おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

郷土

沖縄 共事者




当事者にはなれないが、共事者には誰でもなれる。ただ冷笑するだけのひろゆきの様な日本人・人間には成りたくないと思う。

三上さんの書き込み
「放送局を退社する前の
最後の特集に
私は
恩納村の都市型訓練施設の
闘争を選びました
これがあるから
日本政府やアメリカ軍に
抗うことが出来る
「座り込みなんて意味無い」
と言ってしまう人は
自分が闘いたくないから
参加しなくていい理由を
みんな100探してるから
「あんな闘い方では勝てないよ」
と言ってるだけ
そんな人に限って
ほかの有効な手段を
死に物狂いで探しているか
見てみるといい
負けそうな戦いには
参加したくない
勝ち戦にだけ
参加したい
勝てるとわかってからなら
参加しちゃう
そんなの誰にでもできる
多くの潰された闘いがあった
恩納村の人たちだって
怖かっただろう
でもこの足跡は
消えない
勝利の歴史も
消えない」

甲府の街の衰退

流行っている店はありますよ。

でもね、総体として、もう甲府は終わっているんでしょうね? 18歳まで育った街が終わる。

シャッター通りの原因は個人店主やアホな行政の補助金政策なのは、すでに承知の事実。

勉強しない店主、公務員、金だけのコンサルやら広告代理店。

まあ、いちどスクラップアンドビルトが必要なんじゃないですか?

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地域再生の失敗学 (光文社新書)
熊谷 俊人
光文社
2016-04-19

地方創生大全
木下 斉
東洋経済新報社
2016-10-07

競わない地方創生 ―人口急減の真実―
久繁 哲之介
時事通信社
2016-02-29


石橋湛山が泣いている

4月27日の山梨ミニコミ誌(ローカル紙と言いたい方もいる様ですが、発表報道と広告主だけに
目が向いているモノは新聞とは呼ばないですよね)

大島正建校長 石橋湛山(湛山が留年しなければ大島校長の薫陶は無かったのですが)の時代

日本の海外侵略を良しとしない石橋湛山の言論がいかに正しかったのか。

そんな偉大な先輩がいる母校が超右寄りな政治家や学習しない高給地方公務員で溢れる
現状を見たらどう思うのでしょうかね?

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新・忘れられた日本人 筒井功 河出書房新社 2011

図書館本

筒井氏(元共同通信社記者)の著作は何冊か読んでいたが、この本は未読でした。サンカ(他称)等の定住しない民に前から興味があり、色々と読んできましたが、本書(右の本)で山梨に野守という職能者が居たと記述されていた。不勉強で知らなかったのである。被差別の歴史はいまだに世界中で問題であることに人間という不完全な生物に憎しみを覚える。

筒井さん関連







筒井 漂白




新・忘れられた日本人---辺界の人と土地
筒井 功
河出書房新社
2011-11-02

保阪嘉内 宮沢賢治 風の三郎

山は博物館:八ケ岳・裾野に「風の三郎」石碑 賢治の名作 親友・嘉内の影響か | 毎日新聞





毎日新聞 2023/1/18 地方版 有料記事 2519文字


 <ふるさとの山に向ひて云(い)ふことなしふるさとの山ハありがたきかな>

 八ケ岳の東の裾野、山梨県北杜市の林内に「風の三郎」と刻まれた石碑がひっそり建っている。「風の三郎社」という風神を祭る小さな社があったことを示す。これを、南の旧駒井村(現韮崎市)で育った保阪嘉内(かない)(1896〜1937年)から同い年の親友、宮沢賢治が聞き、童話「風の又三郎」が生まれたのではないか――と言われる。

 風の三郎社は、八ケ岳おろしの強風を静めるために信仰されてきた。嘉内は旧制甲府中(現甲府第一高)2年だった11年7月、八ケ岳登山の帰りに立ち寄り、倒壊していたほこらのスケッチを残している。そのほこらは今、南東約1・5キロの利根神社にある。

 嘉内もよく登った八ケ岳は赤岳(2899メートル)を主峰とする山々の総称だ。1814年完成の地誌「甲斐(かい)国志」は、「八ツ嶽(だけ)」に権現岳や赤岳、編笠岳などと共に「風ノ三郎ケ嶽」があると紹介している。その名前の山は今はないが、嘉内の次男・庸夫(つねお)さんは著書で阿弥陀(あみだ)岳(2805メートル)のことだと指摘している。

 童話は、高田三郎という転校生が風と共に来て、友達と遊ぶうちに「風の又三郎」だと言われるようになる話だ。最初に賢治が書いた「風野又三郎」には「甲州」「八ツ岳」「富士川」と、賢治が訪れていないはずの山梨県が登場。嘉内との不思議な一致がある。

 童話「銀河鉄道の夜」でも2人のつながりが示唆される。嘉内は1910年に現れたハレー彗星(すいせい)が、南アルプスの鳳凰三山から甲斐駒ケ岳の上空を左から右へ尾を引いて飛ぶ様子を甲府市でスケッチし、<銀漢ヲ行ク彗星ハ/夜行列車ノ様ニニテ/遥(はる)カ虚空ニ消エニケリ>と書き添えた。「銀漢」は銀河のことで、そうなると彗星はまさに銀河鉄道。主人公ジョバンニは賢治、旅の同行者カムパネルラは嘉内がモデルとする説もある。

 嘉内の地元にある「保阪嘉内・宮沢賢治アザリア記念会」会長の向山三樹(みき)さん(64)は「2人は登山や文芸など趣味も同じ。記録はないが、さまざまなことを語り合う中で、嘉内が賢治に風の三郎やハレー彗星のことを話した可能性は十分ある。親しい間柄だけに賢治は影響を受けたのではないか」と推測する。

 嘉内は地主の家に生まれた。郡役所に勤務し、農地は小作人らに任せた父親の姿を否定して自ら畑で苦労を味わい、ロシアの小説家トルストイから農民の崇高さも知った。農学を修めて故郷の村長になり、幸せで模範的な「花園農村」を建設することが夢だった。


