特権を問う:「捜査さえできない」米軍機事故に近づけない日本の当局 国際的に特異な地位協定の壁 - 毎日新聞


多くの書籍がすでに出版されています。
いかに理不尽で不自然かは明白。

日本憲法より上位に位置する地位協定
国会より強い、日米合同委員会

以下記事

「なぜ市長である自分が近づけないのか」。2016年12月、沖縄県名護市沖で米軍普天間飛行場(宜野湾市)所属の新型輸送機オスプレイが不時着、大破する事故が起きた。翌朝現場に駆けつけた当時の市長、稲嶺進さん(74)の声が海岸に響いた。「ここは米軍基地ではない。私には市民の安全を守る責任がある」。事態を把握しようとする行政トップの行く手を規制線と警察官が阻み、その先で粛々と機体の回収を進める米軍。米軍機事故の現場で何が起きているのか――。
「基地の外で起きたことに日本が何もできない。そんな理不尽な話ない」

 機体は約60世帯120人が暮らす安部(あぶ)集落の約800メートル先で大破した。事故現場周辺の海は住民が漁を営み、隣の集落で育った稲嶺さんにとっても幼い頃から貝を取るなどして親しんだ生活の場所だった。12年から普天間飛行場に配備され、墜落などの危険性が指摘されていたオスプレイだが、心配は現実のものとなった。

 「歯がゆいというか、ワジワジー(腹が立つ)というか。ここは基地ではない。基地の外で起きたことに、日本が何もできない。そんな理不尽な話ないじゃないですか」。稲嶺さんは当時を振り返って憤った。

 現場に入ることができなかったのは市長だけではなかった。海の事故の捜査を担当する中城(なかぐすく)海上保安部も事故原因を特定するために欠かせないフライトレコーダーや機体の押収さえできず、写真撮影や海の浮遊物の確認をするのがやっとだった。
立ち塞がる議事録「日本国の当局は、捜索、差し押さえ、検証を行う権利を有しない」

 立ち塞がったのが日米地位協定の締結時に交わされた合意議事録の存在だ。米軍の財産について「日本国の当局は、捜索、差し押さえ、検証を行う権利を有しない。ただ、米軍が同意した場合はこの限りではない」と規定しており、基地の外で起きた事故も例外ではない。

 捜査の手足が縛られている中、中城海保は乗員への事情聴取や機長の氏名について情報提供を求めたものの、米側から協力が得られず、19年9月に機長を氏名不詳のまま航空危険行為処罰法違反容疑で書類送検した。容疑内容も米側の事故報告書に沿ったもので、那覇地検は19年12月に機長を不起訴処分とした。

 日本で起きた事故なのに機長の名前さえ把握できないのか――。当時の海保幹部は「守秘義務があるので話しにくいが」と断ったうえで、「名前が分かっていれば当然、送致書に入れる。それなりの状況の中で捜査しなければならない」と苦しい胸の内を明かす。
米軍機事故の起訴権は日本側でなく米側

 そもそも日米地位協定は17条で、米軍機事故の第1次裁判権(起訴する権利)は日本側でなく米側にあると定めている。このため、日本側が現場検証などをできたとしても、米側が裁判権を放棄しなければ起訴はできない。

 04年8月に普天間飛行場に隣接する沖縄国際大に米軍の大型ヘリコプターが墜落し、炎上した時も捜査の問題が顕在化した。当時の沖縄県警捜査1課長の石垣栄一さん(72)は「米側の同意があれば検証できるはずだ」と検証許可状を持って米軍に掛け合ったが拒否された、と証言する。結局、県警は07年8月に米軍の事故報告書を基に米海兵隊整備士4人を氏名不詳のまま航空危険行為処罰法違反容疑で書類送検し、那覇地検が不起訴処分に。「できるはずの捜査さえできず、これでは原因究明などできない」と石垣さんは憤る。
イタリアでは検察がフライトレコーダー押収、イギリスでは警察が捜査

 沖縄県が各国の駐留米軍機事故の対応を調べたところ、イギリスでは警察が捜査したほか、イタリアでは現地検察がフライトレコーダーを押収するなど主体的に捜査。ドイツでも事故調査にドイツ軍が入っており、日本との違いは際立っている。沖縄国際大のヘリ墜落事故で直後に現場に駆けつけ、現在は地位協定の研究を続ける比屋定(ひやじょう)泰治教授は語る。「主権国家として、せめて共同捜査ができるよう地位協定を改定すべきだ。日本側が改定の提起さえできないのはおかしいのではないか」【平川昌範】
「権限の範囲内で必要な措置を取ればよい」警察庁の消極姿勢

 米軍機が基地外で起こした事故の捜査を巡り、米軍構成員以外に被害がなければ、現場に米軍が到着するまで日本の警察は機体の保護など必要な措置を取ればよい、と警察庁の捜査要領に記載されていることが判明した。毎日新聞の開示請求に対し、警察庁が「米軍関連犯罪捜査要領」(2008年12月)を一部黒塗りで開示。都道府県警を指揮監督する警察庁の捜査方針にも米軍機事故捜査に消極的な姿勢が表れている。

 要領のうち「質疑応答」では、米軍機が墜落して米軍構成員の遺体が発見された場合に検視をすべきかとの問いに対し、日本側にも第2次裁判権があるため捜査できると説明。一方で米軍構成員以外が乗っていなかった場合や、米軍構成員以外が乗っていても被害がなかった場合については、「米軍の当局が現場に到着するまで財産の保護及び危険防止のため、その権限の範囲内で必要な措置を取ればよいと解される」との回答を記載している。
日弁連「国家主権としての行政警察権や司法警察権を行使できるようにすべき」

 こうした対応の根拠として要領は事故現場の措置を定めた日米の合意事項を挙げるが、その他の根拠が書かれているとみられる部分は黒塗りで明らかにされていない。米軍機事故の対応に関するその他の部分も「米国との信頼関係が損なわれる恐れがある」などとして多くが黒塗りだった。

 日本弁護士連合会は14年、日米地位協定の改定を求める提言で「日本の当局が国家主権としての行政警察権や司法警察権を迅速、適正に行使できるようにすべきである」と指摘。沖縄県も17年の要請書で、日本側が捜索や差し押さえ、検証を行う権利を明記するよう求めている。【平川昌範】