おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

哲学

絶望を生きる哲学 池田晶子の言葉 講談社 2017

図書館本

池田さん(1960-2007)が亡くなってすでに10年。

池田さんにとっての哲学とは生きる知恵だった記憶している。
知る事より考える事。
そして、食うために生きるのではなく、生きるために食う。

おそらく本書で紹介されている池田さんの本は全て目は通していると思うのだが
すでに多くの事が忘却の彼方に行ってしまっていたことを改めて痛感した。

14歳からの哲学をはじめとして、未だに池田さんの著作で絶版になったものは無いと聞く。
良いモノは未来永劫に続いていく、普遍的な価値を継続しながら。

備忘録メモ
正義と倫理が、嫉妬の別名
信教の自由、信教の不自由が正しい 信じることより考える事
「生きる力」というのは、言葉を換えれば、「腹の括り方」みたいなもの。いい大学、いい就職、
それがどうした。「僕は善く生きるということを知っている」
我々の日常とは、明日死ぬ今日の生、その連続以下買いの何ものではない。なのにどうして人は、
言葉を求めずにお金を求めるのか。

本書には登場しませんが、僕の好きな池田の文章

暮らしの哲学より

回帰する季節に記憶を重ねることで、人生の一回性を確認することに他なりません。中略。
大人になっても夏は来ます。でも夏休みはもう決してやって来ない。

毎年、夏の気配を感じとる頃、夏を待っているのか、夏休みをまっているのか、よくわからない感じになる。
大人になって勝手に夏休みをとることができ、贅沢な旅行ができるようになっても、子供の夏休みの日々、
あの濃縮された輝きにかなうものではないとういうことが、よくわかっている。おそらくすべての大人がそうでしょう。

すべての大人は、もう決してやって来ない夏休みを待っている。人生の原点であり頂点でもある無時間の夏、
あれらの日々を記憶の核として、日を重ね、年を重ね、流れ始めた時間の中で繰り返しそこに立ち戻り、
あれらの無垢を超えることはもうこの人生にはあり得ないのだという事実に、今さらながら驚くのではないでしょうか。
(夏休みは輝く)


こんな内容 HPより
不安の正体 ―― 思い込みを見抜く
人間の品格 ―― 無駄な人になりたいか
社会と現実 ―― 損か得かの問題なのか
他人と自分 ―― なぜ人に好かれたいのか
肉体と精神 ―― 病気というチャンス
存在の謎 ―― 自分の命は誰のものか
人生の意味 ―― 生きることに理由があるか
死に方上手 ―― 死んでも続く楽しみ ・・・・・・全92篇



パタゴニア初のテレビ広告:私たちの「公有地」のために

パタゴニア初のテレビ広告:私たちの「公有地」のために - パタゴニアのブログ「クリーネストライン」


企業の矜持

誰のための公共なのか?

環境が保全されてこそ人類が生存可能な持続可能な社会ではと思います。


パタゴニアは石木ダムに対して反対の立場で活動もされています。

こういう企業が大きな社会的責任を果たしているのだと思います。





原爆投下の日を迎える

NHK長崎放送局 | 長崎原爆ノート


幾つかの番組が戦争という悲劇を風化させないために放映されるようです。

被害性ばかりを主張するのでなく、日本が国家として、また個人として行った加害性もしっかりと
歴史に残し、未来に残さなければいけないと思う。

被害者にもなり、加害者にもなる。
そして悲劇を生み、憎悪を生み、さらに新たな憎しみや恨みが生じる戦争。

決して二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。

BS1スペシャル「長崎 幻の"原爆ドーム"」

“原爆の絵”は語る〜ヒロシマ 被爆直後の3日間〜





石橋湛山と日野原先生 医学と平和

日野原さん 湛山記念館の関係者は|NHK 山梨県のニュース


長男と次男が聖路加病院で生まれただけの関係性ですが(笑) 長女は甲府の病院で、きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記の編集をされた故中村克郎先生のお嬢様にお世話になりました。遠い目

記事の中の湛山と中学時代の恩師というのは甲府中学校長の大島正建先生ですね。大島先生の存在なくして石橋湛山は存在しなかったと。人が人を作る関係性。湛山は留年したおかげで大島先生と出会う事になったわけです。

