おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

哲学

座席争いからの離脱のすすめ by 内山節さん

内山さん 備忘録 2017



内山さんのトークはyoutubeに沢山ありますので是非お聞きください。

戦争という仕事が日本に根付かないために。





戦争という仕事
内山 節
信濃毎日新聞社
2006-09-01

倉本聰さん 

ファミリーヒストリー - NHK


倉本聰さんの回を録画で視聴

何冊か倉本さんの本を読んでいたので、NHKの番組に出る事自体が驚きでありました。

そして、祖先の哲学を受け継いでいるのだなと再確認。

「生前贈与」としての父親から受け継いだ、子供の頃の岡山の経験、その自然との出会いが
富良野での生き様だったのですね。

良い番組でした、良い生き様でした。




ヒトに問う
倉本 聰
双葉社
2013-11-06

みんな子どもだった―倉本聰対談集 (Musashi books)
BS‐TBS『みんな子どもだった』制作班
エフジー武蔵
2014-03


想いのこし 映画 2014

amazonプライムで視聴

期待以上に良かった作品

『いま、会いにゆきます』の様な感じでしょうか。
未練を残して亡くなった人々が安心して来世に行くためには?

直線的な時間ではなく、循環する時間の中で生かされる命なのかな。
関係性の中にのみ生きられる人という動物

I cannot live without youの思想(内田樹)にも思えた。

想いのこし [DVD]
岡田将生
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2015-05-20

星野道夫 風の行方を追って 湯川豊 新潮社 2016

図書館本

星野道夫没後20年(享年44歳)(1952年9月27日 - 1996年8月8日)

星野さんが残した書籍等を読み解き、また星野さんとの出会いからのエピソードを交えて
湯川さんが残す渾身の星野評伝でもあります。

「考える人」等への連載をもとにしているので、何度か同じ文章に遭遇するのが少し残念。
また、あまりに星野を評価していて、若干クドイと感じる。
星野の素晴らしい写真、文章を多くの人が評価しているのだから、逆にもっと星野の精神的な葛藤や
悩みなんかにも焦点を当ててもらいたかった。

星野が常に意識していたであろう、自然と人間、自然と動物、動物と人間の関係性をアラスカ、そして他の世界に共通する文明や発展というコンテキストの中で悩み葛藤したことであろう。




竹中労さんに会いに行った

「竹中労没後25年今ふたたび」無事に終了致しました。 | 竹中英太郎記念館 館長日記


10月15日 甲府桜座

満席ではじまったイベントは映画「戒厳令の夜」ではじまった。
主人公の江間は竹中の分身、鳴海望洋(鶴田浩二)も竹中の分身の様に思えた。
そして画家のパブロ・ロペスが竹中労の父竹中栄太郎ではなかったのかと思う。

後半「労を偲ぶトークのつどい」では鈴木邦男さんや樹木希林さん、飛び入り出演の水道橋博士(労さんのルポライター事始から読み込んでおられた)などのお話を聞かせて頂いた。

戸塚小雀町から鎌倉に移った頃には綺麗な女性がそばにいたと樹木希林さんが話され、フロアーからも
詳細な突っ込みがあった。


弱者に対する愛情と、反権力、反権威への熱い想いが労さんの生き様そのものだったのだと改めて知った
イベントでした。

最後に鈴木邦男さんにサインまで頂いて、立ち話出来たのも光栄。

労さんと甲府中学で同級生の方も来ていた様ですが、残念ながらお話しできず、小倉寛太郎さんの話を
聞く事ができませんでした。




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【人と思考の軌跡】竹中労---左右を越境するアナーキスト 鈴木邦男 河出ブックス 2011

竹中労さんの生き様を鈴木邦男さんご自身の人生を織り交ぜて綴る。
本年 没後25年 本書は没後20年での出版

竹中労(1928年3月30日 - 1991年5月19日)
鈴木邦男(1943年8月2日−  )

まさに左右を越境するアナーキストな竹中労さん。
大杉栄、北一輝 左右を超越するような生き様だったのでしょう。
登場人物が多彩過ぎて列記できません。野村秋介、太田竜、平岡正明、大川周明、頭山満、
小林多喜二、里見岸雄、赤尾敏、東郷健、坂口安吾、丸岡修、遠藤誠(弁護士)、カダフィ大佐


備忘録メモ
時間も守れない奴に革命なんか出来るか
革命とは実務である
三島だって里見のコピーだ
天皇を制度として利用したい人間への批判
竹中は「天皇問題を留保してそれでも右翼の人とは話し合えるし共闘できる」
小林多喜二 仁徳天皇賞賛

1970年11月 三島事件
1970年4月 鈴木 産経新聞入社
1972年 一水会設立
1974年3月 産経新聞退社(解雇?)

本書では触れられていないが、竹中労さんの甲府中学でのストライキ事件(昭和20年10月)に
小倉 寛太郎((おぐら ひろたろう、1930年 - 2002年10月9日)山崎豊子著 小説『沈まぬ太陽』
の主人公)さんも関係されていると思う。当時小倉さんは湘南中学から甲府へ疎開中で、
その想い出を東大駒場での講演会で話されている。もしかしたら労さんと一緒に闘ったのかもしれません。
http://minseikomabahongo.web.fc2.com/kikaku/99ogura.html
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ogura.htm


無頼の墓碑銘 竹中労 KKベストセラーズ 1991

図書館本 これは買わねばかな。

母校の先輩竹中労さん。
右も左も関係ない。
僕も同時代を生きていたら、絶対手下にしてもらった(竹中さんは舎弟なんか取らないと思うけど)だろう。

竹中 労(たけなか ろう、本名:つとむ、1928年3月30日 - 1991年5月19日)wikiより
本書では享年60歳とある。理解は理会いと綴る。

1987年8月 余命5年宣告 胃癌 肝硬変 糖尿
各種媒体での対談、記事などをまとめている。

備忘録メモ
横浜市戸塚区小雀町(竹藪と雑木林の丘を背負う一軒家)に仮の仕事場
1988年4月7日 父 竹中英太郎 新宿・丸井前 虚血性心不全のため死去 享年81歳
 大杉栄の仇を討つために上京
 「せめて自らにだけは、恥じなく瞑りたいと、穢太」生前、自ら墓に刻む
入院中に仕事場を移す 鎌倉市高野の山上(ヒルトップ)、西北に大船市街を見晴らし、東南に杉木立の丘陵が連なる 眼下に大船高校キャンパス

キネマ旬報事件 (一九七七年、当時、「キネマ旬報」のオーナーであった大物総会屋・上森子鉄が、突然、竹中を<左翼過激派>と称して、「日本映画縦断」の打ち切りを宣言し、白井佳夫も編集長を解任されるという事件が起きた。いわゆる<「キネマ旬報」事件>)引用元 http://www.seiryupub.co.jp/cinema/2011/11/post-34.html

ぼくが四十男になった今、世界はやはりタブーで埋めつくされている。1973年ニューミュージックマガジン

旧制中学(甲府中学)のあだ名 ボロ竹 陰ではモジやん(市中を徘徊していたほんものの乞食名)
子供時代 王子・四谷・駒込・神楽坂、小学5年生で立会川(鉄工所と漁師の町)
昭和20年10月 戻った甲府の旧制中学で大ストライキ 同盟休校 
同級生たちにお礼を言いたい。ストライキを一緒にやった仲間にも。舞剣城(まいづるのルビ、舞鶴城?)の城跡で桜散る下で啄木をともに語る友達がいたりした。


