おやじのぼやき

日々おやじが思う事。。。。。

哲学

哲学三人塾

1年ぶりの清里 硬直した頭を柔らかくしたいと思う!image

La La Land 映画

映画『ラ・ラ・ランド』公式サイト


エミレーツの機内映画
邦訳版はまだなく英語のサブタイトルで見ました。
そのため、分からない単語やらで正しくストーリーを理解しているとは思いませんが
素晴らしい作品だと思います。

メインテーマは、間違いなく「夢」

音楽、夢追い人(Dreamer)の男女 春夏秋冬 そして5年後

ラストシーンは想い出すだけで泣ける。

DVDになったらまたしっかり見たいと思う。

日本の宗教観が世界を平和に TED京都


8時だヨ!神さま仏さま ラジオ番組があるそうです

宗教者駅伝 実際に行われた様です


是非、宗教都市鎌倉でも平和のために宗教者が




これも良いですよ。
「ど〜せ無理」という言葉を世の中からなくそうよ!

だったらこうしてみたら!をはやらせよう。 思いは招く

沢山本を読んで夢を追いかける!


池田晶子『14歳からの哲学 考えるための教科書』

池田晶子『14歳からの哲学 考えるための教科書』


池田晶子さんも言っていました。古典を読めと。もちろん養老さんも言ってましたよ。
歴史の中で残ってくる書籍にはそれなりの理由があるのです。

そして、池田さんの本も。

嘘をつかない、ズルをしないという当たり前の生き方を実践するために。

ばれなきゃ何でもするバカな人にならないために




14歳からの哲学 考えるための教科書
池田 晶子
トランスビュー
2003-03-20


41歳からの哲学
池田 晶子
新潮社
2004-07-17


魂を考える
池田 晶子
法蔵館
1999-04




ブログ再掲

巨大防潮堤

高さ12メートル超の防潮堤が完成 岩手 陸前高田 | NHKニュース


自然は征服できるとか管理できると勘違いしている一番良い例なのかもしれない。

以下記事
東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の海岸沿いに、およそ2キロにわたって高さ12メートルを超える巨大な防潮堤が完成しました。

新たな防潮堤は、かつて7万本に上る松並木があった陸前高田市中心部の海岸沿いに、およそ2キロにわたって設けられ、高さは12.5メートルあります。
岩手県がおよそ300億円をかけて、震災のよくとしから建設を進めてきました。

震災当時、陸前高田市には高さ5.5メートルの防潮堤がありましたが、津波で大きく壊れ、市街地は壊滅的な被害を受けました。

県は新たな防潮堤は、数十年から百数十年に一度の津波に対応できるとしています。24日は建設現場が報道関係者に公開され、県の担当者は液状化を防ぐため、防潮堤の下に20メートルの柱を打ち込んでいることや、防潮堤が倒れないよう強固な板を埋め込んでいることなどを説明しました。

防潮堤の陸側には今後、復興を祈念する公園が整備され、防潮堤の上に犠牲者を追悼する「祈りの場」が設けられるということです。

岩手県大船渡土木センターの水野久禎副所長は「市民のかたなどの協力もあって防潮堤は完成しましたが、どんな津波も防げるわけではないので、逃げることを忘れずに命を守ってほしい」と話しています。


Ashanti Proverbs from Ghana

When you follow in the path of your father, you learn to walk like him.

昨日のシンポジウムで日本で学位を取り、その時の指導教官が参加してくれたガーナの友人が
この様な地元の諺をパワーポイントで表示して教官に対して最大の感謝をしめした。

まさに師弟愛。
学問にも人生にも国境は無い。

思わず目頭が熱くなった。

永六輔さんが加藤登紀子さんのために

永六輔さんの未公開の歌詞が見つかる | NHK「かぶん」ブログ:NHK



淋しさには耐えられる
悲しみにも耐えてみよう
苦しさにも耐えてみて
耐えて耐えて
耐えられないのは虚しさ
虚しさ空しさ
虚しさが耐えられるのは
ともだち あなた 戦う心


任侠 

根性のあるやくざ(No.505) | テキスト版メールマガジン | Webでも考える人 | 新潮社


どんな世界でも一流な人がいます。
学歴なんか関係ない、銭の多寡も関係ない。
義理も人情も大切にする人たちがいる。

僕はたまたま、そんな人を飲み屋でバイトしているときに見ることが出来た。

昔はヤンチャしているとやくざの親分さんに学校の先生が生徒を連れて礼儀を教えてくれと
頼みに行ったなんていう話もあるようです。


一部リンクより転載

<昔のやくざというものは、とにかく人気というものを大切にしていましたから、隣近所の付き合いは本当に大事にしたし、一度切りしか会わない相手にも、すげないことは絶対にしないようにしていたんです>

 だから、やくざの世界には独特の細かいオキテが定められています。

<目上目下に対する挨拶から口の利(き)きかた、相づちの打ちかた、あらゆるところに本当に細かい決まりがある。普通の世界からは程遠い封建的な世界です。女と遊ぶについても、自由に遊ぶというわけにはいかない>

「堅気の女には手を出すな」というのは、よく知られたルールです。やくざとして半端だと「遊ぶ金もねえし、働きも悪いから」素人に迷惑をかけるようなことを仕出かしてしまう。そうなると、「だらしのねえ野郎だ」となって、親分から破門され、誰からも相手にされず、日本中、行きどころがなくなるというのです。主人公は兄貴分から、こうして“任侠道”を叩きこまれます。

「この世界ではな、何が一番大切かというと根性だ。根性がねえ奴は、この世界にゃいられねえ。いいか、家一つをとってみても、大黒柱になる材木もあれば、便所の羽目板になる板もあるだろう。それとおなじようにだ、根性がなければ、いつまでたっても低く見られる。三下でいなけりゃならねえ。反対に、根性が座っていれば、やくざ仲間だけじゃなくて、警察にも一目も二目もおかれるようになるんだ」