日野原先生も数多くの人々を育て見守って来られたと思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。


以下記事
100歳を過ぎても現役の医師を続け、高齢者が活躍できる社会のあり方などについて提言を続けた日野原重明さんが、けさ、亡くなりました。
105歳でした。
日野原さんが主治医を務めた山梨県ゆかりの石橋湛山元総理大臣の記念館の関係者からは日野原さんの死去を惜しむ声が聞かれました。
日野原さんは石橋湛山元総理大臣が亡くなる昭和48年まで主治医を16年間にわたって務め、7年前の平成22年には湛山の資料を展示している甲府市の山梨平和ミュージアムを訪れています。
このとき案内役を務めた浅川保理事長によりますと、日野原さんは当時、展示品の1つでかつて自らが湛山の体調を気遣って本人に宛てた手紙を懐かしそうに見ていたということです。
また、湛山と中学時代の恩師との出会いについて紹介した資料や湛山が唱えた平和外交に関する論説などを深くうなずきながら眺めていたということです。
浅川理事長は「落ち着きのあるとても優しい方で、展示品を懐かしそうに熱心にご覧になっていたのがが印象的でした。長い間、活躍されていた方なのでとても残念です」と話していました。






高村友也さんと福岡翁

実践と思想 福岡正信『無』を読んで - 寝太郎ブログ


最近読んだ2冊の本の著者のブログ

僕も福岡翁の「無」を持っているのだが、正直にいうと怖くて読めない。

おそらく高村さんとは違う感想を持つだろう。

「さてここで、価値とは何かと問われれば、自然的であることと答えるだろうし、自然的なるものがなぜ価値があるかと言えば、結局のところ、そのほうが持続的に農耕を営むことができるから、ということになるだろう。堂々巡りなのである。自然的なるものに捉われすぎて、非自然的なるものが見えなくなる。そうなってしまうくらいならば農業はおろか、自然的な生活など御免である。

何かを実践・行動している人の思想というのは、その実践を核として語るがゆえに、ある角度からの真実しか見ていない。本書の著者であれば、持続的な農の営みを成功させる、という目的で思考が閉じてしまっている。確かに目的や、主張すべき核となる物事があれば、それを肯定するための知識を芋づる式に獲得してゆくことはできる。けれども、それは真理とは無関係であるし、教養とも言わない気がする。

自然農法自体の良し悪しの判断は僕にはできないが(個人的な感想を言えば、有機農法と自然農法の中間くらいが適切な線の引き方なのではと思う)、それ以外の大部分は、すごい無駄なものを大量に読まされたという気持ちである。

繰り返すと、著者はまるで、この世界の真理や原理から自然農法を導き出しているように書いているが、何のことはない、自然農法という色眼鏡でこの世界を見ているだけである。著者は思想家ではなく実務家である。健康な稲を育てて、それを見ながら与太話をしていた好々爺である。」



高村さんの最近のブログは農にかなり傾いている様に思うが、果たしてどこに向かうのか
興味あるところだ。
自由を愛し、さてどこに行きつくのだろうか?






無〈1〉神の革命
福岡 正信
春秋社
2004-08-01









僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 高村友也 同文館出版2015

図書館本

自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫) 文庫 – 2017 が良かったので読んでみた。

高村さん(1982- 東大理2から哲学に転向、慶応哲学大学院修了)の半生を自身で綴っている。

自由に生きるということを考え抜き、死をいつも見つめながら思考する態度に共感を覚える。
もちろん自分が同じ様に出来るとは思わないが、山梨の雑木林に家を作り、さらに神奈川の河川敷にも
土地を購入してテント生活をしたりしている姿は一つの生き様として良いのではないかな。
悩み、苦しみ、分裂する気持ちの中で生きる時間。労働とは、お金とは。

備忘録メモ
宇宙が先か、意識が先か。死の世界が先か、生の世界が先か。
生と死の二重性の両極に対して誠実であらねばならない。
アパート生活から途上生活、放浪 
物の豊かさ、心の豊かさにもまったく興味がない
スイッチを切りたい。肉体のスイッチ、人減関係の、金銭のやりとりの、義務の、言葉の、時間の。
いまだに死の想起がパニックを誘引することがある。
手作りの小屋は、僕の字がそのものなのだ。


