管理が必須です
4陸域・海洋の生態系は人類を含む生命圏維持の前提であり、生態系の保全は「地球温暖化」抑制にも重要な役割を果たしています
5将来世代のための新しい経済・社会システムへの変革が、早急に必要です

日本学術会議は、フューチャー・アースの推進と連携に関する委員会、環境学委員会・地球惑星科学委員会合同FE・WCRP合同分科会、地域研究委員会・環境学委員会・地球惑星科学委員会合同地球環境変化の人間的側面 (HD) 分科会、経済学委員 会・環境学委員会合同フューチャー・デザイン分科会、地球惑星科学委員会地球・人間圏分科会において、また、Future Earthグローバルハブ日本(東京大学、国立環境研究所、日本学術会議ほか)、Future Earthアジア地域センター(人間文化研究機構総合地球環境学研究所)の協力を得て、地球温暖化への取組に係る審議を進めてきています。

この度、9月23日にニューヨークで開かれる国連気候行動サミットに合わせて、このメッセージを発信いたしました。
引き続き、国際的な学術団体や国連機関とも緊密に連携し、この問題を含め、世界的な諸課題の解決に向けて積極的に貢献してまいりたいと思います。
令和元年9月19日日本学術会議会長山極壽一


半藤一利 橋をつくる人 (のこす言葉KOKORO BOOKLET)  2019

図書館本

昭和史あるいは近代史に関しては半藤さんの著作で多くの事を学びました。
戦争をしっている世代が今後居なくなる恐怖感を私は持っています。
特に現在の政治の流れを見ていれば、反戦、非戦などと言う言葉からいかに遠い所にいることか。

本書は89歳の半藤さんの生き様を綴っています。

東京空襲で焼け出された記憶、多数の死との遭遇。
絶対負けない日本、絶対に支配されていた当時。
東大ボート部、文藝春秋での多くの出会い、そして自らが調べ、聞き取った戦争の事実。

中西進が同級だったから、卒論に万葉集を選ばなかった。
編集者として坂口安吾との出会い歴史の読み方(何が正史なのか)を学んだ。
昭和天皇だけが国家の2重性を負わされた(軍事国家と立憲国家)
現自民党政権の改憲案は戦前の昭和史に戻る動き
歴史に学べでなく歴史を学べ


やすらぎの刻 倉本聰さんの反戦

先週の放送分を録画で一気に鑑賞。

まさに倉本さんの思想だろう。

どうぞ画像のサブタイトルをお読みください。

この後、三平は服毒自殺する。



891011121314151617181920

「記憶の解凍」−色彩がつなぐ、戦時中の暮らし−

「記憶の解凍」−色彩がつなぐ、戦時中の暮らし− - 記事 - NHK クローズアップ現代+


SNS上でもすでに拡散している白黒画像のカラー化

戦争がいかに愚かであるか、不幸を生み出すのか。

当時を知る戦争体験者と一緒にカラー化された画像を見て、いかに戦争が不条理であったかを
語り合う事が、不戦、非戦に繋がるのだと思う。

渡邉教授ありがとうございます。



白黒だから過去じゃない。
同じ過ちを繰り返さないために。


NHKスペシャル | 激闘ガダルカナル悲劇の指揮官

NHKスペシャル | 激闘ガダルカナル悲劇の指揮官


録画して鑑賞

再放送は2019年8月14日(水)午後11時50分〜0時39分

戦争の不条理さは表現されていました。

戦争に良い戦争も悪い戦争もありません。

英霊などと称えられて、餓死し、治療も受けられずに死んでいった若者たち。
どれだけの戦争を主導した軍人、メディア、政治家が責任を取ったのでしょうか?

大本営発表という嘘や、公文書を平気で焼却した軍隊と今の政府、ほぼ同じじゃないですか?


合わせてみて頂きたい。
http://www.ntv.co.jp/document/
NNNドキュメント
海は・・・知っている。
キャンパスはかつて特攻隊基地でした

「こんな飛行機で本当に特攻出撃したのか?」
その機体は、偵察機として使われた古い水上飛行機です。
瀬戸内海をのぞむ小さな町に残された滑走路。太平洋戦争末期、
訓練部隊だった詫間海軍航空隊は、水上特攻の一大拠点となり、
訓練の浅い学生たちが、爆弾とともに次々と突入。
特攻兵57人、誘導部隊も含め300人以上が戦死しました。
彼らはなぜ死ななければならなかったのか。
戦後、置き去りにされた基地の歴史をたどります。」

再放送は
8月18日(日)11:00〜 BS日テレ
8月18日(日)5:00〜/24:00〜 CS「日テレNEWS24」






「忘れられた“ひろしま”〜8万8千人が演じた“あの日”〜」

NHKドキュメンタリー - ETV特集「忘れられた“ひろしま”〜8万8千人が演じた“あの日”〜」


ETV特集「忘れられた“ひろしま”〜8万8千人が演じた“あの日”〜」

2019年8月10日(土) 午後11時00分(60分)
2019年8月15日(木) 午前0時00分(60分)

映画の存在は知ってはおりました。

テレビで全編見られるとの事です。

2019年8月17日(土) 午前0時00分(107分)
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2336/2972455/index.html