 19歳だった16年、賢治がいた盛岡市の旧盛岡高等農林学校(現岩手大農学部)に1年遅れで入学。寮の同室になり、親しくなった。2年の時、賢治も含めた学生4人を中心に同人誌「アザリア」を創刊。短歌などを掲載した。だが、進級を前に学校から除名された。理由は明らかにされなかった。ただ、第5号の「断想 社会と自分」で<おれは皇帝だ。おれは神様だ。おい今だ、今だ、帝室をくつがえすの時は、ナイヒリズム>と書いたのが、危険思想の持ち主と誤解された可能性がある。本人はそんな人物ではなく、単に興を添えるつもりだったのかもしれない。アザリアは第6号で終わった。

 盛岡を去った嘉内は故郷で農業に取り組んだり、東京で陸軍に入営したりしたが、賢治との親交は続き、はがきや手紙をやりとりした。賢治が24年4月に初出版した詩集「春と修羅」も贈られた。現物の傷みからすると熟読したようだ。2冊目で24年12月に生前最後の出版となった童話集「注文の多い料理店」も、今は現物は行方不明ながら受け取っている。向山さんは「離ればなれでも、嘉内には読んでほしかったのだろう」と想像する。

 25年を最後に、賢治から嘉内へ送られた手紙は残っていないが、26年に5年ぶりにつけ始めた日記には、アザリア同人を懐かしむ言葉が登場する。嘉内が知人と雑談すると、まだ無名の賢治を話題にして「今に見ろ。文壇に高く評価されるであろう」と話していたという証言も残る。庸夫さんは著書に「嘉内は心に友情を抱き続けただけでなく、賢治の天才をも固く信じていた」と記している。

 賢治は33年に病死し、嘉内も4年後に胃がんのため40歳で世を去った。アザリア会メンバー3人から受け取った手紙など182通はスクラップブックに整理していた。賢治の分は73通ある。嘉内の孫の新村(にいむら)美佳さん(59)は「常に身近に置いて大切にし、亡くなる時も枕元にあった。友情の証しだと思う」と話す。【去石信一】
風神の呼び名、各地に

 風神を「三郎」と呼ぶ理由について、平安時代の武将で新羅三郎とも呼ばれた源義光に由来するという説のほか、民俗学者の吉野裕子氏は陰陽五行説にそれを求めるが、定説はない。三郎を祭る行事はほとんどが廃れている。

 「三郎」の名は新潟県に多い。各種の調査報告によると、例えば旧太田村(現阿賀町)では、「風の三郎様」が通る旧暦6月27日、集落の両側の入り口に、吹き飛ばされそうな粗末な小屋を建て、通行人が壊すことで風神が集落中心を避けて通ったことにした。「三郎山」の頂に同様の小屋を建てた集落もあった。風が吹くと子供は「風の三郎様、そよ吹いてたもれ」と叫んだという。旧西川村(現阿賀町)では「マタサブロウ」や「サンブル様」とも呼んだ。

 東北では、岩手県の旧西根町(現八幡平市)で、強風が吹くと子供は「風の三郎が来た」と言って家に閉じこもった。福島県では、大戸岳(1416メートル)の山頂近くの狭い尾根の岩場が「風の三郎」と名付けられ、墓地石山(580メートル)の山頂近くにも巨石「風の三郎石」がある。山形県南陽市には<風の三郎/風どんどん吹いてこい>というたこ揚げの歌があり、真室川町と最上町でも違う歌詞に登場する。

 長野県中川村の陣馬形山(1445メートル)中腹には「風三郎神社」があり、約500メートル登った所の大岩の亀裂が奥宮。ここから風が吹くと信じられた。沿岸でも、新潟県の粟島と佐渡島、静岡県の伊豆半島、東京都の伊豆諸島などにも三郎信仰の地域がある。





心友―宮沢賢治と保阪嘉内
山梨ふるさと文庫
2017-07-01


富士山登山鉄道の愚かさ

富士山の登山鉄道構想 ユネスコ諮問機関「歓迎できる」と評価|NHK 山梨県のニュース


知事VS富士急でしょうかね?(笑)

「富士山の観光客増加に伴い環境対策が求められるなか、山梨県が解決策として打ちだしている登山鉄道の整備構想について、世界遺産の登録審査を行うユネスコの諮問機関が、「多くの課題に対応でき歓迎できる」と評価する文書をまとめていたことがわかりました。
構想には地元の反対意見も根強く、県は国際的な評価を背景に理解を求めながら、登山鉄道構想の実現を推し進める方針です。

