論点:リニア中央新幹線、着工認可 - 毎日新聞


一番最初にヤンバだのリニアだのどこにでも顔を出す土木ムラの方。
国土交通省交通政策審議会の中央新幹線小委員会がいかに杜撰な議論をしたかは橋山先生の著書に詳しい。

以下記事

論点:リニア中央新幹線、着工認可

毎日新聞 2014年10月24日 東京朝刊

 東京−名古屋を最高時速500キロ超で結ぶJR東海のリニア中央新幹線が17日、国土交通相から着工の認可を受けた。東海道新幹線開業から50年、新たな「夢の超特急」は日本再生の切り札か、時代にそぐわない巨大プロジェクトか。
 ◇挑戦の価値ある大ジャンプ−−家田仁・東京大教授

 私が委員長を務めた国土交通省交通政策審議会の中央新幹線小委員会は以下の三つのポイントを議論し、2011年5月、リニア計画が適当と判断した。第一に技術的、工学的に実現可能かどうか。第二にやる価値があるか。そして第三に、計画は考えうる範囲で最善かどうかだ。

 まず、世界で例のない超電導リニア方式で安定した公共交通が実現可能かどうかを検討した。昭和50年代から宮崎県で本格的な実験線を使い、実験走行の実績が積まれた。突然磁気がなくなるクエンチ現象も克服された。強い磁気の人体影響も、車体などに工夫をすれば環境基準以下に低減できることも分かった。火山帯も通らず、トンネルや地盤の専門家から「南アルプスを完全に迂回(うかい)しなくても、工学的な工夫で十分可能だ」との評価を得た。

 第二に、事業をやる価値だが、東海道新幹線よりぐっと短時間になれば、飛行機はとても太刀打ちできなくなる。もちろん日本の人口はこれから減ってくるが、飛行機からの乗り換えを含め需要は喚起されるだろう。巨大な投資額に見合った経済メリットが確保できる見通しがある。

 それ以上に意味があるのは、東海道新幹線が地震や津波などの自然災害で被害を受けた際のバックアップ機能だ。開業50年を迎えた東海道新幹線は今後老朽化し、大規模な補修も必要になってくるだろう。東海道新幹線の輸送を軽減できれば、二つの大動脈をうまく使いながら維持していくことができる。

 第三の論点については、「既存の新幹線でも時速400キロ近く出る。リニアでなくてもいいではないか」という意見があった。その主張は、総延長2000キロを超える全国の新幹線網と乗り入れができる点で説得力があった。一番悩んだポイントだ。ただ、交通の歴史というのは速度を上げる歴史でもある。半世紀前、東海道新幹線を建設する時も既存の在来線と乗り入れ可能な小さな車両で良いという意見が強かったそうだが、結果的に、在来線のインフラの弱い部分や労働慣行、運転保安のやり方などを断ち切って成功した。リニア中央新幹線も、世界で全く新しいシステムに挑戦することが、日本人に次なる夢を与えるはずだ。

 南アルプスを貫通するルートは、他の候補ルートより速度が上がり客が多く乗る。距離が短くコストも安い。東京、名古屋、大阪の3大都市圏が1時間で結ばれれば、世界に類のない6000万人のメガリージョン(巨大都市圏)が形成される。東京−大阪間の時間距離が、それだけ短縮されれば、東京に住む必要がなくなる人も増える。東京一極集中が一層進むと悲観的な意見があるが、大阪や名古屋の人はそうだろうか。このチャンスを生かして伸びようとする人が必ず出てくるだろう。

 リニア中央新幹線単体の経済効果は限られている。需要をより呼び起こすには、他の交通網との接続を良くすることが不可欠だ。まずは名古屋駅を私鉄や地下鉄と乗り換えやすい駅に変えなければならない。中間駅には空港のような大型駐車場が必要だ。高速道から容易に乗り降りできるようにしたり空港との直行バスを通したりすべきだ。どれも大変な仕事になるが、この20年ほど日本経済の縮小ばかりが言われる中で、挑戦する価値のある大きなジャンプだと思う。【聞き手・阿部周一】
 ◇活断層、残土トンネルに問題−−吉田正人・日本自然保護協会代表理事

