(私の視点)理科教育 ヒトに関わる学習中心に 松田良一:朝日新聞デジタル


非常に良い記事だと思うの。

以下

(私の視点)理科教育 ヒトに関わる学習中心に 松田良一
朝日新聞 2015年4月4日05時00分



 私は国内で選抜された高校生4人を連れて毎年、国際生物学オリンピックに参加している。会場には60以上の参加国・地域の高校生物の教科書が展示され、その内容を比較できる。そこで驚くのは、教科書の中でヒトに関する記述が最も大きな割合を占めている国が多いことだ。

 ウニやカエルの発生から連続してヒトの発生を採り上げ、妊娠や出産、避妊や感染予防、さらには栄養、喫煙に至るまでのヒトの健康に関するページが多い。高校生たちは思春期にあるので、これらの内容を興味深く学ぶことができる。生涯にわたる健康維持・増進に役立つ内容となっているのである。

 日本の高校生物の教科書でも、以前よりはヒトについて扱う分量が増えた。しかし、ヒトの実生活に役立つようなページはほとんどない。

 日本産科婦人科学会など出産医療に関係する9団体の代表らは3月、妊娠・出産の適齢期に関する知識について、中学と高校の教科書に盛り込むことを有村治子少子化担当相に要望した。近年は梅毒患者数が増え、エイズの原因であるHIVの感染者数も高止まりの状態にある。これらは、妊娠や出産、性感染症に関する正しい情報が若年層に十分伝わっていないことを示している。


 日本では、「ゆとり教育」が始まったころから大学入試で選択しない科目は高校で学習しない傾向が強くなった。理科系に進学する受験生の場合、大学入試センター試験の平均点で見る限り、生物と化学の2分野を選択するより物理と化学を選択した方が有利であるように見える。

 教科書の魅力が乏しく、受験でも不利なら高校で生物を学ぶ理科系の生徒は減る一方だ。

 ただ、生物の授業でだけヒトの学習を増やせばいいわけではない。理科教育は、生存のためのノウハウを伝える場にもなり得る。2004年のスマトラ沖地震の際、観光でタイを訪れていた英国の少女が習ったばかりの「大きな引き潮が津波の前兆」という話をして家族と周囲の人々を高台に導いて救った話は、その象徴といえる。

 物理・化学・生物・地学の4分野からヒトの生存に関わる内容を抽出し、さらに応急処置法も加えて、「生き残るための理科」といった科目を必修として新設することを検討したらどうか。

 少子高齢化問題に加え地震など多くの自然災害をかかえる日本にあって、ヒトの生存に関係する科学的な情報を次世代層に正しく伝えることは、本人や家族の生活、健康に役立つだけでなく、社会全体の安全と莫大(ばくだい)な医療費負担の抑制にもつながるだろう。生物をはじめとする高校理科の内容を見直し、学習することが一生の財産となるような内容にすることは喫緊の課題だ。

 (まつだりょういち 東京大学教授〈動物学〉)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11687298.html…