新渡戸稲造 Boys be ambitious

大鹿村にリニアの勉強会に伺った



新渡戸稲造は札幌農学校2期生なので、直接クラーク先生にはあっていない。

しかし、クラークの先生の教えは脈々と続いていく。

新渡戸稲造のクリスチャン名である、パウロニトベとサインされた

訂正 サインはInazo Nitobeですね。

Boys, be ambitious!  北大総長室ににあるものはBoys, Be ambitious のようだ。

まさか大鹿村でみる事が出来るとは思わなかった。
中央構造線博物館の裏にある、大鹿村歴史民俗資料館“ろくべん館”にあります。

Nitobe

トヨタ精神かな

英語のサブタイトル入れるとさらに良いのにと思う。

不正を繰り返す三菱と対極にあるのかな。

残念なのは大事に乗った車の税金がどんどん高くなる事でしょうか?
これはドイツ等とは全く逆だそうですよ。
良いモノを長く大事に使う、それこそが私たちの美徳だと思うのですが。
さらに車に関連する税制や料金(ガソリン、高速道路、道路特定財源等々)が利権に絡み取られているからね。



保阪庸夫さん 

保阪庸夫さん逝く - 河本緑石研究班


謹んでご冥福をお祈りいたします。

リンクより


「アザリア」の主要メンバー保阪嘉内の次男の保阪庸夫(つねお)さんが、7月5日(火)夕方、亡くなられたという、89歳。
2006年(平成18)1月21日(土)午後、鳥取県倉吉市「倉吉未来中心小ホール」で、鳥取県文化観光局文化政策課の主催によって開かれた「ふるさとの文学探訪 ふるさとの大地に生きた詩人 河本緑石 シンポジウム」に、保阪庸夫さんが招かれ、講演とパネルディスカッションへの参加をされた。
そのシンポジウムの報告集が鳥取県文化観光局文化政策課から出されているので、ここに抄録して弔いとしたい。


舩木さんと木内さん 清里萌え木の村 

萌木の村 村民かわら版 | マンスリー上次さん 7月号


まずはリンクから舩木さんの話を読んでください。

なんか凄く良い関係性だと思うのです。
夫婦や同僚なら離縁、宇宙人と地球人の通訳ですと言い切る木内さんが素敵です。



そして、木内さん。

僕はお恥ずかしいですが、木内さんのおかげで保阪嘉内を知りました。自分の母校の先輩でもある保阪を知りませんでした。そして、宮沢賢治との繋がり、大島正健甲府中学校長へと繋がりました。
さらに最近では今村均さんも大島先生に習ったいたであろうことを知りました。

木内さんが教えてくれたハレーすい星と保阪、宮沢賢治の作品が保阪との交流から作られたこと。

■ハット・ウォールデン木内より一言■

 最初、社長の原稿を読んだとき(今でも思いますけれど)「なんだこりゃ〜」と思いました。文章ではありません。字は汚いし、漢字も間違っている、単語が並んでいるだけ、文節がつながっているから主語がわからない、過去に同じような話を社長から直接聞いているので「あー、あの時の話か?!」と、何となく言わんとしていることが理解できるのです。ですから手直しができます。全く始めて遭遇する人でしたら宇宙人の言葉を文字にしたものですよ。社長と部下の関係なのでもう何十通も手直ししましたが、夫婦関係や同僚でしたらあり得ません、とっくに絶縁してますよ。
 でも、社長の講話を聞いたことのある方はよくご存知でしょう、面白くて会場は笑い声であふれますし、希望に満ちあふれますし、やる気がわきます。素敵な講話ばかりです。だから観光カリスマ百選にも選ばれたのです。そんな社長の話を皆様に伝える役割が私にできるのなら、その仕事も素敵だなと思うのです。私はゴーストライターなどではありません。宇宙人と地球人の通訳です。



週末 釣りにもいかず(笑)

土曜日は鎌倉アジサイ同好会の懇親会に参加して
諸先輩の皆さんのお話しを聞いて、生き様のカッコよさに感動し。

日曜日はアジサイの挿し木と庭の整備で一日終了

そんな有意義な週末でした。

そうそう、録画しておいた番組がかなり凄くて、感動。吉田剛太郎も藤原竜也も格好良い。(特に藤原)
http://www4.nhk.or.jp/portrait/x/2016-06-16/31/23697/1872120/



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メーカーズシャツ鎌倉の貞末会長の生き方

貞末良雄のファッションコラム | 貞末良雄のファッションコラム | メーカーズシャツ鎌倉


貞末さんの生き様が好きです。
出身地や出身学校のコネなんかを全く使わずに消費者視点でビジネスをしてきた人。
だから、世界で商売が出来るのでしょう。


備忘録的控え

鎌倉シャツを立ち上げたときに考えた事。

小さなコンビニの2階で店を始めた、当然売れないのは当たり前である。
しかし誰か一人でも買ってくれたら、その方はきっと自慢するだろう。
百貨店や専門店で買えば、恐らく12,000円から15,000円するであろう商品を4,900円で販売するのだから。
お買い得で誰かに自慢したくなる、と考えた。
勿論自分でも欲しくなる値段と商品のグレードである。
美味しくて安いお店は、どんな裏筋の狭い店でもお客は訪ねて行くものであることは、食いしん坊の私にはわかっていた。
コンビニの2階でも、必ず商品を判っている人は訪ねてくる、買ってくださる。
1人が2人になる、2人が4人になり、8人になり、16人に32人、64人、128人、256人、このようにいつの日か大勢のお客様で溢れるお店になるだろう。

お金がないから、宣伝費はない、お客様に喜ばれる事が大切で、宣伝費があるのならば、そのお金を使ってもっと良いシャツを作ろう、そのほうがお客様にとって有り難い事にちがいないからだ。
売り上げを幾らにしようか?どれだけ売れば良いのか?しかし目標を決めても、それを実現する方法は見つからない。
さればどうするか?出来ることは 親切に正直に笑顔で心からおもてなしが出来る事だ。
その心がお客様に伝わり、ファンが生まれ、お客様の数を増やす事になる。
これならば誰でもやろうと思えば出来る、売り上げを上げる手段は見つからないが、お客の数を1日1人増やすことができれば、その店は大勢のお客様に恵まれる日が、必ずやってくる。

サービスは大企業も小さなお店でも、平等に行使できる。
大企業のサービスが絶対に強いという事はない、皆平等だ。
雑誌「Hanako」に掲載という幸運もあったが、基本的にはこのようにして、お客様を創りあげたのでした。

4,900円の値段はこの品質でこの値段はお客様が驚いて顎が外れる値段であった。
買わなければ損をする、そんな気持ちになってしまう、品質と価格設定をした。
値段は仕入れ価格とは関係はない、その値段がお客様に納得していただけるかどうかだ。
値段は小売業の責任で決定権を持たねばならない。
シャツを創るためにかかる費用は、一店舗の力では所詮他の大手の会社の資金力に勝てる訳もない。
だからと言って、私たちには力がありません、仕入値段が高いのですから、これに自分の利益を上乗せした金額で販売したとして、お客様が可愛そうだからと言って高い価格を認めてくれるだろうか?
これは絶対にありえない。
お客様にとっては、その店が幾らで仕入れているかなどは、関係がないのである。
お客様は単純に値段に反応するのです。

自分にもっと力があればもっと割安な仕入れが出来る、と思ったがそれは、望むべくもないのでした。
お客様が買って下さらなければ、シャツは売れない、当たり前である。
自分の力のなさをお客様に負担して貰うなど、できないのだから、利益がでなくてもお客様が喜んで買って下さることが重要で、買って下さる顧客の増加が、やがてお客様から、利益の一部を戴ける日が来ると考え、頑張ることしか、当時の私たちにはありませんでした。
真の商人になって見せる、その理想を掲げ正しい商取引、買い手が何時も有利という、売り手を苛める、そんな業界の悪しき習慣を経験して、私こそはと創業当時決意したのです。






鎌倉シャツ 魂のものづくり
丸木 伊参
日本経済新聞出版社
2014-06-21

人間の生き様 木村英造 野の学問

2016年 5月28日 東京新聞夕刊

僕は木村さんとは電話と手紙のやりとりしかなかった。
一度お会いして色々とお話しを聞きたかった。
残念でならない。

「野の学問」としての生き様を、まさに私欲を捨て実践したしたのだと思う。

少しでも、そのご遺志を受け継いで日本の環境を守りたいと思う。

合掌

木村先生東京新聞夕刊160528

時代がまた竹中労さんを欲している

(今こそ竹中労)大衆の情念を揺さぶる「怨筆」:朝日新聞デジタル


母校、甲府一高(旧甲府中学)の偉大なる先輩。闘うべき相手には徹底して攻撃をしかけるが、弱いものには優しかった。「沈まぬ太陽」の主人公である、故小倉寛太郎さんと同じ時代を甲府で過ごしている(湘南中学から疎開)。甲府中学での校長やめろ教頭やめろのストライキをおそらく竹中労さんと一緒にやったのだと思う。まさに今、竹中さんや小倉さんを時代がまた求めているのだろう。