座席争いからの離脱のすすめ by 内山節さん

内山さん 備忘録 2017



内山さんのトークはyoutubeに沢山ありますので是非お聞きください。

戦争という仕事が日本に根付かないために。





戦争という仕事
内山 節
信濃毎日新聞社
2006-09-01

倉本聰さん 

ファミリーヒストリー - NHK


倉本聰さんの回を録画で視聴

何冊か倉本さんの本を読んでいたので、NHKの番組に出る事自体が驚きでありました。

そして、祖先の哲学を受け継いでいるのだなと再確認。

「生前贈与」としての父親から受け継いだ、子供の頃の岡山の経験、その自然との出会いが
富良野での生き様だったのですね。

良い番組でした、良い生き様でした。




ヒトに問う
倉本 聰
双葉社
2013-11-06

みんな子どもだった―倉本聰対談集 (Musashi books)
BS‐TBS『みんな子どもだった』制作班
エフジー武蔵
2014-03


想いのこし 映画 2014

amazonプライムで視聴

期待以上に良かった作品

『いま、会いにゆきます』の様な感じでしょうか。
未練を残して亡くなった人々が安心して来世に行くためには?

直線的な時間ではなく、循環する時間の中で生かされる命なのかな。
関係性の中にのみ生きられる人という動物

I cannot live without youの思想(内田樹)にも思えた。

想いのこし [DVD]
岡田将生
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2015-05-20

星野道夫 風の行方を追って 湯川豊 新潮社 2016

図書館本

星野道夫没後20年(享年44歳)(1952年9月27日 - 1996年8月8日)

星野さんが残した書籍等を読み解き、また星野さんとの出会いからのエピソードを交えて
湯川さんが残す渾身の星野評伝でもあります。

「考える人」等への連載をもとにしているので、何度か同じ文章に遭遇するのが少し残念。
また、あまりに星野を評価していて、若干クドイと感じる。
星野の素晴らしい写真、文章を多くの人が評価しているのだから、逆にもっと星野の精神的な葛藤や
悩みなんかにも焦点を当ててもらいたかった。

星野が常に意識していたであろう、自然と人間、自然と動物、動物と人間の関係性をアラスカ、そして他の世界に共通する文明や発展というコンテキストの中で悩み葛藤したことであろう。




竹中労さんに会いに行った

「竹中労没後25年今ふたたび」無事に終了致しました。 | 竹中英太郎記念館 館長日記


10月15日 甲府桜座

満席ではじまったイベントは映画「戒厳令の夜」ではじまった。
主人公の江間は竹中の分身、鳴海望洋(鶴田浩二)も竹中の分身の様に思えた。
そして画家のパブロ・ロペスが竹中労の父竹中栄太郎ではなかったのかと思う。

後半「労を偲ぶトークのつどい」では鈴木邦男さんや樹木希林さん、飛び入り出演の水道橋博士(労さんのルポライター事始から読み込んでおられた)などのお話を聞かせて頂いた。

戸塚小雀町から鎌倉に移った頃には綺麗な女性がそばにいたと樹木希林さんが話され、フロアーからも
詳細な突っ込みがあった。


弱者に対する愛情と、反権力、反権威への熱い想いが労さんの生き様そのものだったのだと改めて知った
イベントでした。

最後に鈴木邦男さんにサインまで頂いて、立ち話出来たのも光栄。

労さんと甲府中学で同級生の方も来ていた様ですが、残念ながらお話しできず、小倉寛太郎さんの話を
聞く事ができませんでした。




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【人と思考の軌跡】竹中労---左右を越境するアナーキスト 鈴木邦男 河出ブックス 2011

竹中労さんの生き様を鈴木邦男さんご自身の人生を織り交ぜて綴る。
本年 没後25年 本書は没後20年での出版

竹中労(1928年3月30日 - 1991年5月19日)
鈴木邦男(1943年8月2日−  )

まさに左右を越境するアナーキストな竹中労さん。
大杉栄、北一輝 左右を超越するような生き様だったのでしょう。
登場人物が多彩過ぎて列記できません。野村秋介、太田竜、平岡正明、大川周明、頭山満、
小林多喜二、里見岸雄、赤尾敏、東郷健、坂口安吾、丸岡修、遠藤誠(弁護士)、カダフィ大佐


備忘録メモ
時間も守れない奴に革命なんか出来るか
革命とは実務である
三島だって里見のコピーだ
天皇を制度として利用したい人間への批判
竹中は「天皇問題を留保してそれでも右翼の人とは話し合えるし共闘できる」
小林多喜二 仁徳天皇賞賛

1970年11月 三島事件
1970年4月 鈴木 産経新聞入社
1972年 一水会設立
1974年3月 産経新聞退社(解雇?)