自作の小屋で暮らそう 高村友也 ちくま文庫 2017

図書館本

初出は Bライフー10万円で家を建てて生活する 秀和システム 2011

読みだしたら凄いと思った。
坂口恭平さんと同じ匂いを感じる。
ゼロから始める都市型狩猟採集生活 坂口恭平 太田出版 2010
Tokyo 0円ハウス0円生活 坂口恭平 大和書房 2008
隅田川のエジソン 坂口恭平 青山出版 2008

BライフのBはベイシック(基本的)だそうです。
たとえば時給1000円で一日働き100日分の食費を稼ぐ。残り99日をどの様に使うのか。
時間、貨幣、労働の哲学がそこにある。そして生きるとは何か?

決して真似できないのだけれど、素敵な生き方である。
高村さん(1982-)の試行錯誤と思考錯誤?の記録だろう。

まさに、「意識が高い」人に分類される生き様。
本書が2011年のテキストに加筆されていて、今はさらにグレイドアップした生き方をしている。
やはり多くの本を良い、思考錯誤して哲学する態度が格好良い。
いろんな批判もあるのだろうけど、是非ともこのまま進んで欲しいと思う

基本的最低限な生活(電気もネットもあるよ)に興味がある方は非常に面白いと思います。
税制の事や法律の事も書かれています。

そして彼は書く
自由
その自由であなたは何を生み出したのか、芸術か、発明か、科学技術か、と問われるかもしれないが、
「・・・・・のための自由」なんて語義矛盾も甚だしい。何も生み出す必要などない。
ただ生きて、意識があって、自由に考えることが出来ればそれでいい。自由は何かのための
道具ではなく、おそらく誰もが知っている単純な欲求である。誰が決めたのか知らない理不尽な
ハードルの高い、普通の人として存在するための思考様式の最低条件から解放されて、足枷無く
物事を考えたい、精神的に身軽でいたいという気持ちである。複雑な思考様式を修得しつつ自由で
いるという二重人格的な離れ業が出来るほど筆者は器用ではない。


滅びる山梨 「学習しない高給な公務員が地方を滅ぼす」

県外に転出する企業 最多に|NHK 山梨県のニュース


結局山梨県の高給取りは公務員と金融関係、そして一部の企業従業員ということになるわけです。
この辺の事情は街づくりのプロである久繁さんや木下斉さんらが前から指摘しているところ。
そして、その高給取りの公務員はリア充ですから変化を求めず、事なかれ主義で、高額な退職金を貰い天下る。

ますます地方は貧しく衰退するわけですよね(笑)

終身雇用と年功序列をまずやめるのは公務員なんだよね。まさに既得権益

ちなみに非常に優秀な地方公務員も居る事は指摘しておきますよ(笑)
そういう人はどの業界にでも転職出来るのに、しないで頑張っている!
逆に絶対転職出来ない様な奴が多すぎるわけ。

「学習しない高給な公務員が地方を滅ぼす」 by 久繁さん

以下記事
去年、県内から県外に本社を移した企業の数は16社で、これまでで最も多くなったことが、民間の信用調査会社の調べでわかりました。

民間の信用調査会社「帝国データバンク甲府支店」によりますと、去年、県内から県外に本社を移した企業の数は16社で、前の年より2社増え、比較できる昭和56年以降、最も多くなりました。
移転先は、東京が8社と最も多く、次いで、神奈川県が5社、長野県と愛知県、それに沖縄県がそれぞれ1社でした。
一方、去年、県外から県内に本社を移した企業の数は、前の年より1社増え9社でした。
この結果、転出が転入を7社上回り、「転出超過」の状態が2年続いています。
これについて、帝国データバンク甲府支店は「東京圏に取引先を多く抱える企業が利便性を求めて移転したケースが考えられる。また、人手不足が深刻化する中で、労働力の確保の面でも東京圏に本社を置くメリットが大きいと見る企業が多いことも、県内への本社移転が進まない理由の1つにあげられる」としています。






