クローズアップ2014:リニア建設、残土が影 - 毎日新聞


残土を莫大な数のダンプが運ぶ。
自然の大破壊
静かな美しい集落を壊し
銭の亡者が走り出す。



クローズアップ2014:リニア建設、残土が影

毎日新聞 2014年06月02日 東京朝刊

 最高時速500キロで、東京と名古屋を最短40分で結ぶJR東海の「夢の超特急」リニア中央新幹線。2027年の開業に向け、今秋にも着工を目指している。だが、南アルプスを貫き、計画区間の8割以上が地下という巨大プロジェクトは、トンネル掘削工事に伴う大量の残土発生や、地下水の流量低下が懸念される。同社が4月に提出した環境影響評価(アセスメント)書に対し、沿線自治体から環境対策が不十分との指摘も相次ぐ。石原伸晃環境相は週内に評価書に意見を示す予定で、判断が注目される。
 ◇東京ドーム50杯、住民不安

 「大型車両の通行を少しでも減らせないのか」。先月22日夜、長野県大鹿村の畜産農家に集まった15人余りの村民から不安の声が漏れた。

 南アルプスの雄大な自然に囲まれた人口約1100人の静かな村は、リニア新幹線の建設計画に揺れている。トンネル建設に伴い生じる残土298万立方メートルを運搬するため、村唯一の幹線道路である国道152号を1日最大で1736台もの大型車両が通行する計画が明らかになった。4カ所の作業用トンネルから残土を運ぶ大型車両は、国道沿いの村立大鹿小学校付近で合流する。工事は長い所で11年かかる予定で、村民の「暮らせない」という懸念は募るばかりだ。

 リニア中央新幹線の東京(品川)−名古屋間286キロは86%が地下や山岳トンネルだ。地上に線路を敷設する箇所が少ない分、景観を大きく損ねはしないが、地中から出る大量の建設残土は、沿線7都県で推計約5680万立方メートルに上る。汚泥やコンクリートなども合わせると東京ドーム約50杯分、約6380万立方メートルもの建設廃棄物が南アルプスや沿線各地に顔を出すことになる。

 ところが、評価書で捨て場所や再利用先が明記されたのは静岡県で発生する約360万立方メートルと、山梨県の約240万立方メートルなどの残土で全体の約1割に限られる。JR東海は「できるだけ自社事業や公共事業などで再利用する」(広報室)と処分先を探しているが、見通しは立っていない。

 毎日新聞が先月、7都県に実施したアンケートでは、早期に処分先を見つけるよう求める意見が相次いだ。山梨県は「評価書の内容は不十分。本来ならアセスの時点でどこに処分するかを明らかにしてほしい」と指摘。東京都は「事前にしっかり処分計画を作り公開することが住民の安心になる」と注文をつけた。南アルプスの山中で7カ所の残土置き場の候補地が示されている静岡県も「具体的な規模が示されていない。環境影響について専門家に意見を求めているところだ」と懸念を示した。

 懸念は残土だけではない。トンネルが地下水脈を切り、内部に地下水が流出することで、付近の川の流量が減る恐れがある。JR東海の分析によると、静岡県の大井川は流量が毎秒2トン減る見通しだ。流域自治体は長年、水不足に悩まされてきただけに不安は強い。川勝平太知事は3月、JR東海に意見書を提出し、「悪影響が出ないよう特段の配慮を」と注文した。

 山梨県のリニア実験線の工事では、周辺3本の簡易水道や川で水枯れが確認された。JR東海は流入する地下水をポンプでくみ上げて大井川に戻す対策を計画しているが、流量低下が想定の範囲内に収まるかは実際に掘らなければ分からない。

 JR東海は「評価書を作成するに当たり、沿線の知事意見を検討し、しっかり対応した。必要に応じて事後調査して報告する」と説明するが、アセス手続き終了後の調査結果に対して、環境省が追加対策などを指示できる機会は法で規定されていない。

 高速走行のリニアは、ほぼ直線の線路が不可欠で、いったん計画が決まってしまえばルートを大幅に変更することは難しい。日本自然保護協会の辻村千尋主任は「ひとたび工事が始まれば、環境に取り返しのつかない影響が出かねないから沿線自治体がさまざまな注文を付けているのに、JR東海にはその問題意識が薄い。環境省は、JRの事後調査に委ねるのではなく、事前の再評価を求めるべきだ」と指摘する。【横井信洋、阿部周一、佐藤賢二郎】
 ◇成長戦略の柱、政府後押し

 残土処理などに見通しが立たない中、JR東海がリニア中央新幹線の計画を急ぐのは、東海道新幹線の老朽化に加え、安倍政権が成長戦略の一つの柱として全面的に後押ししていることが背景にある。

 第一の建設目的は、東海地震や南海トラフ巨大地震などの大地震発生に備え、東海道新幹線のバックアップとするためだ。東京、名古屋、大阪という日本の主要都市をつなぐ大動脈を二重にし、人の流れを途絶えさせない狙いがある。開業50年の東海道新幹線はトンネルや橋脚などが経年劣化。今後の補修に運休なども想定され、大動脈の安定輸送を維持する目的もある。

 経済波及効果への期待も大きい。三菱UFJリサーチ&コンサルティングは2013年9月、リニアの名古屋開業時の経済効果を10・7兆円と推計した。移動時間の短縮による生産性向上などからで、観光需要の増加も見込む。建設費は名古屋までで約5兆4300億円、大阪までで約9兆円。超電導磁石などリニア特有の新規需要のほか、トンネル建設にかかわる建設業者の期待も膨らむ。安倍晋三首相は4月の日米首脳会談で、高速鉄道計画がある米国に、超電導リニア技術を無償で提供すると表明。リニアなどの「インフラ輸出」を成長戦略に位置づけており、米国への売り込みを成功させ、他の海外市場開拓につなげたい考えだ。

 ただし、採算面には課題が残る。JR東海は、基本的にはプロジェクトすべてを自己資金で賄う方針だが、金利水準が想定以上となれば見直しを迫られる可能性もある。政府は6月にまとめる新たな成長戦略に大阪延伸前倒しを明記、資金面の支援を検討している。【森有正】