96-98年 ベルギー
99-01年 ガーナ

家族5人で滞在していた。
ガーナでは高待遇であったので、メイドさん、運転手や庭師も雇って生活していた。
それでも当時は食品など現在のアクラに比べれば大変生活は厳しい環境であった。

その当時のメイドさん(リジョイス)と運転手(クワシ)はご夫婦で、敷地内の専用家屋に住んでいた事もある。
メイドさんは基本的には日本人や外国人の家庭で経験ある方を雇用するのが普通であったが
たしか簡単に見つからなかったせいか、奥さんもリジョイスで良いというので彼女にメイドを
してもらった。
もちろん、和食も西洋食も作った事はない。
奥さんが一生懸命に色々と教えて、帰国間際にはかなりの料理が出来る様になっていた。

一般的なメイドさんや運転手の給与よりは多く出していたと思うし、良く仕事をしてくれた。
帰国時には中古のホンダカブをプレゼントした。

そうして、次の単身渡航の時、クワシが運転するカブの後ろにリジョイスが乗ってやってきて
掛け時計をプレゼントしてくれた。
「同じ時間を生きていることがわかる」様にと。

なんか嬉しすぎて涙が出た。


僕自身はその後ガーナに毎年伺い、最近では年3回程度渡航していて、渡航するごとに
リジョイスやクワシに電話していた。そしてわずかばかりであるが盆暮れの付け届けの様に
お金を渡していた。(お嬢さんが専門学校卒業後に野口研の技術補助の仕事していたので彼女に
仲介してもらった)

リジョイスが最初の入院をした時に、もう駄目なのかとおもったけど、復活した。
そして、最近癌が再発したとの連絡があった。

次回の渡航まで生きていてくれればと思ったが、昨日、娘さんからメイルとメッセンジャーで
亡くなったとの連絡。



あなたの事は忘れないよ。Rejoice, R.I.P.