(記者有論)長良川河口堰 運用20年、開門の時だ 伊藤智章:朝日新聞デジタル


圃場(ほじょう)や農道、公園、下水道の整備、さらに橋の架け替えまで……

 長良川河口堰(かこうぜき)の周辺市町が1980年前後、事業受け入れの見返りに国や上流の岐阜県に約束させた「関連事業」のリストだ。この夏、運用開始20年になる河口堰の取材で久しぶりに現地を訪ね、改めて考え込んだ。

 利水や治水に関係が薄そうな地域振興の事業が多い。三重県での事業も含めた総額は、河口堰に詳しい学者の推計で2千億円以上。本体の事業費1500億円を上回る。

 木曽三川の洪水に悩まされ、川をせき止める河口堰に抵抗する地域住民をなだめるための事業だった。ある町長名の要望書は「措置されないときは、全体事業に同意できない」とすごみを利かせていた。

 国は河口堰の目的に、愛知、三重両県の工業用水などの確保に加え、洪水対策も掲げる。上流で川底の盛り上がった所を、水がつかえてあふれないよう削るので、そこへ海水が溯(さかのぼ)ることによる塩害を防ぐ。それも河口堰の役割というわけだ。

 地元自治体はその受益者であるのに、高額の受け入れ条件を出していたことになる。20年前も同じ問題意識で取材したが、ある首長は勝ち取った「成果」を誇り、「環境にこだわる反対派は地域の事情がわかっていない」とうそぶいた。

 国は地元が反発する河口堰を押しつけようと関連事業をばらまいた。名古屋圏で発展に乗り遅れがちな地元自治体もそれを求めた。原発立地に似た構図だ

 ただ、今や関連事業の多くは完成済みで、役所の担当者も事業が行われた経緯を思い出せないほどだ。幸か不幸か、立地をめぐるしがらみが風化した分、河口堰の問題は議論しやすくなっている。

 河口堰周辺にヘドロがたまり、シンボルのアユの漁獲量は減少。何とかしたいという思いは地元に強い。ゲートを上げ、生物が豊かな汽水域を回復させようとする運動が続く。

 河口堰の影響を検証する開門調査は、愛知県の大村秀章知事が4年前の初当選時に公約した。県は専門家委員会で具体案を検討しているが、国土交通省は消極的だ。河口堰とアユ減少の因果関係も認めていない。「開門して渇水になると困る」「周辺地下水に塩分が入れば除くのは困難」と不安を並べる。

 でも、河口堰で確保した毎秒22・5トンの水は16%しか使われていない。塩害が実際に出るのか、環境回復に効果があるのかを確かめるためにも、開門調査は欠かせない。

 岐阜県は長良川の中上流域のアユ漁の世界農業遺産認定を目指し、昨年から活動を本格化させた。日本有数のシジミ産地だった下流域も、河口堰を開けて復活すれば世界に評価されるだろう。20年間の社会の変化を追い風に、動き出すべきだ。

 (いとうともあき 編集委員)