NHKドキュメンタリー - ETV特集「宮沢賢治 銀河への旅〜慟哭(どうこく)の愛と祈り〜」


本放送が録画ミスしたので、再放送を録画予定(すでに録画出来ているはず)

クラーク一期生の大島正健校長の元で甲府中学時代を過ごした嘉内。
短い人生だったが、まさに波乱万丈で利他なヒトだった。


「宮沢賢治には、生涯をかけて愛した同い年の男性がいた。「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」などの代表作誕生の背景に、一人の男性との深い交流が明らかになる。残された賢治の手紙、ノート、資料などを改めて読み解くと、新たな賢治像が、驚きとともに浮き彫りになってくる。岩手の四季折々の景色や、ドラマを織り交ぜながら、賢治の心の風景にも迫る。賢治の作品を、これまでと違った視点で読みたくなること間違いない。」

ふたりの銀河鉄道
読書メモ 再掲

図書館本

宮沢賢治と保阪嘉内 賢治のただ一人の親友とか心友といわれる嘉内。

内容的には嘉内のご子息である保阪庸夫氏らの著作「宮沢賢治 友への手紙」昭和43年筑摩書房を元にした賢治から嘉内宛の手紙を物語風に記述している。
また、菅原千恵子著「宮沢賢治の青春」も大きく影響しているように思う。

著者は山梨出身ということで、保阪が甲府中学時代に薫陶をうけた大島正健校長や甲府中学のことも若干書いている。大島校長が招聘した英語教師、野尻正英(まさふさ)(野尻抱影)が星や山の先生でもあり、嘉内がハレー彗星の観察をしてスケッチを残したこと。野尻の弟は大佛 次(鎌倉女学院の教師もした)
野尻は登山家の小島烏水とも親交があった。

本書ではハレー彗星のスケッチは家の庭(韮崎?)でとあるが、当時の甲府中学と寮があった舞鶴城跡からとの記載もあったと思う。http://azalea-4.blog.so-net.ne.jp/2007-10-24

嘉内が退学除名処分になった後、賢治が嘉内を大沢温泉に誘い酒を酌み交わし、嘉内が失意を吐露したことを晩年の賢治が文語体の詩に残している。







二人の銀河鉄道―嘉内と賢治
江宮 隆之
河出書房新社
2008-02