なつぞら、やすらぎの刻 

今週の月曜日から木曜日までの録画で一気に鑑賞

なつぞらは昭和39年当時
やすらぎの刻は昭和18年から19年にかけてだろうか

どちらも徹底的に戦争に対する反発を感じた方が多いと思う。

特にやすらぎの刻では、満蒙開拓団、徴兵拒否、山の民としての山窩(サンカ)やマタギの話も出てくる。そして大本営発表の虚偽。
(サンカに関して箕作り等の話はあったが、倉本さんの脚本は若干理解が違うとは思うが)

いずれにしても、戦争の不条理を訴えているのは良いと思った。

ガーナ 知人の死

96-98年 ベルギー
99-01年 ガーナ

家族5人で滞在していた。
ガーナでは高待遇であったので、メイドさん、運転手や庭師も雇って生活していた。
それでも当時は食品など現在のアクラに比べれば大変生活は厳しい環境であった。

その当時のメイドさん(リジョイス)と運転手(クワシ)はご夫婦で、敷地内の専用家屋に住んでいた事もある。
メイドさんは基本的には日本人や外国人の家庭で経験ある方を雇用するのが普通であったが
たしか簡単に見つからなかったせいか、奥さんもリジョイスで良いというので彼女にメイドを
してもらった。
もちろん、和食も西洋食も作った事はない。
奥さんが一生懸命に色々と教えて、帰国間際にはかなりの料理が出来る様になっていた。

一般的なメイドさんや運転手の給与よりは多く出していたと思うし、良く仕事をしてくれた。
帰国時には中古のホンダカブをプレゼントした。

そうして、次の単身渡航の時、クワシが運転するカブの後ろにリジョイスが乗ってやってきて
掛け時計をプレゼントしてくれた。
「同じ時間を生きていることがわかる」様にと。

なんか嬉しすぎて涙が出た。


僕自身はその後ガーナに毎年伺い、最近では年3回程度渡航していて、渡航するごとに
リジョイスやクワシに電話していた。そしてわずかばかりであるが盆暮れの付け届けの様に
お金を渡していた。(お嬢さんが専門学校卒業後に野口研の技術補助の仕事していたので彼女に
仲介してもらった)

リジョイスが最初の入院をした時に、もう駄目なのかとおもったけど、復活した。
そして、最近癌が再発したとの連絡があった。

次回の渡航まで生きていてくれればと思ったが、昨日、娘さんからメイルとメッセンジャーで
亡くなったとの連絡。



あなたの事は忘れないよ。Rejoice, R.I.P.

やすらぎの刻〜道 倉本聰さんの反戦

先週は倉本さんの「卑怯者」「脳内ドラマ」というテキストが強く押し出されていましたね。

今週は、恩師の戦死(昭和17年位)、まだ遺髪や爪が届けられる。
そして靖国が語られる。

クレジットに韮崎市が出ていた、どこでロケしたのだろう?

2019-07-09_22-21-00_8772019-07-09_22-21-04_7132019-07-09_22-21-34_7352019-07-09_22-40-23_0522019-07-09_22-40-30_0912019-07-09_22-41-01_7802019-07-09_22-41-08_885







保阪正康さんの生き様と立ち位置

79歳“在野の昭和史研究者”保阪正康 妻子持ちの32歳で大学院への道を捨てた日 | 文春オンライン


僕は半藤一利(1930-)さんと保阪正康(1939-)さんの本は基本的に信頼している。

アカデミアとジャーナリズムの良い意味での共生が正しい歴史(権力者が都合よく残すモノではない)の捉え方が保阪さんにはあると信じています。

以下記事より

保阪 「僕は、歴史修正主義のことを歴史だと思っていないです。歴史修正主義の人は唯物史観の裏返しみたいなもので、彼らは初めから旗を立てるんですね。例えば「日本は侵略していません」という旗を立てて、旗に見合う史実を集めてくる。これは歴史じゃなくて、政治ですよね。」


左翼の怠慢さが、現在の平和不信という空気をもたらした

――保阪さんは左翼陣営の歴史観に関しても「安易に『平和』という言葉を使ってきた左翼の怠慢さ、傲慢さが、現在の平和不信という空気をもたらした面は予想外に大きい」(『ナショナリズムの正体』)と批判的ですが、保守的な歴史修正主義についても同じようなことを思われていますか?

保阪 歴史修正主義と唯物史観の人を一緒にするとちょっとかわいそうですけどね。歴史修正主義は、心理的な……これはうまい言い方をすることが難しいですが、一つの病理だと思っています。歴史修正主義というのは、政治に歴史を持ち込んで自分たちの心理的なフラストレーションの解消に使っているだけだから、僕はあまり接触していないですね。

いわゆる「右傾化」とは、権力が「密教」に近づいた結果

――「あの戦争は聖戦だった」「南京事件はなかった」と語る人たちは、昔から右翼陣営などにいました。かつては「密教」だったのかもしれませんが、今では安倍首相の周辺にそうした考え方をする人たちが集まってきて、急速に影響力を増しています。

保阪 そうですね。結局のところ、いわゆる「右傾化」というのは、「権力」が密教に近づいた結果、戦後の「顕教」であり続けた「戦後民主主義」が後退したということにほかならないと思います。そして嫌な表現だけど、「密教」的なものを求める社会全体がある病理を抱え込んでいると思う。その理由は何かといったら、唯物史観の論者があまりにも歴史を不遜に扱ってきたから。だからここでもう一度、僕らは足で調べた事実をもって、実証主義的に歴史を見ていく。こういうことが、必要なんじゃないでしょうか。