本書では触れられていないが、竹中労さんの甲府中学でのストライキ事件(昭和20年10月)に
小倉 寛太郎((おぐら ひろたろう、1930年 - 2002年10月9日)山崎豊子著 小説『沈まぬ太陽』
の主人公)さんも関係されていると思う。当時小倉さんは湘南中学から甲府へ疎開中で、
その想い出を東大駒場での講演会で話されている。もしかしたら労さんと一緒に闘ったのかもしれません。
http://minseikomabahongo.web.fc2.com/kikaku/99ogura.html
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ogura.htm


無頼の墓碑銘 竹中労 KKベストセラーズ 1991

図書館本 これは買わねばかな。

母校の先輩竹中労さん。
右も左も関係ない。
僕も同時代を生きていたら、絶対手下にしてもらった(竹中さんは舎弟なんか取らないと思うけど)だろう。

竹中 労(たけなか ろう、本名:つとむ、1928年3月30日 - 1991年5月19日)wikiより
本書では享年60歳とある。理解は理会いと綴る。

1987年8月 余命5年宣告 胃癌 肝硬変 糖尿
各種媒体での対談、記事などをまとめている。

備忘録メモ
横浜市戸塚区小雀町(竹藪と雑木林の丘を背負う一軒家)に仮の仕事場
1988年4月7日 父 竹中英太郎 新宿・丸井前 虚血性心不全のため死去 享年81歳
 大杉栄の仇を討つために上京
 「せめて自らにだけは、恥じなく瞑りたいと、穢太」生前、自ら墓に刻む
入院中に仕事場を移す 鎌倉市高野の山上(ヒルトップ)、西北に大船市街を見晴らし、東南に杉木立の丘陵が連なる 眼下に大船高校キャンパス

キネマ旬報事件 (一九七七年、当時、「キネマ旬報」のオーナーであった大物総会屋・上森子鉄が、突然、竹中を<左翼過激派>と称して、「日本映画縦断」の打ち切りを宣言し、白井佳夫も編集長を解任されるという事件が起きた。いわゆる<「キネマ旬報」事件>)引用元 http://www.seiryupub.co.jp/cinema/2011/11/post-34.html

ぼくが四十男になった今、世界はやはりタブーで埋めつくされている。1973年ニューミュージックマガジン

旧制中学(甲府中学)のあだ名 ボロ竹 陰ではモジやん(市中を徘徊していたほんものの乞食名)
子供時代 王子・四谷・駒込・神楽坂、小学5年生で立会川(鉄工所と漁師の町)
昭和20年10月 戻った甲府の旧制中学で大ストライキ 同盟休校 
同級生たちにお礼を言いたい。ストライキを一緒にやった仲間にも。舞剣城(まいづるのルビ、舞鶴城?)の城跡で桜散る下で啄木をともに語る友達がいたりした。


新渡戸稲造 Boys be ambitious

大鹿村にリニアの勉強会に伺った



新渡戸稲造は札幌農学校2期生なので、直接クラーク先生にはあっていない。

しかし、クラークの先生の教えは脈々と続いていく。

新渡戸稲造のクリスチャン名である、パウロニトベとサインされた

訂正 サインはInazo Nitobeですね。

Boys, be ambitious!  北大総長室ににあるものはBoys, Be ambitious のようだ。

まさか大鹿村でみる事が出来るとは思わなかった。
中央構造線博物館の裏にある、大鹿村歴史民俗資料館“ろくべん館”にあります。

Nitobe

トヨタ精神かな

英語のサブタイトル入れるとさらに良いのにと思う。

不正を繰り返す三菱と対極にあるのかな。

残念なのは大事に乗った車の税金がどんどん高くなる事でしょうか?
これはドイツ等とは全く逆だそうですよ。
良いモノを長く大事に使う、それこそが私たちの美徳だと思うのですが。
さらに車に関連する税制や料金(ガソリン、高速道路、道路特定財源等々)が利権に絡み取られているからね。



保阪庸夫さん 

保阪庸夫さん逝く - 河本緑石研究班


謹んでご冥福をお祈りいたします。

リンクより


「アザリア」の主要メンバー保阪嘉内の次男の保阪庸夫(つねお)さんが、7月5日(火)夕方、亡くなられたという、89歳。
2006年(平成18)1月21日(土)午後、鳥取県倉吉市「倉吉未来中心小ホール」で、鳥取県文化観光局文化政策課の主催によって開かれた「ふるさとの文学探訪 ふるさとの大地に生きた詩人 河本緑石 シンポジウム」に、保阪庸夫さんが招かれ、講演とパネルディスカッションへの参加をされた。
そのシンポジウムの報告集が鳥取県文化観光局文化政策課から出されているので、ここに抄録して弔いとしたい。


舩木さんと木内さん 清里萌え木の村 

萌木の村 村民かわら版 | マンスリー上次さん 7月号


まずはリンクから舩木さんの話を読んでください。

なんか凄く良い関係性だと思うのです。
夫婦や同僚なら離縁、宇宙人と地球人の通訳ですと言い切る木内さんが素敵です。



そして、木内さん。

僕はお恥ずかしいですが、木内さんのおかげで保阪嘉内を知りました。自分の母校の先輩でもある保阪を知りませんでした。そして、宮沢賢治との繋がり、大島正健甲府中学校長へと繋がりました。
さらに最近では今村均さんも大島先生に習ったいたであろうことを知りました。

木内さんが教えてくれたハレーすい星と保阪、宮沢賢治の作品が保阪との交流から作られたこと。

■ハット・ウォールデン木内より一言■

 最初、社長の原稿を読んだとき(今でも思いますけれど)「なんだこりゃ〜」と思いました。文章ではありません。字は汚いし、漢字も間違っている、単語が並んでいるだけ、文節がつながっているから主語がわからない、過去に同じような話を社長から直接聞いているので「あー、あの時の話か?!」と、何となく言わんとしていることが理解できるのです。ですから手直しができます。全く始めて遭遇する人でしたら宇宙人の言葉を文字にしたものですよ。社長と部下の関係なのでもう何十通も手直ししましたが、夫婦関係や同僚でしたらあり得ません、とっくに絶縁してますよ。
 でも、社長の講話を聞いたことのある方はよくご存知でしょう、面白くて会場は笑い声であふれますし、希望に満ちあふれますし、やる気がわきます。素敵な講話ばかりです。だから観光カリスマ百選にも選ばれたのです。そんな社長の話を皆様に伝える役割が私にできるのなら、その仕事も素敵だなと思うのです。私はゴーストライターなどではありません。宇宙人と地球人の通訳です。