2013年に世界遺産に登録された富士山は、混雑や渋滞が深刻になっていて、山梨県などは混雑を抑えるため、去年2月、ふもとから5合目までの県道上に登山鉄道を整備する構想をまとめました。
構想について、世界遺産の登録審査を行うユネスコの諮問機関「イコモス」が、「環境悪化などの富士山が抱える多くの課題に対応でき、歓迎できる」と、評価する内部文書をまとめていたことが、NHKの取材でわかりました。
構想では鉄道にあわせてライフラインの整備も検討するとしていて、イコモスは「5合目より上の設備改善に役立ち、鉄道からすそ野の景観も楽しめるようになる」と指摘しています。
一方、地元には「鉄道整備で自然を損なう恐れがある」といった反対意見もあることから、イコモスは「支持を得るにはさらに多くの作業が必要だ」と合意の必要性にも言及し、情報の共有を求めています。
文書は、県など関係者にも示されていて、県は、国際的な評価を背景に地元と話し合う機会を増やして理解を求めながら、登山鉄道構想の実現を推し進める方針です。
【知事「高い評価 心強い】。
富士山登山鉄道構想へのイコモスの評価について、山梨県の長崎知事は25日の定例の記者会見で「積極的かつ高い評価をいただき、心強いと思っている」と述べました。
そのうえで、文書で指摘されている地元との合意の必要性について「インバウンドが本格的に再開していくうえで、ポストコロナの観光のあり方を地元としっかり意見交換し、認識を共有していく中で鉄道構想も議論していきたい。丁寧に対話し、なるべく早く実現に移せる環境をつくっていきたい」と述べました。
【富士吉田市長「環境破壊につながりかねず 鉄道の必要性ない」】。
地元の自治体のひとつ、富士吉田市の堀内茂市長は、出張先のアメリカからNHKの電話取材に答え、イコモスの内部文書について「鉄道構想について、まだ県と地元の間でコンセンサスがまったく得られていない段階で、構想を評価する文書が出されたことに驚いている。文書を見ていないので今は答えようがない」と述べました。
そのうえで、登山鉄道の構想について、「過大な投資をして大きな工事をすればそれ自体が富士山の自然環境の破壊につながりかねず、鉄道を敷く必要性があるとは思えない。県には、こうした地元の意見をぶつけていきたい」と話していました。
【山梨県側のふもとでは さまざまなまちの声】。
富士山に登山鉄道を整備する構想について山梨県側のふもとからはさまざまな意見が聞かれました。
このうち、富士吉田市の70代の男性は「山岳鉄道が開通すれば冬の時期にも富士山観光が楽しめるということなので、富士五湖地域にとっては良い状況になるのではないか」と賛成していました。
一方、富士吉田市の70代の女性は構想に反対だとしたうえで「これ以上自然を破壊したくはないので今の形で何か良い工夫をするほうが良いと思います」と話していました。
また、富士吉田市の80代の男性は「鉄道が敷けるなら環境的にも良いと思いますが、雪崩などから路線を守ることが大変だと思う」と話し、鉄道完成後の課題に不安を感じていました。
一方、静岡県から観光で訪れた40代の男性は「鉄道があれば便利だと思うがバスで十分と個人的に思う。料金が高めに設定されれば静岡県側から富士山に行こうと考える人もいると思います」と話していました。
そして、山梨県側の富士山の山小屋を管理する富士山吉田口旅館組合の中村修組合長は「富士山では人間が計り知れないような災害が起こりうるし、人数規制は現在のマイカー規制で対応できるため、あえて鉄道を敷くリスクは必要ない。組合としては今後も反対という立場は変わらないと思います」と話していました。」

同じNHK

富士山の登山鉄道構想 専門家の意見は

10月25日 17時40分

環境経済学を専門とする京都大学の栗山浩一教授は「メリットとデメリットの両面がある」と指摘しています。
栗山氏は「現在のようなマイカー規制だと大型バスがたくさん入ってきて、結果として排ガスが出る問題があるが、登山鉄道の場合にはそういった環境に対する影響は緩和できることが期待できる。一方で、いま行われているような大型バスに比べると登山鉄道の場合、料金が非常に上がる。比較的所得が高い人だけが登山を楽しめるという、そういった状態になり、公平性の問題を考えなければいけない」と話しています。

山梨県富士山科学研究所の所長で、火山防災に詳しい東京大学の藤井敏嗣名誉教授は富士山が噴火した場合、鉄道の沿線に噴火口が開かなければ避難の手段となり得ると話しています。
藤井さんは「5合目にいる観光客を避難させるのにも有効な手だてになる。1回の輸送能力とすれば、バスで次々とピストンするよりは、はるかにやりやすいと思う」と話していました。
藤井さんの研究所では火山防災のデジタル化を進めていて、鉄道の計画に合わせて富士山のインフラ整備が進むことにも期待を寄せています。
藤井さんは「鉄道を通すことになれば、少なくとも5合目まで電源が行く。一緒に下水道や上水道の工事もしてしまえば、今みたいなひどい状況にはなくて済む」と話していました。

イコモスの審査に詳しい日本イコモス国内委員会の委員長を務める国士舘大学の岡田保良名誉教授は「『LRTを敷設するとすれば、どうすればいいか』という議論が先行していて、敷設がいいのかどうかに関しては、私個人的にはまだ議論が尽くされないような気がしている」と述べ、慎重な姿勢を示すとともに、さらなる議論の重要性を強調しました。
岡田氏は「情報を出し尽くして議論を尽くすしかない。教育関係者で議論を委ねられているだけではおそらく総合的な意見がなかなか出てこない。もう少し事業の中身に立ち入った議論も必要じゃないか」と話していました。



県庁内がこんなんじゃないの? 

《知事の不倫疑惑》「口止め料を月20万」「週1回八王子のホテルで襲われた」一組の夫婦に離婚裁判をもたらした、長崎幸太郎山梨県知事(54)の“不倫の後始末”《知事が提訴》 | 文春オンライン





文春はやる気満々ですね。(笑)

県庁の元幹部職員も似た様なもんですよね。
〇兄弟な方も沢山いるとか(笑)

上半身と下半身は別ものなんでしょうか?お盛んですね。

よほど暇なんでしょうか?



母 卒寿

母親の卒寿の会食に甲府へ

子供たちは日帰りであずさ

爺と婆は土曜日に韮崎入り

土日とも中央高速の渋滞で疲れました。

詳細はまた今度

上高地でのダム計画 元官僚が反対の旗振り

【上高地の1世紀 歩みとこれから】А 嵎欷遏廚函嵳用」揺れ続け 国立公園指定 戦後はダム建設計画|信濃毎日新聞デジタル





上高地でのダム計画 元官僚が反対の旗振り 
公務員の矜持だね。

「■第一部 観光地・上高地の軌跡

 「梓川土地改良区内の村民は日夜是(これ)が開発を考察した結果期せずして上高地ダムを建設する議を決したのであります」

 1954(昭和29)年、社会資本整備を議論する県総合開発審議会に、農業用水の確保を望む梓川下流域の住民から陳情書が提出された。内容は、太平洋戦争中に当時の農林省が調査していた「上高地ダム」の建設推進。県は56年、水力発電や農業用水の確保、治水を目的とした上高地ダム建設を盛った「中信地区総合開発計画」をまとめた。

 県立歴史館(千曲市)に当時の計画概要書が残る。それによると、上高地ダムは岩石や砂利を積み上げる「ロックフィルダム」で高さ約45メートル、貯水量7400万立方メートル。島々谷に建設する3カ所の発電所は最大出力12万4200キロワット。ダム候補地として河童橋付近、明神池の下流側と上流側の3地点が概要書に記されている。