地方創生大全
木下 斉
東洋経済新報社
2016-10-07


孤独という名の生き方 家田荘子 さくら舎 2017

図書館本


ふと見たTVで家田さんが僧侶になったことを知った。

僕の知る家田さんは
私を抱いてそしてキスして 1990年
イエローキャブ、極道の妻たちといったノンフィクション作家である。
そして、久々に彼女の本に触れた。

人生の紆余曲折のなかで生きてきた彼女の人生、なんか瀬戸内寂聴さんにも似ているのかな?
瀬戸内さんは霊視は出来ないとは思うけど。

ある種の自己啓発本でもあるかもしれない、ただ多様な生き方があり、自力で生きてきた彼女が
利他的にも生きる素晴らしさを感じたのは確かであろう。

自分の価値観を押し付けない、「こんな生き方」もあるという幸せの多様性を認める事から
自己の開放が始まるのだろう。





龍の歯医者 2017

龍の歯医者をAmazonビデオ-プライム・ビデオで

amazon prime で視聴

深く考えさせるアニメでもありますね。

生老病死
戦争
生きる意味
働くということ
死という必然
そして宗教性も込められている様に思いました。





愛を積むひと 2015 

amazon prime

良い映画でした。

蒲田から北海道 美瑛

生老病死 自然との関係性 他者との関係性 家族

妻が自分の死後に主人公が読むであろう手紙を種々な場所に忍ばせたシーンは
目頭を熱くする。

大自然の中、循環する時間の中で魂が生き続け、また生まれ変わる。
そんなメッセージが含有しているように思った。



ロケに使われた実際の家と石垣に関するブログ

愛を積むひと
佐藤 浩市
2015-11-04

たそがれる国家 内山節

現代ビジネス | 内山 節 Takashi Uchiyama


哲学3人塾で内山さんがこのwebを教えてくれました。

たまに読んではいましたが、まとめて読めて良いですね。










戦争という仕事
内山 節
信濃毎日新聞社
2006-09-01

哲学三人塾

1年ぶりの清里 硬直した頭を柔らかくしたいと思う!image

La La Land 映画

映画『ラ・ラ・ランド』公式サイト


エミレーツの機内映画
邦訳版はまだなく英語のサブタイトルで見ました。
そのため、分からない単語やらで正しくストーリーを理解しているとは思いませんが
素晴らしい作品だと思います。

メインテーマは、間違いなく「夢」

音楽、夢追い人(Dreamer)の男女 春夏秋冬 そして5年後

ラストシーンは想い出すだけで泣ける。

DVDになったらまたしっかり見たいと思う。

日本の宗教観が世界を平和に TED京都


8時だヨ!神さま仏さま ラジオ番組があるそうです

宗教者駅伝 実際に行われた様です


是非、宗教都市鎌倉でも平和のために宗教者が




これも良いですよ。
「ど〜せ無理」という言葉を世の中からなくそうよ!

だったらこうしてみたら!をはやらせよう。 思いは招く

沢山本を読んで夢を追いかける!


池田晶子『14歳からの哲学 考えるための教科書』

池田晶子『14歳からの哲学 考えるための教科書』


池田晶子さんも言っていました。古典を読めと。もちろん養老さんも言ってましたよ。
歴史の中で残ってくる書籍にはそれなりの理由があるのです。

そして、池田さんの本も。

嘘をつかない、ズルをしないという当たり前の生き方を実践するために。

ばれなきゃ何でもするバカな人にならないために




14歳からの哲学 考えるための教科書
池田 晶子
トランスビュー
2003-03-20


41歳からの哲学
池田 晶子
新潮社
2004-07-17


魂を考える
池田 晶子
法蔵館
1999-04




ブログ再掲

巨大防潮堤

高さ12メートル超の防潮堤が完成 岩手 陸前高田 | NHKニュース


自然は征服できるとか管理できると勘違いしている一番良い例なのかもしれない。

以下記事
東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の海岸沿いに、およそ2キロにわたって高さ12メートルを超える巨大な防潮堤が完成しました。

新たな防潮堤は、かつて7万本に上る松並木があった陸前高田市中心部の海岸沿いに、およそ2キロにわたって設けられ、高さは12.5メートルあります。
岩手県がおよそ300億円をかけて、震災のよくとしから建設を進めてきました。

震災当時、陸前高田市には高さ5.5メートルの防潮堤がありましたが、津波で大きく壊れ、市街地は壊滅的な被害を受けました。

県は新たな防潮堤は、数十年から百数十年に一度の津波に対応できるとしています。24日は建設現場が報道関係者に公開され、県の担当者は液状化を防ぐため、防潮堤の下に20メートルの柱を打ち込んでいることや、防潮堤が倒れないよう強固な板を埋め込んでいることなどを説明しました。

