図書館本

月刊「かまくら春秋」2009年1月号から2013年7月号に掲載の養老先生の虫メガネより
鎌倉の自然の事を書いてくださいとのことではじまった連載。

養老先生(1937- 鎌倉生まれ、鎌倉在住)の自然とのかかわりから見えてくる思想哲学かな。
時に虫屋さんとしての虫目線、時に解剖学者脳学者としての科学的鳥瞰目線で自然、環境を語る。

養老先生のお母様の著作「ひとりでは生きられない」ある女医の95年も同じかまくら春秋社から出ているので併せて読まれると良いかと。

備忘録メモ
緑という島(開発により、飛行機から見ると、あるいはグーグルアースで見ると)になってしまった緑地。残すのではなく、つなげなければいけない。鎌倉は古都保存法でなんとかなった、横浜市は完全に住宅地に。
鎌倉市内の虫もずいぶん減った。 殺虫剤の影響、蓄積?
COP10(生物多様性条約第10回締約国会議、名古屋)、「地球いきもの応援団」メンバー、養老先生、さかなクン、大桃美代子、滝川クリステル、 環境省主催で電通が広報。
言葉は現状を変えない、現状に言葉を付け加えるだけ。言葉で動くのは人の意識だけ。自然では言葉は無力。
自然に相対していればイヤというほどその無力がわかる。
人の身体は自然。人が設計して作ったものではいから。
徹底した省エネしなかない日本。
世界の人があまり欲をかかなければ、環境問題はひとりでに解決する。欲を抑えることを教える宗教がある。それが仏教で、ラオスは仏教国の一つである。(養老先生が昆虫採取に良く行く)
やたら他所の桜を植えるな。(桜の根について虫の幼虫も移植される)
環境について書きたくない理由の一つは、どうしても昔はよかった、みたいな話になってしまうから。
大学院は精神科を受けようとおもったがクジではずれた。だからクジはひかない。くじに当たったことがない。
自然環境もケチケチ貯めないと、あっという間に消えてしまう。ムダに遣うのは簡単。
人が人である以上、科学も文明も無限に進歩するはずがない。(脳と意識の問題など)
実利に偏ると、人はなんのために生きるか、そちらがわからなくなる。(虫好きが自殺したという話はない)
「自分と外を区切る」脳の働き、だから環境問題が発生する。田んぼは自分の一部で、そこの米が自分を作る。
環境省の自然環境局、林野庁などは田舎にあった方が良い。現場より組織を優先する現実
農薬と虫、自然に対して相変わらず無知、特に都市の人が「考えて」創る。

バカの壁のそのまた向こう
養老 孟司
かまくら春秋社
2013-12