記事
ルポルタージュとは主観である。ほとばしる情熱。あえてけんかをふっかけ、波風を立てる。

 1980年代末に起きた連続幼女誘拐殺人事件。宮崎勤元死刑囚(2008年に執行)の自宅から見つかったのは残酷なホラービデオだった。あのとき持ち上がったビデオ規制論。「どんな内容であってもそれは表現の自由」と擁護ログイン前の続きしたのが竹中労だ。

 テレビの討論番組で声高に訴えた。「『馬の糞(くそ)』でも表現の自由は擁護しなければいかんのです!」。馬の糞、とは何とも下品な表現。だが、確信犯的にあえて挑発的な言葉を使い、メッタ斬りするのが竹中のやり方であった。世の権威や風評に惑わされることなく、たとえ味方でも横っ面をひっぱたいた。

 俳優・嵐寛寿郎との共著として40年前に刊行され、今年3月に復刊となった傑作『鞍馬天狗のおじさんは 聞書・嵐寛寿郎一代』(七つ森書館)。評論家の佐高信さん(71)は解説に書いた。

 「思えば私は、竹中労の人斬り無頼の怨筆にほれて、ひそかにそれを愛読してきた。ひそかにというのは、竹中の怨筆には血を吸って輝きを増す妖刀村正の趣があり、世をはばかる斬れ味があるからである」

 「怨筆」は「えんぴつ」と読む。「いまのお前はそれでいいのか」と激しく揺さぶり、世の権威とは無縁な「大衆の情念」を掘り起こす文のことである。10代のとき、竹中の著作を読み、ストリートジャーナリズムの雑誌記者になりたいと思ったという漫才コンビ「浅草キッド」の水道橋博士さん(53)はインタビューにこたえている。

 「こと俺たちの漫才には、言葉を封じるものに対する反発が強い。その視点ってのは、間違いなく竹中労が作ってきたんです」(『KAWADE道の手帖 竹中労』)

 塀をつくれば、塀の中をのぞきこみたくなる。それが大衆心理であることを見抜いていた。「ルポルタージュとは主観である」と唱え、情念の層を盛ることを良しとした。客観的立場などありえない。取材するにあたっての大前提は「予断を捨てよ」ではなく「予断を持て」。そして、必ず現場を自分の足で歩いて確認し、「十を知って一を書くこと」の大切さを説いた。

 あふれる情熱は音楽のプロデュース活動にも及ぶ。沖縄が本土に復帰する前の69年から沖縄の取材を始め、レコードも出した。沖縄民謡ブームの先駆けといわれ、14年には名盤10作品がCDとなり日本コロムビアから再発売された。「沖縄の歌が最も熱かった時代の記録です」と担当プロデューサー遠藤亮輔さん。75年の「終戦の日」に東京・日比谷の野外音楽堂で開かれた「琉球フェスティバル」の実況録音も収録されている。

 週刊誌の連載記事で当時の佐藤栄作首相夫人を批判し連載が中止となり、言論弾圧だとして法廷闘争に訴えたことがあった。「いまの人はけんかを嫌う。あえて波風を起こすやり方を学ぶ必要があるのでは」と語るのはルポライター鎌田慧さん(77)。権威には決しておもねらない、したたかな反骨精神といえよう。

 坊主頭に背中の刺青。「いまあるモラルを信頼しないところから新しい文化は生まれてくる」と竹中は主張していた。社会全体に閉塞(へいそく)感が漂う中、既成概念をぶちこわす覚悟を迫っている。

 没後25年。「竹中英太郎記念館」(甲府市)には労の著書や写真も展示され、訪れる人が絶えない。実の妹で館長の紫(ゆかり)さんは「とても温かい人でした」。闘うべき相手には徹底して攻撃をしかけるが、弱い者には優しかった。

 (編集委員・小泉信一)

 <足あと> たけなか・ろう(本名つとむ) 1930年東京生まれ。現・東京外大除籍。父は画家の竹中英太郎。59年、東京毎夕新聞を退社し独立。「ルポライター」を名乗り、芸能人への直撃インタビューや独占手記など芸能ジャーナリズムに新機軸を打ち出す。社会評論、映画・レコード制作など幅広い分野でも活躍。「けんかの竹中」の異名をとり、様々な話題を投じた。91年5月、死去。遺骨は沖縄の海に散骨され、一部は甲府市のつつじが崎霊園に埋葬されている。

 <もっと学ぶ> 『完本 美空ひばり』(ちくま文庫)は、歌謡界の女王ひばりの真実に迫った名著。対象への情熱の強さこそ、優れたルポルタージュを生み出す力になることがわかる。

 <かく語りき> 「人は、無力だから群れるのではない。あべこべに、群れるから無力なのだ」(『決定版ルポライター事始』から)





takenaka Asahi

あさ語特別編・あさのラストメッセージ  備忘録

「あさ語特別編」・あさのラストメッセージ | あさが来た | NHK大阪放送局ブログ


最終回を見て、宮本常一を思いだしました。
進歩とは何か?発展とは何か?を自問自答しながら日本中を旅した宮本、便利になった社会が
どうして平和を捨てるような行動をするのかと。



以下ブログより
「皆さん、知っての通り、うちは江戸の嘉永生まれのおばあちゃんだす。うちらの若い頃は、そら不便だしたのやで。電話はもちろん郵便のあらしまへん。馬車や汽車かてあらしまへん。誰かに何か伝えたい思ても、脚絆(きゃはん)穿(は)いてひたすら幾つも山を越えるしかあれへんかったりしたもんだす」


「それがほんまに便利になって。うちは、昔の方がよかったなんて、ちょっとも思てしまへんのやで。そやけどなあ・・・・なんでだす?」


「国が育ったらもっともっとみんな幸せになれる思てたのに、こない生き辛い世の中になってしもたのは、なんでなんだすやろなあ?」


「戦争は銃や大砲で人を傷つけて、新聞や世論は人を悪ういうたり勝手な批評して人の心傷つけるばかり。みんなが幸せになるための武器は、銃でも大砲でも悪口でもあらしまへん。(頭と胸を指し)ココとココだす」

「その分野でいうたらおなごはんは決して男に引けとらしまへん。いや、男はん以上にその力を大いに使うことが出来ます。まあ・・・うちの旦那さんはうちより柔らかいお人だしたけどな」



「若い皆さんは、これからどない職業についても、家庭に入っても、その二つがあったら大いに人の役に立つことができます。日本どころか世界の役に立てることがこの先ぎょうさんありますのや」


「どうか、どうか悄気て(しょげて)なんかいてんと、よう学んで、頑張っとくなはれな」

「そうだす。人の気持ちをおもんばかることの出来る優秀な頭脳と、柔らかい心、それさえあったらそれで充分なんだす」



竹中労語る 父、竹中英太郎

先日訪問させていただいた、竹中英太郎記念館のある湯村山からの映像もある。

労さんは母校の先輩でもある。凄い人なのである。




利他と革命 熱いです。



他国の見方について 現在のヘイトスピーチ団体聞かせたい



ジャーナリズムとは 新聞であろうが雑誌であろうが1流も2流も関係ない 時にイエローペーパーが真実を炙りだす 最近の文春?