防潮堤の陸側には今後、復興を祈念する公園が整備され、防潮堤の上に犠牲者を追悼する「祈りの場」が設けられるということです。

岩手県大船渡土木センターの水野久禎副所長は「市民のかたなどの協力もあって防潮堤は完成しましたが、どんな津波も防げるわけではないので、逃げることを忘れずに命を守ってほしい」と話しています。


Ashanti Proverbs from Ghana

When you follow in the path of your father, you learn to walk like him.

昨日のシンポジウムで日本で学位を取り、その時の指導教官が参加してくれたガーナの友人が
この様な地元の諺をパワーポイントで表示して教官に対して最大の感謝をしめした。

まさに師弟愛。
学問にも人生にも国境は無い。

思わず目頭が熱くなった。

永六輔さんが加藤登紀子さんのために

永六輔さんの未公開の歌詞が見つかる | NHK「かぶん」ブログ:NHK



淋しさには耐えられる
悲しみにも耐えてみよう
苦しさにも耐えてみて
耐えて耐えて
耐えられないのは虚しさ
虚しさ空しさ
虚しさが耐えられるのは
ともだち あなた 戦う心


任侠 

根性のあるやくざ(No.505) | テキスト版メールマガジン | Webでも考える人 | 新潮社


どんな世界でも一流な人がいます。
学歴なんか関係ない、銭の多寡も関係ない。
義理も人情も大切にする人たちがいる。

僕はたまたま、そんな人を飲み屋でバイトしているときに見ることが出来た。

昔はヤンチャしているとやくざの親分さんに学校の先生が生徒を連れて礼儀を教えてくれと
頼みに行ったなんていう話もあるようです。


一部リンクより転載

<昔のやくざというものは、とにかく人気というものを大切にしていましたから、隣近所の付き合いは本当に大事にしたし、一度切りしか会わない相手にも、すげないことは絶対にしないようにしていたんです>

 だから、やくざの世界には独特の細かいオキテが定められています。

<目上目下に対する挨拶から口の利(き)きかた、相づちの打ちかた、あらゆるところに本当に細かい決まりがある。普通の世界からは程遠い封建的な世界です。女と遊ぶについても、自由に遊ぶというわけにはいかない>

「堅気の女には手を出すな」というのは、よく知られたルールです。やくざとして半端だと「遊ぶ金もねえし、働きも悪いから」素人に迷惑をかけるようなことを仕出かしてしまう。そうなると、「だらしのねえ野郎だ」となって、親分から破門され、誰からも相手にされず、日本中、行きどころがなくなるというのです。主人公は兄貴分から、こうして“任侠道”を叩きこまれます。

「この世界ではな、何が一番大切かというと根性だ。根性がねえ奴は、この世界にゃいられねえ。いいか、家一つをとってみても、大黒柱になる材木もあれば、便所の羽目板になる板もあるだろう。それとおなじようにだ、根性がなければ、いつまでたっても低く見られる。三下でいなけりゃならねえ。反対に、根性が座っていれば、やくざ仲間だけじゃなくて、警察にも一目も二目もおかれるようになるんだ」


座席争いからの離脱のすすめ by 内山節さん

内山さん 備忘録 2017



内山さんのトークはyoutubeに沢山ありますので是非お聞きください。

戦争という仕事が日本に根付かないために。





戦争という仕事
内山 節
信濃毎日新聞社
2006-09-01

倉本聰さん 

ファミリーヒストリー - NHK


倉本聰さんの回を録画で視聴

何冊か倉本さんの本を読んでいたので、NHKの番組に出る事自体が驚きでありました。

そして、祖先の哲学を受け継いでいるのだなと再確認。

「生前贈与」としての父親から受け継いだ、子供の頃の岡山の経験、その自然との出会いが
富良野での生き様だったのですね。

良い番組でした、良い生き様でした。




ヒトに問う
倉本 聰
双葉社
2013-11-06

みんな子どもだった―倉本聰対談集 (Musashi books)
BS‐TBS『みんな子どもだった』制作班
エフジー武蔵
2014-03


想いのこし 映画 2014

amazonプライムで視聴

期待以上に良かった作品

『いま、会いにゆきます』の様な感じでしょうか。
未練を残して亡くなった人々が安心して来世に行くためには?