 庁内には異論もあったが、県は前のめりだった。50年には国土総合開発法が制定され、戦後復興に向けた「大義」もあった。他方、国立公園を所管する当時の厚生省はダム建設を認めない立場。56年10月の信濃毎日新聞の記事で、厚生省は「自然景観を将来に保存するためには上高地にダムを建設し人工湖をつくることには反対だ」としていた。

  ◇

 上高地ダム建設の反対運動の旗振り役となった人物がいる。当時の国立公園協会理事長で、日本自然保護協会初代理事長の田村剛(1890〜1979年)。旧内務省職員だった田村は米国などを視察し、日本の国立公園制度の確立に尽力した。国立公園指定以前の上高地を景勝地として全国に知らしめた「日本新八景」の選定にも携わった。

 新八景は27年、大手新聞社が主催し、国民による投票などで渓谷や湖沼など各8部門で1位の名所を決めた。当時、一般に広く知られていなかった上高地は投票で渓谷部門の11位。1位は天龍峡(飯田市)だったが、選考過程で一転、上高地がトップに躍り出た。田村の他、日本初の林学博士とされる本多静六、日本山岳会の創始者の一人である小島烏水(うすい)などの知識人が選考委員に名を連ね、上高地を強く推したとされる。新八景に選ばれた翌28年に国の名勝・天然記念物に、34年に国立公園に指定された。

 日本自然保護協会の現理事長の亀山章さん(78)=東京=によると、当時は日光東照宮(栃木県)や天橋立(京都府)といった歴史文化を感じさせる景観が評価され、「原生的で手付かずの自然景観が美しいとする価値観は根付いていなかった」。国立公園制度の成立を念頭に「日本の新しい風景観の象徴として上高地が選ばれた」とみる。

 田村は56年、上高地ダム建設反対の懇談会に出席した。関係団体で「上高地保存期成連盟」をつくり、ダム反対運動へのろしを上げた。翌57年7月、奈川渡ダムの建設計画へ移行させる案を県が発表し、上高地ダムは中止が決定。現地の地質調査結果から、建設が技術的に困難と判断した。反対運動との激しい衝突は見ないまま、ダムによる水没を免れた。

  ◇

 上高地はその後、75年にマイカー乗り入れ規制が始まり、94(平成6)年のピーク時には年200万人の観光客を数えるまでになった。第1部は、「保護」と「利用」の間で揺れ続けながら有数の山岳リゾートとなった歩みをたどり、現在を見つめる。」


信濃毎日新聞社 リニア


長野県内でも工事が進むリニア中央新幹線事業。巨大プロジェクトに揺れる信州の人々の姿を見つめます。

さすがに信濃毎日の社風と歴史を感じます。

静岡県の静岡新聞も同様にリニア問題や富士川雨畑ダム汚染問題などをしっかり調査報道しています。

残念ながら、山梨県にはミニコミ誌しか存在せず
広告費欲しさで発表報道しかおかなわず、企業や行政の言いなりな状況が続いています。

ふるさとを離れてみると、この実体が良くわかりますね。

井の中の蛙大海を知らず

いえいえ
大井川や信濃川すらしらないんでしょうね(笑)

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読み解く 大村 紘一郎 アスパラ社 2022


宮沢賢治と保阪嘉内の交友におけるクラーク博士の教えが大島正健甲府中学校長(クラーク一期生)を通じて影響していることは明らかですね。もちろん石橋湛山先生も。良い師に恵まれる事が人生を豊かにする。
そこには、利己を嫌い、利他に生きる嘉内と賢治の共通する世界があった。


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八ヶ岳デイズ 雑誌

マンネリ化してきたと感じるのは爺だけかもしれませんが(笑)なんか富裕層向けの住宅紹介が多いと思うのはヒガミかな。。。点でみ見ると美しい場所が多い地域なのは確かです。それが線になり面になり、やがて立体空間となるとまた違う視点が生まれると思います。


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八ヶ岳デイズ 特別版 (TOKYO NEWS MOOK 964号)
東京ニュース通信社
2022-01-17

八ヶ岳デイズ vol.21 (TOKYO NEWS MOOK 944号)
東京ニュース通信社
2021-09-29

おや! 韮崎の自宅が(笑)


30年前位に中古で購入した自宅
結構映像の中に出てきますね(笑)

司会のおねーさんは近所のお嬢さん、大きくなりました。

大村先生 白山温泉

オミクロン株の蔓延が山梨にも波及しており、甲府で一人で飲もうかとも思ったけど
取りやめて一人酒。
近所のホームセンターが生鮮食品も扱う様になっていて驚いた。
半額になった魚や富士サーモンなる静岡産の魚を買って
家でストープ焚いて夕食。

旭温泉はまだ火曜、金曜が休みだったので、ちょっと遠いけど(車で10分程度?)の
大村先生生家でもある温泉に。

八ヶ岳を眺めながら、ガキの頃にKと遊んだ時代を思い出す。

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つらい帰省でした。

1月10日に小中同級生で小学生の時は特に仲が良く
家に行き来したKが亡くなった(我が家は貧乏だったので、主にKの家に)。

14日にご自宅に伺いお線香を。

早すぎるだろ!

