図書館本

毛利さん(1958-2015年11月逝去 佐世保西ー日大芸術文芸)のまさに遺言と自分史
読んでいて、何度も目頭が熱くなった。

僕は家裁の人はほとんど読んでいないのだけれど、宮本常一が歩いた道を辿った作品
「宮本常一を歩く―日本の辺境を旅する」〈上下巻〉で毛利さんを知った様な感じ。
読書後のメモを採録しておきたい。

毛利甚八(1958− 長崎県佐世保生まれ)さんが宮本常一の著作を読み込み、旅の巨人と言われる宮本な歩いた道程を訪ねる旅を綴る。
宮本常一の人柄等を書いたものには佐野眞一氏の多数な書籍や木村 哲也さんの「忘れられた日本人」の舞台を旅する、網野善彦さんの著作などがある。また多く宮本が歩いた村などの写真集も出版されている。
本書は毛利さんの愛して止まない宮本に自分の育った村(共同体とでもいうのだろう)を感じつつ、自分の中の宮本常一を探す旅でもあったのだと思う。
人それぞれの宮本常一があり、評価があるのだろう。土佐源治の源流も「乞食」であろうがなかろうが良いのであると思う。
そして発展ということは、大都市や地方都市だけの当てはまるものでなく、今まで住むことのできた世界(辺境の地)をこれからも住んでいけるようにすることだろうという、宮本の思いを毛利さんも強く旅の中で感じたことだろう。そして毛利さんは記す、「奇妙な物言いかも知れないが、私は宮本の文章の、その筆圧の高さや息づかいに惹かれてふらふらと旅にでる。文章の奥にある感情の起伏に目をこらし、味わうために、宮本の訪ねた土地に身を置いてみたくなるのである」
備忘録として。
宮本が奔走することになる離島振興法の基本となる島嶼社会研究会(学者の集まり)で
公職追放から解かれた渋沢敬三(顧問)がこの研究会が政治にかかわることを積極的に勧めたが、次の条件をつけた。
金をもらわぬこと、悪いことは悪いとはっきりと言うこと、ペンで戦え。

ここまで

そして自分より1歳年上の毛利さんの青春時代の描写がまさに自分と同じ時代を同様な感性で
彷徨い迷い悩んでいたんだと。

備忘録メモ
年収8500万円の記録1992年 1982年は100万
家裁の人の連載を終えてから宮本常一の歩いた道を辿りだす
2000年少年法改正 厳罰化の流れ
少年司法全体の手続きを知っている人がほとんどいない現実
ビリギャルを上回る様な元非行少年が運営する塾の存在
非行少年たちを徹底的に面倒みる会社の存在
少年院教育は「コツコツ働く善良な人間」」になることを期待
ガン宣告 余命6か月 アルコール、ニコチン、カフェイン依存症
刑務所とは罪を贖うための時間を奪う「時間刑」を科す場所
少年犯罪とインターネット上での匿名批判 罵倒
佐世保事件(高校同級生殺害事件)での加害者に対する犯行前3か月の無処置
毛利さんの幼児・青春体験(カエルの大虐殺、思春期スパーク(京大、山極さん)、富島健夫の小説、

最後の文章
「ありがとう。ぼくを導いてくれたすべての人たちへ」

今頃、毛利さんは天国で宮本常一さんらと楽しく語っているのだろう。合掌

2013年には「九州独立計画 玄海原発と九州のしあわせ 」という本も書かれていたんですね。