科学者は戦争で何をしたか 益川敏英 集英社新書 2015年8月
是非とも多くの方に読んでいただきたい一冊
科学者として、市井の生活者として生きてきたノーベル賞受賞者の未来を生きる若者に送るメッセージ


益川先生(1940-)の科学者として凄さはすでに種々な受賞で御存知の方が多数であろう。
僕は本書を読んで、益川先生がまさに、科学者の社会的責任を果たしている本当の科学者だと再認識した一冊。
これは科学者や科学者になろうと思う人達のための本ではなく、日本人すべてに向けての非戦、反戦、不戦そして核廃絶(核兵器、原発)の書である。
おそらく、小学校高学年くらいから十分読む事のできる分かりやすい言葉で、しかし力強く語りかけてくれる。若い時からブレない思想哲学を貫いた一人の偉大な科学者の覚悟の歴史と未来への提言でもあるのだろう。

感想を書くより、益川先生のテキストをそのまま備忘録として残す方が自分自身への生き方の覚書になり、この文章を読むであろう数少ない人にも少しは役立つと思うのである。

1.まえがき
ノーベル財団の賞を受け取るのが当たり前という態度。それが「嬉しくない」という発言につながった。
受賞記念講演原稿で「戦争」を語ることに対する同業者の批判(原稿を変えることなく講演)
自宅に落ちた焼夷弾が不発で、今がある。
下村脩さん(2008年ノーベル化学賞、長崎)も記念講演で「戦争」に言及
恩師、坂田昌一先生の言葉「科学者は科学者として学問を愛する以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」(坂田先生はバグウオッシュ会議に参加)
2014年テレビ番組で安倍政権の特定秘密保護法を批判、数日後、外務省の役人が「先生が心配されるようなことは一切ない」と説得。 丁重にお帰りいただいた。(役人にオッペンハイマーの話をした。第5章)

第1章
死の商人と罵られたノーベルの苦悩
ノーベル賞技術における負の側面 毒ガス、殺虫剤(チクロンB,ユダヤ人大量虐殺に利用、開発者はユダヤ人)
科学は本来、中性、ニュートラルなもの。
科学動員:利用価値があればノーベル賞技術でも戦時下において国家が利用する
核物理学の発展と核兵器の誕生

第2章
ルイ・パスツール「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」
政策決定から排除される科学者
科学者たちの贖罪意識 アインシュタイン 湯川秀樹に涙ながらに謝罪(原爆)
坂田昌一「原爆帝国主義の下においては科学者は軍人や政治家の命令通りに働く兵士でなければならなかった」(著書 原子力をめぐる科学者の社会的責任)
「ジェーソン機関」ベトナムで暗躍したエリート科学者集団(ノーベル賞受賞者を含む)
平和問題、原水爆禁止の問題に師匠の坂田先生のお手伝い

第3章
科学疎外:科学が人々の生活から離れ、本来より難しいものになりつつある。(電気製品は普通の人には直すことの出来ないレベルに)
科学のブラックボックス化、自分の分野だけに集中。社会も同じ。
大きな利益のための「選択と集中」 市場の思惑とは切り離して考えるべき:本来の学問
2010年ノーベル賞 鈴木章、根岸英一氏はカップリング技術の特許申請をしなかった。

第4章
加速する軍学協同、産学協同 資金援助というエサ 間接的科学者動員
日本学術会議 「軍事目的のために科学研究を行わない」
科学の巨大化、ブラックボックス化
科学の成果 科学者の意図とは無関係に、政府と独占資本の意思によって決定
オスプレイの購入(3000億円以上)、あんなもの購入してどうするのでしょうか。
坂田先生「科学的な成果というものは平和に貢献しなければならない」
「軍事研究をしない」と誓った名古屋大学の平和憲章
坂田先生「戦争をますます悲惨なものとした原因が科学の進歩であることは否定できない事実である。研究組織の封建制の除去と民主的再建に尽くすことは、我々の社会的責任なのだ」
坂田研究室(名古屋大 素粒子研究室)に憧れて入学 「議論は自由に、研究室では平等だ」研究室で論文を書かない事で肩身の狭い思いをしたことは一度もない。
2014年6月の国会 維新の会の議員が、平和憲章を非難
科学のヂュアルユース問題(知らず知らずのうちにどこかで軍事研究に加担させられている、そんな時代)
戦時下の朝永振一郎博士 電波兵器開発のために強制的に研究に従事させられたが、電波の出力の関係を解析する部分を、限りなく一般的なところでまとめ、核心部分をうまくごまかしている。自分の研究を軍に渡さないという意思。
ラッセル・アインシュタイン宣言、そしてバグウヲッシュ会議、市民の感覚からかけ離れたところで発言していて、誤解を覚悟で言えば、あちこちデモに奔走していた私には、彼らの活動は「貴族」の運動に見えた
宣言ひとつでは科学を取りまく世界は変わらない。危うい流れを止めるには、市井の人々と科学者たちが結束して、仲間として行動を起こす事が必要です。そのための縁の下の力持ちになればいいと、走り回ってきたのです。