 僕はよく言うんだけど、「記憶」が父親、「記録」が母親ならば、その2人の間には「教訓」あるいは「知恵」という子供が生まれるんだと思うんです。だから、記憶と記録はどちらも大事だと言いたい。そしてそれを帰納的に突き詰めていって、多様な解釈を通して何か教訓が出てくればいい。平和とは、その最後の段階の言葉だと思っています。


それから、『東條英機と天皇の時代』を出版した時は、歴史学者の家永三郎氏から長文の手紙が出版社気付で届きました。手紙には、初めて東條の実像を書いてくれた、という感想と、父親の思い出が綴られていました。父親は東條と前後するころに陸軍士官学校を卒業した軍人だったそうです。僕は家永氏の本に対してはあまり熱心な読者ではなかったから、何とも言えない気持ちにもなったんですが、しかし好き嫌いは別にして、やっぱりそこにお互いに礼節というのが通い合いますよね。「ああ、読んでくれたんだな」と。だって、あなたの場合もそうでしょう? 中には礼節を尽くす人、いるでしょう。

――はい、もちろんいます。

保阪 見えないところで礼節を尽くす人ってちゃんといるんですよね。だから、そういう人はやっぱり信頼できる。たとえ嫌いであってもね。


第2部より

第2部より  保阪 東條と安倍が似ている点をあえて言えば、たった一つ、どちらも本を読まないということです。東條も本を読みませんでした。軍事以外はほとんど関心がなく、自身の演説についても秘書が、大日本言論報国会の会長だった徳富蘇峰のところへ持って行くんです。それで蘇峰が手直ししたり、秘書がルビを振ったりしていた。これは公然たる事実です。そんなことを揶揄しても仕方がないけれども。本を読んでいない人の怖さというのは、行動はどこで止まるんだろう、どこで自制心を働かせてブレーキをかけるのだろう、というのが分からないところです。


ドラマへの遺言 倉本聰 碓井広義 新潮新書 2019


図書館本

現在放映中のやすらぎの刻〜道 を見ている方にはお勧めです。
倉本さんの生き様が良く分かる対談です。碓井さん(1955-)は現在は大学教授ですが倉本さんとも仕事をしてきたプロデューサーです。倉本さんを越える事が出来ない師匠だと。
僕は小さい頃のテレビの想いでとして「君は海を見たか」が凄い強烈に記憶していて、
ウイルムス腫瘍という用語をずっと覚えていた。そしてその番組が倉本聰であり、2丁目3番地も倉本であることを最近知って驚いた。

備忘録メモ
やすらぎの刻での菊村(石坂浩二)は倉本聰であり一部久世光彦であり阿久悠も入っている。
東大同期に仏文の大江健三郎 堤義明は麻布から一緒だが付き合いだしたのは社会に入ってからだと。
麻布で上の学年に小沢昭一やフランキー堺
東大美学時代はほとんど授業にいかず ニッポン放送に就職
NHKの政治ネタにたいする拒否反応、昔から
優しい時間での寺尾聡が息子(二宮和也)に掛ける言葉、倉本の「よう!」を「やあ!」に変えた。それ以降寺尾を使っていない。
うまい女優ベスト3 倍賞千恵子、いしだあゆみ、大竹しのぶ、別格で八千草薫
脚本を越える演技 八千草薫と森光子の絡み 
天皇陛下が訪問時の作法 靴を脱ぐ作法
北野たけし、人間としても役者としても認めない
やすらぎの刻 描きたいのは原風景 山梨 満蒙開拓団 



火を焚きさなさい 山尾三省 野草社 2018

図書館本

山尾三省氏(1938-2001)の著作と詩集から詩と散文を編集したとのこと。

何冊か山尾さんの著作は持っています。
何も反論できないし、賛同だけなのである。
山尾さんの思想哲学が広く多くの方の身体に届く事を強く願っています。

もっとも好きな「火を焚きなさい」がタイトルだったのも多くの方がやはり
心から愛している詩だからでしょう。

早い時期から核に対する危険性を訴えていました。
環境破壊にに対しても憂いていました。
人類の平和を祈り続けた人でもありました。
高木仁三郎さん同様に2011年の福島原発災害を体験することなく
天国に行かれました。今天国で何を想っているのでしょうか?

戦争を知っている時代の方がどんどん居なくなっている現在。
山尾さんの生き様を私たち戦争を知らない人々がしっかりと
受け継いでいかねばいけないと再確認した書でした。


昭和からの遺言 倉本聰 双葉社 2019

図書館本

倉本さん(1935-)、今年84歳だろうか。
戦争を体験し、多くの自然災害や原発震災を人生の中で身体で感じられてきた。
本書はそんな倉本さんの生きた過程で体感したことを言葉で綴っている。

現在テレビで放映中のやすらぎの刻が「道」を一つのテーマにしていると思うが
きっと日本の未来へ続く道に対して大きな危惧を持っていることを感じます。

養老孟司さんが1937年生まれで、やはり戦争を経験していて、まさに倉本さんが
感じている文脈を身体性の欠如や都市化と脳化という言葉で何度も言及しています。

私たち、戦争を知らない世代の日本人がどうこれから生きるのかを危惧されているのだろう。
裸足で感じる地面の感触、家族皆で共有した感動、シラミ感染の話などなど。



こんな目次です。
足の裏の倖せ
神の眼
解禁

感動の共有

兄弟のいる風景
怒りについて
布団の記憶
あとがきに代えて―ないこととあること



やすらぎの刻 山梨の小野ヶ沢という架空の村

戦争に向かう村の状況が恐ろしい。
プロバガンダと思想統制

倉本さんの熱い思いを感じる作品です。


2019-05-20_19-08-59_2712019-05-20_19-09-03_2072019-05-20_19-09-06_4762019-05-20_19-09-09_5452019-05-20_19-09-21_4182019-05-20_19-09-26_8552019-05-20_19-09-39_2462019-05-20_19-09-48_9532019-05-20_19-09-53_3562019-05-20_19-10-43_7292019-05-20_19-11-35_145