週末 釣りにもいかず(笑)

土曜日は鎌倉アジサイ同好会の懇親会に参加して
諸先輩の皆さんのお話しを聞いて、生き様のカッコよさに感動し。

日曜日はアジサイの挿し木と庭の整備で一日終了

そんな有意義な週末でした。

そうそう、録画しておいた番組がかなり凄くて、感動。吉田剛太郎も藤原竜也も格好良い。(特に藤原)
http://www4.nhk.or.jp/portrait/x/2016-06-16/31/23697/1872120/



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メーカーズシャツ鎌倉の貞末会長の生き方

貞末良雄のファッションコラム | 貞末良雄のファッションコラム | メーカーズシャツ鎌倉


貞末さんの生き様が好きです。
出身地や出身学校のコネなんかを全く使わずに消費者視点でビジネスをしてきた人。
だから、世界で商売が出来るのでしょう。


備忘録的控え

鎌倉シャツを立ち上げたときに考えた事。

小さなコンビニの2階で店を始めた、当然売れないのは当たり前である。
しかし誰か一人でも買ってくれたら、その方はきっと自慢するだろう。
百貨店や専門店で買えば、恐らく12,000円から15,000円するであろう商品を4,900円で販売するのだから。
お買い得で誰かに自慢したくなる、と考えた。
勿論自分でも欲しくなる値段と商品のグレードである。
美味しくて安いお店は、どんな裏筋の狭い店でもお客は訪ねて行くものであることは、食いしん坊の私にはわかっていた。
コンビニの2階でも、必ず商品を判っている人は訪ねてくる、買ってくださる。
1人が2人になる、2人が4人になり、8人になり、16人に32人、64人、128人、256人、このようにいつの日か大勢のお客様で溢れるお店になるだろう。

お金がないから、宣伝費はない、お客様に喜ばれる事が大切で、宣伝費があるのならば、そのお金を使ってもっと良いシャツを作ろう、そのほうがお客様にとって有り難い事にちがいないからだ。
売り上げを幾らにしようか?どれだけ売れば良いのか?しかし目標を決めても、それを実現する方法は見つからない。
さればどうするか?出来ることは 親切に正直に笑顔で心からおもてなしが出来る事だ。
その心がお客様に伝わり、ファンが生まれ、お客様の数を増やす事になる。
これならば誰でもやろうと思えば出来る、売り上げを上げる手段は見つからないが、お客の数を1日1人増やすことができれば、その店は大勢のお客様に恵まれる日が、必ずやってくる。

サービスは大企業も小さなお店でも、平等に行使できる。
大企業のサービスが絶対に強いという事はない、皆平等だ。
雑誌「Hanako」に掲載という幸運もあったが、基本的にはこのようにして、お客様を創りあげたのでした。

4,900円の値段はこの品質でこの値段はお客様が驚いて顎が外れる値段であった。
買わなければ損をする、そんな気持ちになってしまう、品質と価格設定をした。
値段は仕入れ価格とは関係はない、その値段がお客様に納得していただけるかどうかだ。
値段は小売業の責任で決定権を持たねばならない。
シャツを創るためにかかる費用は、一店舗の力では所詮他の大手の会社の資金力に勝てる訳もない。
だからと言って、私たちには力がありません、仕入値段が高いのですから、これに自分の利益を上乗せした金額で販売したとして、お客様が可愛そうだからと言って高い価格を認めてくれるだろうか?
これは絶対にありえない。
お客様にとっては、その店が幾らで仕入れているかなどは、関係がないのである。
お客様は単純に値段に反応するのです。

自分にもっと力があればもっと割安な仕入れが出来る、と思ったがそれは、望むべくもないのでした。
お客様が買って下さらなければ、シャツは売れない、当たり前である。
自分の力のなさをお客様に負担して貰うなど、できないのだから、利益がでなくてもお客様が喜んで買って下さることが重要で、買って下さる顧客の増加が、やがてお客様から、利益の一部を戴ける日が来ると考え、頑張ることしか、当時の私たちにはありませんでした。
真の商人になって見せる、その理想を掲げ正しい商取引、買い手が何時も有利という、売り手を苛める、そんな業界の悪しき習慣を経験して、私こそはと創業当時決意したのです。






鎌倉シャツ 魂のものづくり
丸木 伊参
日本経済新聞出版社
2014-06-21

人間の生き様 木村英造 野の学問

2016年 5月28日 東京新聞夕刊

僕は木村さんとは電話と手紙のやりとりしかなかった。
一度お会いして色々とお話しを聞きたかった。
残念でならない。

「野の学問」としての生き様を、まさに私欲を捨て実践したしたのだと思う。

少しでも、そのご遺志を受け継いで日本の環境を守りたいと思う。

合掌

木村先生東京新聞夕刊160528

時代がまた竹中労さんを欲している

(今こそ竹中労)大衆の情念を揺さぶる「怨筆」:朝日新聞デジタル


母校、甲府一高(旧甲府中学)の偉大なる先輩。闘うべき相手には徹底して攻撃をしかけるが、弱いものには優しかった。「沈まぬ太陽」の主人公である、故小倉寛太郎さんと同じ時代を甲府で過ごしている(湘南中学から疎開)。甲府中学での校長やめろ教頭やめろのストライキをおそらく竹中労さんと一緒にやったのだと思う。まさに今、竹中さんや小倉さんを時代がまた求めているのだろう。



記事
ルポルタージュとは主観である。ほとばしる情熱。あえてけんかをふっかけ、波風を立てる。

 1980年代末に起きた連続幼女誘拐殺人事件。宮崎勤元死刑囚(2008年に執行)の自宅から見つかったのは残酷なホラービデオだった。あのとき持ち上がったビデオ規制論。「どんな内容であってもそれは表現の自由」と擁護ログイン前の続きしたのが竹中労だ。