「科学の平和利用を」と大上段にいうより、自分の子どもはどうなる。孫の生活はどうなる、徴兵制が出来てもいいのかと、科学者が自分の問題として、生活者の目線で考えることが必要なのです。
「科学者には現象の背後に潜む本質を見抜く英知がなければならない」坂田先生

第5章
言葉は悪いけど、今までは「お前んち守ってやるから、金をよこせ」と言われて、「はいはい、よろしくお願いします」と、日本はずっと「みかじめ料」を払ってきたようなものです。けれど戦後70年、日本も世界的な経済大国になって、いつまでも手下でいるのは気分が悪い。今まで搾取されてばかりいたけれど、これからは胴元のヤクザと組んで肩をならべましょうと乗り出した。日米同盟の強化の本質はこんなところだと思っています。

早いところノーベル委員会が、憲法9条にノーベル平和賞をあげて、それを安倍首相に受け取らせるという筋書きをつくってくれないと、日本はとんでもないところに行ってしまいそうです。
将来的には子孫に考えて貰いましょうと、互いに領土問題には手を触れない選択肢。(小平は大物だと)

9条科学者の会の発起人
自衛隊を海外派遣する費用の10分の1でも使えば、支援を受ける国の人々が喜んでくれる立派な海外協力隊ができます。

労働組合の解体、デモの衰退――消滅する「運動」の主体

「二足のわらじがはけなきゃ一人前じゃねえ」という雰囲気の研究室
「物理の研究と平和運動は二つとも同じ価値がある」坂田先生
名古屋大学、京都大学、東京大学、京都大学、京都産業大学、名古屋大学と転籍したが、必ず組合活動や社会活動に首を突っ込んで走り回った。
25歳くらいの時 物理学会で「ベトナムでの毒ガス使用反対!」と叫んで毒ガス使用禁止の動議を出した。
管理職になったあとは、隠れ組合員として組合費相当のものを寄付

第6章
1966年 イギリスの原子炉導入にあたり、坂田先生が情報の公開を求めるも、聞き入れられず、安全審査機関の専門委員を辞任

1964年 アメリカの原子力潜水艦佐世保寄港事件が原子力問題に取り組むきっかけ
久美浜原発立地反対の講演  永田忍先生、安斎育郎さんらとの出会い
3.11原発事故は人災
原発に反対するひとでも、ロケット打ち上げには手放しで喜ぶ。惑星探査機には放射性物質が使われている

第7章
200年たったら戦争はなくなるとあちこちで発言している。
SEALDsなどの若者出現(5章ではデモに若者がいないと指摘したけれど)、行きすぎ、やり過ぎを感じる多くの人々の存在

あとがき
科学者という人種 「生活者音痴」 社会問題に極めて疎い人が多い。
科学者に責任を押し付けるのではなく、彼らを生活者として育てる工夫が大事なのだと思います。「科学者である前に人間たれ」の精神は、そうした人々との交流の中で形成されていくのではないでしょうか。



目次
はじめに
 ノーベル賞受賞の記念講演で「戦争」を語る意味
 記念講演への批判
 自宅に爆弾が落ちて来た日
 科学者である前に人間として
 科学が戦争に利用されないために
第1章 諸刃の科学—「ノーベル賞技術」は世界を破滅させるか?
第2章 戦時中、科学者は何をしたか?
第3章 「選択と集中」に翻弄される現代の科学
第4章 軍事研究の現在—日本でも進む軍学協同
第5章 暴走する政治と「歯止め」の消滅
第6章 「原子力」はあらゆる問題の縮図
第7章 地球上から戦争をなくすには
あとがき





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