やすらぎの刻 倉本聰さんの反戦

第5週|ストーリー|やすらぎの刻〜道|テレビ朝日



倉本聰さんの想いがだんだんと大きくなって行く様に感じる週でした。
戦争に対する、国民がいかに騙されていくのかが、山梨の架空の村を舞台に
展開します。

Tverで無料で見る事も出来ます。


昼の番組なので、予算的に厳しいのでしょう。ロケ地の風景に戦前には無かったであろう
モノが写り込んでいたり、甲州弁はまったく無視されていたりはしますが(笑)





死ぬほど読書 丹羽宇一郎 幻冬舎新書 2017

図書館本 良書です 
印税はすべて伊藤忠兵衛関連資料の保存および日本への私費留学生奨学金としてし寄付

伊藤忠の社長、会長、中国大使をされた丹羽さん(1939-)の読書に対する思い入れ。
簡潔にかけば、読書の楽しみ、面白さを是非知って欲しいということだろう。
読書を通じて、疑似体験が出来たりや自分の知らない未知の事柄が理解できるようになる。
やがせ、それが自分の血や肉になっていく感覚だろうと思う。
簡単にネットのフェイクニュースに騙されてしまう現在の状況を憂いてらっしゃるようにも読めた。

備忘録メモ
専門家であっても信頼できるとは限らない(原発、築地問題、大新聞の世論調査)
1次情報の重要性
読んでみたけど雑草だったという経験も必要
漫画も好色本も良く読んだ。
教養の条件 自分が知らないということを知っている。相手の立場になって物事が考えらえる。
初代伊藤忠兵衛 仕事の倫理 三方良し
目次を良く読む
ハウツー本は読まない
週刊エコノミスト、文藝春秋は読書でなく情報収集
論理的思考を養うのは読書
歴史書から人間の本質を学ぶ
心の栄養としての読書 心の栄養がたりないと動物の血が騒ぎだす
賢者は自らを律し、愚者は恣にする
効用だけの読書は身にならない
線を引いた場所は必ずメモとして残す
60年安保の時にガムシャラと理論武装のために読書
社長時代も電車通勤
失敗談は自慢話 嘘を付かない、隠し事をしない
読書によった沢山の心のしわを造る
空気を読まない、空気に流されない自分を造る読書

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)
丹羽 宇一郎
幻冬舎
2017-07-28

34周年

おもえば遠くへ来たものだ

家族に感謝

あと二日休みを楽しもう。

日本をどのような国にするか 丹羽宇一郎 岩波新書 2019

図書館本 良書です。絶対お勧め。

丹羽さんの様な方が国のトップに立って欲しいと思う方が沢山いると思います。
企業トップ(伊藤忠)、在中国日本国大使も経験された経験に基づく文章には
非常に重みがあります。
また自然災害やAIに関しての専門家との対談もおさめられています。
ご自身の戦争経験やご実家(書店)での教育と社長業と大使としての外交経験、すべてが
日本の将来、アジアや世界の将来への提言となっています。
反戦、脱原発を見据えた日本の未来設計のための人材育成が間違いなく待った無しの
課題であることを丹羽さんは指摘している。

備忘録メモ
劣化するリーダー達
中国がアメリカに勝てない理由 心の自由がない
定義の曖昧さと日本 瀬島龍三氏が戦後伊藤忠に入ってやったこと言葉の「定義」
戦争中の瀬島氏の評価は?(大本営作戦参謀)
政府、日銀がやっていること、全部が出口無き戦略
地震予測は出来るが予知は出来ない(予知という言葉を使ったのは予算獲得のため、他書でも明らか)
インフラ更新時の今、武力増強?
日本も中国も食料大量輸入国
世界の指導者から戦争経験者が居なくなった時が一番怖い by田中角栄
焼夷弾を浴び、走る両側を艦戦機に撃たれた経験
日本は戦争に近づくな、日本の国是は平和
今の憲法で十分
平和と自由貿易
習近平氏との10数回に及ぶ会談 日本と中国は住所変更できない
新しい天皇が即位の折に習近平氏と天皇の会見 日中5度目の政治声明を希望
日本科学技術研究の劣勢 制約
社長の一番の仕事、後継者を見出す
嘘を付かない真面目に努力する人材
読書 「死ぬほど読書」出版
2018年6月23日 沖縄平和記念公園 中学3年 相良倫子さんの平和の詩「生きる」



南京の日本人 - FNSドキュメンタリー大賞

南京の日本人 - FNSドキュメンタリー大賞


良い番組でした。深夜でしか流せないのが残念です。
未だに南京事件(虐殺)は無かったと平気で語る歴史修正主義者が居る事が日中友好にも
影を落としている。
もちろん、僕は現場を見た訳でもないが、歴史学者や清水潔さんのレポートなどを拝見すれば
事件があった事を明らかだろう。日本軍兵士も証言している。
TVでの検証番組もありましたね。