直線的な時間ではなく、循環する時間の中で生かされる命なのかな。
関係性の中にのみ生きられる人という動物

I cannot live without youの思想(内田樹)にも思えた。

想いのこし [DVD]
岡田将生
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2015-05-20

星野道夫 風の行方を追って 湯川豊 新潮社 2016

図書館本

星野道夫没後20年(享年44歳)(1952年9月27日 - 1996年8月8日)

星野さんが残した書籍等を読み解き、また星野さんとの出会いからのエピソードを交えて
湯川さんが残す渾身の星野評伝でもあります。

「考える人」等への連載をもとにしているので、何度か同じ文章に遭遇するのが少し残念。
また、あまりに星野を評価していて、若干クドイと感じる。
星野の素晴らしい写真、文章を多くの人が評価しているのだから、逆にもっと星野の精神的な葛藤や
悩みなんかにも焦点を当ててもらいたかった。

星野が常に意識していたであろう、自然と人間、自然と動物、動物と人間の関係性をアラスカ、そして他の世界に共通する文明や発展というコンテキストの中で悩み葛藤したことであろう。




竹中労さんに会いに行った

「竹中労没後25年今ふたたび」無事に終了致しました。 | 竹中英太郎記念館 館長日記


10月15日 甲府桜座

満席ではじまったイベントは映画「戒厳令の夜」ではじまった。
主人公の江間は竹中の分身、鳴海望洋(鶴田浩二)も竹中の分身の様に思えた。
そして画家のパブロ・ロペスが竹中労の父竹中栄太郎ではなかったのかと思う。

後半「労を偲ぶトークのつどい」では鈴木邦男さんや樹木希林さん、飛び入り出演の水道橋博士(労さんのルポライター事始から読み込んでおられた)などのお話を聞かせて頂いた。

戸塚小雀町から鎌倉に移った頃には綺麗な女性がそばにいたと樹木希林さんが話され、フロアーからも
詳細な突っ込みがあった。


弱者に対する愛情と、反権力、反権威への熱い想いが労さんの生き様そのものだったのだと改めて知った
イベントでした。

最後に鈴木邦男さんにサインまで頂いて、立ち話出来たのも光栄。

労さんと甲府中学で同級生の方も来ていた様ですが、残念ながらお話しできず、小倉寛太郎さんの話を
聞く事ができませんでした。




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【人と思考の軌跡】竹中労---左右を越境するアナーキスト 鈴木邦男 河出ブックス 2011

竹中労さんの生き様を鈴木邦男さんご自身の人生を織り交ぜて綴る。
本年 没後25年 本書は没後20年での出版

竹中労(1928年3月30日 - 1991年5月19日)
鈴木邦男(1943年8月2日−  )

まさに左右を越境するアナーキストな竹中労さん。
大杉栄、北一輝 左右を超越するような生き様だったのでしょう。
登場人物が多彩過ぎて列記できません。野村秋介、太田竜、平岡正明、大川周明、頭山満、
小林多喜二、里見岸雄、赤尾敏、東郷健、坂口安吾、丸岡修、遠藤誠(弁護士)、カダフィ大佐


備忘録メモ
時間も守れない奴に革命なんか出来るか
革命とは実務である
三島だって里見のコピーだ
天皇を制度として利用したい人間への批判
竹中は「天皇問題を留保してそれでも右翼の人とは話し合えるし共闘できる」
小林多喜二 仁徳天皇賞賛

1970年11月 三島事件
1970年4月 鈴木 産経新聞入社
1972年 一水会設立
1974年3月 産経新聞退社(解雇?)

