図書館本

1部人生は豊かでなければならない と2部森は明るくなければならない(鼎談)、付録「日本に健全な森をつくり直す委員会」第2次提言書からなる。個人的に書かせていただければ1部だけで結構。竹内典之氏の考え方には賛同するが。

2部では相変わらず天野礼子の自慢話と養老さんを担ぎ出した事が書かれていて、林業再生プランや新生産システム(林野庁を温存して林業のマニュアル化した大規模化)の話である。ご興味ある方は、林業再生”最後の挑戦―「新生産システム」で未来を拓く2006、21世紀を森林(もり)の時代に2008、「緑の時代」をつくる2005なんかを読まれるとご理解いただけるだろう。長良川河口堰問題で開高健を担ぎ出し、その次は森が標的の様だ。

養老さんの基本思想に「脳化」「都市化」があると思う。「ああすれば、こうなる」的な頭の中でモノを作り出す社会のあぶなさを昔から指摘している。養老さんの森に対する考え方(自然や環境に対する)はまったくブレていないと思うが、それを歪曲させて、まさに脳化思考で日本の林業をどうだこうだと捏ねまわすのが天野礼子の思想なのだろう。林業と森林環境を混同してはいけない。林業の地域による多様性を新生産システムという大規模化で経済的に成り立たせ様とすることが本当に日本の林業なのか?
2部のタイトル「森は明るくなければならない」、そんな事は林業家にとって当たり前であったのである。「美しい森をつくる-速水林業の技術・経営・思想」2007を読んでみてはいかがだろうか。経済だけの森林で無い事がローカルな社会では生き続けているのである。

国に任せても結局旨くいかないわけですから、「日本に健全な森をつくり直す委員会」や「美しい森林づくり全国推進会議」の中にいらっしゃる林業家の方に全てをお任せした方が宜しいのではと思った一冊。

一応備忘録的メモ
一人称の死、二人称の死、三人称の死、意味を持つ死はどれでしょう。
人事の世界と花鳥風月の世界(自然)その両方を行ききする人間 自然へ逃げる道を作る大切さ
メタメッセージ(記事、広告、宣伝などを見た人が、直接には表現されていないメッセージや表面に現れている意味以上のメッセージを、読みとることを期待して作られる)ある意味洗脳の方法論かな、こうすれば寝たきりにならない、というのは、つまり、ああすればこうなるという思考。メタメッセージは嘘。
意識から入っていくと、体験出来ることが限定される。森林浴のために森に行く等
自然の中で暮らしていれば、「ああすればこうなる」はない。
一億総評論家時代、共同作業がなくなり、本気でない人が次々と出てくる
石油のおかげで自然の価値が下がった。日本人はみずからの体で作りだせるエネルギーの40倍の外部エネルギーを消費している(アメリカはその4倍)
近年の鬱蒼とした森(間伐されない森も含め)は石油のおかげ
都会が家なら、山は庭、余裕があったら庭の手入れをしなさい。
ルールがないまま、土地を中国人が買っているという現実(これは養老さんが誰かに洗脳されてますね、外国人と書くべきでしょう)
豊かな生活と言われながら、人生が貧しい
森の手入れといったら、皆伐か列状間伐といったテイタラク。


庭は手入れをするもんだ 養老孟司の幸福論
庭は手入れをするもんだ 養老孟司の幸福論