BSフジ 
019/04/08
BSフジ 【第27回FNSドキュメンタリー大賞】
石川テレビドキュメンタリー・南京の日本人
中国江蘇省・南京市に移住し、インターネット番組「私がここに住む理由(我住在這里的理由)」を作り続けている日本人ディレクター・竹内亮に密着した。
1978年10月23日、日中は平和友好条約を締結し、錆びついていた歴史の歯車が再び動き出した。
竹内はまさにこの日、千葉県で生まれた。
映画好きが高じて日本の映画制作会社に就職。
2010年、中国・長江が舞台の番組を制作。
アジア各国での取材を重ねる内、激しく変動する中国に惹かれ、妻の故郷・南京への移住を決意。
南京から情報を発信する珍しい日本人だと、中国メディアにも注目されている。
中国を理解しようという竹内を、番組ファンは親しみを込めて「假日本人(ニセ日本人)」と呼ぶようになった。
箭厂視頻(インターネットメディア)・郭容非ディレクターのコメント。
日中平和友好条約批准書交換式の映像。
ナレーター:秋元才加。

以下HPより
日中戦争さなかの歴史認識をめぐり、中国・南京市には、今も日中関係のわだかまりが残っています。そんな南京の地に移住し、インターネット番組を発信し続ける日本人男性がいます。日中両国をありのまま紹介する番組は中国で人気を博し、日本に対する中国人の意識を変えつつあります。避けては通れない歴史問題と向き合いながら、一人の“南京の日本人”は何を思い、何を表現しているのでしょうか。日中関係の今を見つめ、これからを考えます。

中国の古都・南京市で、中国向けのインターネット番組を作り続けている日本人がいます。千葉県出身の竹内亮さん(39)は1978年、日中平和友好条約発効の日に誕生。元々日本のテレビディレクターとして活躍していましたが、アジア各国を取材するうち、変化の激しい中国にひかれて移住を決意。2012年、妻・趙萍(ちょうへい)さんの実家がある南京へ渡り、翌年、インターネット番組の制作会社を立ち上げました。看板番組の『私がここに住む理由』は、中国に住む日本人、または日本に住む中国人を主人公とする人気コンテンツ。累計再生回数は配信開始から2年余りで3億回を超えました。

妻と二人三脚で仕事に励みながら、2児の父として不自由ない生活を送る竹内さん。しかし南京という地で暮らす以上、避けては通れない道を歩んでいました。1937年のいわゆる“南京事件”。日中戦争さなかの歴史をめぐり、両国の議論は80年経った今も平行線をたどったまま。南京市内には史実を伝える施設(通称:南京大虐殺紀念館)が建ちますが、展示資料の中には真偽に争いがあるものもあります。“南京の日本人”として竹内さんは多くの中国メディアから取材を受けましたが、答えの出ない歴史について何を口にすべきか、迷いを抱いていました。

歴史問題に領土問題、さらには文化や習慣の違い。日中両国の関係は浮き沈みがあり、決して良いとはいえない状態が続いています。竹内さんの両親、そして妻・趙さんの両親でさえも、当初二人の結婚に抵抗がありました。そんな状況を肌で感じながら、竹内さんは南京で暮らし、日本と中国の“いま”をありのまま伝え続けました。その活動は日本に対する中国人の理解を深め、竹内さんの存在は“両国の架け橋”と呼ばれるまでになりました。

「南京の日本人」を通して見えてくる日中関係のいまを日本人に投げかけ、ともにこれからを考える。番組では2017年12月に大規模改装を終えた南京大虐殺紀念館(通称)の内部を取材。また12月13日の国家哀悼日(旧日本軍が南京を占領した日)に撮影した、南京市内の様子も収録しています。両国の現状を脚色しないよう音効は最小限とし、ナレーションも極力客観的な表現にとどめています。






アフリカ少年が日本で育った結果 ファミリー編 星野ルネ 毎日新聞出版社 2019

前著 アフリカ少年が日本で育った結果が凄く良かったので続編にあたる本書も購入。
さらにパワーアップして素晴らしい1冊となっている。

沢山の不条理や差別、いじめも有ったのだろうと思うのだけれど、親友やご家族、親戚の
暖かい愛情や見守りで過ごしてきた著者。

文章と絵がほのぼのとして、そしてウイットが効いている。

人種って何?
肌の色って何?
国籍って何?
国境って何?

笑い、嬉しさ、美しいと思う気持ち、友人や家族の絆、人類、いや宇宙共通でしょ。
経済的な格差、宗教や文化に基づく偏見差別がこれ以上大きくならないために
緩やかな国境の消去やUBI(universal basic income)が広まると良いですね。
ヘイトスピーチなんてくだらない事をやっている間に、どんどん日本は世界から
置いてきぼりになっていますよね。

ルネ君の様な所謂外国人(日本から見た場合)や多くのハーフやクオーターが世界との
架け橋になって活躍している現状を是非とも知って欲しいですね。特に若い人達。

次回作に超期待。


増補新版 隔離の記憶 高木智子 彩流社 2017

図書館本

自分の読書歴の中でベスト10に入ってくるであろう1冊。
300ページを超える書ですが、少しづつしか読み進めないので読了するまでかなりの日数がかかりました。心が締め付けられるのです。
個人的には国立療養所多磨全生園、国立ハンセン病資料館、国立駿河療養所には伺った事がありお話を元患者(この表現もおかしいのであるが)さん等に訊いた事があります。
しかしながら、本書に出て来るような魂の叫びとも言える嘆き悲しみは当時は感じる事が出来なかったと記憶しています。単に医学者、行政の怠慢で行われた人権迫害だとの認識でした。
そして本書で自分の愚かな認識を痛感しました。
名前を変え、出生地も語れず隔離され、死んでも祖先の墓に入れない、両親の死に目にも会えない、差別と偏見がなぜここまで継続してきたのか。正しい情報や知識の欠如を導いた国策と国民の無関心が今も全国に根を張っているのかもしれません。

