特集ワイド:この国はどこへ これだけは言いたい 伊藤忠商事元会長・丹羽宇一郎さん・81歳 人間の弱さにどう打ち勝つか - 毎日新聞


企業人として人間として、素晴らしい方ですね。
元中国大使 著作多数


引用

近年、大企業による不祥事が後を絶たない。メーカーの不正会計や検査データ改ざん、生命保険の不正販売、そして電力会社の金品受領……。保釈中にレバノンへ逃亡した日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告は会社の私物化が問題視された。伊藤忠商事の社長や会長を歴任し、数々の著書で企業論を説いてきた丹羽宇一郎さん(81)はこの事態に何を思うのか。

 「人間って、弱い存在なんです。お金に目がくらんだり、平気でうそをついたりする。そんな人間の弱さを私は『動物の血』と呼んでいます。理性で抑えられずに、お金をポケットに入れたり、改ざんや粉飾に手を染めたりする。昔から変わりませんね、人間は。だから不祥事が相次いでも、私はちっとも驚きません」

 「うそをつかない」「会社のお金には一切、手を出さない」――。1998年、社長に就任した時、自らに誓った。社員には「クリーン、オネスト、ビューティフル」の実践を求めた。宝塚歌劇団のように「清く、正しく、美しく」をあえて唱えなければならないほど、私たちの体内に流れる「動物の血」は濃い、とみる。自身のこんな体験を明かしてくれた。

 「米国赴任を目前に控えた20代後半の頃のことです。上司から取引先への請求書を全て送り終えたかと問われ、私は何カ月も放置していたのに『終わりました』とうそをついた。海外赴任が取り消しになるのを恐れたからです。しかし、取引先の一つが倒産しそうになった。会社に損害を与えかねない事態で、暗い日々が続きました。結果的に運が味方して全て代金を回収でき、うそもばれなかったから、今がある。私自身も弱い心の持ち主なんです」

 では、その弱さにどう打ち勝てばよいのか? 「どんな状況でも『俺はこうする』と明確な価値観をきちんと持っていることが大切です」

 近著「社長って何だ!」(講談社現代新書)は自らの体験に基づいたリーダー論だが、企業経営にとどまらず、あらゆる組織に通じるものだ。例えば、こんなくだりがある。

 <上司に直言する人物が会社には必要です。自らの地位や待遇が不利になることを顧みず、会社のことを考えて「これはおかしいですよ」と真実を告げる「諫言(かんげん)の士」です。(中略)物言えば唇寒しで、迎合する部下たちが結果的に「裸の王様」を育て上げるのです>

 そして「統治の三原則」を説く。透明性、情報公開、説明責任。丹羽さんが企業のトップらに投げかける言葉は、そのまま政治家や官僚にもあてはまるように聞こえる。

 丹羽さんは2008年11月にも「特集ワイド」に登場。当時は、米国発のリーマン・ショックで世界が大混乱に陥っていた。そんな中、丹羽さんはこんな楽観論を展開していた。

 <1929年(大恐慌)とは違いますよ。当時の約4倍の人口が生きている。いまの世界経済はそれほどヤワではない。そのうち戻りますよ>。米大統領にオバマ氏が当選した直後でもあった。約9年に及ぶ自身の米国駐在経験などを基に、こう語った。<彼を押し上げたのは、若者のエネルギーと力なんです。そんな情熱と行動力をもった若者がいるかぎり、米国は必ず復活します>

 ところが、である。17年にトランプ氏が大統領になり、世界で自国中心主義が横行。この変遷をどう受け止めているのか。

 「オバマ氏は『米国は世界の警察官ではない』と言いました。これが全ての発端だと思っています。では、誰が世界の平和を仕切るのか。警察がいないので、各国の好き勝手です。そこへトランプ氏が登場した。『これからはディール(取引)で決める』。そして『俺の言うことが真実だ』と。この10年余で、何を信用したらいいか分からない時代になりました。日本も例外ではありません」