悪さしたり、遊び回った想い出が昨日の出来事の様に頭の中を駆け巡る。


韮崎の家でストープを焚き、一人呑んだ。

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山に生きる 三宅岳 山と渓谷社 2021

一言で要約すれば、忘れられた日本人、山人(ヤモウド)編。良書。

三宅さんがこれまでに取材し各種媒体に掲載されたものに加筆修正、そしてフォローアップしている。

それほど遠い昔ではない日本の山々で行われていた生業。

これまでの多くの民俗学者や作家が全国の山仕事などを記録に残している。
そして、時代が進むにつれて、人々の記憶から山人の技術や伝統が失われていく。

炭焼きに関しては著者は別に1冊良書を出されているが(炭焼紀行)、本書でも今も続く炭焼きを
しっかりと追い続けているのに頭が下がる。また内山節氏らとの共著でもある「十三戸のムラ輝く 」(2006)も素晴らしい。

本書ではゼンマイ折り、馬橇(ソリ)、木地師、職漁師(山椒魚)、かんじき作り等々の
山仕事を丁寧に取材されています。

書中に掲載されている写真に写る人々の顔が生き生きしている、もちろん三宅さんの
カメラマンとして腕が良いのは分かるが、山に生きる人々の内面の清涼さを感じるのである。

自分のメモとしてこれまで山住みの人々の生活を丁寧に追った作家や編集者の方を
記しておきたい。
白日社 志村俊司 氏編集のシリーズ 山人の賦etc
甲斐崎圭
根深誠
高桑信一
戸門秀雄、藤野鈴夫 川の職漁師
そして、もちろん宮本常一 「忘れられた日本人」等々


里山手入れ

ヤマアジサイを植栽している里山の手入れに参加

かなりの人数の参加がありましたが、凄い重労働でした。
特に法面に植えた場所は、完全にヤマアジサイが飲み込まれる感じで
雑草に覆いかぶされていました。

ある意味、これが自然なんですが、里山は人が手を入れて利用するという事を
勉強するには良いですね。



知事より、公務員の再就職先を調査すれば? 富士急県有地問題

富士急行に92億円請求へ





歴代の知事より、歴代の担当課の公務員が裏を知っているんだろうね。
富士急行関連会社に再就職した職員もいるとの事だし。
一度、退職公務員の追跡調査するべきじゃね?

と書いたら、
「山梨県林務部林政課長は退職後は必ず富士急の関連会社に天下り」という情報がありました。

結局、行政内部で調整していたんじゃね?

でも残念ながら山梨には調査報道出来るメディアは存在しないので(行政の発表報道とスポンサーの提灯記事だけ)、結局はウヤムヤになるのでしょうね。

雨畑ダム問題を報道した静岡新聞さんなんとか調べて貰えませんか?


以下記事
「富士急行が県有地の賃貸借契約が有効であることの確認を求めた裁判で、県は14日、不法に県有地を占拠しているとして92億円余りの損害賠償を求めると正式に表明した。
 これは長崎知事が会見で明らかにした。県によると時効が成立していない過去20年で、県が適正だと主張する賃料の合計と払われた賃料の差額は約363億円となる。すべてを請求すると訴訟手数料が多額になるため、県は今回の反訴でその一部の92億円余りを請求するとしている。
 富士急行は「適正な手続きに則って、契約を締結していてなぜ県が損害賠償を請求しようとするか理解できない」としている。」

こちらUTYの報道



若者を潰す公務員 

地域おこし協力隊 県内定住率52% 年々低下 「つながりが重要」 /山梨 | 毎日新聞


学習しない高給地方公務員が地方を殺す良い例でしょうね。
若い優秀な人材を潰す、育てられない。補助金を取ってくる奴が偉くなる土下座行政。

関係人口を増やせだの、移住者を増やせだの。税金つかってやっている愚かさ。

近所に居ませんか?えばっている県庁やら町役場の職員さん?? OBとかね。

以下記事


総務省は、これまでに任期を終えた地域おこし協力隊の都道府県別定住率を公表した。山梨県は全国平均63・0%を下回る52・0%(229人中119人が定住)だった。2020年度の県内の地域おこし協力隊員は92人。定住率は年々低下しており、県内の協力隊経験者は任期中の地域とのつながりの重要性を指摘する。【野呂賢治】

 地域おこし協力隊は、過疎地域の活性化を目的に総務省が始めた制度で、都市部から過疎地域に生活拠点を移した移住者が、農林水産業への従事や地域ブランドの開発・PRなどの「地域協力活動」を行い、将来的な定住や定着を図る。地方公共団体が移住者を「地域おこし協力隊員」に委嘱し、隊員は国から財政支援を受けることができる。

 総務省によると、制度が始まった09年度から19年度までに全国で計6525人が地域おこし協力隊員として活動し、4114人が任期終了後に同じ地域(活動地の近接市町村を含む)に定住した。このうち1364人が行政関係や観光業などに就業し、1274人が起業した。

 山梨県の定住率は、16年度までが累計136人中91人で66・9%(全国平均62・6%)▽18年度までが累計197人中109人で55・3%(同62・8%)▽19年度までが累計229人中119人で52・0%(同63・0%)――と、定住率は調査するたびに減少している。

 県内の自治体で15年度から3年間、地域おこし協力隊として観光振興を担った男性(38)は、任期終了後に定住した。定住の要因は地域の人とのつながりという。一方で協力隊の業務について「『言われたことだけやっていればいい』と上司に言われることもあり、単なる事務員でしかなかった」と振り返る。

 別の経験者の男性(47)は「総務省の数字は、任期終了後の定住率だが、実際にはその前に辞めてしまう人も少なくない。物事にトライする前に役所との意見の食い違いで辞めてしまうケースがあるように感じる」と指摘する。定住率の向上については「任期中に地域とつながりを強く持つことが重要ではないか」と語った。







競わない地方創生 ―人口急減の真実―
久繁 哲之介
時事通信社
2016-02-29


日帰り韮崎

4月2日(金)
韮崎の家に荷物運び

途中で、前回食べられなかったラーメン 八田の秋山
11時前に到着した時点で10人ほど待っていて、開店で一巡目の一番最後で入店
特製しょうゆラーメン900円

鎌倉に戻るので帰り道13時位に外待ちが10人ほどおりました。かなり繁盛しているようです。

天井のライトを交換したり、管理機(畑を耕すミニ耕運機)の調子を見たり
家での滞在時間1時間半位

楽しみにしていた旭温泉は、なんと金曜日も定休日になっておりました(涙)


韮崎ー鎌倉 圏央道経由で2時間ほど 早く自動運転で行き来出来ると良いな〜

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富士急行VS山梨県知事

知事「県有地の賃料見直し必要」|NHK 山梨県のニュース


これは知事が正しい(選挙での怨恨はあるにしても)
県益を損ねる行為がいかに多く行われているかの一つでしょう。
富士急の関連会社に元本件担当部署の職員が天下っていることも報道されていて、知事がその
記事をFBで拡散していたしね。