著者の高木さん(1972-、読売から朝日新聞に転職)は多くの療養所等を巡り、取材して生の声を収集して本書をまとめたのでしょう。その過程ではおそらく心を強く折られ、憤り、涙したことでしょう。文章の暖かさの中に彼女の強い意志と優しさが読み取れます。
喜怒哀楽の喜と楽がハンセン病報道では伝えられて来なかったとの指摘が的を得ています。
是非多くの方々に読んで欲しい一冊です。医学分野を目指す医師、看護師、薬剤師、研究者には必読としたいです。強制隔離、堕胎、断種、偽名、断絶、人権侵害、偏見、病み棄て こんなテキストをしっかりと読み込んで。

備忘録メモ
1907(明40)年「癩予防に関する件」制定。放浪患者を隔離。
1909(明42)年 全国5カ所で公立療養所開設。
1931(昭6)年「癩予防法」制定。隔離の対象となる患者の範囲が広まった。無らい県運動
       強制隔離
1943(昭18)年アメリカでファヂニー、プロミンの治らい効果を発表。
1953(昭28)年「らい予防法」制定。「強制隔離」「懲戒検束権」などはそのまま残っている。患者の働くことの禁止、療養所入所者の外出禁止など
1996年(平8)らい予防法廃止 療養所約5400人が生活 仮名、偽名で4割弱
1998(平10)年熊本地裁に、星塚敬愛園、菊池恵楓園の入所者ら13人、「らい予防法」違憲国家賠償 請求訴訟を提起。
2001(平13)年「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟で、熊本地裁は原告勝訴の判決。国は控訴せず。小泉内閣総理大臣談話。衆参両院で謝罪決議。ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律成立。和解に関する基本合意書締結厚生労働大臣、副大臣が各療養所を訪問し謝罪
2002(平14)年全国50の新聞紙上に厚生労働大臣名で謝罪広告掲載。国立ハンセン病療養所等退所者給与金事業開始
2003年(平15)熊本県 ハンセン病元患者宿泊拒否事件

笹川記念保健協力財団 世界のハンセン病対策支援 
映画 風の舞 吉永小百合 塔和子の詩を朗読
いのちの初夜 北條民雄 没後77年にして本名の七條晃司と明かす
小説 映画 あん ドリアン助川原作



映画 風の舞~闇を拓く光の詩~ 日本語字幕スーパー版 (VHS)
吉永小百合
ピース・クリエイト(有)
2004-11-01

火花 北条民雄の生涯 (角川文庫)
高山 文彦
KADOKAWA / 角川学芸出版
2013-09-26



あん
樹木希林
2016-03-16


「きけわだつみのこえ」反戦、非戦、不戦

“わだつみ”日記が文化財へ|NHK 山梨県のニュース


どんどん戦争をする国になっていませんかね?
戦争を知らない議員やら歴史修正主義者の皆さんが。

勉強、学問をしたくて死んで行った中村徳郎さんを忘れないために。

そして戦争を主導した軍部や政治家の歴史を知っておくこと望みます。



以下記事


戦没学生の日記や手紙を集めた「きけわだつみのこえ」に収められている、いまの甲州市出身で太平洋戦争で戦死した中村徳郎さんの日記などが、市の文化財に指定される見通しとなりました。

甲州市出身の中村徳郎さんは東京大学在学中に出兵してフィリピンで戦死し、中村さんがつづった日記や手紙は「きけわだつみのこえ」にも収められ、戦争の悲惨さをいまに伝えています。
18日は、甲州市役所で市の文化財審議会が開かれ、中村さんの日記や家族にあてた最後の手紙など47点について審議されました。
このうち、最後の手紙には「こちらのことは心配なく。爪と頭髪とは出発間際聯隊へ残してきました」などと戦死することへの覚悟がつづられています。
また、日記からは「何において生甲斐を見出すべきか」などと苦悩する心情が伝わってきます。
甲州市教育委員会は、こうした資料は70年以上たち、劣化が進んでいることから文化財として保存する必要があるとして、指定に向けた手続きを進めてきました。
18日の審議会では有識者など6人の委員が審議し、日記のほか「死亡告知書」など47点すべてについて「文化財の指定に相当する」という答申を出し、市の文化財に指定される見通しとなりました。
甲州市教育委員会によりますと、太平洋戦争に関連する資料が文化財になるのは全国的にも珍しいということです。
甲州市教育委員会の保坂一仁教育長は「戦争の悲惨さを伝えるだけでなく、わたしたちがどう生きるかを問う貴重な資料なので、多くの人に知ってもらいたい」と話していました。





昭和の怪物 七つの謎 保阪正康 講談社現代新書 2018

図書館本 良書

保阪さん(1939-)と半藤 一利さん(1930-)の近現代史の調査記録等には信頼を置いています。義務教育や高校でも教科書では詳しく習う事のない日本の近代史を莫大な資料や当事者およびその家族から聞き取りをして歴史を考証してきています。