本書では触れられていないが、竹中労さんの甲府中学でのストライキ事件(昭和20年10月)に
小倉 寛太郎((おぐら ひろたろう、1930年 - 2002年10月9日)山崎豊子著 小説『沈まぬ太陽』
の主人公)さんも関係されていると思う。当時小倉さんは湘南中学から甲府へ疎開中で、
その想い出を東大駒場での講演会で話されている。もしかしたら労さんと一緒に闘ったのかもしれません。
http://minseikomabahongo.web.fc2.com/kikaku/99ogura.html
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ogura.htm


無頼の墓碑銘 竹中労 KKベストセラーズ 1991

図書館本 これは買わねばかな。

母校の先輩竹中労さん。
右も左も関係ない。
僕も同時代を生きていたら、絶対手下にしてもらった(竹中さんは舎弟なんか取らないと思うけど)だろう。

竹中 労(たけなか ろう、本名:つとむ、1928年3月30日 - 1991年5月19日)wikiより
本書では享年60歳とある。理解は理会いと綴る。

1987年8月 余命5年宣告 胃癌 肝硬変 糖尿
各種媒体での対談、記事などをまとめている。

備忘録メモ
横浜市戸塚区小雀町(竹藪と雑木林の丘を背負う一軒家)に仮の仕事場
1988年4月7日 父 竹中英太郎 新宿・丸井前 虚血性心不全のため死去 享年81歳
 大杉栄の仇を討つために上京
 「せめて自らにだけは、恥じなく瞑りたいと、穢太」生前、自ら墓に刻む
入院中に仕事場を移す 鎌倉市高野の山上(ヒルトップ)、西北に大船市街を見晴らし、東南に杉木立の丘陵が連なる 眼下に大船高校キャンパス

キネマ旬報事件 (一九七七年、当時、「キネマ旬報」のオーナーであった大物総会屋・上森子鉄が、突然、竹中を<左翼過激派>と称して、「日本映画縦断」の打ち切りを宣言し、白井佳夫も編集長を解任されるという事件が起きた。いわゆる<「キネマ旬報」事件>)引用元 http://www.seiryupub.co.jp/cinema/2011/11/post-34.html

ぼくが四十男になった今、世界はやはりタブーで埋めつくされている。1973年ニューミュージックマガジン

旧制中学(甲府中学)のあだ名 ボロ竹 陰ではモジやん(市中を徘徊していたほんものの乞食名)
子供時代 王子・四谷・駒込・神楽坂、小学5年生で立会川(鉄工所と漁師の町)
昭和20年10月 戻った甲府の旧制中学で大ストライキ 同盟休校 
同級生たちにお礼を言いたい。ストライキを一緒にやった仲間にも。舞剣城(まいづるのルビ、舞鶴城?)の城跡で桜散る下で啄木をともに語る友達がいたりした。


新渡戸稲造 Boys be ambitious

大鹿村にリニアの勉強会に伺った



新渡戸稲造は札幌農学校2期生なので、直接クラーク先生にはあっていない。

しかし、クラークの先生の教えは脈々と続いていく。

新渡戸稲造のクリスチャン名である、パウロニトベとサインされた

訂正 サインはInazo Nitobeですね。

Boys, be ambitious!  北大総長室ににあるものはBoys, Be ambitious のようだ。

まさか大鹿村でみる事が出来るとは思わなかった。
中央構造線博物館の裏にある、大鹿村歴史民俗資料館“ろくべん館”にあります。

Nitobe

トヨタ精神かな

英語のサブタイトル入れるとさらに良いのにと思う。

不正を繰り返す三菱と対極にあるのかな。

残念なのは大事に乗った車の税金がどんどん高くなる事でしょうか?
これはドイツ等とは全く逆だそうですよ。
良いモノを長く大事に使う、それこそが私たちの美徳だと思うのですが。
さらに車に関連する税制や料金(ガソリン、高速道路、道路特定財源等々)が利権に絡み取られているからね。



保阪庸夫さん 

保阪庸夫さん逝く - 河本緑石研究班


謹んでご冥福をお祈りいたします。

リンクより


「アザリア」の主要メンバー保阪嘉内の次男の保阪庸夫(つねお)さんが、7月5日(火)夕方、亡くなられたという、89歳。
2006年(平成18)1月21日(土)午後、鳥取県倉吉市「倉吉未来中心小ホール」で、鳥取県文化観光局文化政策課の主催によって開かれた「ふるさとの文学探訪 ふるさとの大地に生きた詩人 河本緑石 シンポジウム」に、保阪庸夫さんが招かれ、講演とパネルディスカッションへの参加をされた。
そのシンポジウムの報告集が鳥取県文化観光局文化政策課から出されているので、ここに抄録して弔いとしたい。


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鎌倉おやじ
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