備忘録としておこう

県が富士急行に貸している県有地の賃料の算定方法が適正ではないと主張している長崎知事は21日の会見で、「合理的な数字に基づく根拠をもとに議論を積み上げる必要がある」と述べ、賃料の見直しの必要性を引き続き主張していくことを強調しました。

富士急行が別荘地やゴルフ場などに開発している山中湖村の県の所有地の賃料をめぐっては、住民訴訟の中で県が賃料の算定方法に誤りがあったとこれまでの主張を一転させ、「過去の知事や富士急行に対する損害賠償請求権などがあることがわかれば適切に行使する」などとした和解案が議会で審議されていましたが、原告側が和解に応じない意向を示し、県は和解案の撤回を決めています。
長崎知事は21日の会見で、「和解案が成立しないならば裁判で真摯な議論を積み重ねることに尽きる」と述べ、賃料の算定方法の見直しを主張していくことを改めて強調しました。
そして、「適正な賃料とはなにか、合理的な数字に基づく根拠をもとに議論を積み上げることが本質だと思う。適正でなければ是正しなければならず、それを整理したうえで議会の同意を得たい」と述べました。
また、県が主張を変更した際の詳細な資料が残っていないとして議員から批判が出たことについては、「裁判所に提出した準備書面を作るまでの経緯や主張の変更に至った過程を整理して公表したい」と述べました。




ズブズブな行政 天下りは美味しい 山梨県

山梨県、「格安賃料」で富士急に巨額賠償請求も | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準


記事より転載
「県が2007年に設置した森林総合利用協議会で、朝日新聞の報道で割安と指摘された賃料水準について「問題ない」「適正な値段で貸している」などと答弁をしていた県の県有林課長はその後、富士急の関係会社の代表取締役に就任していた事実も明らかになっている。」


元治山課長さんはニッケイ工業(早川町 雨畑ダム 日軽金属子会社)の社長に天下っておられましたしね。
「■社長は元山梨県治水課長
 自社プラントの洗石の過程で出た汚泥(ヘドロ)や生コンクリート(残コン)の雨畑川への不法投棄関与が指摘されているニッケイ工業。代表取締役の三井時男氏(74)は11日、取材に対し「(いずれも)全く承知していなかった。最近は現場に行っていないので、状況が分からない」と述べた。
 法人登記簿によると、三井氏は2010年9月から代表取締役を務めている。三井氏は元山梨県職員で、治水課長を最後に退職。日本軽金属(東京都品川区)に再就職し、同社が山梨県早川町で運用する雨畑ダムの近くに砕石プラントを持つニッケイ工業に移った。
 同県ホームページなどによると、同課は河川管理に関する許認可や河川の美化、水害防止などを所管。今回発覚した残コンの不法投棄問題を同県環境整備課とともに調べている部署。」

まあ、堀内家と長崎知事派との確執が炙り出した不都合な真実でもありそうですが。

そして山梨県のメディア(ミニコミ誌程度)は何も調査報道出来ない現実。

損をするのは真面目な県民なわけですね。





続報 ズブズブ 県有地賃料不正 

県有地裁判 県が和解案提出
 20201202

要するに現知事(元国会議員)と堀内家の確執が表に出ただけですよね?

他の県有地もしっかり調べて欲しいものです。
そして陛下に頂いた恩賜林などもね。

県民が知らない所で好き放題している行政と政治家たち。
そしてそれを報じて来なかった県内メディア(特に名ばかりの御用新聞)


以下記事
県が富士急行に貸し付けている県有地をめぐる裁判で、長崎知事は30日に開会した定例県議会に和解案を提出した。適正な賃料や過去の知事の責任について検証委員会で調査し、必要に応じ損害賠償請求を行うとしている。
 裁判は県が富士急行に貸し付けている県有地の賃料が安すぎるとして、南アルプス市の男性が県を提訴したもの。
 県は今月、「賃料は適正だった」との主張を転換し、現在の6倍に当たる約20億円が適正とする鑑定結果を裁判所に提出した。
 これを受け、長崎知事は30日に開会した県議会に和解案を提出した。和解案では、適正な賃料や、過去の賃料を決めた知事の責任を調査する検証委員会を設置し、必要な場合は損害賠償請求権を行使するとしている。
 県によると、原告側は今回の和解案について「受け入れ可能」との認識を示しているという。
 一方、県議会は和解案や県の主張転換の妥当性を検証するため特別委員会を設置した。委員長は皆川巌県議が務める。
 県議会内には県の対応を疑問視する声もあり、和解案が可決されるかどうかは不透明な状況だ。



富士急行 賃貸問題  2020年11月8日東京新聞


長い事問題になっていたけど、結局なんのアクションも無かった。

やっと動きだした感じですね。

堀内家と行政の関係性が今後どうなるのか?


ノモンハン事件の辻政信もその親族に登場するわけです。


現知事に何度か選挙で敗れている堀内詔子氏も興味深い。



そして、上記お二人の子息はまた興味深い(笑)


東京新聞 富士急




続・こうして店は潰れた 小林久 同文館出版 2020年9月

韮崎にあったヤマト

予約していた本が到着 速攻で読んでいます。前著ももちろん読了。
朝夕の通勤電車でなんとか読了

山梨県の県民性が分かる一冊です。そしてえげつない資本主義の名を借りた
大規模ショッピングモールや問屋のやり口。
2020年4月に前著の出版社が経営破たんしたためアップグレードして続編として
出版との事。
もちろん、経営者としての著者にも落ち度はあったのでしょうが、前著のレビューでも
指摘したように、まさに山梨という地域の民俗性がわかるように思います。
これは山梨で生まれ育った人間でないと理解してもらえないかもしれませんが
コネ、忖度、長いものには巻かれろ、職業職種の順位、メディアの寡占性など。
そんな中で人情とアイデアと実力で進んできた著者を良く思わない県民や商売相手も
多かった事は想像に難しくありません。
補助金に依存せず、地域最優先に考えて行動した著者であることは多くの
スーパーヤマト利用者が認識しているところです。