 テレビの討論番組で声高に訴えた。「『馬の糞(くそ)』でも表現の自由は擁護しなければいかんのです!」。馬の糞、とは何とも下品な表現。だが、確信犯的にあえて挑発的な言葉を使い、メッタ斬りするのが竹中のやり方であった。世の権威や風評に惑わされることなく、たとえ味方でも横っ面をひっぱたいた。

 俳優・嵐寛寿郎との共著として40年前に刊行され、今年3月に復刊となった傑作『鞍馬天狗のおじさんは 聞書・嵐寛寿郎一代』(七つ森書館)。評論家の佐高信さん(71)は解説に書いた。

 「思えば私は、竹中労の人斬り無頼の怨筆にほれて、ひそかにそれを愛読してきた。ひそかにというのは、竹中の怨筆には血を吸って輝きを増す妖刀村正の趣があり、世をはばかる斬れ味があるからである」

 「怨筆」は「えんぴつ」と読む。「いまのお前はそれでいいのか」と激しく揺さぶり、世の権威とは無縁な「大衆の情念」を掘り起こす文のことである。10代のとき、竹中の著作を読み、ストリートジャーナリズムの雑誌記者になりたいと思ったという漫才コンビ「浅草キッド」の水道橋博士さん(53)はインタビューにこたえている。

 「こと俺たちの漫才には、言葉を封じるものに対する反発が強い。その視点ってのは、間違いなく竹中労が作ってきたんです」(『KAWADE道の手帖 竹中労』)

 塀をつくれば、塀の中をのぞきこみたくなる。それが大衆心理であることを見抜いていた。「ルポルタージュとは主観である」と唱え、情念の層を盛ることを良しとした。客観的立場などありえない。取材するにあたっての大前提は「予断を捨てよ」ではなく「予断を持て」。そして、必ず現場を自分の足で歩いて確認し、「十を知って一を書くこと」の大切さを説いた。

 あふれる情熱は音楽のプロデュース活動にも及ぶ。沖縄が本土に復帰する前の69年から沖縄の取材を始め、レコードも出した。沖縄民謡ブームの先駆けといわれ、14年には名盤10作品がCDとなり日本コロムビアから再発売された。「沖縄の歌が最も熱かった時代の記録です」と担当プロデューサー遠藤亮輔さん。75年の「終戦の日」に東京・日比谷の野外音楽堂で開かれた「琉球フェスティバル」の実況録音も収録されている。

 週刊誌の連載記事で当時の佐藤栄作首相夫人を批判し連載が中止となり、言論弾圧だとして法廷闘争に訴えたことがあった。「いまの人はけんかを嫌う。あえて波風を起こすやり方を学ぶ必要があるのでは」と語るのはルポライター鎌田慧さん(77)。権威には決しておもねらない、したたかな反骨精神といえよう。

 坊主頭に背中の刺青。「いまあるモラルを信頼しないところから新しい文化は生まれてくる」と竹中は主張していた。社会全体に閉塞(へいそく)感が漂う中、既成概念をぶちこわす覚悟を迫っている。

 没後25年。「竹中英太郎記念館」(甲府市)には労の著書や写真も展示され、訪れる人が絶えない。実の妹で館長の紫(ゆかり)さんは「とても温かい人でした」。闘うべき相手には徹底して攻撃をしかけるが、弱い者には優しかった。

 (編集委員・小泉信一)

 <足あと> たけなか・ろう(本名つとむ) 1930年東京生まれ。現・東京外大除籍。父は画家の竹中英太郎。59年、東京毎夕新聞を退社し独立。「ルポライター」を名乗り、芸能人への直撃インタビューや独占手記など芸能ジャーナリズムに新機軸を打ち出す。社会評論、映画・レコード制作など幅広い分野でも活躍。「けんかの竹中」の異名をとり、様々な話題を投じた。91年5月、死去。遺骨は沖縄の海に散骨され、一部は甲府市のつつじが崎霊園に埋葬されている。

 <もっと学ぶ> 『完本 美空ひばり』(ちくま文庫)は、歌謡界の女王ひばりの真実に迫った名著。対象への情熱の強さこそ、優れたルポルタージュを生み出す力になることがわかる。

 <かく語りき> 「人は、無力だから群れるのではない。あべこべに、群れるから無力なのだ」(『決定版ルポライター事始』から)





takenaka Asahi

あさ語特別編・あさのラストメッセージ  備忘録

「あさ語特別編」・あさのラストメッセージ | あさが来た | NHK大阪放送局ブログ


最終回を見て、宮本常一を思いだしました。
進歩とは何か?発展とは何か?を自問自答しながら日本中を旅した宮本、便利になった社会が
どうして平和を捨てるような行動をするのかと。



以下ブログより
「皆さん、知っての通り、うちは江戸の嘉永生まれのおばあちゃんだす。うちらの若い頃は、そら不便だしたのやで。電話はもちろん郵便のあらしまへん。馬車や汽車かてあらしまへん。誰かに何か伝えたい思ても、脚絆(きゃはん)穿(は)いてひたすら幾つも山を越えるしかあれへんかったりしたもんだす」


「それがほんまに便利になって。うちは、昔の方がよかったなんて、ちょっとも思てしまへんのやで。そやけどなあ・・・・なんでだす?」


「国が育ったらもっともっとみんな幸せになれる思てたのに、こない生き辛い世の中になってしもたのは、なんでなんだすやろなあ?」


「戦争は銃や大砲で人を傷つけて、新聞や世論は人を悪ういうたり勝手な批評して人の心傷つけるばかり。みんなが幸せになるための武器は、銃でも大砲でも悪口でもあらしまへん。(頭と胸を指し)ココとココだす」