金曜プレステージという番組 凄いメンツで議論してますね。

>映画『スティーブ・ジョブズ』

映画『スティーブ・ジョブズ』公式サイト 絶賛公開中

羽田ーハノイ 機内映画

iMacを作るまでのストーリーかな
妻(認知している?)との確執、娘との関係
もちろん同僚らとの葛藤
数々の失敗、解雇、復帰

プレゼンテーションの天才とそれを支えたスタッフ

最終場面で娘のウォークマンを指して、これからは何千曲も効けるデバイスを作ると宣言した。
そう、それはiPodになった。

僕も色々とMacを使って来たし、子供たちもMacで色んなソフトを使って遊んできた。
1996年ー98年のベルギーはquadoraとpower book だったかな。
iMacG3は1999年にガーナに家族で行く時に持っていったな。

その後、子供が大きくなってきてwindowsマシーンになったんだっけ。


56歳という若さで亡くなった。
癌治療の間違い(代替療法による)の指摘もある、もう少し長生きしてほしかったね。

いのちの場所 内山節 岩波書店 2015

図書館本

シリーズここで生きる、岩波書店の10冊のうちの一冊のようです。
残念ながら他の著書は読んでいません。

内山さんのブレない「生きる」「いのち」「場所」「共同体」等々の哲学(生活の知恵)を東西の哲学者や上野村に生きる人を引用して綴っています。

生老病死が直線ではなく循環する時間の中で共同体としての風土に中にあることを示しているのでしょう。

備忘録メモ

現代はいのちを固有のもの個体性にもとづくものとして社会が成立、そのために、いのちの孤独を生みだし、生の不安と死の恐怖を蔓延させることになった。

個人の時代の人間の精神 他者に思いを寄せ、他者のために行動する自己が好き。「いのち」もまた自己愛の対象になる。
共同体が生の意味、死の意味を教えるという役割
和辻哲郎と三澤勝衛の「風土」の違い 和辻の師であるハイデッガーはナチスの党員になった。
祀るべき霊、家の単位を超えて、村のご先祖様
生と死の親しい関係 柳田國雄(先祖の話)
共同体の死生観 永遠性に対する信頼
いのちの存在と生きることの分裂 生と死を包み込む風土を失ったとき、人間は苦悩を背負う
一番小さい共同体は家族
多様な生き物が暮らす世界のなかで、自分たちには特別な地位があると考えたときから、人間はふたつの理由で「いのち」のありかを見失った。
 「いのち」の格差 高級と低級 人間と動物、人間の中(人種、民族)
  自己の位置の絶対視 自分の「いのち」
「いのち」の居場所としてのローカルな世界



幸福に死ぬための哲学 池田晶子の言葉 講談社 2015

2月23日は池田さんの命日。早く逝きすぎた池田晶子さん(1960-2007)

池田の著作等から選び出した言葉。
使用されている著作はおそらくすべて読んでいるとは思うけど、忘却している方が多いですね。
また、池田ファンは本書の評価は微妙だと思う。
でも、池田晶子を知らない読書にとっては入門書として良いかとも思う。

知る事より考えること
食うために生きるのか 生きるために食うのか

40歳過ぎてから「14歳からの哲学」を読んだものとしては、自分のあまりの愚かさを
なんども池田さんの本から感じたものだ。

生死することにおいて、人は完全に平等である。すなわち、生きている者は必ず死ぬ。
癌だから死ぬのではない。生まれたから死ぬのである。すべての人間の死因は生まれたことである。

本書には記載されていないが、私の好きな一節

池田晶子さんの「暮らしの哲学」の中にある。

回帰する季節に記憶を重ねることで、人生の一回性を確認することに他なりません。中略。大人になっても夏は来ます。でも夏休みはもう決してやって来ない。毎年、夏の気配を感じとる頃、夏を待っているのか、夏休みをまっているのか、よくわからない感じになる。大人になって勝手に夏休みをとることができ、贅沢な旅行ができるようになっても、子供の夏休みの日々、あの濃縮された輝きにかなうものではないとういうことが、よくわかっている。おそらくすべての大人がそうでしょう。すべての大人は、もう決してやって来ない夏休みを待っている。人生の原点であり頂点でもある無時間の夏、あれらの日々を記憶の核として、日を重ね、年を重ね、流れ始めた時間の中で繰り返しそこに立ち戻り、あれらの無垢を超えることはもうこの人生にはあり得ないのだという事実に、今さらながら驚くのではないでしょうか。(夏休みは輝く)



E・トッドが見る世界

信仰は衰え、国家は破壊された エマニュエル・トッド氏:朝日新聞デジタル


特に最近注目されているトッド。
フランスの知性がフランスを憂う。そしてヨーロッパの混迷を。


備忘録メモ

記事


 悪い方へ悪い方へと回り続ける歯車をだれも止められない。そんな気分が世界に広がる。過激派といわれる勢力の暴力、難民や移民への排他的な反応、分断される社会。新著「シャルリとは誰か?」(邦訳、文春新書)で、その閉塞(へいそく)状況の読み解きに挑んだフランスの知識人、エマニュエル・トッド氏に聞いた。

 ――15年前、米同時多発テロが起きたとき、あなたは中東は近代への歴史的な移行期にある、と話してくれました。イスラム過激派と呼ばれる運動は、その流れへの激しい反動だと。今、起きていることもその表れでしょうか。

 「奇妙なことに、中東について新たな宗教戦争という見方がよく語られます。シーア派とスンニ派の戦争だという。だが、これは宗教戦争ではない。イスラム圏でも宗教的信仰は薄れつつあります。人々がその代わりになるものを探している中で起きているのです」

 「『イスラム国』(IS)もイスラムではありません。彼らはニヒリスト。あらゆる価値の否定、死の美化、破壊の意思……。宗教的な信仰が解体する中で起きているニヒリズムの現象です」

 ――欧米の対応はそこを見誤っているのでしょうか。

 「アラブ世界は国家を建設する力が強くない。人類学者としていうと、サウジアラビアやイラクなどの典型的な家族制度では、国家より縁戚関係の方が重みを持っています。イラクのフセイン政権はひどい独裁でしたが、同時に、そんな地域での国家建設の始まりでもあった。それを米ブッシュ政権は、国家秩序に敵対的な新自由主義的思想を掲げ、国家の解体は素晴らしいとばかりに戦争を始めて、破壊したのです」

 「中東でこれほどまずいやり方はありません。今、われわれがISを通して目撃している問題は、国家の登場ではなく、国家の解体なのです」

 ――信仰が薄れるにつれ、社会秩序を支えるにはますます国家が必要になるのに、逆に破壊するちぐはぐな対応というわけですね。

 「つまるところ、中東で起きているのは、アラブ圏で国家を築いていく難しさと、米国などの新自由主義経済に起因する国家への敵対的な考え方の相互作用の結果ではないかと思います」

■フランスは別の国になった

 ――あなたは新しい著書で、テロのあとの仏社会の側の動揺と迷走を分析しました。

 「フランスは夜に入ってしまったようです。私が愛した多様で寛容なフランスは別の国になったように感じています」

 「パリでテロを起こし、聖戦参加のために中東に旅立つ若者は、イスラム系だが生まれも育ちもフランスなど欧州。アルジェリア人の友人はいみじくもこう言いました。『なんでまた、欧米はこんな困った連中をわれわれのところに送り込んでくるのか』。あの若者たちは欧米人なのです」

 ログイン前の続き――そこを直視すべきだと主張したあなたの著書は、激しい反発を呼びましたね。

 「本が出て多くのテレビ番組に呼ばれたが、侮辱されるばかり。『君は本当のフランス人ではない』とさえ言われました。そこにあったのは反知性主義です」

 「今、テレビやラジオでは『イスラムが問題なのは自明』などという連中が幅をきかせています。彼らはイスラム嫌いを政教分離原則などと言い換える。右翼の価値観がフランスの価値観になってしまったみたいです」

 ――昨年1月のテロ直後に数百万のフランス人がデモに繰り出し、抵抗の決意表明として内外で称賛されました。しかし、あなたはそこにイスラム系市民への排他的な空気を感じ取り、仏社会の病理を読み解きました。

 「デモに繰り出した人の割合が高かったのは、パリ周辺よりもむしろかつてカトリックの影響が強く、今はその信仰が衰退している地方。また階層でいえばもっぱら中間層。それは第2次大戦中のビシー対独協力政権を支持した地域、階層でもある。そう指摘して非難の的になりました」

 「リベラルな価値の表明といいますが、実際はイスラムの預言者ムハンマドを『コケにすべし』と呼びかけるデモでもありました」

■経済的合理性という「信仰」

 ――欧州でも中東と同じように信仰の衰退と、それにともなう社会の分断という流れが背景にあるのでしょうか。

 「そうです。今後30年で地球に何が起きるか予測したければ、近代を切り開いてきた欧米や日本について考えなければ。本物の危機はそこにこそあります。歴史家、人類学者として、まず頭に浮かぶのは信仰システムの崩壊です」

 「宗教的信仰だけではない。もっと広い意味で、イデオロギー、あるいは未来への夢も含みます。人々がみんなで信じていて、各人の存在にも意味を与える。そんな展望が社会になくなったのです」

 「そのあげく先進国で支配的になったのは経済的合理性。利益率でものを考えるような世界です」

 ――それが信仰の代わりに?