本書では東條英機、石原莞爾、犬養毅(娘の道子)、渡辺錠太郎(娘の渡辺和子)瀬島龍三、吉田茂(娘の麻生和子)について書かれています。
歴史にIf は無いと言われていますが、東条英機が居なければ、日本の戦後は変わっていたのだろうと容易に想像がつきます。
未だに東京裁判に関して異議をとらえる輩もいますが、それ以前の問題として、戦争に突入した政治とその周辺の事をしっかり検証しなければ同じ過ちをまた繰り返すのでしょう。著者も現政権の危なさを当然感じているのです。

備忘録メモ
東條は文学書を読んでいない(秘書役の赤松談)
東條は人事を動かすのが大好き 東條人事こそが陸軍最大の誤り
施政方針演説など徳富蘇峰に添削してもらい、秘書がルビを入れる。
東條の精神力の戦争 軍人に国を任せたことの悲劇
太平洋戦争中 東條は石原莞爾を監視(特高警察を使い)東條暗殺未遂事件
昭和10年代の陸軍人事の過ち
石原莞爾 兵士を人間として扱う
トラウトマン工作 日中和平 南京
1932年(昭和7年)5月15日 5.15事件 犬養首相殺害 「靴でも脱げや、話を聞こう」
ゾルゲ事件で父健の逮捕(無罪)
1936(昭和11)年2月26日 2.26事件 渡辺錠太郎(陸軍大将)殺害 和子9歳現場に。
後にノートルダム清心女子学園理事長
皇道派(荒木元陸相、真崎大将が青年将校を煽った?)50年後処刑された青年将校の慰霊日 澤地久枝さんと
保阪氏の瀬島氏インタビュー 瀬島氏75歳 保阪氏48歳 事務所への自由アクセスを許される
 3つの事象 ソ連スパイ説 収容所の赤いナポレオン、東芝ココム事件
ソ連側証人としての東京裁判
吉田茂と護憲 反戦
12条の自主戦犯裁判の法案
講和条約 東京裁判の受け入れ、謝罪の受け入れ国多数 領土問題への言及 ソ連の違法占拠

目次

第1章 東條英機は何に脅えていたのか
第2章 石原莞爾は東條暗殺計画を知っていたのか
第3章 石原莞爾の「世界最終戦論」とは何だったのか
第4章 犬養毅は襲撃の影を見抜いていたのか
第5章 渡辺和子は死ぬまで誰を赦さなかったのか
第6章 瀬島龍三は史実をどう改竄したのか
第7章 吉田茂はなぜ護憲にこだわったのか




反戦貫き出陣、戦没…東大生手記を文化財指定へ 甲州市、全国初

反戦貫き出陣、戦没…東大生手記を文化財指定へ 甲州市、全国初 - 毎日新聞



以下記事

反戦貫き出陣、戦没…東大生手記を文化財指定へ 甲州市、全国初

毎日新聞2019年3月4日 18時00分(最終更新 3月4日 18時13分)


 反戦を貫きながら学徒出陣し、フィリピン沖で戦死した東大生・中村徳郎(とくろう)氏(1918〜44年)の日記や手紙の資料47点について、ゆかりのある山梨県甲州市の市教育委員会が文化財指定の手続きを進めている。条例に基づき、3月中に開く市文化財審議会で正式決定される見通し。文化庁によると、太平洋戦争に焦点を当てた資料の指定は全国初とみられる。

 指定されればきちんとした保存が定められ、未公開だった資料が公開される。戦没学徒の思想や時代背景の研究に貢献しそうだ。

 資料は、中村氏が家族に宛てた手紙や長年つづった日記で、一部は遺稿集「きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記」や、わだつみ会編の書籍「天皇陛下の為(ため)のためなり」に収録されている。学校で義務づけられていた軍事教練を拒否するなど、反戦の言動がうかがえるが、大半は未公開だった。

 上官の目を盗み、戦争に納得できない心情を兵営で赤裸々に表現した日記は、面会に来た弟の克郎(かつろう)氏(25〜2012年)にこっそり託したもの。また、中村氏が国内有数の登山家として名をはせた旧制一高山岳部時代のノートや写真もある。

 中村氏は、研究対象とされてきた戦没学徒の一人で、岡田裕之・法政大名誉教授は「編集者が切り取った部分ではなく、資料の全体像が見られれば心情に深く迫れる」と期待する。保坂一仁(かずひと)市教育長は「ありのままの資料がないと、歴史が変わって伝わる恐れがある。文化財指定により、記録を正しく残せる」と話す。県や国指定の文化財指定も目指すという。

 甲州市(旧塩山町)は、弟の克郎氏の疎開先で、戦後は産婦人科医として開業。兄の無念な気持ちをくみ、49年に出版した「きけ わだつみのこえ」編集の中心人物でもあり、兄の資料を保管していた。現在は同市が管理し、一部が08年に開館した市の「わだつみ平和文庫」に展示されている。

 文化庁の高梨真行(まさゆき)・文化財調査官は「戦争関連の資料の文化財指定を戦争賛美と誤解される懸念もあるが、それでも条例に基づいて厳重に保存される価値がある。戦争体験を語れる人が減り、文書による記録は歴史的価値が高まっている」と話す。【荒木涼子】
「きけ わだつみのこえ」に収録された中村徳郎氏の主な記述