本書でも書かれていますが倒産時にいかに多くの方々がサポートを申し出たか。
皆さんが復帰に大きな期待をしているのでしょう。

私自身は地元を離れて長いので、著者の父親の事は知りませんでしたが
本書では素性を明かしています。

また著者のホームページからも色々な情報にアクセスでき、小林さんの生き様を知る事ができるでしょう。
本書では著名な哲学者のコラムとなっていますが、鷲田清一さんが前著に関してコラムを新聞に掲載していたりします。

最後に、小林久さんの事業復活を心より祈念するとともにご家族の幸せをお祈りいたします。



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続・こうして店は潰れた (DO BOOKS)
小林 久
同文舘出版
2020-09-11


内部告発? 山梨県警が多数の証拠品を放置

県警が多数の証拠品を放置 関係者処分へ


調査報道が出来ない山梨メディアですから、内部告発ですかね?
都合の悪い不正は警察まで丸め込むのでしょうかね?

お仕立券知事の時もありましたよね???


記事
県警の科学捜査研究所が証拠品などの捜査資料、約2000点を正式な手続きを経ずに放置していたことが分かった。
 県警は資料の管理体制を調べたうえで関係者数人を処分する方針。
 関係者によると去年12月、笛吹市にある県警科学捜査研究所の倉庫などで鑑定資料が大量に放置されているのが見つかった。
 資料は、1974年から2012年までに各署から鑑定を依頼された証拠品など約2000点で、返還手続きを経ないまま、数十年にわたり放置されていたという。
 詐欺事件や事故に関する資料が多いとされる一方、殺人や強盗など重大な犯罪に関係する資料も一部含まれているという。
 鑑定資料は、本来返還したり廃棄したりするため規定で正式な手続きを取る必要があったが長年、ずさんな管理が繰り返されていたという。
 関係者の1人は「現在はコンピューターで資料を管理しているため同様の問題は起きにくい。捜査への影響は確認されていない」と話している。
 県警の刑事企画課は「管理体制を調査し改めて詳細を説明したい」としている。
 関係者によると今回の規律違反について県警は、40年以上にわたり放置された資料もあり、関係者全員の処分は非現実的だとし現職の職員数人の処分を検討しているという。


大西監督の連載 3 

人と知恵がつなぐ:/3 熊本・水俣でハゼ採り ぜいたくな木ろうを抽出 /愛知 - 毎日新聞



魚じゃないハゼなんですね。

以下記事

ハゼから抽出した木ろうを練り溶かし、丁寧に灯芯に1本ずつ塗り乾かす。それを繰り返すことで和ろうそくは仕上がっていく。愛知県岡崎市の和ろうそく職人、松井規有さんの工房では、木ろうが半円の塊となって産地ごとに分けられていた。

 その一つ、福岡県みやま市にある荒木製蠟(ろう)の荒木泰宇(やすたか)さんを訪ねた。「ハゼの実を採る方々があっての木ろうです。熊本県水俣市でハゼ採りをやっていますから」と言う。荒木さんと現地で合流することになった。

 青々とした水俣湾を望む高台で、緒方新一郎さんが水俣のハゼを守り続けてきた。「ウルシ科だから、かぶれるよ」と言いながら手を休めてくれた。ブドウの房のようにたわわに実った水俣のハゼは日本一の収穫量がある。

 270年ほど前に細川藩がハゼを推奨したことがいまに続いているという。緒方さんをはじめ、ご近所の上田末義さんも収穫に忙しい。「1日に200キロも採ったよ!」

 麻袋には30〜50キロほどのハゼが入っていて、それをトラックに山積みする。積み込みが終わるとすぐにみやま市に向け出発した。「これでも少なくなったよ。ハゼは高いところに登って採るから、お年寄りには負担でね」

 荒木さんの工場では、ハゼがベルトコンベヤーに乗せられ、蒸気で圧力をかけ、ろうを抽出する。その過程は、機械の中を通るので見ることができないが、コックから搾り出された木ろうがドクドクと流れ出てきた。

 鉢に流し込まれた熱いろうが冷めれば固まる。それが松井さんの工房にあった、ろうと同じものだった。

 灯芯だけを油に浸して火をともしていた話はお年寄りに聞いたことがあるが、それを思えば、ハゼのろうそくはぜいたく品だ。

 ろうを抽出した後、大量のハゼの殻が工場内で山積みになっていた。「廃棄するには量が多いですね」と尋ねると、「いや、廃棄はしません。必要とする人がいますから。ハゼは捨てるところがありませんから」

 ハゼの殻は、藍染め職人が使うという。しかし、藍染めのどこにハゼの殻を使うというのか。ハゼの殻を追いかけ、藍染め職人の仕事場をのぞいてみようと思った。福岡県八女市の藍染め職人、森山哲浩さんのところにあった。

 職種の違う職人同士がつながっていて、そこから、何一つごみが出ていないことにふと気がついた。<大西暢夫>=次回は8月22日掲載

 ■人物略歴
大西暢夫(おおにし・のぶお)さん

 作家、写真家、ドキュメンタリー映画監督。1968年生まれ、岐阜県池田町在住。ダム湖に沈む岐阜県徳山村をテーマにした著作と同名映画の「水になった村」を発表。近著は「ホハレ峠」「お蚕さんから糸と綿と」など。映画「オキナワへいこう」は、自主上映活動が全国で展開されている。



大西監督の連載 2

人と知恵がつなぐ:/2 愛知・岡崎の和ろうそく 真綿でくるむ灯芯 /愛知 - 毎日新聞



お蚕さんの繭を解くと約1・5キロにもなるという。自然界でこれだけ長い繊維が取れるのは他にはないだろう。糸の太さにもよるが、20個ほどの繭をよれば、1本の長い生糸になる。