 リニア中央新幹線は最高時速505キロで、首都圏や中部圏の都市域、赤石山脈(南アルプス)の地下を通過する。地下水の枯渇など住民の生活環境への影響も大きな懸念材料だが、ここでは南アルプスの自然環境への影響を中心に問題点を指摘する。

 最大の問題点は、中央構造線、糸魚川−静岡構造線など数多くの活断層をトンネルで通過することだ。地震によって活断層が動いた場合、トンネルの崩壊などで大きな被害が発生する可能性が高い。現在の土木技術では活断層が動いても全く被害が出ないトンネルを造ることは不可能だ。

 東日本大震災以来、日本列島はどこで地震が発生してもおかしくない地震活動期に入ったと言われる。とりわけ南アルプスは、国内でも隆起量が高いのが特徴で、100年間で40センチ以上にもなる。だからこそ、富士山に次いで2番目の標高3193メートルを誇る北岳が生まれた。

 このようなルートを決定した環境影響評価(アセスメント)にも問題がある。

 2011年の法改正によって、事業の位置を決定する段階で、複数案を比較する配慮書を作成することになった。従来のアセスは、事業計画が決まってから実施するので、問題があると分かっても大幅に計画を変更するのが難しかったためだ。ところが、リニア新幹線のアセスは、法改正直前に駆け込みで行われたため、国土交通省の小委員会の中で、南アルプスルートに決定された。事業者は、南アルプスルートの中で幅をもたせていると説明しているが、どのように工夫しても活断層を避けることはできない。本来は南アルプスを避ける案も含めた複数案で配慮書をつくって公開し、広く住民意見を聞いた上で検討すべきだった。

 南アルプストンネルの建設残土の発生量は、静岡県側で360万立方メートル、長野県側で950万立方メートルに及ぶ。そのためアセス法に基づく環境相意見を踏まえた国交相意見にも、発生土砂の仮置き場からの流出による河川への影響防止、土砂置き場崩壊による災害防止、建設残土の有効利用、残土運搬時の環境負荷低減など、発生土砂に関するさまざまな意見が付けられた。

 近年、毎年のように異常気象が問題となり、集中豪雨が大きな被害を出しているが、渓谷の上部に土砂置き場が造られれば、これが崩壊して下流に大きな影響をもたらしかねない。着工したとしても処理方法を変えるべきだ。

 南アルプスは、国立公園であるとともに、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の生物圏保存地域(エコパーク)、国内ジオパークであり、地元は世界ジオパーク、世界自然遺産の登録を目指している。南アルプスは、原生的な自然環境が評価されて国立公園になった。私は、世界自然遺産の登録の適否を審査する国際自然保護連合(IUCN)世界保護地域委員会委員を務めている。その立場からも、地下トンネルは、手つかずの自然が守られているという自然遺産の完全性を失う恐れがあると指摘したい。

 アセスは事業許可が出たら、着工したらおしまいではない。工事が終わるまで、さらに終わった後の環境への影響を見る。環境相意見は「環境に配慮しない技術に未来はない」と指摘した。事業者は今後新たな知見が出れば、どんどん取り入れ対応すべきである。【聞き手・足立旬子】
 ◇本当に必要か 国会で検証を−−橋山禮治郎・千葉商科大大学院客員教授

 リニア中央新幹線事業で特に問題なのは、日本にとって今世紀最大のプロジェクトにもかかわらず、国会でほとんど審議されないまま、国土交通相が事業認可したことだ。民営とはいえ、紛れもなく公益企業による公共インフラである。国交省交通政策審議会中央新幹線小委員会が計画を妥当と答申したのは、東日本大震災が発生した直後の2011年5月で、国会もマスコミも震災や原発事故への対応でほとんど関心の外だった。

