(逆風満帆)ジャーナリスト・堤未果:下 米国の光と影、粘り強く発信:朝日新聞デジタル


 9・11テロをきっかけに、あこがれた米国に失望し、自分も見失った堤未果(43)は、ジャーナリストの名刺を手に、再び米国に渡った。

 貧困層の高校生への米軍のリクルートの実態、補助金を受けるため学校に導入される軍事訓練、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、ホームレスに転落するイラク帰還兵。治安の悪い場所、銃を持っているかもしれない取材相手など緊張する場面もあった。「今起きていることでだれが犠牲になり、だれが得しているのか。自分の足で見つけようとするうちに、不思議と体調も回復しました」

 文章を書く作業でさらに「体から毒が出る気がした」と話す。堤の父・ジャーナリストのばばこういち(2010年死去)は政治・社会問題について多くの著書を残した。母・江実(75)も会社経営を引退した20年以上前から翻訳・エッセー・絵本などを著し、今は詩人として活躍する。堤もかつて「書く仕事」への夢は抱いていたが、ニューヨークで働く間に忘れかけていた。

 04年に出版された『グラウンド・ゼロがくれた希望』(ポプラ社)は、アメリカンドリームに破れ、苦しみ、また立ち上がった堤の個人史が主につづられる。偶然読み、「一人の人間として自立して生きる姿勢を感じた」と話すのは、弁護士の金住典子(かなずみふみこ)(72)だ。パートナーの原田奈翁雄(なおお)(87)とともに1999年から季刊誌「ひとりから」(現在は年2回刊)を発行する。「有名より無名、感性にぐっとくる人に書いてもらいたいの」と笑う金住と原田は、すぐに堤に執筆を頼んだ。半年後に始まった連載「世界中のグラウンド・ゼロ」は、米国取材を重ねながら書き続け、4年余りの長期になった。「米国のいい面も悪い面も取材し、追究していく力をご自分の中から発掘されていったのだと思います」

 とはいえ堤がすぐに文筆業で食べていけるようになったわけではない。派遣業者に登録し、会議や展示会の通訳、外国人マンションのコンシェルジュも引き受け、お金がたまると米国へ。原稿を書いては出版社に持ち込むが、多くの場合、突き返された。「『金にならない』とか『君は才能がない』とか言われました。でもニューヨーカーってあきらめが悪いんです」。2、3度会ううち、ともかく編集者を紹介してくれた出版社には1年近く通った。「企画会議を通らないと言われても、書き直したからもう一度見て下さい、と粘りました」

 ■「勇気や希望を伝えたい」

 06年、幸運が訪れた。「ひとりから」の連載の一部をまとめた『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)が黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。追い風を受けて08年の『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)は40万部を超すベストセラーになり、新書大賞と日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。

 私生活でも大きな転機があった。薬害エイズ被害者の川田龍平参院議員(39)と08年に結婚。著書を読んだ川田が面識のあった双方の母を通じてアプローチ。川田のプロポーズ攻撃の末、堤が「よし、とひらめいて」OKした。決め手は何か尋ねると「何かな……。10代のころに死と向き合って、それを乗り越えた人なので本当に大事なこと以外こだわらない。執着とか欲とか打算とか、ぐちゃぐちゃしたものが抜け落ちているんですね」。

 互いに多忙ですれ違いが多いかと思うと、「なるべく予定を合わせるようにするので、一緒にいる時間は結構長い」という。カラオケで歌ったり、ネットカフェで同じマンガを読んだり。「仕事の話もそれ以外も2人でよくしゃべる。朝になってしまうこともあります。一緒にいるとよく笑います。それが夫の免疫力を上げているのかもしれません」

 昨年出版した『沈みゆく大国 アメリカ』(集英社新書)の前書きで、堤は初めて父について書いた。両親の離婚後も誕生日や正月には顔を合わせたが、米国留学後は米国嫌いの父とは疎遠だった。ジャーナリストの道を歩き始めた娘と父は空白を埋めるように毎週会い、政治、経済、医療、教育、メディアなど幅広く何時間も話した。晩年人工透析を受けた父は、保険証1枚で全国どこの医療機関でも一定の水準の診療が受けられる日本の国民皆保険制度の意義を語った。その言葉もあって、『沈みゆく大国』やその姉妹編は医療費や医療保険がテーマだ。

 この先何を書きたいのか。意外にもノンフィクションにこだわらないという。「どんな国にも、どんな人にも光と影があると学ばされた10年でした。少しでも光の面を伝え、勇気や希望を文章を通じて発信したい。その手法はたとえば小説でもアニメでもいいと思っています」

 =敬称略(大庭牧子)