 その繭も、二つがくっついてしまった玉繭や、汚れや壊れてしまったものは、真綿に使う。お蚕さんは捨てるところがないのだ。

 滋賀県米原市の北川茂次郎さん、みゑ子さん夫婦は今日も真綿を引っ張っていた。「加減をしながら引っ張らんと、真綿にムラができるでな。そのために指先に力が入るんや」。そう言った茂次郎さんの指先は、曲がっていた。

 強火で2時間ほどゆでた繭を水の中で伸ばし、ほどかれた繭を重ね合わせたものを「角綿」といい、陰干ししてから、夫婦で引っ張る。

 「シュー」という音とともにふわーと真綿が宙を舞いながら広がった。美しい光景で、もともと繭だったなんて想像できない形に変わる。まさに人の知恵だ。真綿の布団が軽くて暖かいぜいたく品であることがよくわかった。

 「昔はどこの家にも、数枚の角綿があったな。布団の綿を包むように、角綿を伸ばし、打ち直したもんだ。真綿の布団なんて、みんな持っていなかったと思うよ」

 1枚の布団にどれだけの繭を使っているのだろうか。

 「真綿は、布団だけではなく、和ろうそくや大工、漆の塗り師にも使われとったんや」と茂次郎さんは言葉を継いだ。

 今ほど物がない時代のモノとモノのつながりに興味を持った。そして、真綿を使っているという和ろうそく職人の3代目、松井規有(のりあき)さんの仕事を見に愛知県岡崎市へ向かった。工房の中に入ると、松井さんが黙々と竹串に刺した灯芯に、ろうを塗っていた。誰でも見学できるように工房はオープンになっている。

 灯芯とは和ろうそくの芯で、ストロー状にした和紙の周りに、灯芯草の髄を巻いたもの。ここで真綿と出合った。その髄が外れないように、うっすら真綿を引っ掛けていたのだ。

 主に灯芯を作っているのは、妻の文子(あやこ)さんだ。洋ろうそくとは違い、和ろうそくの芯は穴が貫通していた。

 「和ろうそくの炎は、揺らぎがあります。時々、ポッと炎が踊ります。灯芯の空洞を空気が抜けるからでしょう。その揺らめきに見入ってしまいますよ。そして風にも強いんです」

 ひっかかる真綿は、髄を止めるに最適だったのだろう。指先の器用な文子さんは、あっという間に1本を作り上げた。

 ところで和ろうそくのろうってなんだろう? 工房には半円形をしたろうの塊が仕分けられていた。福岡、長崎、和歌山産。僕はそのろうが気になり、松井さんから紹介を受け福岡県みやま市へ飛んだ。

 「ろうって、ハゼの実を絞ったものなんだよ」

 「ハゼ?」<大西暢夫>=次回は6月27日掲載

 ■人物略歴
大西暢夫(おおにし・のぶお)さん

 作家、写真家、ドキュメンタリー映画監督。1968年生まれ、岐阜県池田町在住。ダム湖に沈む岐阜県徳山村をテーマにした著作と同名映画の「水になった村」を発表。近著は「ホハレ峠」「お蚕さんから糸と綿と」など。映画「オキナワへいこう」は、自主上映活動が全国で展開されている。



これまたAmazonレビュー拒否なのね(笑)

おやじのぼやき : 民俗選挙のゆくえ 津軽VS甲州 杉本仁 梟社2017 - livedoor Blog(ブログ)


最近、この本の読書メモへのアクセスが多いのはなぜ?

ちなみにAmazonレビューは当初掲載されていましたが、今は拒否
都合の悪い方が多いのでしょうか?
書かれた事をメモしているだけですが(笑)


以下再掲

図書館本

山梨県出身者として、恥ずかしい民主主義下の選挙の歴史と言ったところ。
まあ、県庁職員をしていた頃、職員が知事選で選挙活動しているような環境でしたしね。(1980年代後半)今もあまり変わってないのかもしれません。選挙はお祭り。

さて、本書は山梨都留市出身の杉本氏(1947- 都立高校教員を経て 都留文科大学非常勤講師 柳田国男研究会会員)が津軽と山梨(甲州)の民俗、風習等と選挙の関係性を資料を基に綴っている。
また、本来は奄美の選挙(徳田さんかな)もまとめたかったとある。

メインに甲州選挙の部分を読んだ。

備忘録メモ
天野久を当選させた選挙のプロ 林ただし、竹中英太郎(竹中労の父)も。
望月県政 金丸信 上納金システムの構築 公共事業と土建屋 勝ち組と負け組
無尽市長 河口親賀(甲府市長) 138本の無尽に加入 選挙後援会親友会 毎月8日笹や旅館で無尽
無尽県議 望月金三 保守・革新関係なく無尽システム
ドラブチ(嫁盗み)、盆踊り(夜這い)等の民俗としての村(共同体)意識(ムラの娘はムラのもの)
名家としての金丸信 山林地主(武川村 三沢家)長女との結婚 
 経済界、政界との繋がり 山梨中央銀行頭取(名取忠彦 名取家の女婿 実兄は広瀬久忠)
伊勢湾台風被害の復旧対策に20億の災害特別対策費 県庁の窓口に 釜無川右岸の土地改良 一大果樹園地帯へ
ポスト望月県政の後継と託した小沢澄夫前副知事の敗北(1991)(この頃、山梨に居ましたね、俺)
1992年 佐川急便事件で金丸信失脚
金丸信の人柄 人の繋がり重視、面倒をよくみる、約束したことは守る、えらぶらない。人情家。3人の息子を政治家にしなかった(長男 竹下登の長女と結婚、次男(秘書) 西松建設社長の子女と結婚)







結局ミニコミ誌であることは変わらない(笑)

春の紙面改革 4月から新企画【文化・くらし/山梨】 | さんにちEye 山梨日日新聞電子版


行政からの発表報道と広告主様(スポンサー)に忖度した記事、そしてお悔み欄。

ミニコミ誌宣言された方が良いと思いますけど。
全国ニュースは通信社の配信を買っているだけですから
ネットでお金を払って全国紙を読まれた方が世界の事が分かりますよ!

いつになっても井の中なの蛙、大海すら知らずです(笑)





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