 森友、加計両学園や首相主催の「桜を見る会」をめぐる問題などで次々と発覚した公文書のずさんな扱いのことだ。

 「改ざんしたり、廃棄したり、黒塗りで文書公開したりする根底には『うそ』があります。今、政治の世界はうそだらけに見えてしまう。何が真実か分からない。どう真実を見抜き、行動すればいいか、一人一人が問われていますね」

 権力者が都合の悪い報道をフェイクニュースと呼ぶ。そんな世界になったが、丹羽さんは、ある声明に希望を抱く。アップルやアマゾンといった米国の主要企業のトップでつくる経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が昨年8月に発表した、今までの株主第一主義を見直す声明だ。

 「米国で格差があまりにも広がり、投機的な株主はもうかれば逃げていくから、株主第一だけでは経済が立ちゆかなくなった。貧富の拡大はトランプ大統領を生んだ素地でもあります。だから、企業は株主だけのためにあるのではない、と宣言した。顧客、従業員、取引先、地域社会、株主という五つの分野に利益配分しなければならない、という考え方に大転換したのです」

 太平洋戦争中の記憶が脳裏に焼きついている世代でもある。名古屋市で生まれ育ち、実家は書店を営んでいた。幼稚園児だった丹羽さんは、米軍の爆撃機から焼夷(しょうい)弾が次々と落とされる中、親類宅に逃げ込んだ時のことを振り返る。「私は裸足で走っていました。その両側には、まるでろうそくが立つように火を噴く焼夷弾が着弾していました。必死でしたね。数年前、私は実際に戦場へ行った人にインタビューして『戦争の大問題』という本を出したことがありますが、取材を申し込むと、多くの人に『話したくない』と断られました。誇るべきものが何もないからです」

 戦時下に育ち、戦後は大手商社でビジネスに携わった丹羽さん。2010年から2年半は、民間初の駐中国大使として外交でも手腕を発揮した。「平和と自由貿易が日本の国是だ」と強調する。「食料自給率は4割以下で、エネルギー自給率は1割以下。日本は自給自足ができないので、世界の国々と仲良くしないと生きていけない。それなのに、どんどん戦争に近づこうとしている」

 15年に集団的自衛権の行使を容認するなどの安全保障関連法が成立し、米国の戦争に巻き込まれかねない時代になった。そんな中、米国とイランの対立が続く中東へ日本関係船舶の安全確保に向けた情報収集との名目で海上自衛隊が派遣された。

 「誰かが鉄砲を撃てば、戦争が始まりかねない状況にある。そんな中、海自は巻き込まれずに逃げることができるのか。これまで日本人は海外で憲法9条に守られてきました。戦争をしない平和な国だから日本人を狙うのはやめよう、と。それなのに、なぜ9条を変えようとするのか」

 丹羽さんの自宅は神奈川県の郊外にある。大企業のトップを務めた人とは思えないようなごく普通の家だ。「始発駅だったら、会社に着くまでにゆっくり読書ができるし、帰りも寝過ごすことがないと考え、ここに決めました」。その後、路線が延びて終点ではなくなる誤算もあったが、社長時代も個人、私用では社有車を使わずに電車通勤を続けた。

 「去年の夏、足が突然動かなくなり、歩くのが不便になった。だけど一病息災と言いますか、軽い病気を持っていたほうが、健康に気を付けることができますね」

 最近、「未現過(みげんか)」という言葉を作った。「今、自分がここにいるということは、未来の入り口に立っているということ。現在が未来の入り口なら、過去も未来とつながっている。未来を生きるから、過去のことはクヨクヨ後悔しない。一瞬一瞬が『未現過』です。だから『Do my best everyday』、毎日ベストを尽くして生きていきましょうよ」

 今も物申すこの国のリーダーの一人として、揺るがぬ価値観を持ち続けている。【沢田石洋史】

 ■人物略歴
丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)さん

 1939年愛知県生まれ。名古屋大卒後、伊藤忠商事入社。98〜2004年社長、04〜10年会長。10年6月〜12年12月駐中国大使。現在、日中友好協会やグローバルビジネス学会の会長を務める。著書に「仕事と心の流儀」「日本をどのような国にするか」など。







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