 「信仰としては最後のものでしょう。それ自体すでに反共同体的な信仰ですが。経済は手段の合理性をもたらしても、何がよい生き方かを定義しません」

 ――そうやって、分断される社会で何が起きるのでしょうか。

 「たとえば中間層。フランスでは、経済的失敗に責任がある中間層の能力のなさの代償として、労働者階級が破壊され、移民系の若者を包摂する力をなくしてしまった。世界各地で中間層が苦しみ、解体されていますが、フランスは違う。中間層の代わりに社会の底辺がじわじわと崩れています」

 「そこを見ないで、悪魔は外にいることにする。『テロを起こした連中はフランス生まれだけれども、本当のフランス人ではない』『砂漠に野蛮人がいる。脅威だ。だから空爆する』。おそるべき発想。ただそうすれば、仏社会内の危機を考えなくてすみます」

 ――仏政府は、二つの国籍を持つ者がテロに関与したら仏国籍を剝奪(はくだつ)するという提案をしました。確かにこれはフランスが掲げる価値観とぶつかるように見えます。

 「二重国籍はフランスを寛容な国にしている制度。仏国民とは民族的な概念ではありません。フランス人であると同時にアルジェリア人や英国人であることはすてきだと考える」

 「提案は、教養のある人には、ユダヤ系市民から国籍を奪って迫害したビシー政権を連想させますが、85%の人は支持している。その意味するところがよくわからないのでしょう」

 「テロへの対策としてもばかげています。想像してください。自爆テロを考える若者が、国籍剝奪を恐れてテロをやめようと思うでしょうか。逆に、国籍剝奪の法律などをつくれば、反発からテロを促すでしょう」

 「私は『新共和国』という言葉を本で使った。中間層が支配する国という意味です。そこでは、イスラム系に限らず、若者をその経済や社会に包摂できなくなりつつあります」

■取り組むべきは虚偽からの脱却

 ――だとすれば日本も共通するところがあります。移民は少ないが、非正規労働者として他国での移民労働者のような扱いを受ける人はたくさんいます。いわば一部の国民が戻る祖国のない移民になりつつあるのかもしれません。

 「興味深い指摘です。先進国の社会で広がっているのは、不平等、分断という力学。移民がいなくても、教育などの不平等が同じような状況を生み出しうる」

 「それに日本の文化には平等について両義的な部分があります。戦後、民主的な時代を経験し、だれもが中流と感じてきた一方、人類学者として見ると、もともと日本の家族制度には不平等と階層化を受け入れる面がある。民主的に働く要素もあれば、大きな不平等を受け入れる可能性もあります」

 ――簡単に解けない多くの難題が立ちはだかっているようです。何が今できるのでしょうか。

 「この段階で取り組まなければならないのは、虚偽からの脱却です。お互いにうそをつく人々、自分が何をしようとしているかについてうそをつく社会。自分を依然として自由、平等、友愛の国という社会。知的な危機です」

 「それは本当に起きていることを直視するのを妨げます」

     ◇

 〈Emmanuel Todd〉 1951年生まれ。家族制度や識字率、出生率に基づき現代の政治や社会を人類学的に分析、ソ連崩壊などを予言してきた。

     ◇

■取材を終えて

 1968年5月、フランスで起きた大規模な反体制運動では街頭に出て石を投げていた1人。その体験から、「自分の国の国旗を引き裂くことだってできる、すばらしい国」と誇りに思ってきた。そんな「寛容なフランスを私が再び見ることはないでしょう」と失望感も吐露していた。

 しかし、歴史家、人類学者としての意欲は旺盛だ。グローバル化で人類は、産業革命よりも重要で新石器時代に匹敵するくらいの転換点を迎えているのかもしれないと話し、本も執筆中だという。どんなに強い反発を浴びても、その社会に容赦のない緻密(ちみつ)な肖像画を突きつけ続ける――。

 会うたびに知識人の強さを感じさせてくれる。(論説主幹・大野博人)





トッド 自身を語る
エマニュエル・トッド
藤原書店
2015-11-20

小倉昌男 祈りと経営 森健 小学館 2016


第22回小学館ノンフィクション大賞受賞作品

素晴らしい小倉昌男評伝だと思いました。
ただ、筆者の森氏は「ブラザーサンシスタームーン」をご存じないのかもしれない。
小倉氏の洗礼名の「フランシスコ・アシジ」の理由はしっかり描かれていたが、、、

仕事と家庭そして苦悩。本書で綴られる小倉氏(1924-2005)がいかに利他として生きたかが丁寧な取材により示されている。そして行政と戦う姿よりは家族、会社の同僚や部下、社員との関係性を重視してその生き様を読者に見せてくれます。

備忘録メモ
サービスが先にあり収益(利益)はそのあと
結核療養 恋人との別れ 信仰 
ヤマト福祉財団へ財産寄付 ヤマト運輸本体と社員からの寄付も
東京高等学校(東高)での青春時代 自由な校風 同窓会で仕事の話をしたことはない
動物戦争 ペリカン便 カンガルー便 パンサー便 ライオン便等々 
三越、松下との取引撤退(不公平な取引)
宅急便事業 開始後5年で損益分岐点を超えた
仕事では筋を通すが、長女のことには許してしまう
長女と黒人との交際、結婚の妻へのストレス 妻の葬儀での謝罪
2011年宅急便1個あたり10円の寄付 総額142億円 ヤマト福祉財団
障害者の自立と社会参加 あまりに低い障害者賃金 共同作業所を「経営」する概念導入
最初の挑戦は運輸省、次は郵政省、そして厚労省
スワンベーカリー(障害者によるパン屋)の展開 現在29店舗 笹川陽平氏も協力(日本財団) 小倉氏は日本財団の評議員(運輸省からの妨害を退け)
イタリアでの聖フランチェスコ聖堂訪問(アッシジ)
ある女性との出会い 旅行 長女家族(孫も)渡米後の小倉氏の面倒をみる
長女の「境界性パーソナリティ障害」からの回復
妻と長女の精神状態の病との対峙 


「身体」を忘れた日本人 養老孟司xCWニコルx青山聖子 山と渓谷社 2015

最近対談本が多い養老先生(1937-)ですが、この本は良いです。
2014年のニコルさん(1940−)のアファンの森、および養老先生の箱根のバカの壁ハウスでの対談を編集されている。

おそらく聞き手の青山さん(サイエンスライターの第一人者)の広範の知識と経験が生かされているのだろう。
養老さんにしてもニコルさんにしても、これまでのブレの無い思想哲学を語っている。

本書を通じて語られるのは、脳化社会(都市化)における身体性の欠如がもたらす日本の弱体化だろう。

備忘録的メモ
滑川(鎌倉市、養老さんが子供ころ遊んだ)に生態系をまったく考えないでコイやフナを放した鎌倉市役所
日本の問題だらけの漁業 漁業権の補償費だけ払って、魚を捕らない方がよい。マグロ
限界集落問題、老人がいるから若者が来ない。
家畜化している都会 弱い感覚
ほったらかしの重要性 子供と自然
「意識」の問題 コントロール出来ない意識 科学が意識の問題をタブー扱い 意識は科学の大前提のはず
「同じ」という意識
「いただきます」「もったいない」「ごちそうさま」日本語の美しさ
一神教:一番上に神 八百万の神:一番したの階層が神
説明されればわかるのか? 説明したら陣痛がわかる?男子学生 わからないということを留保する必要性
自然から離れないでくださいbyニコルさん
自然に触れて欲しいby養老さん

