私だけの東京・2020に語り継ぐ:解剖学者・養老孟司さん 都市化のひずみ、見直す時 - 毎日新聞


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昔からまったくぶれない養老哲学満載

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東京大学のある本郷(東京都文京区)から上野の山にかけては、ちょうどいい散歩コースなんです。若い頃はよく、大学の裏手から坂道を下りて不忍池のほとりに出て、再び坂を上って上野の山へ行きました。本を読みながら歩くのが常でしたが、本郷辺りの裏道は幅が狭く、車が少ないので危なくなかった。来ても向こうがよけてくれました。大学では「歩きながら本を読んでいるやつがいたら養老だ」と有名だったそうですが。

 本郷の他にも、坂のある町や起伏のある町を散歩するのが好きですね。麻布十番から有栖川宮記念公園、広尾にかけてもよく歩いたなあ。坂道や川があり、古い建築物も多かった。でも、六本木の再開発以降、街並みが一変して足が遠のきました。東京では近年、あちこちで再開発が進み、最新鋭の高層ビルが乱立しています。空調や人の出入りを完全管理しているようなビルは、僕が東京で一番行きたくない場所です。1日いたら、体調が悪くなりそうだ。

 密閉された建物の中にいるのと、屋外にいるのとで最も違う点は何だと思いますか? 変化がないことですよ。今、話をしているホテルのこのロビーだって、明るさも温度も一定で風も吹かない。これが体に悪いのです。「環境が変わると疲労する」と思いがちですが、違います。人の体は無意識のうちに環境の変化に対応している。それが生きているということです。変化のない人工的な環境は、体のバランスを崩す。そんな環境がまともだと思っているのは人間の意識だけ。現代人に体調不良やうつ病が多いのも、根本には不自然な環境に長時間押し込められていることがあるように思えてなりません。

 都市とは、人間が頭で考えた世界を図面化し、作り上げた空間です。都市で暮らす人間は、何でも計画通り進むのが当然だと思っていて、不確定要素をできるだけ排除して生きている。特に東京はそう。それで、山手線や新幹線が数分遅れれば大騒ぎし、地震があれば驚くわけです。でも、本来は生きること自体が不確定なんですよ。人は必ず死にますが、いつ死が訪れるかは分からないのですから。

 日本では3、4代くらい前までさかのぼれば、ほとんどの人がお百姓さんです。その頃は世界は不確定の連続だと、皆が理解していた。作物を同じように育てても、毎年同じ量の収穫があるわけではありません。台風もあれば、日照りもある。病気にやられることもあるのです。

 しかし戦後、都市化が進み、サラリーマンが増え、人々は「明日はこうなる」という予測の下で生きるようになった。会社でも役所でも、新しいことを提案すると、上司に「どんな結果になるのか」と必ず見通しを問われるでしょう? 「やってみないと分かりません」なんて言ったら相手にされない。官僚はその最たるものです。

 昨年、少子化による消滅可能性都市に東京都豊島区が含まれていることが大きな話題になりました。でも、都会の論理で考えれば、東京の人が子どもを産まなくなるのは当然です。子育てなんて不確定の連続。どんな顔の子供が生まれるのかさえ分からないのですから。

 とはいえ、このままで良いわけがありません。私は以前「官僚は1年のうち3カ月程度は田舎で農作業をするべきだ」という“現代版参勤交代”を提唱しました。自然の中で体を動かし、東京的な発想を見直すことが、この国の将来のために大事だと思ったのです。

 先日、久しぶりに本郷周辺を歩きました。戦中戦後の「外食券食堂」だった大衆食堂や、僕の学生の頃から続く居酒屋、理髪店などが残っていました。個人経営の店だから続いているのでしょう。東京は自然だけではなく地域の共同体も排除してきましたが、「家業」を継ぐ人たちは地域に根を張って共同体を支えています。その意味でも、こうした町は残っていってほしいですね。

 最近、東京駅の赤れんが駅舎や歌舞伎座のように、古い建築物を復元したり、保存したりする動きも出ています。都会の論理を見直す気持ちが出てきたのならうれしいですね。人間が生きる仕組みは簡単に変わるはずがないのですから。【聞き手・小林祥晃】

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 ■人物略歴
 ◇ようろう・たけし

 1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東大医学部卒業後、解剖学教室へ。95年、東大教授を退官、同名誉教授に。2003年、ベストセラーとなった「バカの壁」で毎日出版文化賞特別賞。