 仮に、27年の先行開業を予定している東京−名古屋間でひどく採算割れすれば、45年予定の名古屋−大阪間の開業時期にも影響する。全線開業を遅らせるわけにいかないと、公的資金が投入されるかもしれない。大災害、大事故が起これば桁外れの復旧や補償費用が発生する。JR東海1社で到底負担しきれず、公的資金が余儀なく投入されるのではないか。それだけのリスクが伴うにもかかわらず、「民間がやることだから」と国は無責任を決め込んでいていいのか。

 そもそも自然や生活環境を破壊し、沿線住民のためにならない。将来世代や国にもプラスにならない。JR東海社長(当時)が昨年9月の記者会見で「リニアは絶対にペイしない」と発言したように、採算性を考えるとJR東海の首すら絞めかねない。事故が起きれば、世界最高の安全性を誇る日本の鉄道、新幹線技術の信頼度が地に落ちる重大なリスクをはらんでいる。

 なのになぜ、JR東海は建設に躍起なのか。二つの理由が挙げられている。

 一つは、大規模災害や老朽化に伴う大型補修工事に備え、東海道新幹線のバイパスを造ることだ。もう一つは、大都市間の移動時間短縮による利用客の需要喚起だ。

 だが、大規模災害時に必要なのは、人間より緊急物資の輸送にあることは歴史が証明している。貨物輸送ができないリニア中央新幹線はその点で役に立たない。在来線が古くなったからといって補修工事のために新しい線路を造る鉄道会社があるだろうか。必要に応じて一部線路を付け替えたりして補修すれば済む。

 需要の見通しも楽観的に過ぎる。ドル箱とも言われる東海道新幹線だが、東京−新大阪間の平均乗車率は60%前後で4割が空席だ。今後人口減少が進み、新幹線を主に利用する生産年齢人口も大幅に減ることが確実視されている。東海道新幹線から利用客が流れる以上に、どれほどの需要増が見込めるだろう。

 安倍晋三首相は今年4月の日米首脳会談で、高速鉄道計画のある米国にリニア技術を無償提供すると表明した。だが、米国が超電導リニア方式に本気で関心を持っているようにとても見えない。ワシントン−ボルティモア間での売り込みを目指しているが、航空網が発達した米国で莫大(ばくだい)な建設費をかけてリニア新幹線を走らせる需要はない。

 鉄道とは経験工学である。高速性よりも、安全性や信頼性が一番重視されなければならない。だが、リニア中央新幹線は安全面、採算面、技術面、どれをとっても不確実性が高い。

 巨大プロジェクトは一度走り出すと止めにくくなる。拙速に着工するのではなく、国とJR東海との責任分担を明確にしながら、本当にわが国に必要な事業なのか、国会で検証することを提案したい。【聞き手・阿部周一】

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 ◇「東京−大阪1時間」62年研究開始

 「東京−大阪を1時間で移動」を目指し、1962年、リニアモーター推進浮上式鉄道の研究が始まった。東海道新幹線が開業する2年前だ。72年に旧国鉄鉄道技術研究所の「ML100」(時速60キロ)が初の浮上走行に成功。宮崎、山梨の両実験線で試験を重ね、2003年に有人で世界最速時速581キロを記録した。07年にはJR東海が全額自己負担での建設を表明。国土交通相は11年に同社に建設を指示し、7都県を直線的にまたぐ南アルプスルートが確定した。国交省が今年7月にまとめた「国土のグランドデザイン2050」は「国家的見地に立ったプロジェクト」と強力に推進。年明けに本格的な工事が始まる見通し。

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 「論点」は金曜日掲載です。opinion@mainichi.co.jp

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 ■人物略歴
 ◇いえだ・ひとし

 1955年東京都生まれ。東京大工学部卒。政策研究大学院大教授。国鉄職員、フィリピン大交通研究センター客員教授を歴任。交通学が専門。

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 ■人物略歴
 ◇よしだ・まさひと

 1956年千葉県生まれ。筑波大教授。専門は保全生態学、世界遺産学。環境アセスメント学会理事。著書に「自然保護−その生態学と社会学」。

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 ■人物略歴
 ◇はしやま・れいじろう

 1940年静岡県生まれ。慶応大経済学部卒。日本開発銀行調査部長などを経て現職。専門は公共政策論。著書に「必要か、リニア新幹線」。