若い人を元気にするのに一番いいのは、年寄りが早く死ぬこと。年寄りがいなくなりゃ若い人が動かざるを得ない。若い人って責任を持たせた瞬間に急激に伸びますからね。by養老さん

今の日本人、都合の悪いことは、見ない、聞かない、言わない、そして考えない。
見ざる、聞かざる、言わざる、考えざる。
今の人の常識に一番欠けているのは、「危ないのは自分だ」ということ。だから安全に対してこんなにうるさい。
天下無敵の本当の意味by内田樹 天下に敵がない、全員を見方にしちゃう、それが武道の理想

日本の森と川と海は本当に酷い状態。それを何とかしたいby 養老、ニコル


目次 山と渓谷社より
<目次>
【1章 森と川と海のこと】
荒れた森を再生する/日本の杉は苦しがっている/馬に木を運ばせる/木の力、森の力/森と川、そして海のつながり/川は「流域」で考えよう

【2章 食べること、住まうこと】
田舎の力/都会の罠/虫は貴重なタンパク源だった/何でも食べられるのは「貴族」/木を生かす適材適所/原発事故のあとに残された難問/人間関係を保険で補償する時代/経済成長とはエネルギーを使うこと

【3章 子どもたちと教育のこと】
「ほったらかし」が一番/二人の子ども時代/母親の世界から飛び出せ/ゲームより実体験/自然が足りないと世界は半分になる/新しいエリートをつくる/体験を通すと生きた知識が身に付く/森で授業を/小さいときに触れるべきもの

【4章 虫のこと、動物のこと】
生き物の分類は分ける人によって変わる/ゾウムシは中央構造線を知っている?/オスは時々いればいい/ハチに刺されて死ぬのはなぜか/クモに名前をつける/いなくなった赤とんぼ/生き物は複雑なシステム/キリンの首はなぜ長い/熊との付き合い方

【5章 五感と意識のこと】
ハエも用心するクサヤのにおい/顔色をうかがうための進化/意識はコントロールできない/人が失った絶対音感/山の声が聞こえる/銃を撃つ前に逃げるカモ/夢と意識/時間と空間/「意識の時代」と「身体の時代」

【6章 聞くこと、話すこと】
英語を強制されたトラウマ/気持ちと結びつく日本語/訓読みは難しい/主語の有無は文化の違い/自我の目覚めが遅い日本人/日本語と感覚/片言の中国語/「暗いところ」がなくなった/言葉がなくなると存在もなくなる

【7章 これからの日本のこと】
子供も、大人も外で遊べ/若者に責任を持たせよ/日本人に覚悟はあるか/言い訳の多い日本人/もう一つ先を考える/人間は「状況の産物」である/日本人よ、自分を取り戻せ


日本人はどう死ぬべきか? 養老孟司x隅研吾 日経BP 2014

図書館本

養老さんも最近対談本多いな〜(出版社が売れると思って安易に作るんだろうな)

養老さん(1937-)と栄光学園繋がりで建築家の隅さん(1954-)の対談がメイン。
養老さんは良く「死」に関して綴るけれど、基本的な立ち位置は常に同じだと思う。
1人称、2人称そして3人称の死 そしてキリスト教的死と日本的死の違い(死生観)
そして死を怖がらない。

備忘録的メモ
年寄りっているだけで邪魔、若い人にとってはうっとうしいに決まっている。だから殆ど東大には行かない。
(名誉教授や企業の引退した重鎮など)
一神教の世界では神と向き合う、日本は世間に向き合う
養老先生は高所恐怖症
自殺、2人称の死が持つ意味こそをもう一度考えるべき(日本の世間は窮屈だ、だから死んでも良いということはない)
方丈記、平家物語 ゆく河の流れ、諸行無常の響きあり。常に変わる自分。
体の概念の変更 江戸時代 脳化社会への以降
無常観にとらわれても、先にすすめなくなる。「だましだまし」で生き延びていくしかない
都市計画という環境破壊プロジェクトの存在
栄光学園 自由と規律
死に方を考えるほど、くだらないことはない。俺が死んでも俺は困らねえ。
日本人は「永遠に生きていける」という錯覚、その錯覚を基に家をばんばん建てた。空家問題。
死を語ってますます生きる。

日本人はどう死ぬべきか?
養老 孟司
日経BP社
2014-12-11






死の壁 (新潮新書)
養老 孟司
新潮社
2004-04-16




目次
1章 自分は死んでも困らない
2章 年をとった男はさすらうべきだ
3章 『方丈記』から考える
4章 時間を超越する歌舞伎座
5章 日本人とキリスト教的死生観
6章 人が生きる「舞台」が都市に必要だ

大島正満博士没後50年記念講演会 2015年6月26日 海老名市

大島正健(札幌農学校一期生)の長男が正満氏

魚類学の専門家としてはミヤベイワナや台湾マスの発見者として著名であるが、
シロアリ研究でヒノキチオールの防虫効果発見や鳥類、爬虫類での研究、そして晩年には僻地教育でのご活動など研究者として教育者としても素晴らしい方であった。

正満氏の8男である智夫先生(東大医学部卒、東大医科研、信州大学医学部教授、横浜市立大学医学部教授)が本などでは語れなかった父親正満氏を話された。

個人的には淡水魚保護協会が出版した大島正満博士の論文集の電子化のご許可をもしかしたらいただけるかなと思い講演会当日に伺った。

おじいさん(正健さん、甲府中学校長)のこと、甲府には地方病の調査研究で何度も訪問したこと、医科研(僕の大学院)の寄生虫部のこと等々のお話を伺えた。
そして、電子書籍化のご了解もいただいた。

おいらの師匠は信州大で大島智夫先生に教えを受け、その後医科研で助教授となり、そのご国研の所長をされ、70を超える今も現役バリバリである。
大島智夫先生は今年90歳であろう。
出来る人間は長生きでかつ話が上手いなと感じた素晴らしい講演会であった。

淡水魚保護協会の木村英造さんとも電話でお話をしていただいた。(涙が出そうだった)IMG_0006P6273553P6273552P6273551

大島博士没後50年大島博士没後50年2大島智夫P6273555大島論文IMG_5099

ランタン 

先日の焚き火会で魅せられてしまったランタン

巨匠におねだりして、廉価で無理やり譲ってもらった。

さすがUKという気品あり、無骨な造り、そして重厚感。

大切に使います。

このランタンにはヤマアジサイが良く似合う(笑)


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ドラッカーと論語 安冨歩 東洋経済新報社 2014

図書館本

読んだ事がないドラッカーと論語であります。
結論から言うと結局昔の人は偉かった!
普遍的な人の進むべき道を論じ、人生はカネだけでは無いという事。

もしドラすら読んでいませんが、安冨さんの視点はドラッカーの思想考え方と孔子は同じであるということだろう。

備忘録メモ
小人とは君子と対極に位置し、仁が作動しない人物であり組織の上に立ってはいけない。
マネージャー=君子 君子=仁たりうる者
ドラッカーの「イノベーション」は技術革新などに留まらない
イノベーションの本質をもっとも理解したのは実は近代の日本byドラッカー
組織の3階層 トップマネジメント マネジメント 現場  そして顧客 その間にコミュニケーション
ドラッカーとフロイトとの出会い 母親とフロイト
ナチス全体主義への対抗手段としてのマネジメント
組織はあくまで手段であって目的でない
徳によってこそ国家が運営される
組織の恐ろしさ 巨大化の弊害
組織の成功例 インド統治=イギリス 9人の政務官 その下に100人の監督官 報告書(情報) 
          病院、交響楽団
情報の洪水=インターネット
情報責任=全員
ポスト資本主義の組織 オートメーション インフォメーション
関所資本主義=ボトルネックを掌握して利益=資本主義の本質 by 安冨
今後は関所の喪失
大学=知識のダムから変貌 インターネット=関所無き時代
日本=関所時代のコミュニケーションで国債乱発
P2P ビットコイン アウトソーシング
日本の銀行 50万人位で十分 実は250万人 2003年ドラッカーインタビュー 銀行という関所