1943年2月20日 学問が時世をリードするというのでなくてはならない。現在では学問が時世にリードされている。

4月29日 夕暮れの武蔵野を戦車で西へ。夕げのみそ汁の香がする。かすかに嗅ぎあてた時の嬉(うれ)しさ。

5月15日 不敗国であるとて、誇りに思って済ましていられるだろうか。うぬぼれた国で興隆した国はない。

1944年3月5日 戦いの最中にも平静でありたい。真理への思慕を喪(うしな)って国家の隆昌はない。

3月12日 日本がどういう風になっても、私たちはこれを背負って立つべく運命付けられている。

6月5日 父上、母上に。長い間あらゆる苦難と戦って私をこれまでに育んで下さったご恩は忘れません。私は何も恩返しをしませんでした。不孝をお許し下さい。慚愧(ざんき)に堪えません。






過去のブログ記事
http://dream4ever.livedoor.biz/archives/52369962.html


中村徳郎
昭和19年6月20日午前8時

父上母上様。弟へ。
門司市大里御幸町 辰美旅館        徳郎

何もかも突然で、しかも一切がほんの些細な運命の皮肉からこういうことになりました。しかし別に驚いておりません。克郎(弟)に一時間なりとも会うことが出来たのはせめてもでした。実際は既にその前日にいなくなっているはずでした。そうしたら誰にも会えなかったのです。
中略
最も伴侶にしたかった本を手元に持っていなかったのは残念ですが致し方ありません。それでも幾冊かを携えてきました。
中略
今の自分は心中必ずしも落ち着きを得ません。一切が納得が行かず肯定が出来ないからです。いやしくも一個の、しかもある人格をもった「人間」が、その意思も意志も行為も一切が無視されて、尊重されることなく、ある一個のわけもかわらない他人のちょっとした脳細胞の気まぐれな働きの函数となって左右されることほど無意味なことがあるでしょうか。自分はどんな所へ行っても将棋の駒のようにはなりたくないと思います。
 ともかく早く教室へ還って本来の使命に邁進したい念切なるものがあります。こうやっていると、じりじりと刻みに奪われてゆく青春を限りなく惜しい気がしてなりません。自分がこれからしようとしていた仕事は、日本人の中にはもちろんやろうという者が一人もいないと言ってよいくらいの仕事なのです。しかも条件に恵まれている点において世界中にもうざらにないくらいじゃないかと思っています。自分はもちろん日本の国威を輝かすのが目的でやるのではありませんけれども、しかしその結果として、戦いに勝って島を占領したり、都市を占領したりするよりもどれほど眞に国威を輝かすことになるか計りしれないものがあることを信じています。
 自分をこう進ましめたのは、いうまでもなく辻村先生の存在が与って力ありますが、モリス氏の存在を除くことが出来ません。氏は自分に、真に人間たるものが、人類たるものが何を為すべきかということを教えてくれました。また学問たるものの何者たるかを教えてくれたような気がします。私はある夜、西蔵(チベット)の壁画を掛けた一室で、西蔵の銀の匙で紅茶をかきまわしながら、氏が私に語った"Devote yourself to Science."という言葉を忘れることが出来ません。

こちらも過去ログ
http://dream4ever.livedoor.biz/archives/52589022.html

猿払村 ふるさと納税

昨年猿払に釣りに行こうと思っていました。

しかし北海道の地震があり、返礼品無しのふるさと納税等で少しだけ応援したので
北海道釣行は無しでした。

そんな訳もあり、今回は返礼品ありのふるさと納税

刺身でも食べられるホタテ貝

かなりの数が入っています。家族でも何回かに分けないと食べきれない!
こちら参照
https://www.furusato-tax.jp/product/detail/01511/392693?city-info_rank

BBQにも使いたいと思います。


そして今年は行きますよ、猿払にも。


IMG_4174IMG_4175

AIとBIはいかに人間を変えるのか 波頭亮 幻冬舎2018

図書館本

人工知能とベーシックインカム
貧困、格差、分断の問題解決にいかに貢献するのだろうか、という論考でしょうか。

AIに関しては、ソフトおよびハード面でかなりの進歩をしてきていてディープラーニングなどにより人間を上回る分野も出て来てはいるが、やはり「快」などの感情的な部分は当分AIには無理だろうと指摘いている。AIが生み出す富を再分配しないとディストピアに向かう。
要するにAIと人間との共存をいかに人間の幸福に利用するのかが課題ということだ。
そこでBIとAIの共存が注目されている。
結果的にはBIの導入が民主主義を守り、資本主義のダイナミズムを回復させてくれる多分唯一の方策だと筆者は指摘する。
そして労働からの解放は仕事と活動が豊かな生活を導きだすとする。そのためにはAIが一部の人間(資本側)に支配されてはいけないとも。

BIの制度的長所
シンプル
運用コストが小さい
恣意性と裁量が入らない
働くインセンティブが失われない
個人の尊厳を傷つけない
3つの経済思想(共同体主義者、自由主義者、新自由主義者)からの合理性
財政的障壁は解決可能
BI導入の抵抗
 官僚の抵抗
 働かざる者、食うべからずの社会通念
 経済学的イシュー フリーラーダー(ただ乗り)問題、財政問題
BI試験導入事例 フィンランド、オランダ、カナダ、シリコンバレー、ケニア
再分配における高い国民負担率(ヨーロッパ諸国)

2029年には知的活動の全ての分野において特化型AIが人間の能力を上回り、2045年には汎用型AIが開発され知能面で全面的に人間を凌駕すると予想。
第1次、2次産業革命がもたらした豊さ(人口増大、寿命、収入)



Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
Recent Comments
Archives
お薦め映画