「その分野でいうたらおなごはんは決して男に引けとらしまへん。いや、男はん以上にその力を大いに使うことが出来ます。まあ・・・うちの旦那さんはうちより柔らかいお人だしたけどな」



「若い皆さんは、これからどない職業についても、家庭に入っても、その二つがあったら大いに人の役に立つことができます。日本どころか世界の役に立てることがこの先ぎょうさんありますのや」


「どうか、どうか悄気て(しょげて)なんかいてんと、よう学んで、頑張っとくなはれな」

「そうだす。人の気持ちをおもんばかることの出来る優秀な頭脳と、柔らかい心、それさえあったらそれで充分なんだす」



竹中労語る 父、竹中英太郎

先日訪問させていただいた、竹中英太郎記念館のある湯村山からの映像もある。

労さんは母校の先輩でもある。凄い人なのである。




利他と革命 熱いです。



他国の見方について 現在のヘイトスピーチ団体聞かせたい



ジャーナリズムとは 新聞であろうが雑誌であろうが1流も2流も関係ない 時にイエローペーパーが真実を炙りだす 最近の文春?


金曜プレステージという番組 凄いメンツで議論してますね。

>映画『スティーブ・ジョブズ』

映画『スティーブ・ジョブズ』公式サイト 絶賛公開中

羽田ーハノイ 機内映画

iMacを作るまでのストーリーかな
妻(認知している?)との確執、娘との関係
もちろん同僚らとの葛藤
数々の失敗、解雇、復帰

プレゼンテーションの天才とそれを支えたスタッフ

最終場面で娘のウォークマンを指して、これからは何千曲も効けるデバイスを作ると宣言した。
そう、それはiPodになった。

僕も色々とMacを使って来たし、子供たちもMacで色んなソフトを使って遊んできた。
1996年ー98年のベルギーはquadoraとpower book だったかな。
iMacG3は1999年にガーナに家族で行く時に持っていったな。

その後、子供が大きくなってきてwindowsマシーンになったんだっけ。


56歳という若さで亡くなった。
癌治療の間違い(代替療法による)の指摘もある、もう少し長生きしてほしかったね。

いのちの場所 内山節 岩波書店 2015

図書館本

シリーズここで生きる、岩波書店の10冊のうちの一冊のようです。
残念ながら他の著書は読んでいません。

内山さんのブレない「生きる」「いのち」「場所」「共同体」等々の哲学(生活の知恵)を東西の哲学者や上野村に生きる人を引用して綴っています。

生老病死が直線ではなく循環する時間の中で共同体としての風土に中にあることを示しているのでしょう。

備忘録メモ

現代はいのちを固有のもの個体性にもとづくものとして社会が成立、そのために、いのちの孤独を生みだし、生の不安と死の恐怖を蔓延させることになった。

個人の時代の人間の精神 他者に思いを寄せ、他者のために行動する自己が好き。「いのち」もまた自己愛の対象になる。
共同体が生の意味、死の意味を教えるという役割
和辻哲郎と三澤勝衛の「風土」の違い 和辻の師であるハイデッガーはナチスの党員になった。
祀るべき霊、家の単位を超えて、村のご先祖様
生と死の親しい関係 柳田國雄(先祖の話)
共同体の死生観 永遠性に対する信頼
いのちの存在と生きることの分裂 生と死を包み込む風土を失ったとき、人間は苦悩を背負う
一番小さい共同体は家族
多様な生き物が暮らす世界のなかで、自分たちには特別な地位があると考えたときから、人間はふたつの理由で「いのち」のありかを見失った。
 「いのち」の格差 高級と低級 人間と動物、人間の中(人種、民族)
  自己の位置の絶対視 自分の「いのち」
「いのち」の居場所としてのローカルな世界



幸福に死ぬための哲学 池田晶子の言葉 講談社 2015

2月23日は池田さんの命日。早く逝きすぎた池田晶子さん(1960-2007)

池田の著作等から選び出した言葉。
使用されている著作はおそらくすべて読んでいるとは思うけど、忘却している方が多いですね。
また、池田ファンは本書の評価は微妙だと思う。
でも、池田晶子を知らない読書にとっては入門書として良いかとも思う。

知る事より考えること
食うために生きるのか 生きるために食うのか

40歳過ぎてから「14歳からの哲学」を読んだものとしては、自分のあまりの愚かさを
なんども池田さんの本から感じたものだ。

生死することにおいて、人は完全に平等である。すなわち、生きている者は必ず死ぬ。
癌だから死ぬのではない。生まれたから死ぬのである。すべての人間の死因は生まれたことである。

本書には記載されていないが、私の好きな一節

池田晶子さんの「暮らしの哲学」の中にある。

回帰する季節に記憶を重ねることで、人生の一回性を確認することに他なりません。中略。大人になっても夏は来ます。でも夏休みはもう決してやって来ない。毎年、夏の気配を感じとる頃、夏を待っているのか、夏休みをまっているのか、よくわからない感じになる。大人になって勝手に夏休みをとることができ、贅沢な旅行ができるようになっても、子供の夏休みの日々、あの濃縮された輝きにかなうものではないとういうことが、よくわかっている。おそらくすべての大人がそうでしょう。すべての大人は、もう決してやって来ない夏休みを待っている。人生の原点であり頂点でもある無時間の夏、あれらの日々を記憶の核として、日を重ね、年を重ね、流れ始めた時間の中で繰り返しそこに立ち戻り、あれらの無垢を超えることはもうこの人生にはあり得ないのだという事実に、今さらながら驚くのではないでしょうか。(夏休みは輝く)



