図書館本 買わねばなるまいか。

月刊「みすず」に掲載されたものに加筆とある(生家方面からのクレームもあったとか(笑)

高桑さん(1949-)の自叙伝と断言しても問題ないであろう。
そして地域研究は民俗学的考察になる。

山に生まれ、山に育ち、山で遊び、沢で遊び、山に生きる。
山は高桑さんの先生であり、友人あり、そして恋人でもあるのだろう。

著作等で断片的に知っていた高桑さんの生き様が清々しい。
もちろん、絶望、葛藤、喜怒哀楽がテキストには現れない伏流としてあることはうかがえる。
遠山品右衛門、阿部武、宮本常一、瀬畑雄三、その他著名なかたが沢山登場します。

備忘録メモ
登山道を切り拓いた者たちへの、畏怖と敬意を越えなければ、山は真の姿を露わにはしない。道なき山へのいざないを記しながら、私は己の無力を知っている。けれどそこには、安易な登山道に導かれた者たちが見失った自然のあるべき姿がある。それを、登山の原点と呼んでみたいのである。p160
山には山の時間が流れている。中略 みずからの身体と精神を侵していく文明への忌避であり、抵抗だと思っている。
食べる分しか釣らない(かっては2号とおしで釣れる魚だけ)、今は水面釣りを捨てて、テンカラ釣り一辺倒である。
吉川栄一氏との出会い、その後
情熱大陸に出た高桑さん(知らなかった、、、)
熊に喰われたり狼が民家に押し入って子どもを奪って食べた「季刊 東北学 大10号」
熊との遭遇(格闘)、雪渓の踏みぬき、滑落
岩井又沢での若手の溺死、その後の対応、その49日のKと妻の谷底への車転落死。(別のグループの話)

この国の美しい山河だけは守ってほしい。国の向かう方向を選択するのは、若い人たちであるべきだ。災厄の象徴のような原発のことだ。歳を経たものの知恵は得難いが、いつも正しいとは限らない。国が滅んでも、山河さえ残れば、人は立ち直れる。
山と渓に遊んで
高桑 信一
みすず書房
2013-10-11