図書館本

すごい本です。
斎藤氏(1958−)のジャーナリストとしての能力の高さを感じるとともにジャーナリストのあり方を示している一冊。
これだけで博士論文になりそうな深みがあります。参考文献の多さ、インタビューによる聞き取り等々がまさに魂のジャーナリズムといった感じでしょうか。脱原発の態度ではあるが、非常に中立的客観的な取材だと思う。

東京電力の歴史を紐解きながら3.11原発震災の源流を探ります。
佐野眞一さんや佐高信さん、田原聡一朗さんも東京電力に関して突っ込んだ書籍がありますが、木川田氏、平岩氏の見方が斎藤氏と若干異なるのも興味深いです。
(佐高信さんは木川田氏をかなり評価していて平岩氏はまったく評価していない。)

樋口健二氏の言をひいて、原発は差別の上にしか成立し得ないシステムであると。
これは佐野眞一氏の書いた、炭鉱では歌が生まれるが原発では歌すら生まれないと通じるところがあるように思う。

最後の章で斎藤氏は書く。
東京電力はあらゆる意味で日本のシンボルだった。正真正銘のアメリカの属国、経済成長以外に目指すものがない空疎。米日両政府による重層的な支配構造を脅かさせない国民管理・相互監視を自己目的化させた社会・・・。この国の本質に関わる酷評のことごとくを、東電という企業体と、同社が運営する原発という存在を見事なほどに体現し、私たちに突きつけてくる。


目次
序章 人災と「中国ツアー」
第一章 安全神話のパラドックス
第二章 保守論壇のタニマチ
第三章 木川田一隆「人間開発」の欺瞞
第四章 幻の電源爆破
第五章 「勲章を拒否するほど偉くない」平岩外四
第六章 驕慢なる統治機構
最終章 せめてもの希望を