E・トッドが見る世界

信仰は衰え、国家は破壊された エマニュエル・トッド氏:朝日新聞デジタル


特に最近注目されているトッド。
フランスの知性がフランスを憂う。そしてヨーロッパの混迷を。


備忘録メモ

記事


 悪い方へ悪い方へと回り続ける歯車をだれも止められない。そんな気分が世界に広がる。過激派といわれる勢力の暴力、難民や移民への排他的な反応、分断される社会。新著「シャルリとは誰か?」(邦訳、文春新書)で、その閉塞(へいそく)状況の読み解きに挑んだフランスの知識人、エマニュエル・トッド氏に聞いた。

 ――15年前、米同時多発テロが起きたとき、あなたは中東は近代への歴史的な移行期にある、と話してくれました。イスラム過激派と呼ばれる運動は、その流れへの激しい反動だと。今、起きていることもその表れでしょうか。

 「奇妙なことに、中東について新たな宗教戦争という見方がよく語られます。シーア派とスンニ派の戦争だという。だが、これは宗教戦争ではない。イスラム圏でも宗教的信仰は薄れつつあります。人々がその代わりになるものを探している中で起きているのです」

 「『イスラム国』(IS)もイスラムではありません。彼らはニヒリスト。あらゆる価値の否定、死の美化、破壊の意思……。宗教的な信仰が解体する中で起きているニヒリズムの現象です」

 ――欧米の対応はそこを見誤っているのでしょうか。

 「アラブ世界は国家を建設する力が強くない。人類学者としていうと、サウジアラビアやイラクなどの典型的な家族制度では、国家より縁戚関係の方が重みを持っています。イラクのフセイン政権はひどい独裁でしたが、同時に、そんな地域での国家建設の始まりでもあった。それを米ブッシュ政権は、国家秩序に敵対的な新自由主義的思想を掲げ、国家の解体は素晴らしいとばかりに戦争を始めて、破壊したのです」

 「中東でこれほどまずいやり方はありません。今、われわれがISを通して目撃している問題は、国家の登場ではなく、国家の解体なのです」

 ――信仰が薄れるにつれ、社会秩序を支えるにはますます国家が必要になるのに、逆に破壊するちぐはぐな対応というわけですね。

 「つまるところ、中東で起きているのは、アラブ圏で国家を築いていく難しさと、米国などの新自由主義経済に起因する国家への敵対的な考え方の相互作用の結果ではないかと思います」

■フランスは別の国になった

 ――あなたは新しい著書で、テロのあとの仏社会の側の動揺と迷走を分析しました。

 「フランスは夜に入ってしまったようです。私が愛した多様で寛容なフランスは別の国になったように感じています」

 「パリでテロを起こし、聖戦参加のために中東に旅立つ若者は、イスラム系だが生まれも育ちもフランスなど欧州。アルジェリア人の友人はいみじくもこう言いました。『なんでまた、欧米はこんな困った連中をわれわれのところに送り込んでくるのか』。あの若者たちは欧米人なのです」

 ログイン前の続き――そこを直視すべきだと主張したあなたの著書は、激しい反発を呼びましたね。

 「本が出て多くのテレビ番組に呼ばれたが、侮辱されるばかり。『君は本当のフランス人ではない』とさえ言われました。そこにあったのは反知性主義です」

 「今、テレビやラジオでは『イスラムが問題なのは自明』などという連中が幅をきかせています。彼らはイスラム嫌いを政教分離原則などと言い換える。右翼の価値観がフランスの価値観になってしまったみたいです」

 ――昨年1月のテロ直後に数百万のフランス人がデモに繰り出し、抵抗の決意表明として内外で称賛されました。しかし、あなたはそこにイスラム系市民への排他的な空気を感じ取り、仏社会の病理を読み解きました。

 「デモに繰り出した人の割合が高かったのは、パリ周辺よりもむしろかつてカトリックの影響が強く、今はその信仰が衰退している地方。また階層でいえばもっぱら中間層。それは第2次大戦中のビシー対独協力政権を支持した地域、階層でもある。そう指摘して非難の的になりました」

 「リベラルな価値の表明といいますが、実際はイスラムの預言者ムハンマドを『コケにすべし』と呼びかけるデモでもありました」

■経済的合理性という「信仰」

 ――欧州でも中東と同じように信仰の衰退と、それにともなう社会の分断という流れが背景にあるのでしょうか。

 「そうです。今後30年で地球に何が起きるか予測したければ、近代を切り開いてきた欧米や日本について考えなければ。本物の危機はそこにこそあります。歴史家、人類学者として、まず頭に浮かぶのは信仰システムの崩壊です」

 「宗教的信仰だけではない。もっと広い意味で、イデオロギー、あるいは未来への夢も含みます。人々がみんなで信じていて、各人の存在にも意味を与える。そんな展望が社会になくなったのです」

 「そのあげく先進国で支配的になったのは経済的合理性。利益率でものを考えるような世界です」

 ――それが信仰の代わりに?