真摯さの誤訳(もしドラ) integrity of character 安冨訳=人格の統合 それが「仁」

ドラッカーと論語
安冨 歩
東洋経済新報社
2014-06-20


脳化社会を憂う 養老先生

私だけの東京・2020に語り継ぐ:解剖学者・養老孟司さん 都市化のひずみ、見直す時 - 毎日新聞


養老さんキーワード
手入れ
脳化社会(こうすればああなると頭だけで考える社会)
都市化
身体性

昔からまったくぶれない養老哲学満載

以下
東京大学のある本郷(東京都文京区)から上野の山にかけては、ちょうどいい散歩コースなんです。若い頃はよく、大学の裏手から坂道を下りて不忍池のほとりに出て、再び坂を上って上野の山へ行きました。本を読みながら歩くのが常でしたが、本郷辺りの裏道は幅が狭く、車が少ないので危なくなかった。来ても向こうがよけてくれました。大学では「歩きながら本を読んでいるやつがいたら養老だ」と有名だったそうですが。

 本郷の他にも、坂のある町や起伏のある町を散歩するのが好きですね。麻布十番から有栖川宮記念公園、広尾にかけてもよく歩いたなあ。坂道や川があり、古い建築物も多かった。でも、六本木の再開発以降、街並みが一変して足が遠のきました。東京では近年、あちこちで再開発が進み、最新鋭の高層ビルが乱立しています。空調や人の出入りを完全管理しているようなビルは、僕が東京で一番行きたくない場所です。1日いたら、体調が悪くなりそうだ。

 密閉された建物の中にいるのと、屋外にいるのとで最も違う点は何だと思いますか? 変化がないことですよ。今、話をしているホテルのこのロビーだって、明るさも温度も一定で風も吹かない。これが体に悪いのです。「環境が変わると疲労する」と思いがちですが、違います。人の体は無意識のうちに環境の変化に対応している。それが生きているということです。変化のない人工的な環境は、体のバランスを崩す。そんな環境がまともだと思っているのは人間の意識だけ。現代人に体調不良やうつ病が多いのも、根本には不自然な環境に長時間押し込められていることがあるように思えてなりません。

 都市とは、人間が頭で考えた世界を図面化し、作り上げた空間です。都市で暮らす人間は、何でも計画通り進むのが当然だと思っていて、不確定要素をできるだけ排除して生きている。特に東京はそう。それで、山手線や新幹線が数分遅れれば大騒ぎし、地震があれば驚くわけです。でも、本来は生きること自体が不確定なんですよ。人は必ず死にますが、いつ死が訪れるかは分からないのですから。

 日本では3、4代くらい前までさかのぼれば、ほとんどの人がお百姓さんです。その頃は世界は不確定の連続だと、皆が理解していた。作物を同じように育てても、毎年同じ量の収穫があるわけではありません。台風もあれば、日照りもある。病気にやられることもあるのです。

 しかし戦後、都市化が進み、サラリーマンが増え、人々は「明日はこうなる」という予測の下で生きるようになった。会社でも役所でも、新しいことを提案すると、上司に「どんな結果になるのか」と必ず見通しを問われるでしょう? 「やってみないと分かりません」なんて言ったら相手にされない。官僚はその最たるものです。

 昨年、少子化による消滅可能性都市に東京都豊島区が含まれていることが大きな話題になりました。でも、都会の論理で考えれば、東京の人が子どもを産まなくなるのは当然です。子育てなんて不確定の連続。どんな顔の子供が生まれるのかさえ分からないのですから。

 とはいえ、このままで良いわけがありません。私は以前「官僚は1年のうち3カ月程度は田舎で農作業をするべきだ」という“現代版参勤交代”を提唱しました。自然の中で体を動かし、東京的な発想を見直すことが、この国の将来のために大事だと思ったのです。

 先日、久しぶりに本郷周辺を歩きました。戦中戦後の「外食券食堂」だった大衆食堂や、僕の学生の頃から続く居酒屋、理髪店などが残っていました。個人経営の店だから続いているのでしょう。東京は自然だけではなく地域の共同体も排除してきましたが、「家業」を継ぐ人たちは地域に根を張って共同体を支えています。その意味でも、こうした町は残っていってほしいですね。

 最近、東京駅の赤れんが駅舎や歌舞伎座のように、古い建築物を復元したり、保存したりする動きも出ています。都会の論理を見直す気持ちが出てきたのならうれしいですね。人間が生きる仕組みは簡単に変わるはずがないのですから。【聞き手・小林祥晃】

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 ■人物略歴
 ◇ようろう・たけし

 1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東大医学部卒業後、解剖学教室へ。95年、東大教授を退官、同名誉教授に。2003年、ベストセラーとなった「バカの壁」で毎日出版文化賞特別賞。


悲しき「部族Tribe」(『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2015』)

REALKYOTO 悲しき「部族Tribe」(『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2015』)


このブログ?の文章に鳥肌が立った。
僕はいわゆる理系人間なので、人類学とか民俗学と言うモノを知ったのは中年になってからだった。
宮本常一や柳田國男等々。

常に学問に存在する光と影がこの文章の中から読み取れる。

以下転載
3回目を迎えたKYOTOGRAPHIEのテーマは「部族」。出展作品のなかでも出色は、マルティン・グシンデがパタゴニア、フエゴ島の先住民族を撮影した写真と、人類学者でもあったフォスコ・マライーニが能登舳倉島の海女を撮影した写真である。それが目新しいからではなく(*1)、「写真の本質は記録にあり、作家性が前面に出た芸術写真より被写体の真正性が勝る」からでもない。両者が人類学・民俗学的な写真、さらには二つの文化の狭間で生じる写真に必ずつきまとうコロニアルなフレーム(撮影者と被写体の関係、眼差し)を超えているからである。


人類学は、西洋の白人が非西洋圏の「未開」部族を「研究対象」とする学問として、つまり徹頭徹尾コロニアルな学問として成立した。そうした部族は、白人入植者や宣教師によって植民地化された土地の部族であり、とりわけパタゴニアでは害獣のように駆逐され殺戮されて(*2) 遅くとも20世紀の半ばには全滅する。20世紀初頭の人類学者が、写真機や録音機を携えて世界各地へ赴き、滅びゆく部族を記録して回ったのは、人類学がジェノサイドの裏面であったから、彼らが良心的な共犯者であったからに他ならない。

その記録写真には、被写体を「標本」にするスタイル(正対し、画面中央に単体ないし複数一列の被写体を据える)と、その「自然態」をスナップするスタイルがあった。コロニアルなフレームは、この二つのスタイルに支えられている。その目的は一種の分離主義にあり、対象を、撮影者と決して交わらない存在として純粋にアイデンティファイすることである。被写体(見られる者)と撮影者(見る者)を分割し、距離を保全するのだ。

さて、フエゴ島のインディオも日本の海女も、グシンデやマライーニが初めて見出した被写体ではない。むしろ二人は遅れて来た者であり、その写真は幾人もの先行者(*3)の仕事を前提としている。

例えば、グシンデに先だって、フエゴ島のインディオを撮影したチャールズ・ファーロングは「自然態」スナップのスタイルを採用していた(*4)。その10年後、グシンデの写真に見られる多くのインディオはスペイン名のファーストネームをもち洋服を身にまとっている。「自然態」はもはやありえなかった。彼の写真は、インディオが彼の頼みに応じて昔の成人通過儀礼を再演して見せてくれた、その記録なのである。だからグシンデは、「再演」を「自然態」にみせる代わりに、標本スタイルを選択する。と同時に、通過儀礼の写真では精霊の名を、日常写真では個人名を記すことによって、「標本」を否定した。「標本」は一つ一つ名指されて一種の「遺影」と化す。それはグシンデの「家族」の —彼自身が顔面に同じペイント(家系を表す)を施されて写っている写真がある— 遺影であり墓碑銘なのである。