 「信仰としては最後のものでしょう。それ自体すでに反共同体的な信仰ですが。経済は手段の合理性をもたらしても、何がよい生き方かを定義しません」

 ――そうやって、分断される社会で何が起きるのでしょうか。

 「たとえば中間層。フランスでは、経済的失敗に責任がある中間層の能力のなさの代償として、労働者階級が破壊され、移民系の若者を包摂する力をなくしてしまった。世界各地で中間層が苦しみ、解体されていますが、フランスは違う。中間層の代わりに社会の底辺がじわじわと崩れています」

 「そこを見ないで、悪魔は外にいることにする。『テロを起こした連中はフランス生まれだけれども、本当のフランス人ではない』『砂漠に野蛮人がいる。脅威だ。だから空爆する』。おそるべき発想。ただそうすれば、仏社会内の危機を考えなくてすみます」

 ――仏政府は、二つの国籍を持つ者がテロに関与したら仏国籍を剝奪(はくだつ)するという提案をしました。確かにこれはフランスが掲げる価値観とぶつかるように見えます。

 「二重国籍はフランスを寛容な国にしている制度。仏国民とは民族的な概念ではありません。フランス人であると同時にアルジェリア人や英国人であることはすてきだと考える」

 「提案は、教養のある人には、ユダヤ系市民から国籍を奪って迫害したビシー政権を連想させますが、85%の人は支持している。その意味するところがよくわからないのでしょう」

 「テロへの対策としてもばかげています。想像してください。自爆テロを考える若者が、国籍剝奪を恐れてテロをやめようと思うでしょうか。逆に、国籍剝奪の法律などをつくれば、反発からテロを促すでしょう」

 「私は『新共和国』という言葉を本で使った。中間層が支配する国という意味です。そこでは、イスラム系に限らず、若者をその経済や社会に包摂できなくなりつつあります」

■取り組むべきは虚偽からの脱却

 ――だとすれば日本も共通するところがあります。移民は少ないが、非正規労働者として他国での移民労働者のような扱いを受ける人はたくさんいます。いわば一部の国民が戻る祖国のない移民になりつつあるのかもしれません。

 「興味深い指摘です。先進国の社会で広がっているのは、不平等、分断という力学。移民がいなくても、教育などの不平等が同じような状況を生み出しうる」

 「それに日本の文化には平等について両義的な部分があります。戦後、民主的な時代を経験し、だれもが中流と感じてきた一方、人類学者として見ると、もともと日本の家族制度には不平等と階層化を受け入れる面がある。民主的に働く要素もあれば、大きな不平等を受け入れる可能性もあります」

 ――簡単に解けない多くの難題が立ちはだかっているようです。何が今できるのでしょうか。

 「この段階で取り組まなければならないのは、虚偽からの脱却です。お互いにうそをつく人々、自分が何をしようとしているかについてうそをつく社会。自分を依然として自由、平等、友愛の国という社会。知的な危機です」

 「それは本当に起きていることを直視するのを妨げます」

     ◇

 〈Emmanuel Todd〉 1951年生まれ。家族制度や識字率、出生率に基づき現代の政治や社会を人類学的に分析、ソ連崩壊などを予言してきた。

     ◇

■取材を終えて

 1968年5月、フランスで起きた大規模な反体制運動では街頭に出て石を投げていた1人。その体験から、「自分の国の国旗を引き裂くことだってできる、すばらしい国」と誇りに思ってきた。そんな「寛容なフランスを私が再び見ることはないでしょう」と失望感も吐露していた。

 しかし、歴史家、人類学者としての意欲は旺盛だ。グローバル化で人類は、産業革命よりも重要で新石器時代に匹敵するくらいの転換点を迎えているのかもしれないと話し、本も執筆中だという。どんなに強い反発を浴びても、その社会に容赦のない緻密(ちみつ)な肖像画を突きつけ続ける――。

 会うたびに知識人の強さを感じさせてくれる。(論説主幹・大野博人)





トッド 自身を語る
エマニュエル・トッド
藤原書店
2015-11-20

小倉昌男 祈りと経営 森健 小学館 2016


第22回小学館ノンフィクション大賞受賞作品

素晴らしい小倉昌男評伝だと思いました。
ただ、筆者の森氏は「ブラザーサンシスタームーン」をご存じないのかもしれない。
小倉氏の洗礼名の「フランシスコ・アシジ」の理由はしっかり描かれていたが、、、

仕事と家庭そして苦悩。本書で綴られる小倉氏(1924-2005)がいかに利他として生きたかが丁寧な取材により示されている。そして行政と戦う姿よりは家族、会社の同僚や部下、社員との関係性を重視してその生き様を読者に見せてくれます。

備忘録メモ
サービスが先にあり収益(利益)はそのあと
結核療養 恋人との別れ 信仰 
ヤマト福祉財団へ財産寄付 ヤマト運輸本体と社員からの寄付も
東京高等学校(東高)での青春時代 自由な校風 同窓会で仕事の話をしたことはない
動物戦争 ペリカン便 カンガルー便 パンサー便 ライオン便等々 
三越、松下との取引撤退(不公平な取引)
宅急便事業 開始後5年で損益分岐点を超えた
仕事では筋を通すが、長女のことには許してしまう
長女と黒人との交際、結婚の妻へのストレス 妻の葬儀での謝罪
2011年宅急便1個あたり10円の寄付 総額142億円 ヤマト福祉財団
障害者の自立と社会参加 あまりに低い障害者賃金 共同作業所を「経営」する概念導入
最初の挑戦は運輸省、次は郵政省、そして厚労省
スワンベーカリー(障害者によるパン屋)の展開 現在29店舗 笹川陽平氏も協力(日本財団) 小倉氏は日本財団の評議員(運輸省からの妨害を退け)
イタリアでの聖フランチェスコ聖堂訪問(アッシジ)
ある女性との出会い 旅行 長女家族(孫も)渡米後の小倉氏の面倒をみる
長女の「境界性パーソナリティ障害」からの回復
妻と長女の精神状態の病との対峙 


Profile
鎌倉おやじ
趣味:イワナに遊んでもらう、菜園、読書、焚き火、ランタン

愛読人:内山節、池田晶子、養老孟司、山本素石、高桑信一、相田みつを、宮本常一、網野善彦、野田知佑、南木佳士、川上健一 佐藤優 内田樹(順不同)

夢:晴釣雨読で自給自足、在来魚保護 (最近釣りにはそれほど熱中してません、年のせいでしょうか)
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