二重の否定(自然の否定と標本の否定)を経て撮影されたグシンデの遺影写真に比べて、マライーニの海女の写真は肯定的な幸福感に満ちている。ドイツの人類学者が抱えた疚しい良心を、マライーニはもたなかった。そもそも彼は、アフリカや北南米の研究者と異なり対象民族(彼の場合はアイヌ)の滅亡の原因が白人社会にはない地域の人類学者として来日したのだった。しかし、その後マライーニの関心は、消えゆく民族の記録から、戦争の激動を経てもなお地域で生き延びていた民俗の記録へ、消滅から持続へと移行したように思われる。

すでに述べたように、「自然態」スナップはコロニアルである。「無垢」な被写体に対して、「民俗の記録」「エロス」「神話的世界」といった多義的な意味を一方的に投射すること、それが(白人男性の)コロニアルな眼差しというものだ。が、そんな多義性を捨てて、マライーニは海女とともに海に飛び込んでしまう。水中写真こそ、このシリーズの頂点である。被写体と同じメディウム(海水)に身を浸すことで、撮影者と対象の位置関係は不安定になり、画像は激しく流動し、それとともにコロニアルなフレームが溶け去っていく。エロスと神話は、マライーニがそれに与って初めて生きてくる。


所与の「Tribe」をアイデンティファイして尊重し合うだけならば、それはフレンドリーな分離主義にすぎない。「Tribe」をすべて「人間」という大集合に溶かし込むなら「Tribe」は消える。「Tribe」とは、アイデンティティによる共同性(主語「われら」)ではなく、顔面を塗り海に潜るといった行為による共同性(動詞「〜する人々」)に与って主語のアイデンティティがゆらぐときに出現するものだろう。グシンデとマライーニの写真は、特定の部族のアイデンティティを記録したからではなく、彼らのアイデンティティのゆらぎを記録したからこそ「Tribe」の写真なのである。


〈注〉

*1 前者は数年前から「ケムール人(ウルトラマンシリーズに登場する宇宙人)の原型はここにあった!」などとYouTubeやまとめサイトで話題であった。後者の『海女の島』はすでに2013年に未來社から再版されていた。

*2 白人が持ち込んだ伝染病に対して免疫がなかったため絶滅したというまことしやかな説もあるが、パタゴニアでの金採掘と羊放牧場開拓に乗り出したアルゼンチンとチリの植民者が、狩猟ノマドであったセルクナムを積極的に排除したことは言うまでもない。なかでも悪名高いJulius Popperという男は「オナ(=セルクナム族の別名)ハンター」を自称していた(Marisol Palma Behnke論文参照。Begegnungen auf Feuerland. Fotografien von Martin Gusinde 1918-1924 (Ostfildern: Hatje Cantz, 2015) p.26)。


*3 グシンデにとってのEdward CurtisやCharles W. Furlong、マライーニにとっての岩瀬禎之、あるいは海辺の「自然」で「素朴」な住人にギリシア神話の世界を重ねる点において、Wilhelm von Gloedenのシチリア、タオルミナの漁師の少年たちなど。

堤未果さんという生き方

(逆風満帆)ジャーナリスト・堤未果:下 米国の光と影、粘り強く発信:朝日新聞デジタル


 9・11テロをきっかけに、あこがれた米国に失望し、自分も見失った堤未果(43)は、ジャーナリストの名刺を手に、再び米国に渡った。

 貧困層の高校生への米軍のリクルートの実態、補助金を受けるため学校に導入される軍事訓練、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、ホームレスに転落するイラク帰還兵。治安の悪い場所、銃を持っているかもしれない取材相手など緊張する場面もあった。「今起きていることでだれが犠牲になり、だれが得しているのか。自分の足で見つけようとするうちに、不思議と体調も回復しました」

 文章を書く作業でさらに「体から毒が出る気がした」と話す。堤の父・ジャーナリストのばばこういち(2010年死去)は政治・社会問題について多くの著書を残した。母・江実(75)も会社経営を引退した20年以上前から翻訳・エッセー・絵本などを著し、今は詩人として活躍する。堤もかつて「書く仕事」への夢は抱いていたが、ニューヨークで働く間に忘れかけていた。

 04年に出版された『グラウンド・ゼロがくれた希望』(ポプラ社)は、アメリカンドリームに破れ、苦しみ、また立ち上がった堤の個人史が主につづられる。偶然読み、「一人の人間として自立して生きる姿勢を感じた」と話すのは、弁護士の金住典子(かなずみふみこ)(72)だ。パートナーの原田奈翁雄(なおお)(87)とともに1999年から季刊誌「ひとりから」(現在は年2回刊)を発行する。「有名より無名、感性にぐっとくる人に書いてもらいたいの」と笑う金住と原田は、すぐに堤に執筆を頼んだ。半年後に始まった連載「世界中のグラウンド・ゼロ」は、米国取材を重ねながら書き続け、4年余りの長期になった。「米国のいい面も悪い面も取材し、追究していく力をご自分の中から発掘されていったのだと思います」

 とはいえ堤がすぐに文筆業で食べていけるようになったわけではない。派遣業者に登録し、会議や展示会の通訳、外国人マンションのコンシェルジュも引き受け、お金がたまると米国へ。原稿を書いては出版社に持ち込むが、多くの場合、突き返された。「『金にならない』とか『君は才能がない』とか言われました。でもニューヨーカーってあきらめが悪いんです」。2、3度会ううち、ともかく編集者を紹介してくれた出版社には1年近く通った。「企画会議を通らないと言われても、書き直したからもう一度見て下さい、と粘りました」

 ■「勇気や希望を伝えたい」

 06年、幸運が訪れた。「ひとりから」の連載の一部をまとめた『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)が黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。追い風を受けて08年の『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)は40万部を超すベストセラーになり、新書大賞と日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。

 私生活でも大きな転機があった。薬害エイズ被害者の川田龍平参院議員(39)と08年に結婚。著書を読んだ川田が面識のあった双方の母を通じてアプローチ。川田のプロポーズ攻撃の末、堤が「よし、とひらめいて」OKした。決め手は何か尋ねると「何かな……。10代のころに死と向き合って、それを乗り越えた人なので本当に大事なこと以外こだわらない。執着とか欲とか打算とか、ぐちゃぐちゃしたものが抜け落ちているんですね」。

 互いに多忙ですれ違いが多いかと思うと、「なるべく予定を合わせるようにするので、一緒にいる時間は結構長い」という。カラオケで歌ったり、ネットカフェで同じマンガを読んだり。「仕事の話もそれ以外も2人でよくしゃべる。朝になってしまうこともあります。一緒にいるとよく笑います。それが夫の免疫力を上げているのかもしれません」

 昨年出版した『沈みゆく大国 アメリカ』(集英社新書)の前書きで、堤は初めて父について書いた。両親の離婚後も誕生日や正月には顔を合わせたが、米国留学後は米国嫌いの父とは疎遠だった。ジャーナリストの道を歩き始めた娘と父は空白を埋めるように毎週会い、政治、経済、医療、教育、メディアなど幅広く何時間も話した。晩年人工透析を受けた父は、保険証1枚で全国どこの医療機関でも一定の水準の診療が受けられる日本の国民皆保険制度の意義を語った。その言葉もあって、『沈みゆく大国』やその姉妹編は医療費や医療保険がテーマだ。

 この先何を書きたいのか。意外にもノンフィクションにこだわらないという。「どんな国にも、どんな人にも光と影があると学ばされた10年でした。少しでも光の面を伝え、勇気や希望を文章を通じて発信したい。その手法はたとえば小説でもアニメでもいいと思っています」

 =敬称略(大庭牧子)







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鎌倉おやじ
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夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
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